第14話:「ノルン・エリッジ」
ノルン・エリッジ。
美しい黒髪とスレンダーな体型。猫科を思わせるしなやかな手足。
切れ目でキツく見られがちな顔つきだが、世話好きの少女。
彼女はおれの幼なじみである。
師匠に引き取られ学園に入るまで暮らしていた雪深い村、エベレト。
人口数十人のその村は子どもが少なく、歳が近かったこともあり、幼い頃からおれとノルンはよく一緒に遊んでいた。学園で最強ぼっちを極めていたおれにとっては唯一と言っていい友人だ。
ちなみに彼女がおれの退学を知ったのは、フロンティアの深層にいる師匠に代わって手紙を受け取っていたからとのこと。相変わらず生活のもろもろを他人に任せっぱなしの師匠である。変わっていなくて安心した。
そんな事情や近況を聞きつつ、おれはルチェとの出会いや学園を退学になったこと、そしてここまでの旅路をかいつまんで話した。
+ + +
「はあ!? アレクディオンから歩いてきたの!?」
「いや、馬車にも乗ったぞ?」
「乗りました! お馬さんがかっこよかったです!」
お腹が膨れて元気になったルチェはおれの頭の上に戻り、今は焼き菓子をほおばっている。
ぱらぱらと食べこぼしが落ちるが、もう諦めた。あとでまとめて落としてしまおう。
「どんくらい距離があると思ってるのよ…」
ちなみに山を三つほど超えている。
「いや、ちがう! そ・れ・よ・り・も!! あんた魔法使えなくなったの!?」
興奮し、テーブルを叩き立ち上がるノルン。
「全部じゃないぞ。……なんと、強化魔法がつかえる」
「あほぅ! 強化魔法くらいあたしでもつかえるわっ!!」
すぱーん、とツッコミの手刀がおれの頭に飛んでくる。そのあまりの勢いに吹き飛んだのは、頭上のルチェ。
「ひにゃあ!?」
「ああ!? ご、ごめんなさい…!」
すでに定位置となったおれの頭の上にルチェを戻し、お互い一呼吸。
「…で、それ、ほんとにマジなの?」
「ああ。ほんとにマジだ」
「なにしてんのよ…」
頭を抱えるノルン。
昔からこいつは他人ごとを自分のことのように悩むのだ。
ほんとうに面倒見がいい。
「ごめんなさい、ノルンさん。リクさんの魔法が封印されたのは、わたしのせいなのです…」
「ルチェ…」
まったく、違うと言っているのにこの妖精は。
「気にしなくていいのよ、ルチェちゃん。どーせこの天才馬鹿が勝手にやったんでしょ」
おれには向けられない慈母のような微笑みでルチェを慰めるノルン。
どうやら彼女はこの妖精のことをいたく気に入ったらしい。そういえばノルンは昔から小さな動物が好きだった。
「ふふん、その通り。この天才が──っておい、待て。誰が馬鹿だ、誰が」
「頭いいくせにやることなすこと、行動が馬鹿なのよ、あんたは。天才馬鹿!」
「なッ──褒めているのか!?」
「けなしてんのよ!!」
バチバチと目線で火花を弾けさせるおれとノルン。
なつかしい、村でもよくこうして喧嘩したものだ。
「はあ…まあいいわ、あんたのことだし、なんとかするでしょ」
ありえないけど、ソードベアまで倒したみたいだし、とノルン。
「で、エルデまで来たのって冒険者になるためよね」
「そうだ。本当は卒業してからのつもりだったが、退学になってしまってはな」
「まあ、そうよねえ。ほっといたらユークさん、どんどん先に行っちゃうだろうし」
ユーク。それはおれの師匠の名前。
ユークライト・サイレス。
ノルン曰く、あの人は今フロンティアの深層に潜っているらしい。あの実力だ、このエルデにまで戻ってくることはないだろう。
「…だな」
おれの目標はフロンティアを冒険し、ユークに、師匠に並び立てる者になること。
そのためにおれは学園で魔法を鍛えてきたのだ。
…その努力のほとんどは消えてしまったが。
だがそれ故に、これ以上の足踏みはできない。牛歩だとしてもすこしでもあの人に近づかなければならないのだ。
「まったく。しょうがないわね、この際あたしが面倒みたげるわ。先輩冒険者としてね」
「ノルン! 本当か…!」
「ええ。だけどお金は貸さないわよ」
釘刺しの言葉とともにおれの頭の上のルチェをつまみ、抱き寄せるノルン。
特に意味はなく、ただルチェを抱きたかっただけのようだ。
「ルチェちゃんを養うためにもまずは自立しなさい、この甲斐性なし!」
嫌がるルチェを力一杯抱きしめながらこちらを責める幼なじみの少女。
だから勘違いしないでほしいのだが、その妖精はおれの子どもではないのだ。
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