第25話 過去編パート4 理由
少し肌寒く感じ始める十月初旬。
「あっ…ここの問題、違うよ?」
「本当だ。計算ミスしてる…」
最近の俺は、鴇羽と放課後、図書室で一緒に受験勉強。
そのまま一緒に下校。
そんなルーティンをしていた。
「……って、もうこんな時間か」
時計を見ると、完全下校時刻に近づいていた。
「そろそろ帰るか」
「うん、そうだね」
勉強道具をしまい、二人で図書室を後にする。
「日が暮れるのも早くなってきたな」
「うん、そうだね。もう十月だもんね…」
帰り道、俺と鴇羽の上には真っ赤な空。
夕焼けに照らされている、鴇羽はいつもより綺麗で、ついつい見惚れてしまう。
「ん? どうしたの? 私の顔に何かを付いてる?」
「あっ…い、いや…その…ここ数か月、常に鴇羽と一緒にいるような感じがして…ちょっと不思議な感じが…」
「不思議な感じ?」
「そう…だってさ、こんな風に仲良くなったのって、今年からでさ…。それまでは話したこともなかったから…」
その俺の発言に、首を傾げる鴇羽。
「あれ…俺、なんか変なこと言った?」
「………えっと…その……覚えてない?」
覚えてない…とは、どういうことだろうか。
今度は、俺が首を傾げる。
「そ、そうだよね…私のことなんて、一々、覚えてないよね…。もう二年前のことだし…」
二年前…?
高校一年生の時か…。
はて、何のことを言っているんだろうか。
「ごめん…まじで思い出せないんだけど…。何か話したことあったけ…?」
「えっと…まぁ…一瞬だけ…」
「一瞬?」
一瞬だけってなんだ?
学校ですれ違って、挨拶した……とかだろうか?
いや、でもそんな些細なこと、普通は覚えているだろうか。
「その…私…駅前で知らない男の人達に絡まれて…」
な、なんだろう?
まさかそれを俺が助けた…とか言わないよな?
そんな記憶、全くないんだが…。
「男の人三人に囲まれて…私、怖くて…そんな時に、露草くんがね…」
おっと?
これは本当に助けたパターンですか?
え?俺そんな主人公みたいなカッコイイことしたの?
「私の近くを通りかかって…ちょうどその時、私に絡んでた男の人と肩がぶつかって…露草くん、すごくキレられてさ…ぶつかったのは露草くんじゃないのに…」
キレられた…か。
そんな状況だったら、陰キャの俺は謝罪して、すぐにその場を去るだろう。
「それで…俺はどうしたの?」
「えっとね…怒ってた」
「え?」
普段、そんな相手に絡まれても俺は基本的に無視をするタイプだ。
怒るなんて…そんな面倒なことしないと思うんだが…。
「お前のせいで明莉たんのディスクが割れてたらぶち殺すぞ~! って…」
「あああああっ!」
思い出した!
スタイルソフトの当時の新作、あなたの色に染め上げて。を買った帰り、いきなり知らんやつがぶつかってきて、ソフトと特典のタペストリーが入った紙袋を落としたんだった。
それで…明らかに向こうが悪いのに、キレられて、まじでめちゃくちゃムカついてキレ返したんだ!
「思い出したよ! あの時はまじでムカついてさ…」
「すっごく怒ってたよね…。でも、その時、私は露草くんに助けられたんだよ?」
「助けた…とは違う気がする」
「ううん、明莉たんがどうとか…明莉たんは何たらとか…明莉たん?っていうの? その話を語りだした露草くんを不気味がって、男の人達は逃げて行って…」
「そうそう。ムカついたから、明莉たんについて、いかに尊くて、素晴らしいか…というのを語って、ぶつかられて落とした作品がどれだけ凄い物だったのかを教えてやろうとしたら、いきなりいなくなるんだもんな」
「ふふっ、そうだよね。明莉たん最高っ~♪」
まるで俺に話を合わせるように、そう言いながら微笑む、鴇羽。
多分、明莉たんが何なのか知らないと思う。
というか…知らないでいてくれる方がいいかもしれない。
だって…ねぇ…?
「俺が助けたっていうか…もうそれ明莉たんが助けたのかもしれない…」
カッコイイことしたのか…過去の俺……なんて、思っていたが、いざ箱を開けてみると、なんだいつもの俺じゃん…って。
「ううん、そんなことないよ? その後、露草くん、私に言ったもん」
その後…?
そういえば…あの時、鴇羽はあの場にいなかった気がするんだが。
いたのは、目元まで髪の毛がかかっていて、表情が見えない女の子だった気がする。
「怖い時こそ、勇気を持って一歩前に出ろ…って」
「お、おう…そんなこと言ったのか…」
「うん…私、その言葉で救われたんだ。もっと明るい女の子になろうって…。それで、今みたいな髪型とか、お化粧も勉強して、私かなり変わったんだけど…」
ごめんなさい!?
その発言、スタイルソフトの作品であった名言を丸パクリしただけです!?
ただただ、カッコつけて言いたかっただけなんだろうな、当時の俺は。
「数日後、助けてくれた男の子が、隣のクラスの男子だったなんて知って、驚いたよ…」
「あの時の女の子…鴇羽だったのか…」
「そ、そうだよね…今、知ったんだよね…」
驚きだ。
鴇羽は俺が鴇羽のことを認知する前から、俺のことを認知していたなんて。
「話しかけたりしなかったのか?」
「い、いやだって…私なんかに絡まれたら、露草くん嫌かなって…」
「そうか…全然、嫌じゃないけどな」
「そ、そう? で、でも今さらだよね」
「それもそうだな」
「ふふっ」
「ははっ」
二人で顔を見合わせて笑う。
今なら、手とか繋げるじゃないかっ!?
過去にそんなことをしていたなんて…これはもう、ルート入ってないか!?
鴇羽ルート入ってるって!?
って、落ち着けェェェェェェェェェェ!?
ただの偶然が重なっただけだぞ!?
いいか?男女の友情は幻想じゃない、ちゃんと存在する。
今、俺が鴇羽に向けて、そんなことをしてみろ?
助けてくれた恩人、そして仲のいい友達から…下心丸出しのキモい奴って扱いになるに決まってる!
だから、落ち着け、俺ェェェェェェェェェェ!?
「ん? 露草くん?」
あたふたしている俺を見て、不思議そうに首を傾げる鴇羽。
「ご、ごめん! 何でもないよ?」
「そ、そう…?」
「本当に何でもない…」
「う、うん…」
真っ赤な空の下、カーブミラーに映った俺が、気持ち悪いほど顔を赤くしていたのは、今思い出しても、やっぱり気持ち悪い。
だけど……
この時のように、自分の気持ちを抑えていたら、俺は…。
恋愛というものに対する理想は高いタイプだと自分では分かっている。
でも、理想が高いだけで、いざ現実で…となると、全然ダメで…。
一歩踏み出す勇気がなくて、それどころか……
そう、あの日…鴇羽と疎遠になってしまった、あの時。
今でも思う…俺の選んだ選択肢は本当に正解だったのか…と。
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