第19話:「はじめての依頼」

ところ変わって、エルデの目抜き通り。


「うんうん。まあそれなりにはなったかしら」


満足げに鼻を鳴らし、おれたちを眺めるノルン。

彼女の行きつけの鍛冶屋でおれとルチェは武器や装備を見繕ってもらった。


おれは片手剣と軽装の鎧。今まで学園の制服をそのまま使っていたので動きやすさは段違いだ。

剣は標準的なものでこれといった特徴はないが、ルチェ剣とは比べものにはならない切れ味。当たり前だが、ものが斬れる剣というのはすばらしい。


ルチェは体型的に武器は持てないので、魔導具をいくつか。

魔法を封じた札や回復用のポーションの小瓶。あとはなんと言っても防護の魔法が刻まれた指輪だろう。魔力を込めれば使用者を守る魔力の障壁が発生する便利なもの。ちなみに、ルチェに人の指輪は大きいので腕輪として装備されている。


「わ-! なんだかそれっぽい、ですね!」


色々買ってもらったルチェはご機嫌だ。

そういえば、冒険者登録の時にわかったがルチェにはLv3程度の能力があるらしい。魔導具で判定されるLvは本人が使える魔法の素質に影響される部分が大きいので、彼女自身が忘れているだけで、実は色々と魔法が使えるのかもしれない。

今度、魔法の使い方を教えてみるか。


「いいわねルチェちゃん、すごくかわいい。すごく最強よ」


「お前、ほんとに小さいものとか、かわいいもの好きだよな」


隣にはルチェに目を奪われた幼なじみの姿。

ノルンめ。おれの装備は十分ほどで選んだのに、ルチェの装備は悩みに悩んで二時間ほどかけていた。扱いからして違う。


「なによ、いいじゃない。それよりも、装備とかのもろもろのお代、貸しだからね。あたしだって、余裕があるわけじゃないんだから」


「ああ、もちろんだ。依頼をこなしてすぐに返す」


路銀すら尽きていたおれたちの代わりにノルンが代金を出してくれていた。

最初は「お金は貸さない」と言っていたのに、どこまでも面倒見のいいやつだ。なるべく早くお代を返さないとバチが当たるというもの。がんばろう。


「ま、世知辛いけど、まずはなによりお金ね。そうしないと一月後の戦いどうこうの前に飢えて死ぬわよ」


「う、飢え…!? だ、だめです! リクさん! わたし、もうひもじいのは勘弁ですよ!?」


エルデまでの貧乏旅を思い出し、顔面蒼白となっておれの首元をつかむルチェ。

よほどトラウマだったらしい。


「ふふ、安心してルチェ。ほら、もう最初の依頼は受けてあるわ」


「ほんとですかあ! わあ、さっすが、ノルンさん!」


そういってノルンはカバンから依頼書を取り出す。

いつのまに。うちの幼なじみの面倒見がよすぎる。


しかし、その依頼書に書いてあったのは、


「下水道、清掃…?」


思い描いていた冒険者のロマンとはかけ離れた、文字列であった。


+ + +


夢に憧れ、遙かフロンティアを目指しエルデにやってきた若き冒険者たち。


そんな冒険者が必ず通る道、というものがある。


それは迷宮前線都市エルデ名物、


「リ、リクしゃ、スライムがぼぼぼぼぼぼ!?」


「ルチェーーーーーーー!?」


下水道のスライム地獄である。


襲い来る大量の粘液的生物。

そのスライムたちに、ルチェはなすすべもなく飲まれていった。


+ + +


「うっ…ぐす……えっぐ……」


「はあ、はあ…し、死ぬかと思った……」


粘液塗れになり、下水道の通路で伸びるおれとルチェ。

スライムに捕食されたルチェを助けるべく、おれは『強化・二式』でスライムをぶん殴ったのだが、威力が強すぎたのか、弾けたスライムが辺り一面に飛び散りよけいにひどい有様になった。


「ノルンめ、なにが簡単な清掃業務よ、だ」


あとで知ったことだが、この依頼を受けさせられるのは「初心者冒険者あるある」らしい。

危険は少ないが、誰もやりたがらないこの仕事。先輩冒険者(時には組合まで)がなにも知らない初心者をだまし、この地獄へと向かわせるらしい。


鬼である。幼なじみを信頼したおれが馬鹿だった。


「ほら、泣くなルチェ。洗ってやるからこっちへこい」


「ぶええええリクしゃあああああああああ」


ルチェは頭からつま先までスライム塗れになっていた。まあ捕食されたので当たり前だが。

おれは水筒を取り出し、粘液なのか、涙なのか、鼻水なのか、もうよくわからないものでコーティングされた愛しき我が相棒を洗う。


「ぐす…と、というか、なんで街中なのに、魔物がいるのです…?」


「おそらくだが下水道の清掃用だ。スライムは何でも食うからな、ほら、ここ下水道ってわりには臭いもないだろ」


「おああ、たしかに…」


あれ、じゃあそれに食べられたってことは…?とルチェが呟くがおれはなにも言わないでおく。

世の中、触れない方がいい話題もある。


「とにかく、さっさと依頼を終わらせてしまおう。規定数スライムを減らせばそれで終了だ」


「そ、そうですね…! わたしもこんなところ早く出たいです!」


おー!とおれたちはかけ声とともに下水道を進んでいく。

とにかくまずはお金だ。ロマンもバトルもそのあとの話である。

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