第9話:「限界の戦い」

「リクさん!!!」


「ルチェは岩陰に隠れててくれ!」


咆哮と共に、こちらに突進してくるソードベア。

おれはすぐさま全身に魔力を流し、強化を開始する。まずは通常の『強化』。


「よし…っ!!」


いくら通常の強化とは言え、全身に魔力を回すのは想像以上に魔力を消費したが、結果は上々だった。おれは相手の突進をぎりぎりのところでいなすことに成功する。

全身を強化したことで、脚力と反射神経が上手くかみ合ってくれている。


突進をかわされたことでソードベアは体勢を崩しかけるが、流石は四足。すぐさま持ち直して、その爪を振るうために二本足で立ち上がる。


だが、それでいい。こちらも魔法がない以上、望むべくは接近戦だ。


おれは腰に差していた剣を手に取り、構える。

ルチェが封印されていた、そして今はおれの魔法が封じられた剣。

恐ろしいくらいのなまくらだが、今はこんなものでも頼もしく感じられる。幸い、剣術には最低限だが心得もあった。


「ゴオオオオオオオオオオッ!!!」


ソードベアが再び吠え、目の前の獲物を狩るべく爪を振るう。

しかし、その攻撃は一度かわしたことがある。それに今は全身を強化している。


一撃、二撃。

左右から交互に致命の攻撃が迫るが、おれはその両方を回避することに成功。

思った通り、これならなんとかなる。


「今度はこっちの番だ!」


攻撃をかいくぐった隙を逃さず、おれは手に握った剣を強化。

奴が爪を振るい、隙となった脇腹を狙って剣を振るう。


──が。


「固った!?」


強化したとはいえ、なまくらの剣はソードベアに傷を与えるどころか、その毛皮にすらはじかれてしまった。

想像以上に使えない、まさに呪いの一品である。だれがこんなものを作ったのか、マジで文句を言ってやりたい。


とにかく、斬撃にはもう期待すべきではないだろう。

これは打撃武器として考えることにする。


それに強化もやはり通常のものではだめだ。

回避には十分だが、決定打が与えられない。隙を見て、今度は『強化・二式』で一撃を与えるべきだろう。だが、魔力の消費が大きくなる分、短期決戦が求められる。


「とはいえ、警戒…してくるよな」


何度も攻撃を避けられ、さらには反撃までしたことで奴はこちらを警戒し始めている。

そこらの獣ならいざ知らず、相手は難度Lv5の魔物。特に狩りに関しては狡猾だ。今のような大ぶりの攻撃はもう簡単には繰り出してはこないだろう。


「ならば、だ」


取るべきは守りではなく、攻撃だ。


おれは、あえなく打撃武器となった剣を構え、直線的に魔物へと突撃する。

強化した足での踏み込みは、一瞬で相手へと肉薄する。


不用意に近づいてきたおれに、ソードベアはその剣指で迎撃の構え。

先ほどの一撃でこの剣の切れ味はバレている。奴はこんななまくらに自慢の爪が負けるわけがないと思っているだろう。


「だが!」


この剣の威力はこれで終わりではない。さらに先へ行けるのだ。

より強く、そして速く。


「『強化限界強化魔法リミット・ブレイカー』──ッ!!」


それは切り札の号令。


腕を、剣を、全身全霊の魔力によって強化。

振るう剣の軌跡はその強化の光によって、赤く染まった。


走るは、紅蓮の一閃。


その一刀により、ソードベアの爪は根元から砕け散る。


怯む奴の顔が、強化で加速した視界に一瞬だけ映る。

しかし、おれの攻撃はこれで終わりではない。


続けて『強化・二式』を全身に回す。

とんでもない量の魔力が消費され、一瞬立ちくらみのような感覚を覚えるが耐える。こればっかりは気合いだ。


おれはさらに強化された肉体で、剣を振り抜いた体勢を無理矢理に制御する。そして、普通ならあり得ないような連撃でもって奴の残ったもう一本の爪へと剣撃を見舞う。


急制動に自分の骨が軋み、いくらかの筋繊維が断ち切れるのを感じる。

が、それくらいでおれは止まらない。

空中で翻ったような動きをもって、おれはその目的を果たす。


「オオッ──!!」


『強化・二式』による限界を超えた神速の連撃。

それは、ソードベアの両爪を刈り取った。


これで奴に武器はない。

さらにその両腕はおれの攻撃によって大きく弾かれ、今、奴の身体はがら空きだ。


この隙だけは逃せない。全身を覆う赤い強化の光をさらに輝かせ、おれは右の手を拳へと変える。


「おおおおおおおッ!!」


魔導士だったおれに、技なんてものはない。

単純な暴力として、踏み込み、そして、殴る。ただそれだけ。


だが『強化・二式』によって強化の限界を超えて強化された拳は、それだけでも名もなき必殺の一撃となって、ソードベアの顔面を横殴りに打ち抜く。

岩壁を割る、その威力で。


決着はついた、ように思えた。


しかし。


「リクさん!!」


響くのはルチェの声。


驚いて顔を上げてみれば、奴は吹き飛ばされることもなく、まだおれの目の間に立っていた。

あり得ないと思って自分の腕を見れば、岩壁を殴りつけたときよりもひどい状態だった。考えたくもないが、こいつの顔面はあの壁以上の頑丈さを誇っているということだろう。


もちろん相手も無事ではなく、その顔面のほぼ半分ははじけ飛んでいる。が、恐ろしいことに奴はそれでも絶命には至らないらしい。


まさに魔物。怪物。


ソードベアは右手を振り上げ、こちらを攻撃する構え。

その手に剣のようなあの爪はもうないが、まだ他の指にはこちらを切り裂くのに十分な長さの爪があった。


おれは回避しようとするが、限界を超えた強化で無理矢理に動かした身体は急に動かない。

なすすべもなく、おれはその巨大な腕によって吹き飛ばされた。


+ + +


「ぐ、がはっ……くそ…あー生きてる…のか?」


強化による恩恵か、おれはなんとか生きていた。

だが、ソードベアの爪の一撃と吹き飛ばされたときに全身を打ったことで、もうまともに身体は動かない。魔力だってさっきの攻撃でほとんど使い果たした。想像以上の燃費の悪さに笑いが出る。

大魔法を連発してもこんなことにはならないというのに。


立ち上がろうとするが、自分の身体とは思えないような重さだ。


「だ、けど…」


まだ諦めることはできない。


おれはまだ、たどり着いていない。あの人のいる場所へ。

魔法を失っても、魔物にめちゃくちゃにやられても、おれはフロンティアへたどり着いてあの人に追いつく。こんなものでおれのロマンは止まらない。止まってたまるものか。


まともに動かない身体で、死にかけの虫のように無様にあがく。


ズン、ズンと地を揺らす音が近づく。

音の主はソードベアだろう、目で見て確認するまでもない。

まあ、見たくても顔すら上がらないのだが。


「グ、オオ…」


だが、奴も満身創痍らしい。

さっきの一撃だって立ってはいたが、頭の半分をえぐったのだ、間違いなく致命傷だろう。

おそらくそう長くはない。


おれとの決着がどうなったとしてもルチェは助かるだろう。

そのことがおれをすこし安心させてくれる。


だったら。


「…あ、とは、おれが、お前をブッとばせば、済む話…だ」


血を吐き、ひん曲がった右腕を支えに無理矢理立ち上がる。

激痛が走るが、逆にそれが意識をはっきりさせてくれる。上等だ。


「ゴオオオッ!!」


半分だけになった顔面で、それでも咆哮を上げる獣。

身体のつくりが違うのだろう。やつは死を迎えるその瞬間まで変わらず動き続けることができるらしい。


「化け物、だな…」


再び振り上げられる巨大な腕。

その光景に、おれは、本当に、本当にすこしだけ思ってしまう。


──おれはここまでかもしれない、と。


結局、おれの努力は無駄なものだったのだと。

あの人の背中には一生、手が届かないのだと。


ほころびのように生まれた影は、瞬く間に闇となって心を覆う。

なんのことはない、おれはきっと、のだ。


わかりきったことだった。

取ってつけた自信で取り繕ってみても、おれはどこかで「無理だ」という気持ちを消し切れていなかった。無理なことは無理なのだ、おれは所詮あの人を縛るお荷物で、並び立つことなんてできない。


悔し涙が溢れそうになる。追いつけないこと、にではない。

己がロマンに酔いきれない、自分のふがいなさにだ。


「…おい。やるって決めたなら、最後まで突き通せよな」


無事な方の拳を握る。

この獣を倒せば、この闇は晴れるだろうか。


だが、そんなおれの闇を照らすように光が閃いた。


それは小さな、ほんとうに小さな光。

かすむ視界にぼんやりと浮かぶそれは。


「ルチェ…?」


おれを守るように、小さな妖精が泣きそうな顔で、化け物の前に立ちはだかっていた。

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