第28話 過去編パートラスト 最後のチャンス その1

卒業まで残り三か月ほどとなった、十二月。

俺は、決心した。

鴇羽に告白しよう…と。

本来ならば、どこか遊びに行くという理由付けをした後、その日の最後にそのまま告白する…というのがベストだと思う。

しかし受験直前ということもあり、それはできなかった。

鴇羽は俺と違って、受ける大学のレベルが高い、そして何よりも彼女自身、一生懸命、受験勉強している。

それは近くでいつも見ているから、知っていた。

だから、なるべく邪魔にならないように…。

でも、それでも…思いはきっちりと伝えたかった。

三年生の三学期はほとんど学校に来ることもなくなる。

必然的に会うことも少なくなる。

十二月二十五日。

終業式が終わって、数時間経った、午後、十時。

冬の本格的な寒さが、公園で待つ、俺の体を震わせる。


「はぁ…はぁ……露草くん…ごめんね、遅くなっちゃって…」

息を切らしながら、現れた鴇羽。

「あっいや…俺の方こそごめん、いきなり呼び出して。学校行って、予備校行って、疲れてるのに……本当にごめん」

「ううん、全然大丈夫だよ? というか、むしろ…嬉しい…かな……」

そう言いながら、俺に微笑んでくる鴇羽。

「…………」

「…………」

呼んだはいいものの、肝心の言葉をなかなか言い出せなかった。

こんなに寒い中、わざわざ来てもらってるのに…。

言え俺! 勇気を出せ!

「露草くん?」

「えっ、ご、ごめん…」

鴇羽が不思議そうに、俺の顔を覗き込んでいた。

そりゃそうだよな。

いきなり呼ばれたかと思ったら、何も言わずに黙ってるんだもんな。

「ふふっ、なんか今日の露草くん、ちょっと変だよ? さっきから、謝ってばっかりだもん」

茶化すように、そうやって笑ってくれる。

その笑顔で俺の緊張が少しほぐれる。

「……何かあった?」

少し真面目な声のトーンになり、そう尋ねてくる。

「い、いや、単純に鴇羽に言いたいことがあって…」

「そ、そう…なんだ……」

「「…………」」

また沈黙。

警戒されててもおかしくないはずだ。

クリスマスにいきなり呼び出されるなんて…俺が鴇羽の立場だったら、絶対に警戒する。

友達だと思ってた奴に…そういう目で見られてるって知ったら…どう思うんだろう。

こればっかりは、今の俺では予想ができない。

「…………」

なんて思ってしまったからだろうか。

本当にこのまま告白していいのか…俺は迷ってしまった。

今のこの関係を、ぶち壊す。

どう転んでも、絶対に壊してしまう。

だったら…今のまま、安定的に……。

で、でも…このままだと、卒業したら、いずれ疎遠になっちゃうだろうし…。

そんな葛藤が頭の中でグルグルと行ったり来たり。

「あのね…私…」

明らかに、いつもと様子が違うであろう俺。

「私も…露草くんにちょっとした…聞きたいことがあって…」

さっきから黙り込んでいる俺を気遣ってくれたのか、そんなことを言い出してくれる。

よかった…これで少しは間が持ちそうだ…なんて、責任感のないことを思ったからだろうか…。

次の鴇羽の言葉に、俺は目を丸くしてしまう。

「その……露草くんって今、好きな人……とか、いたりするの…?」

「えっ……」

予想外の質問に、体が硬直する。

どうする?

こ、このまま、鴇羽が好きだって言うか?

って、そんなこと出来るわけねぇだろ!

絶対、撃沈して、終わるに決まってる。

いや、そもそもじゃあ何のために鴇羽を呼んだんだよ!

「単純にね…あの…気になっちゃって…深い意味はないんだよ?」

う~ん…でも、今じゃないな…。

今日、告白するにしても、他にもタイミングがあるはずだ。

変に焦って、失敗したくない。

ちゃんと言える…って思ったときに口にしたい。

だから……

「っと…と、特に…いない……かな……」

「そう…なんだ……」

「「…………」」

そういう恋愛系の話は、お互い慣れていないからか、また俺と鴇羽の間に沈黙が走る。

そこで俺は、ふと思う。

それとなく、鴇羽に同じようなことを聞くことはできるのではないか…と。

我ながら、覚悟を決めたはずなのに卑怯なやり方だと思う。

だけど、少しでも成功率を上げたかった。

「そ、そういう…鴇羽はどうなの? そ、その……好きな人とかって…」

「私? え、えっと……」

少し恥ずかしそうにしながらも、鴇羽は答える。


そして、俺は…その返答を聞いた瞬間……


覚悟も、心も、全てが砕けた。


「いる…かな………」

そう言う鴇羽の表情は、恋する乙女…そのものだった。


「っ…!」

そんな鴇羽を見て、俺は言葉を詰まらす。


声にならない、心の悲鳴が内側で泣きながら、助けてと叫んでいた。

自分が今、地面を立っていること自体が、不思議に思えるくらい。

心の中がぐちゃぐちゃになる。


本当なら分かっていたはずだ。

勝手に一人で舞い上がって。

俺なんかじゃ、鴇羽と釣り合わないのに…。

はぁ…ほんとばかみてぇ…。

当然だよな…鴇羽にだって、好きな人はいるよな…。

「つ、露草…くん……?」

「あっ…ご、ごめん…そういえば、俺用事を思い出したんだった……」

そう言って、鴇羽に背を向ける。

なるべく、今の表情を鴇羽に見せないように。

そんな俺を見て、鴇羽は当然のように困惑していた。

呼び出されたのに、呼んだ相手がいきなり帰ろうとしてるんだもんな…。

本当にダサいな俺…でも、ダメみたいだ…。

「え? 露草くん?」

「ごめん…帰る……」

その場から去るように俺は駆け出した。

「待って! 露草くん!?」

駆け出した足は、鴇羽の声を振り払い、遠くへ、闇の中へと進む。

俺の馬鹿野郎!

逃げた所で、何も解決しないのに…。

なのに!

気がつくと、曇り空からは冷たい結晶が降っていた。

まるで、涙を流しながら走る俺に追い打ちをかけるようだ。

居たくなかった。見たくなかった。聞きたくなかった。

鴇羽の口から…自分の好きな人が、好きな人の話をするところなんて。

もうやめよう…勝手に俺が惚れてただけだ……。

鴇羽のこと……いや、撫子のことを追いかけるのは。

どれだけ距離が近づいた気になっても…俺じゃ彼女には届くはずない。

それに…勝手に嫉妬してる。

撫子に好かれた、誰かも知らない男を。

きっと、このままじゃ、撫子が好きな人と付き合えた時、邪魔してしまう。

撫子が誰と恋愛しようが自由だ。

俺はただのクラスメイト…友達だと思ったのも、きっと俺の勘違いかもしれない。

ただのクラスメイトが、撫子のことを束縛するなんて、できるわけがない。

このまま撫子と一緒にいたら…俺はきっと自分の気持ちを抑えられずに、彼女に酷いことをしてしまうかもしれない…。

最近、撫子が他の男子と会話してるだけで、嫉妬している自分に気づいていた。

ほんと…何様だよ……。

彼氏ヅラすんなよ…気持ち悪い…。

「はぁ…撫子のために……俺は……」

俺の勝手な思いで、迷惑をかけたくなかった。

だから…


この思いは、言葉にせず墓まで持っていくことに決めた。


その日の夜。

撫子からメッセージが来ていた。

『今日、なんか辛そうだったけど、大丈夫?』と。

自分が迷惑をかけられたのに、俺のこと心配してくれていた。

だけど、俺はそのメッセージを既読スルーしたのだった。


それから、俺と撫子は学校で会っても、ただ挨拶をする程度。

関係はクラスメイトから変わらないのに、距離は明らかに遠くなった。

最初の方は、いつも通り、撫子から声をかけてくることもあった。

だけど、俺が素っ気ない返事を続けているうちに、そんなこともなくなった。

内心、本当に申し訳ないことをしているのは分かっていた。

でも…これ以上、撫子に迷惑をかけないためには、距離を置くことしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る