第11話:「退学のお知らせ」

次なる苦難。それは──


「リクルレドラ・サイレス。本日をもって、君を退学処分とする」


唐突なる退学のお知らせであった。


リクルレドラ・サイレス。

『学園最強』の魔導士は、今やLv0の中退魔導士となった。


+ + +


ソードベアとの戦いから三日後。おれとルチェは迷宮を脱出することに成功した。


最下層から逆に上へと昇っていく都合上、魔物はだんだん弱くなっていく。強化魔法の扱いになれてきたこともあり、その後の戦闘はなんとか切り抜けることができた。


問題はその迷宮を出た後のこと。

迷宮である洞窟を出たその瞬間、おれとルチェは学園に拘束されてしまったのだ。


学園側もどうやってかはわからないが、あの洞窟の封印を察知していたらしい。

おれとルチェは拘束され、様々な取り調べと魔法的な検査を受けさせられた。


だが、その結果は知っての通りのLv0最弱判定。

おれが魔法を使えなくなっていることがわかり、その日のうちにおれは魔導学園アレクディオンを追われることとなったのだ。


学園の星、新たな英雄、孤高の天才と謳われたのは過去のこと。

今や一般人かそれ以下となったおれを、学園は用なしと判断したのだろう。


名門、魔導学園アレクディオン。

持てる者には優しく、持たざる者には厳しい。


+ + +


「これでおれも中退魔導士…か」


学園を出て(追い出され)、おれとルチェはとりあえず街を目指して馬車に相乗りさせてもらっていた。


馬車と言っても、飼料用の干し草を運ぶ荷馬車だ。

いまは山間にある野道にさしかかっている。季節は春先なので、ぽかぽかと温かい。


そんな荷馬車の干し草の上。そこで大の字に倒れるおれがいた。

魔法を封印されたことのショックは乗り切ったつもりだったが、いざ退学処分を受けてしまうとさすがに凹んでしまう。


「で、でも! リクさんにはまだ強化魔法があります!」


おれをはげますように言ってくれるルチェ。

たしかにおれにはまだ強化魔法がある。


…あるのだが。


「強化魔法な…」


「はい! すごい魔法です! あのクマさんを倒しちゃうくらいなんですから」


ルチェは空中でシュッシュッとパンチのまねをする。

おそらく迷宮での戦いを真似しているのだろう。


「でも、どうしてあの強化魔法を学園の方々に見せなかったのですか? そうすれば退学だって…」


「いや、見せたんだがな」


そう、見せたのだ。取り調べで、使える魔法はないのかと聞かれ強化魔法を実演。

しかしその結果は


「なんかすっごい憐れなものを見る目で見られた……」


「はえ…」


強化魔法は本当に初歩の初歩の技術。本来魔法と言うのもおこがましいものだ。

魚が泳ぐように、鳥が羽ばたくように、それは魔導士にとっては当たり前のこと。


『学園最強』を名乗っていた男が、基礎技術しか使えなくなっていれば、向けられるのは哀れみくらいだろう。というか、なんとも言えない微妙な空気になってしまっていたたまれなかった。これなら魔法をすべて使えなくなっていた方が向こうもリアクションが取りやすかったろう。


泳げるんです!!と自慢してくる魚がいたらおれでも困惑する。


「で、でも『強化限界強化魔法リミット・ブレイカー』なら」


強化限界強化魔法リミット・ブレイカー』。

それは強化魔法を強化する、というおれの切り札。たしかにあれはすさまじい力を発揮する。だが…


「ルチェ。前に言ったように、昔から理論だけは知られてるんだ」


そう。それでも使う者がいないのは、それだけの理由があるからだ。

おれ自身、実際に使ってみてわかったが、あの魔法は魔力の燃費も最悪な上に、反動も大きい。あれだけ大量の魔力を消費できる地盤があるのなら魔導士になるべきだし、ましてや戦士なら単純に筋力を付ければいい。


「そうなの、ですか…」


そう言って気を落としてしまうルチェ。

また自分のせいだと落ち込んでいるのだろうか。


「まあ、終わったことをぐだぐだと言ってもしょうがない。それよりもほら、ルチェ見てみろ。ちょうど街道に出る」


おれはルチェの気を逸らそうと話題を変え、荷馬車からの景色を指し示す。


山深い田舎道、ちょうど木々の切れ目から景色がのぞく。

山からの高い目線、そこに広がっていたのは見渡す限りの広大な大地と、それを貫くように流れる大河。その周辺にはおれたちの目指す街も微かに見えている。


景色は春の芽吹きにより、緑と花に彩られ、さながら一枚の絵画のようだった。


「わあ…! す、すごい! すごいです!!」


「どうだ、大した景色だろう? 春のアレイナ台地は一見の価値あり、と昔から言うのだ」


おれでも心が揺れるこの景色。ましてや記憶のないルチェにとってはまさに絶景だろう。

ついさっきまで落ち込んでいたことを忘れ、ルチェは目の前の景色に夢中の様子。

ほああ、と声にならない感嘆の声を上げている。


そうやって目を輝かせる彼女のその表情に、おれも落ち込んでいたことがばかばかしくなってくる。

結局おれはこの妖精に救われてばかりな気がする。


「リクさん? ど、どうして笑ってるのですか?」


「ふ…ああ、いや。悪い、なんでもないんだ」


よし。おれも気を取り直して進もう。

強化魔法以外は封印されたが、その封印を解く方法だって見つかるかも知れない。


おれは身体を起こし、ルチェとともに風景を見る。


「あれ! あれはなんでしょう? 超でっかいです!!」


ルチェが指したのは新緑の大地の遙か向こう、そこにそびえ立つ無数の白い塔の群。

それらの塔は均等に並び、さながら巨大な城壁のようである。


「ああ、あれは『神止杭ラグナ・バンカー』だな」


「らぐな…?」


首を傾げるルチェにおれは言う。


「いい機会だな。すこし、神話を語ろうか」


干し草の上で、おれは妖精に話し始める。


「この世界には昔、神さまがいたんだ」

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