第34話 現在編パート7 再会 その1

「じゃあ、私、下まで静香を送ってくるから」

玄関で、静香ちゃんを抱えた姫花がそう言う。

「おう」

静香ちゃんは、すぅすぅと寝息をたてていた。

「はぁ…はぁ…」

静香ちゃんのすぅすぅという寝息に交じり、変態みたいな吐息が聞こえてくる。

「おい、落ち着け」

「ご、ごめん…大丈夫だから。マンションの下までだから…ほんの数分だから、理性持って…私」

そう言いながら、家を出ていく姫花。

本当にあいつ、いつか捕まるぞ…。

「ん? 誰だ?」

姫花が家を出ていった直後、俺のスマホが鳴る。

「もしもし……」

『もしもしお兄ちゃ―』

未来の声が聞こえた瞬間、即座に俺は通話を切る。

すると、三秒後…再びスマホが鳴る。

「なんだよ」

『どうして切るのぉ~』

「だって、お前からの電話がろくな内容だった試しがないから」

『大丈夫だよ! 今日はちゃんとしてるから!』

謎の自身に満ち溢れている未来。

『お兄ちゃん、驚かないで聞いてね?』

どうせくだらない、なぞなぞでも言われるんだろうな。

『トマトって、反対から読んでもトマトなんだよっ!?』

「切っていいか?」

『え~!? なんで!? もっと驚いてよ』

「いやそれ、幼稚園の年長レベルだぞ…」

これを素で、すごいと言ってくる辺り、流石未来である。

「で、何か用か?」

『え?』

「まさかこれを言いたかっただけで、電話してきたわけじゃないよな?」

『…………』

電話越しの未来が黙ってしまう。

「お前……」

そろそろ大人になれよ、と言いかけた所で、インターホンが鳴る。

「あっ、すまん、未来。来客だ。普通に切るな」

『う、うん…』

未来との通話を切り、俺は玄関の扉を開ける。


「はーい、どちら様です……か…………」


思わず言葉を失ってしまう。


人生、何が起こるか分からないとよく言うものだが。

今、目の前にある景色はまさに…予想もしなかったものだった。


「姫花ちゃ…えっ…」


銀髪ショートヘア。優しい口元に可愛いらしい赤い瞳。

昔よりも明らかに、大人らしくなっているのだが、一目見ただけで、それが誰なのか分かってしまった。

もしかしたら、気づかないままの方が幸せだったかもしれない。

「な、撫子!?」

俺は目を見開き、信じられないと言わんばかりに撫子らしき人のことを凝視する。

「え、えっと…どこかでお会いしましたっけ?」

驚く俺に、首を傾げながら、そう聞いてくる。

あれ…人違いだった?

いやいや、絶対にそんなことはない。

もしかして、俺のこと覚えてないのだろうか。

うわぁ…それはめちゃくちゃ胸に刺さるな…。

「あの…撫子鴇羽さん…ですよね?」

思わず敬語になってしまう。

「あっはい…どうして私の名前を?」

この瞬間。

俺の目の前にいる彼女は撫子 鴇羽であるということが確定した。

ということは……

「えっ…いや、高校の時、同級生だった、露草だけど……や、やっぱり覚えてない?」

すごくバツの悪そうな顔をして、撫子は答える。

「その……ごめんなさい。分からないです……って、つ、露草くん!?」

少し間をおいてから、撫子は驚く。

どうやら、思い出してくれた……のだろうか?

それにしては、なんだか様子がおかしい。

「あなたが…露草くん……」

なんだろう。

初対面みたいな感じになっているんだが。

「あっ…えっと、ひ、久しぶりだね…」

歯切れの悪い返事が返ってくる。

本当に俺のことを覚えているのだろうか?

「久しぶり…」

少し疑いの目線で撫子を見つめる。

「ど、どうかした? 露草くん?」

「い、いや…なんでもないけど…」

いざ再会すると、伝えたかった言葉が沢山あったはずなのに。

何も言えなくなってしまう。

「はぁ…静香ちゃんかわゆす……って、どうしたの? あんた家の前で何、気まずそうにしてんのよ」

「あっ姫花。説明プリーズ」

困っていると、向こうの方から姫花が戻ってくる。

「あ~。ごめん私言ってなかったわね。今日、従姉妹が来るって」

「ってことは…撫子って、姫花の従姉妹だったの!?」

「うん、そうだよ」

「あれ? じゃあ静香ちゃんの…」

冷や汗がダラダラと出てくる。

ま、まさか既婚者……とかそんな落ちはないよな…。

いやでも、苗字違うしな…。

「それは私の上の従姉妹。私、従姉妹二人いるから」

「ま、まじ? びっくりした、死ぬかと思った、心臓止まるかと思った」

「な、何よ。どうして鴇羽が既婚者だと、あんたが死ぬのよ。ってか、そもそも知り合いだったの?」

「そうなんだよ。高校の同級生でさ。さっきめちゃくちゃ驚いた」

「う、うん…私、つ、露草くんと高校の同級生…らしくって…」

らしいって、なんだ?

まるで誰から、聞いたみたいな…。

「らしいっていうか、そうなんだけど…」

「あっ、ご、ごめん、今のは言葉の綾というか…なんというか…」

「そ、そうだよね。ごめん、一々、突っ込んで…」

「ううん、私が悪いから…」

余計に気まずい空気が流れてしまう。

まるでそれを脱ぎ払うように、姫花が笑う。

「鴇羽ってさ、何でもできるから。私、いつも一人じゃ家事もできなくて。あははっ、笑っちゃうわよね。というわけで、手伝いに来てもらってるんだよね」

「お、おう…」

なんかテンションおかしくないか?

無理矢理取り繕うとしてるっていうか、何かを誤魔化そうとしてるっていうか…。

「そ、そんなことないよ…。私なんて家事しかできない残念な子だから…」

俺の顔色を伺うように、撫子はそう言う。

あれ? なんか俺、怖がられてないか?

怯えられてるっていうか…。

「あ、あの…私、邪魔になっちゃうから、今日は帰るね?」

「あ~。うん、そうだよね…ごめん、私が連絡し忘れたのが悪い。それじゃ…」

せっかく再会できたのに、もういなくなってしまうのか…。

引き止めたい。

引き止めた上で、話がしたい。

だけど、今の撫子の様子を見るに、俺とは話したくなさそうだ。

「なんて言うと思った? …帰るのはあんたの方よ!?」

俺に指を指して、早く帰れと言わんばかりの姫花。

「あっ、俺が帰る方ね」

「え、ええ!? 私が帰るよ~」

「こいつと一緒にいても、華がないけど、鴇羽と一緒にいると私の心はウキウキルンルンだから!」

「えぇ…私と一緒にいても、楽しくないよ?」

「「いやそれはない」」

「二人して、同じこと言わないでよ~!? は、恥ずかしいよ…」

「というか、楽しくなかったとしても…」

俺の言葉に続いて、姫花が口を開く。

「鴇羽は一緒にいてくれるだけで、いいのよ」

それを聞いて、耳まで真っ赤の鴇羽が顔を手で隠した。

「だから、二人して恥ずかしいこと言わないで~!?」

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