第15話:「冒険者になろう!」

数日ぶりの食事で腹も膨れ、意気揚々とやってきたのはエルデの中心地。

目的地はこの円形の立派な建物、冒険者の管理を行っている『冒険者組合』だ。


建物の中央にはその外観と同じように円形の受付があり、たくさんの冒険者たちが依頼の斡旋を受けている。


「フロンティアへ入るにはまずギルドに所属する必要があるわ。その中でも神題に挑めるのは、数多くある冒険者のギルドの中でもトップクラスのところだけ」


いくつかのギルドの名前を挙げるノルン。

その中にはおれが入る予定だった『不転の花イモータル・リリィズ』の名前もあった。


「ギルド…ですか?」


「冒険者の集まりだな。同じ目標もったものたちで作るチームのようなものだ」


あの白い塔『神止杭ラグナバンカー』を越えた先、フロンティアに挑む冒険者には様々な目的がある。神題の攻略を目指す者、神々の残した遺物を探す者、単純に金を求める者、などなど。


その目的に合わせて冒険者はギルドという単位に所属するのだ。また、原則的にギルドという単位でしかフロンティアへの立ち入りは認められていない。

フロンティアの過酷な環境や迷宮は個人の力ではどうにもならないからだ。


「その通り。だけど…はい、ここで残念なお知らせがあります」


こちらを振り返り、びしりとおれに指を突きつけるノルン。


「悲しいことに、リクみたいな『強化魔法しか使えない中退魔導士せんりょくがい』を欲しがるギルドはエルデには存在しません」


言うな。事実を事実のまま伝えられても気まずい表情を浮かべることしかできない。

反応したのは頭の上のルチェだけだ。


「そ、そうなのですか!?」


「ええ。そうなのです、ルチェちゃん」


ノルンは「はあ」とわざとらしいため息をつきつつ、ジト目でおれを見る。


「なので、魔法の才能だけが取り柄だったこの天才馬鹿はこのままだとただの穀潰しです」


「おい、さすがに泣くが」


「でも安心して、ルチェちゃん。ギルドがないなら作ればいいわ」


聞いちゃいない。


「ギルド設立の条件は三つ。三人以上のメンバーがいること、Lv4以上の依頼をこなすこと。そして、他のギルドからの推薦ね」


「ほえ…推薦も必要なのですね」


「ギルド同士は相互補助、助け合いが前提なの。フロンティアという険しい環境で役割や実力のないギルドは必要ない、ってところね。…まあ例外もあるけれど」


「となると、おれたちの目標はまずはメンバー集めからだな。依頼をこなすにしても人数が揃っていた方がいいだろう」


ルチェには悪いが、中退魔導士と妖精では戦力不足だ。


「あれ、人数ならそろっているのではないですか?」


そう言ってルチェは自分、おれ、そしてノルンを順に指さす。


「いや、ノルンはもう別のギルドに所属してるはずだ。そうだよな?」


おれが学園を出てから4年だ。その間、彼女が個人の冒険家として活動していたとは考えにくい。

当然どこかしらのギルドに入っているのが当然だろう。


「…そうね。ごめんなさい、ルチェちゃん」


「わわっ、そうだったのですね。すみません、勘違いしてしまいました!」


その台詞に「あたしもほんとはルチェちゃんと一緒にいたいのよ!」とまたルチェを抱きしめるノルン。かわいいものには目がないのが彼女だ。


とはいえ、おれもルチェの言葉にならうわけではないが、ノルンがいてくれたらと思わずにはいられない。


その理由は語るまでもない。


なぜなら、おれはかれこれ4年間もぼっちだったのだ。自慢ではないが、コミュニケーション能力には自信がない。まったくといって言いほどに。


「とにかく、なにはなくともまずは冒険者登録ね。受付でさっさと登録しちゃいましょう、話はそれからよ」


+ + +


「冒険者登録ですね。ではこちらの魔導具に魔力を込めていただけますでしょうか!」


にこにこと人なつっこい笑顔を浮かべて応対してくれたのは冒険者組合の受付嬢。

獣人の女の子で、頭の獣耳がぴょこぴょこと動いて愛らしい。


彼女がこちらに差しだしたのは木製の小さな杖。先端には宝石のようなものがはまっている。


「なんでしょうか、これは?」


ふよふよと杖に寄ってきたのはルチェ。

初めて見るものに興味津々のご様子だ。


「レベル測定用の魔導具ね。これで大方の実力を測るの」


「だな。ほら、迷宮でおれがつかった紙、覚えているか? 効果はあれと同じだな」


「ありました! ほえー、あれと同じなのですね」


Lv0になってしまったことを確かめるために使ったあの紙は使い切りだが、この杖は使用者の魔力さえあれば何度でも使うことができる。ただ効果の割に値段は高いし、使う機会も限られるのでこういった場所にしか需要はないが。


「ではさっそく」


そう言っておれは杖に魔力を込める。

まあ、結果は分かりきっているのだが。


しばらく魔力を込めた後、受付嬢に杖を返す。


「はい、ありがとうございます! サイレス様ですね。えっと…レベルは……0?」


魔導具に示された測定結果に固まる受付嬢。

その表情には次第に混乱と焦りが浮かんでいき、


「し、失礼しました! 道具が故障して──」


彼女は慌てた様子で杖を取り替えようとする。

が、おれはそれを手で制す。


「あ、いや、すまない。それで合っているんだ」


「ええ!? ぜ、0…ですよ…!?」


「ぷふっ…!!」


驚きの目で見てくる受付嬢。どうかそんな目で見ないで欲しい。

というか、笑うなノルン。


正直なところ、一般人でもレベルは1くらい普通にある。

生まれたての赤子や先天的に魔法が使えないものが0に分類されるのだ。


つまり、今は赤ちゃんが冒険者になりたいと言ってきたような状態に近いということ。

彼女のリアクションも頷けはする。認めたくはないが。


「マジ、ですか…?」


「マジです」


驚きの表情のまま「うっそ…ほんとにいるんだ」と呟く受付嬢。

おい、しっかりと聞こえているぞ。


「…し、失礼しました。こほん。では、こちらをどうぞ。冒険者の証である徽章です」


それでも相手はプロだった。

ぎこちなくも笑顔を取り戻し、コインほどの大きさのバッジを渡してくれる。


それは冒険者徽章と呼ばれるもの。

冒険者という身分と実力を、その素材と刻まれたレベルによって証明してくれる。


「銅ね。予想通り、ってとこかしら」


後ろからノルンの声。

おれの徽章を見ての感想だろう。


一般的にレベルというのは0~9まであるのだが、これらは大きく三段階に分かたれており、その段階によってこの徽章の素材は変化する。


最初にレベル0~3。これらはまとめて銅等級に分類される。

よくて普通の冒険者、悪ければおれのようなものもいる。


次に、レベル4~6。これらは銀等級だ。

最低の4でもしっかりと実力のある冒険者で、6ともなれば一流中の一流といえるだろう。


そして最後が金等級。

レベルは7~9で、そのどれもが英雄並みの実力持ち。

師匠であるユークや昔のおれの実力がここに分類される。


そんなことを考えつつ、おれは手元の徽章を見る。


鈍く輝く銅製、表面には刻まれた0の印。

いわば最底辺の証。


…ある意味レアなアイテムだと思っておこう。


そんな事実に打ちひしがれていると、おれと入れ替わりでレベル測定を行っていたルチェの結果が聞こえたきた。


「はい、Lv3ですね! すばらしいです!」


「わはー!」


Lv3。

意外と…ある…のだな…?


複雑な感情がおれの心を襲い、それに応えるかのように胸につけた徽章がきらりと光る。


うむ…がんばろう、おれ。

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