第17話:「呪いとカウントダウン」

全身に強化を回し、『強化限界強化魔法リミット・ブレイカー』を使いさらに強化。

『強化・二式』が発動したことで、おれを覆う魔力は赤く染まる。


はっきり言って、頭に血が上っている。

一方的に舐められ、馬鹿にされて黙ってなどいられない。


おれはもう、その身一つで己がロマンを追い求める冒険者なのだ。

このまま終わってたまるものか。


狙うのは金徽章の大男、その顔面だ。


「──ッ!!」


強化した足で地を蹴り、取り巻きの男たちの間を縫うように駆け、瞬く間に先頭、ザンバと呼ばれた男の背後へと追いすがる。振り上げるのは右の拳。


だが、渾身の拳がやつの頭を打ち抜いた、と思った瞬間。

強化で加速した時間の中、ぐるりとザンバが振り返り、その目がおれを捉える。


全身に走ったのは、明確な殺気。


「ハッ、なンだお前。意外と動けんじゃねェか…!」


──この男、強化したおれの動きが見えているのだ。


しまった、と思う暇もなく、おれはザンバに顔面をつかまれ、そのまま床に叩きつけられる。

あまりの衝撃に肺から息が漏れる。


「かぁはッ!!」


「ハハハッ、潰すつもりだったンだがなあ。なんだお前? 妙に硬ェなあ。おもしれェ」


全身の『強化・二式』のおかげで耐えられたが、それで理解できた。相手は本気で殺しに来ている。抵抗を試みるが、頭が完全にやつの手に捕らわれており上手く動けない。


「そら、次は潰すぞ」


ザンバの腕の筋肉がメキメキと音を立て盛り上がり、先ほどのものとは比べものにならない圧がこちらを襲う。おそらくは相手も魔力で筋力を強化したのだろう。


まずい。

おそらく次の一撃は中途半端な強化では防げない。

十式であれば耐えられるかもしれないが魔力の消費が激しすぎる。そのあとに三発目が来れば魔力切れで詰みだ。


だったら、と脳裏をよぎるのは『魔拳・熊殺しベア・ブレイカー』。

十式の最大威力で放つ、おれの唯一の必殺技だ。


懸念はただ一つ、使えば文字通り相手を殺してしまうということだけ。

自分の命と、相手の命、それを天秤にかけなければならない。


捕まれた顔面。そのわずかに開いた掌の隙間から、ザンバとにらみ合う。

奴め。やっと、まともにこっちを見た。


ただ、それをうれしく思ったのはどうしてだろうか。


「二人とも、そこまでよ!」


そこに唐突に響く声。

おれたちの間に割って入ったのはノルンだった。


+ + +


「オイオイ、他人の喧嘩の邪魔すンなよ。ノルン、いつから騎士団に鞍替えしたンだ? ああ?」


「うるさい。ただの喧嘩で『組合』の法に触れたいの? さっさとその人を離しなさい」


「チッ」


舌打ちとともに、おれはザンバから解放される。

自由になった視界で見てみれば、ノルンが背後からザンバに取りつき、その首筋にナイフを突き立てているという状況だった。


「言っとくがよ、仕掛けてきたのはそのガキだぜ。殺さず、の法度に触れるのはどっちだよ」


「よく言うわ。どうせあんたたちから吹っかけたんでしょ」


おれが解放されたことを確認したノルンは、ザンバから飛び退き、ナイフを仕舞う。

やれやれと呆れた表情を見せているが、油断せず大男の動きを警戒している。


「とにかく、この場はこれで終わり。いいわね?」


「…………」


ノルンの問いに返ってきたのは沈黙。

ザンバの返答次第では再びの修羅場だ。周囲に緊張が走る。

ノルンは確認するように重ねて問う。


「ザンバ」


「…ったく、わかったよ。ああ、いいぜ、終わりにしてやる」


二度目の問いの結果、面倒くさそうに両手を挙げるザンバ。

男の行動と言葉に、おれもノルンも、そして周囲の人間たちもほっと肩の力を抜く。


騒動はこれにて決着した。


誰もがそう思った。

それが、油断だった。


「──この場は、な」


強化した動体視力でも捉えられない速度でザンバがおれの背後に回り込む。

その振り上げた拳には黒い魔力が宿っており、同時に聞こえたのは<我、宣誓するアルト・テスタ>という魔法の宣誓詞と呪文のいくつか。


「こいつは、貸しだぜ」


油断しきったおれに、ザンバの魔法が炸裂する。


+ + +


「なん、だ…?」


死を覚悟したおれの気持ちを裏切るように、なぜか身体はほとんどダメージを受けていなかった。おかしい、やつの魔法は確実に命中したはずだ。


そんなおれの不安を見透かしたのか、ザンバは不敵な笑みを浮かべ言う。


「右腕を見てみな、ガキ」


見れば、おれの右腕には黒い炎のような紋が全体に刻まれていた。


「それァ俺の魔法だ。『黒火葬痕ブラック・スタンプ』って言ってな、俺が決めた時間が経つとその刻印が本物の炎となってお前の腕を焼く」


「ザンバ…! 話が違うわ!」


「違わねェな。組合の法はこの建物内での戦闘を禁止するもンだろうが」


それによォ、とザンバ。


「俺ァ、このガキが気に入ったンだ。まさか俺をマジでぶん殴ろうとするとはよォ…」


頭にずしりと重いものがのしかかる。

それはザンバの手だ。先ほどとは違い、撫でるようにしておれの頭に触れている。


「一ヶ月やる。その魔法を解除して欲しけりゃ、その一ヶ月で俺を殴れるようになれ」


有無を言わせぬ、それは強要とも言えるもの。

仮にその時が来てもおれがやつを殴ることができなければ、おれの腕は消し炭と化すだろう。


だが、おれには望むべきことだった。


「わかった。一ヶ月でお前を殴れるようになろう」


「リク!!」


ノルンの声が飛ぶが、ここは引けない。

それに引いたとて、この男はこの右腕にかかった魔法を解除することはないだろう。


「ハハハッ! いいなァ、久しぶりに退屈せずに済みそうだ!」


そして上機嫌な笑いと共にザンバは舎弟を伴い、組合を出ていった。

一ヶ月だぜ、ということ念押しして。


+ + +


冒険者になって十数分。

その間におれは先輩冒険者に喧嘩を売り、呪いをもらった。


おれの腕が消し炭になるまで、あと一ヶ月。


カウントダウンがはじまった。

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