第5話 過去編パート1 出会い その2

ガラガラ。

図書室の引き戸を亮が開ける。

中は、カーテンから差し込む、夕焼けで赤く染まっていた。

夕方だから電気つければいいのに…。

なんて、ロマンのかけらもないことを思ってしまったことは許してほしい。

「おっ、いた…ってあれ? 撫子さん一人?」

亮の後ろについていき、図書室の奥へと進んでいく。

その先には、大きなテーブルで、旅行雑誌を広げながら、一生懸命、ノートに何かを書いている女子がいた。

「あっ…文月くん」

銀髪ショートヘア。優しい口元に可愛いらしい赤い瞳。

そっと微笑む、その表情を見れば彼女がどういう人間か、初対面の人でも分かるだろう。

撫子 鴇羽(なでしこ ときは)。

クラスメイトである。

優しさと世話焼きな性格を兼ね備えている彼女は、男女共に好かれていて、一部では学校の正統派ヒロイン…なんて呼ぶ人間もいるとか。

まぁ、話したことないから、知らんけど。

だけど、おしとやかという言葉が似合うのは間違いないと思う。

「えっと…あのね…他のみんなは用事があるって言って、帰っちゃったんだよね…」

「それって、撫子さん、押し付けられたってことだよな?」

と、何故か俺の方を見て言う、亮。

「何で俺の方、見るんだよ…」

その後、撫子さんの方を向き、口を開いた亮。

「こいつ、めんどくさいからって、さっき帰ろうとしてたんだよ。あり得ないと思わない? 撫子さん」

そう、問いかけると、撫子さんは少し困ったような苦笑いを浮かべた。

「う~ん…そ、その、人によって色々あるから…ね? も、もし本当に帰りたかったら、露草くんは無理しなくてもいいよ? 今日、朝からすっごく眠そうだったもんね」

まず俺の名前を覚えているクラスメイト女子がいたということに、驚いた。

こないだ、隣の席の女子に、名前なんだったけと聞かれたぐらいの陰キャである。

そして、もう一つ。

俺は今日、寝不足で朝から眠たそうにしていたのは事実だ。

だから、撫子さんがそんな俺を見ていたということに驚いた。

人間観察が趣味なのだろうか、彼女は。

「って、言われても流石に帰らないよな、奏人」

「まぁ、流石に手伝おうかな。亮はともかく、撫子さんに迷惑かけるのは、ちょっと気が引けるし」

そう言うと、亮が即座にツッコミを入れてくる。

「おい、ひでぇな!」

「大丈夫、俺が酷いのは今さらだろ?」

「それ、自信満々に言うことじゃねぇだろ!?」

そんな俺たちのやり取りを見ていた、撫子さんがクスクスと笑い出す。

「ふふっ、露草くんって面白いね」

「褒めても、亮くらいしか出ないよ?」

「おい、さっきから俺の扱いひでぇな!」

「う~ん、文月くんは別にいらないから、褒めるのやめようかな?」

「撫子さんまでっ!?」

「ふふっ」

「ははっ」

俺と撫子さんが二人して、声を揃えて笑う。

「二人して、ひでぇな!」

亮の叫び声が図書室中に響き渡る。

普通なら怒られると思うが、俺達以外、誰もいないため、特に図書委員に怒られることはなかった。

「それじゃあ、撫子さん、俺と奏人が全力でお手伝いを…」

手伝いと言ってる時点で、撫子さん頼りじゃないか…なんて言おうとした時だった。

勢いよく、図書室の扉が開き、ジャージ姿の女子が入って来る。

「あの、文月先輩!」

「おっ、高橋じゃないか、どうした?」

「今、サッカー部で次の大会についての、先輩達からの意見が欲しくて…」

「おいおい、俺はもう引退した身だぞ? 今さら、口出しなんて…」

「そう言うと、思ってました…」

「え?」

なんだろうか。

いきなり雲行きが怪しくなってきたぞ。

と、傍から見ていた、俺と撫子さんは顔を見合わせる。

「陽葵(ひまり)先輩と心春(こはる)先輩に二股されてること、言っちゃいましょうか?」

「ひっ!」

うわぁ。

お前…また二股してたのかよ……。

亮は内面も外見もよくできていて、はっきりいって高スペックイケメンである。

サッカー部にも所属していただけあって、帰宅部エースの俺とは違い基本的にリア充だ。

しかし、女子に対しては節操なしで、二股三股は日常茶飯事。

毎回、毎回、見かけるたびに別の女子と歩いている気がする。

「す、すまん…奏人」

真っ青な顔をして、俺に謝罪を入れてくる亮。

というか、真っ青になるくらいだったら、最初から二股なんてするなよ…。

「撫子さんも本当にごめん…」

「う、うん…私は別にいいから、後輩さんのためにも行ってきてあげて?」

大丈夫か、撫子さん。

少し優しすぎないだろうか?

まぁ、彼女がこう言ってるんだし、ここは俺も。

「とりあえず、行って来いよ」

「おう、二人ともありがとう!」

そう言って、後輩の高橋さんと一緒に図書室から去っていく亮。

「……………」

「……………」

亮が去ったあと、俺と撫子さんの間に沈黙が走る。

とりあえず、立ちっぱなしもあれなので、一旦、撫子さんの向かい側の席へと座る。

「……………」

「……………」

やっぱり沈黙が続く。

いや…冷静になるとなぁ…俺、今…

これ、女子二人っきりってやつじゃねぇかっ!?

やべぇ、どうしよう…いや、どうしろと?

俺にこの状況をどうしろって言うんだよ!?

「あっ…とっ…その……」

先に沈黙を破ったのは、撫子さんだった。

「私、一人でも大丈夫だから…もしその…めんどくさかったら…」

多分、彼女は素でこういう人間なのだろう。

自己犠牲精神というか。

自分の迷惑は構わず、相手には最大限、気を遣う。

そんな人間なんだろう。

「いや、いいよ。別に面倒じゃないし」

噓であるが、ここは少しかっこつけよう。

まぁ、かっこつけた所で、普通のことを言ってるだけなんだけど。

「あっ…うん…。ありがとう…」

少し顔を俯かせ、嬉しそうに微笑む撫子さん。

「いや、どうして撫子さんがお礼言うんだよ。そこは普通、俺が言うだろ、気を遣って貰ったんだし…」

「んぇ? そうなのかな……?」

「とりあえず、撫子さんが本当に優しい人ってことが分かったよ」

「えぇ!? わ、私、別に優しくなんか…」

「まぁ、俺みたいなやつに褒められても嬉しくないだろうけど…」

なんて、ボソッと言うと、撫子さんが身を乗り出して、言う。

「そんなことないよ! すっごく嬉しいよ! 私、男の子にそんなこと言われたの初めてだから…って、あっ!?」

気がつくと、顔がすごく近くにあった。

当然のように女子に慣れてない俺は、完全に石化状態。

緊張で動けなくなる。

「ご、ごめんね!」

急いで、席に着く撫子さん。

その表情は真っ赤に染まっており、すごく恥ずかしそうだった。

「い、いや…そんな謝ることじゃないっていうか…。もしかして、撫子さんって以外と頑固?」

「っ~~⁉」

俺の発言で、さらに顔を赤くした撫子さん。

目がグルグルと丸くなり、頭から湯気が出ているような、そんな感じだった。

「よく言われるんだよね…。あ、あんまり自覚はないんだけど…。私って頑固なのかな?」

「いや、さっきからわりと自分の意見をちゃんと言ってくるなって思って…」

「えっと…どうしてだろ?」

「俺に聞かれても困るんだが…」

「私、家族以外といる時は、自分の意見を殺しちゃうタイプだと思ってて…その……あんまり他人に、はっきりと自分の意見を言わないっていうか…人に合わせることが多いから…」

人差し指をくっ付けたり、離したりを繰り返している撫子さん。

「撫子さんは…」

俺が言いかけたと同時に撫子さんが口を挟む。

「あの…その撫子さんって言うの、なんか露草くんに呼ばれると気持ち悪いというか…」

「えぇ!?」

唐突に毒舌を挟んできたな…なんて思った次の瞬間。

「なんか呼び捨ての方がいいなって…」

「へ?」

予想外の発言に素っ頓狂な声が出てしまう。

「えっと…鴇羽って名前で呼んでくれてもいいんだけど…」

「いやいや、ちょっと待ってくれ! いきなりどうした!?」

「ご、ごめんね! 馴れ馴れしかったよね。今のは忘れて…」

「いや、全然、大丈夫…。俺が言いたいのはそこじゃなくて、何でいきなり呼び捨てにして欲しいって言ったのかなって…」

「それは……」

言いづらそうに、さっきよりも少し早いスピードで人差し指をくっ付けたり離したりする。

「何言われても大丈夫だから」

「う、うん…じゃあ言うんだけど。その…露草くんと話してて…私、男の子と話すの苦手なんだけど…なんかこう、上手く話せるっていうか…家族に近いような感じがしちゃって…さん付けされるのが気持ち悪いなって…。そ、そう! 例えばで言うと、お母さんにさん付けされてる感じがして…」

これは…気を抜いたら、一瞬で恋に落とされるやつだっ!?

絶対に無自覚で、男子を落とすタイプだっ!?

お、恐ろしい…が…そう言ってくれるのはなんか嬉しいな…。

「わ、分かった…。流石に名前呼びはあれだから、これからは撫子って呼ぶよ」

「う、うん…。苗字が撫子って、名前と紛らわしいけどね…」

「それを自分で言うのか…」

「ふふっ…知らない人から見たら、彼女の名前を呼び捨てしてる風に見えるかもね…って、私何、言ってるんだろ!?」

「だから、俺に聞かないでくれよっ!? あと、自分で言って、首を傾げるなっ!?」

「そうだよね! ごめんね!」

それから俺たち二人は、しばらくの間、こんなやり取りを繰り返しながら、予定を作っていくのだった。

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