第16話:「洗礼」


「これで冒険者登録は完了です! サイレス様、ルチェ様、どうかよき冒険を!」


にこり、となにもなかったかのようにさわやかな笑顔を浮かべる獣耳の受付嬢と別れ。おれとルチェはそれぞれの服や装備に徽章を付けていた。これで名実ともに冒険者の仲間入りだ。


「様にはなってるじゃない。とりあえず依頼は受けられるようになったわね。自立への第一歩よ、おめでとうお父さん」


「ありがとう…ってだれがお父さんだ」


ぱちぱちと拍手をするノルンをにらみつける。

ちなみに愛しの我が子であるルチェは先ほどもらった自分の徽章に夢中で話を聞いていない。


「さて。改めて整理すると、まず最初の目標はメンバー集めね。次にLv4以上の依頼をこなす、という流れかしら。あたしもできる限り協力するから安心して」


推薦については後々考えましょう、とノルン。

たしかに、それについては今後他のギルドとの伝手を作ったりしていく必要がある。ギルドを設立するために必要な手順の中では一番難易度が高いだろう。


「だけど、それよりも優先度が高いのは資金稼ぎ、ね」


「お金ですね。わたしも大切だと思います! ひもじいのはもう嫌です! 死ぬので!」


珍しく力強く宣言するルチェ。

餓死しかけた経験は彼女を少しばかりたくましくしたようだ。


「そうよ、リク。自立しなさい自立」


「わかっているとも。となれば、さっそく依頼をこなすか」


「それがいいと思う。まだ信じ切れてないんだけど一人でソードベアを倒したんでしょ? 銅等級の依頼なら全然なんとかなると思うわよ」


「倒した、と言ってもぼろぼろになったがな…」


あの時砕いた魔石による底上げでなんとか使えた『強化・十式』。あれはLv5等級の魔石を4つ使っても数秒しか維持できなかった。強力な力だが、資金難の今は到底使用できないだろう。

仮に魔石が手に入ったとしても、今は売って資金にする方が賢明なのだから。


「依頼を受けるならあっちよ」


ノルンが示した方向には掲示板のようなものがあった。


見れば、どうやらそこに冒険者への依頼を掲示しているらしい。

これも冒険者の等級と同様に三つに別れており、等級によって受けられる依頼が違っている。


おれは自分の徽章と同じ銅製のプレートがついた掲示板の前へと移動する。

冒険者といえど最下層の階級だ、依頼内容は採集など簡単なものが目立つ。


「ふむ。低級魔石採集のお願いに、錬金術の素材の採集依頼か…簡単そうだが、当然報酬も安いな」


とは言え、まずは地道に行くべきだろうか。

反面、はじめての仕事だというのに、あまりに普通なものはロマンに欠けるという気持ちもある。


迷っているとルチェが一枚の依頼用紙を持ってきた。


「これなんかはどうでしょう! えっと…『逃げ出したウチのブラッドハウンドちゃんを見つけてください』。わあ、リクさん、お金がたくさんもらえるらしいです!」


「駄目だ駄目だ。というか誰だそんな物騒な魔物を飼ってるのは。銅等級に頼むな、食われて死ぬ」


その後もあれでもない、これでもない、とルチェと共に頭を悩ませる。

一番下の銅等級でも人数自体は一番多いのだ。それに合わせて依頼の数も多く、様々な種類がある。


「じゃ、ごゆっくりー、あたしはちょっと自分の用を済ませてくるわね」


ひらひらと手を振って受付の方へと戻って行くノルン。

大方自分の所属するギルドの用かなにかだろう。彼女に依頼選びまで付き合わせるわけにはいかない、ここはルチェと相談して決めてしまおう。


「なあ、これは──」


と、ルチェに依頼内容を見てもらおうとした、その時である。

宙に浮いていたルチェが、依頼用紙に気を取られ、通りがかった他の冒険者の担いでいた武器にぶつかってしまったのだ。


「わ、あっと…す、すみません」


すぐ謝るルチェだったが、運が悪いというかなんというかぶつかったその相手はいかにもな強面の冒険者たち。当然そのまま終わりとはいかなかった。


「ああ? なんだこのちっこいのは?」


「おいおい、おれらに喧嘩売るとは上等じゃねえか!」


「んひいい!? リクしゃあん!!」


たちまち数人の男たちに囲まれそうになるルチェ。

そこにおれが割って入っていき、ルチェを庇うようにして男たちの前に立つ。


「すまない、ぶつかったことは謝ろう。どうか、許してくれないか」


「なんだおめえは、こいつのツレか?」


「ってか、おい、見ろよ! こいつの徽章、銅ゼロだぜ!」


男たちから上がる嘲笑。

目ざといやつらだ、さっそくおれの『輝く最弱』バッジを見つけるとは。

これで事態はさらにややこしくなりそうである。


「おいおい冗談キツいぜ。兄ちゃんよお、そんなレベルで俺たちに歯向かおうってのか?」


「だから歯向かうつもりはない、許してくれと言っているだけだ」


こちらも相手の徽章を盗み見る。

相手は三人で、そのどれもが銀等級。実力としては中堅冒険者といったところか。

意外に実力はあるらしい。あいにく品はないようだが。


「おいおいおい! その割には態度がなってねえなあ! ああ!? 先輩に対しては謝り方つーもんがあるだろうが!」


まったく、きゃいきゃいとよく叫ぶものだ。

それに先輩と言われても、こっちは冒険者になってまだ数分だ。実感など湧いてたまるものか。


「リ、リクさん…」


「大丈夫だ、ルチェ。任せておけ」


と言ったものの、男たちの大声に周囲の目も集まってきている。

騒ぎにはしたくない。なんとかやり過ごす方法があればいいが。


「オイ」


とそこに、絡んできた男たちとは別の声が響く。


現れたのは見上げるような大男。

真っ赤な髪と鬼を思わせる険しい表情、そしてなにより目立つのはその巨躯以上の大剣。


見れば、その胸には金色の徽章。

刻まれたレベルは7、本物の実力者ということだ。


「なにしてンだ、おめえら。組合の中で騒ぐンじゃねえ」


「ザ、ザンバの兄貴ィ!? い、いえ、違うんです、こいつらが絡んで来ましてね!?」


ザンバ、と呼ばれた男の登場に態度が変わる三人衆。

どうやらこの巨人の舎弟かなにかのようだ。それを証明するように男たちは皆、黒い手を意匠にした紋章を身につけている。


というか、さらっと嘘をつくな。絡んできたのはお前たちの方だろうに。


「ああ?」


舎弟たちに言われ、はじめて気が付いたかのようにおれとルチェに視線を向けるザンバ。

だが、おれの徽章を見た途端、男はまたこちらへの興味を無くしてしまう。


「チッ……」


それはつまり「取るに足らない相手」と思われた証なのであろう。

…さっきからなんだというのだ、一方的に絡んできて、あげくこっちを雑魚扱いとは。


これでも元は『学園最強』と言われ、今は一人の冒険者としてフロンティアを目指す身だ。こちらを完全に格下と決めきった扱いに、胸がチリチリと熱くなる。


なんのことはない、おれは怒っているのだ。


「くだンねえ…。さっさと行くぞ、お前ら」


「「「へい!!!」」」


ゾロゾロと連れ立って、おれから離れていく男たち。


これで一件落着だ。

あとルチェと共にはじめての依頼を探して──


そこまで考えて、おれは自分に問う。

本当にこれでいいのか、と。


ルチェを、仲間をからかい、おれの力を笑ったものたちをこのまま行かせていいのか、と。


それで、おれのロマンは成せるのか、と。


「…………」


心を静めるようにしてゆっくりと息を吐き、止める。


そして、次の瞬間発動したのは『強化・二式』。

赤い強化の魔力を纏い、拳を握る。


Lv0を怒らせるとどうなるか。

ここであいつらに教えてやるべきだ。

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