第20話:「地下水道での一幕」

元は『神題』の迷宮であるこのエルデ。

その地下にある下水道も、当然迷宮のように複雑に入り組んでいる。


「迷ったな」


「迷いましたね」


おれとルチェはスライムを追う内に、下水道で迷子になっていた。

石造りの地下水道は魔石ランプで照らされているが、どこを切り取っても同じような景色で油断すればどこからきたかもわからなくなりそうだ。


「地図はないのでしたっけ?」


「あったんだが…さっきの騒動でこのありさまだ」


おれは粘液でべろんべろんになり、ふやけきった地図の残骸を見せる。

さきほどスライムに捕食されたルチェを助ける際にその粘液をしこたま被ってしまい、この地図以外にもいろいろなものが被害を受けた。


ノルンに見繕ってもらった新しい軽鎧もその一つ。妙なてかりをもってしまった。

まあ、こんなところにおれたちを送り込んだのはそのノルン本人なのだが。


「とはいえ、出口が一つというわけでもない。歩いていればそのうちどこかから地上に出られるだろう。それよりもスライムを倒してしまおう」


「ですね!」


依頼達成までの討伐数は残り十数体ほど。

スライムたちは固まって生息しているようなので次の集団見つければなんとかなるだろう。


+ + +


「そういえば、ノルンさんとリクさんって幼なじみなのですよね?」


「ん? ああ、そうだな。同じ村で育ったんだ」


手持ちぶさたになったのか、それとも元から気になっていたのか、ルチェがふとそんなことを聞いてきた。


「いいですねえ、幼なじみ。お二人とも仲よさそうですし」


「仲…というがルチェ…それは本気で言ってるのか?」


おれはべとべとなった自らの身体を示す。

こんな有様になったのは、その幼なじみのせいだ。仲がいいかと聞かれたらさすがに否定する。

特に今は。


あいつめ、地上に戻ったら覚えていろ。


「あ…いや…たしかにこれはノルンさんを恨みますが…。そ、それでも、わたしから見れば仲がいいですよ…?」


「そうか? まあ、兄妹みたいなものだろうか。村で歳が近いのはノルンくらいだったからな」


雪に覆われたあの村を思い出す。

師匠の故郷でもある、なにもない田舎の村。


毎日の食事に、遊び相手。

たしかに、思えばノルンと一緒にいた記憶しかない。


「でも、まさかあいつが冒険者になってるとは思わなかったな。師匠ともまだ連絡を取っているようだったし」


「気になっていたのですが、その師匠、という方がリクさんが前におっしゃっていた『追いつきたい方』なのです?」


「ああ、そうか言っていなかったな。そう、おれを育ててくれた人でな。あの人に追いついて、隣に並び立つのがおれの今の目標なんだ」


師匠あの人に追いつく。

たぶんそれは、おれにできる数少ない恩返しなのだ。


拾った子どもを育てるために自分の冒険を止めてくれた、師匠のために。


おれはザンバに魔法をかけられ、黒い炎紋に染まった腕を見る。

そのためにはこんな魔法や、ザンバになど負けてはいられないのだ。


はやく、もっと強くなろう。

静かに拳を握る。


「じゃあ、わたしの目標も同じ、ですね」


そこに思いがけず響いたのは、ルチェの言葉。


「ん…? そう、なる、か…?」


「なりますよ、だって友達ですから。運命共同体です!」


そう言われて思い出すのは退学処分になり、ルチェと共に街道を行った折の言葉。

「わたしたちはもう友達なのだから」というもの。


「…そう、だったな。すまない、ルチェ」


「ええ! だから、困ったときは必ず頼ってくださいね」


どん、と小さな胸を叩き、誇るように妖精は言う。


「助けて、と言われたら何があっても助けますから!」


「ああ、必ず──」


頼ると、ルチェに言おうとしたその時である。


「…すけて-!……」


微かな雑音のような音が耳に届く。


「ん? ルチェ、なんか言ったか?」


「いえ、わたしはなにも?」


聞き間違いかと思い、お互いに首を傾げていると次にやってきたのは下水道全体を揺るがすような地響き。それはだんだんと我々に近づき、大きくなっていく。


近づく気配。

なんだと思い、振り返るとそこには──


「たすけてええええええええええええええーーーーーーーーー!!!!」


鬼の形相でこちらに向かって爆走する、一人の少女の姿。


そして、その後ろには超大型、下水道を塞がんばかりの巨大なスライムが迫っていた。

押し寄せるのはたゆむ半透明な巨大な壁。


おれとルチェは絶叫する。

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