第12話:「神話の語り部」

「神さま、ですか?」


「ああ、七柱の神さまがいた。だけど、その神さまたちはある時姿を隠してしまう」


「ほえ…いなくなってしまった、ということですね」


「そうだ。その理由は神々による長い戦いがあったからとも、魔物による大きな災いがあったからとも言われている。…まあ、今となっては本当のことは誰も知らないが」


おれは指を空へと向ける。

伝え聞く神代のお話。おとぎ話のようなそれは、この世界に伝わる七編神話。


七柱の神は、七難を残し、七天へと還り行く。

人に残せしその大地。果てに至りしは七難を乗り越えしもののみ──。


「天へ帰った神さまたちは、その代わりにあるものを人に残した」


「神さまの置き土産、的なものですか」


ルチェの問いに頷く。

指を下げ、指し示すのは白き塔がそびえる遙か先。

それこそ神の残せし、偉大なる土地。


「そう。それが『神々の残せし大地フロンティア』だ」


神が住み、創り出した人類未到の領域。

未だ未知が残る、この世界の最後の幻想。


「ちょうどあの白い塔…『神止杭ラグナ・バンカー』がその境だな。塔はフロンティアの強力な魔力をせき止めているんだ」


景色の先にあるのは遠目にも巨大な白い塔。

神止杭ラグナ・バンカー』はフロンティアの境界を示すように等間隔に建てられている。


ルチェはおれの示す先を見つめ、目を輝かせる。

それは感動と言うよりも、未知への期待。羨望のようなもの。


「あの向こう、フロンティアでは見たこともない魔物が跋扈し、魔力風が吹き荒れ、大地すらも容易く転変する…だが、なによりも重要なのは神々がそこに残した試練だ」


おれは両手を使い、指を七本立てる。


「それが、神々からの七つの試練──通称、『神題』」


七柱の神がそれぞれ一つずつ残した、人への課題。

未知の大地を行き、その先に待つのは人の身には余るほどの難題たち。


神はフロンティアに、七つの迷宮を人に残したのだ。


「そのうち四つはすでに果たされた」


おれはルチェに語る。


偉大なる先達の冒険者たちの所行を。

1000年に及ぶ人々の冒険は神の課題すら踏み砕くということを。


踏破されたのは、四つの神題迷宮。


最初は、並ぶものなき『エルデの大迷宮』。

次には、幻想の彼方にありし『妖精郷ティルズ・ネスト』。

さらには、狂気の絶界『不死者の墓場』。


最後は、天に浮かぶ『ソラヤの星天宮』。


それらは暴かれ、白日の下にさらされた。

いつかは神話ではなく、英雄たちの伝説となるだろう。


「残されたのは三つの課題、三つの迷宮だ」


移動城塞都市『グラン・バレア』

黒き夢幻の森林『アルトメアの森』

そして、フロンティアの最奥にあるという最終神題『神々の座』


それがあのフロンティアにはまだ眠っている。

人がまだ見ぬ、幻想の集大成。


「それが神代のお話。そして、その残された三つの神題、これを攻略しようとフロンティアに挑む。それが冒険者と呼ばれる者たち」


「ほええ…でも、なんだかロマンに溢れたお話ですね。神さまの残した試練だなんて」


「そうだな、だからこそ世界中から冒険者が集まってくる」


フロンティアに集う冒険者たちの目的は様々だ。

あるものは金を、あるものは名声を。

しかし、詰まるところ『神題』が起点であり、終点である。


そして、それはおれも同じこと。


「それで、なんだが。ルチェ、実はおれもフロンティアへ行こうと思っている」


「そうなのですか?」


「ああ、学園に行って魔導士になったのもそのためなんだ。フロンティアの厳しい戦いについていくための力が欲しかった…冒険者になって、追いつきたい人がいたんだ」


「追いつきたい人…」


だからこそ本当は卒業して、ギルドに所属してから向かうつもりだった。

ほとんどの魔法を失い、退学となった今、その算段は大きく見直す必要があるだろう。


今のおれにあるのは強化魔法だけ。

だが、師匠あの人に追いつくことは微塵も諦めてはいない。


思い出すのはソードベアとの戦い。

大丈夫、あの時のように情けない考えにはもう至らない。


そのためにも一つ、ルチェに聞かなければならないことがある。


「フロンティアは危険な場所だ。でも、人も物も、知識も集まる場所でもある。封印だって、解く方法が見つかるかもしれない…それに君のことも、もしかしたら」


ルチェ。剣に封印されていた記憶喪失の妖精。

妖精の故郷である『妖精郷ティルズ・ネスト』自体、フロンティアの中にある。ルチェについての手がかりがあるとすれば外よりも中、だろう。


「ルチェ。それで、なんだが」


ふう、と息を吐き呼吸を整える。

問うべき、本題はこの後だ。


「よ、よかったら君も、その、一緒にこないか?」


思えば誰かと一緒になにかをしようと自ら誘ったのはいつ以来だろうか。

最強ぼっちであった学生時代は、なにをするにも一人だったのだ。それまでは人間よりも野生動物が多いような田舎にいた。


…なんだか変に緊張してしまってルチェの顔が見れない。

おれは目線を逸らし、遠くの景色を見つめて答えを待つ。


「リクさん」


隣の妖精からの声。

それはなんだか戸惑っているようで、かつ嫌がっているような…。

も、もしかしてこれは断られるのか…?


しかし、ルチェから発せられたのは、はいでもいいえでもないただの一言。


「リクさんってほんと友達いなさそうですよね…」


そんな言葉だけだった。


+ + +


「いや、リクさんってほんと友達いなさそうですよね…」


「に、二回も言うことはないだろうに!?」


春もうららかな田舎道。

荷馬車の上には、Lv0の元魔導士と妖精の姿。


おれはルチェにひどく呆れられていた。

あまりの呆れように彼女の表情は見たこともない渋いものになっている。


「先も言ったが、フロンティアは危険な場所なのだ。そう易々と誰かを誘うなんてことはできない」


こちらは意を決して誘ったのだ。

そのがんばりを褒めてくれてもいいものを。というか褒めてほしい。


「リクさん。違いますよ、わたしだけは易々と誘っていいのです」


「そんなわけには…」


「いいえ、大丈夫なのです」


言葉と共に浮き上がりおれの正面、目線が合う高さにくるルチェ。

そして、彼女はおれの手を握り、言う。


「だって、わたしたちはもう友達、なのですから」


ルチェのその言葉におれは自分が思い違いをしていたことに気付く。

やはり、長年一人だったのがよくない。こういう思考が染みついてしまっているのだろう。


迷宮での約束。おれたちはもう友人であり、相棒なのだ。


「そう、だったな。…すまない、ルチェ」


「はい! 友達なので許してあげるのです!」


にこり、と笑顔を見せるルチェ。

泣き顔が見慣れた彼女だが、やはり笑顔の方が可愛らしい。


…まあ、やはり小動物的に、だが。


「よし! じゃあ、改めて」


こほんと咳払いをし、ルチェに目配せをするおれ。

そして、おれとルチェは声を合わせて言う。


「「目指すはフロンティア!」」


Lv0の元魔導士と妖精の目線は、遙か大地の彼方『神止杭ラグナ・バンカー』の先へと向いていた。

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