第13話:「迷宮前線都市エルデへ」

『迷宮前線都市エルデ』。

それはフロンティア攻略のための一大拠点であり、多くの冒険者が集う街。

神止杭ラグナ・バンカー』が立ち並ぶフロンティア・ラインに隣接しており、冒険者はみなここから様々な迷宮攻略やフロンティアの探索へと向かっていく。


石造りの街並みは活気に溢れ、様々な国の特徴をごちゃまぜにしたような雰囲気がある。

ありとあらゆる土地から冒険者集う都合上、エルデの街は複雑怪奇な進化と発展を遂げてきたのだ。


そんなエルデだが、実は神題の一つだった『エルデの大迷宮』が街の基礎となっている。


地形的な条件や迷宮の建物をそのまま利用できたことから、攻略後に拠点として利用されはじめ、1000年にわたる増改築を繰り返し今の形となった。複雑に入り組んだ路地と街のあらゆる場所に通じている地下通路はその名残である。


つまりここは最初に攻略された神題であり、いまは神題攻略の最前線だ。


まさに冒険者の故郷であり、玄関口。


おれとルチェはフロンティアへ挑むため、荷馬車を乗り継ぎ、徒歩で山を行き、長い旅路の果て、ついにそのエルデへとたどり着いた。


──無事に、というにはほど遠い状態ではあったが。


+ + +


「つ、ついた…! エルデ! エルデだぞ、ルチェ!! しっかりするんだ!」


「リ、リクしゃん…わ、わたしもう…お腹が減って動けませ…しに…死にまする…」


「語尾すら変だぞ、ルチェ…! というか君はおれの頭の上に乗っているだけだろうに…!」


エルデの関所を越え、たどり着いたのは街の目抜き通り。


おれとルチェは到着するやいなや、その通りの中心に倒れ込んだ。

そう…おれたちはソードベアよりもやっかいな敵にやられてしまったのだ。


──恐るべきその敵の名は『空腹』という。


まず、声を大にして言いたいのは「素人がノリで旅にでるものではない」ということ。


退学通知と共に学園を追いだされ、ろくな準備もできなかったおれたちの路銀は早々に底をついた。

最初のやる気はどこへやら、不死者アンデッドのような虚ろな目で街道を行き、食べるものと言えば道ばたの草木。川の水がまさに命の水であった。


食べ物の多い春で助かった。そうでなければおれたちは本物の不死者と化していただろう。


しかもここ三日に至ってはほとんどなにも食べていない状態だ。


だが、まだ危機は去っていない。

というか今からが本番だ。


「う…動けん……」


情けないことに、お腹が減って動けないのだ。

そして、頼りの相棒はというと。


「む、むしゃ…むしゃ…はひ…リクしゃん、この麺…すごい硬ぇです…」


「ルチェ…たのむから、おれの髪を食べないでくれ……」


空腹のあまりおれの髪を食べているルチェ。

朦朧として、おれの美しいブロンドを麺かなにかと思っているらしい。


目も当てられない醜態。通りを行く街の人の哀れみの目線が体中に突き刺さる。


どうやらLv0の中退魔導士であるおれと、号泣妖精ルチェの旅はここまでなのであろう。

思えば短い旅路だった。


──ああ、黄泉の川の向こうからソードベアが手を振っている。


だがしかし、おれの黄泉の道行きは唐突にキャンセルされた。


「ちょ、やっっっぱりここにいたッ!!!!!!」


空腹でかすれ行く意識の中、唐突に響いたのはよく通る女性の声。

天の迎えでも来たのだろうか、それにしてはなんとも乱暴だなと思っていると、その天の迎えに胸ぐらをつかまれ、無理矢理立たされる。


「あんたねえ、一体なにしてんのよ…!?」


「むぎゅぎゅぅ…?」


なにをしているとはこちらの台詞である。首がしまり絞り出された呼気が変な音を出しているではないか。

だが、それでも相手は止まらず胸ぐらをつかんだまま今度は前後に揺さぶってくる。その勢いで頭の上のルチェがぐわんぐわんと揺れている。


死に損ないにこんなひどいことをするのは誰かと思って、重い目蓋をがんばって開けてみると、そこにいたのは長い黒髪で切れ目の、そして見覚えのある少女だった。


それは──


「お、お前…ノルン…か?」


かつて師匠と住んだ雪深い村。

その村で唯一の幼なじみであった少女、ノルン・エリッジがそこにいた。


+ + +


「おいしい…! おいしいです…! すごいおいしい!! うまあじです!!」


号泣しつつ自分と同じくらいの大きさの肉にかぶりつくのはルチェ。

顔からいくものだから、その顔面は涙と肉汁とソースで芸術作品のようだ。


「ほら、拭いてやるからすこし休め。急に腹に入れるとお腹壊すぞ」


肉にへばりつく妖精を引きはがし、布でその顔面を拭いてやる。


「わはあ…」


…この妖精、だんだん世話されるのになれてきたのだろうか、されるがままである。

頬袋を肉でいっぱいにし、満足そうな笑みではぐはぐと咀嚼している。


「ちょっとなによ、そのかわいい塊は」


そう言ったのは追加の食事をもってきた黒髪の少女。

おれたちを餓死の危機から救ってくれた女神、ノルン様だ。


今おれたちはエルデの市内にある彼女の自宅に連れられ、ご飯を恵んでもらっている。


「いや、ほんとうに助かった。しかし、まさかお前が冒険者になっていたなんて」


「驚いたのはこっちよ」


はあ、とため息を吐きつつノルンもテーブルへとつく。


「アレクディオンから、あんたが退学したって知らせがあったから、まさかと思ってたんだけど」


そう言って、ちらりとおれに顔面を拭われてるルチェを見るノルン。


「まさかコブつきでやってくるとは…」


「もぐぐ…わたしはコブ、なのです?」


「いや、違うからな?」


あいにくと子連れになった覚えはない。


「はあ…とにかく、なにがあったのか話してくれる? 話はそれからよ」


おれは幼馴染の少女に、これまでの顛末を語り始めた。

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