第8話:「頭おかしくなっちゃったですか?」
「リクさん、やっぱり頭おかしくなっちゃったですか…?」
「君はときたま失礼だな、ルチェ。おれは正気だぞ」
強化魔法を強化する、と言ったおれの脳を本気で心配している様子のルチェ。
だが、ソードベアとの戦いで頭を打ったりはしていないので、どうか安心して欲しい。
「で、でも強化魔法を強化するって、どういうことなのです…?」
「そのままの意味だな。強化の限界、その概念を強化することで乗り越える」
またもや、ぽかんという表情をするルチェ。
「昔から理論だけは存在するんだ。ただ、まともな魔導士なら強化魔法なんて非効率で役に立たないものを、わざわざ時間をかけて鍛えようなんて思わないだけでな」
だが、おれはこの魔法について、昔気になって調べたことがあった。
もとより、師匠に追いつけるならばどんなことだってするつもりだったのだ、強くなれるならどんな技術でも調べたし、試した。
まさか、それが本当に役に立つ時がくるとは思いもしなかったが。
「ま、実際に見た方が早いか」
おれは魔法を発動するときのように手を前に掲げ、広げた手のひらに集中する。もちろん使用するのは強化魔法だ。
強化魔法を使用した箇所は魔力の収束により、仄かに白く発光する。
だが、今回はそれで終わりではない。
さらに魔力を込め、脳内で想起する。
力を、揺らめく炎のようなものを。そして、その炎をおれ自身の魔力でさらに大きくする、そんなイメージを。
熱く、猛々しく。荒々しく。空想のなかでその炎を強くする。
すると、現実にも変化が起き始める。
「光が、赤く…」
おれの腕に宿った光が、それこそ烈火のように赤く染まる。
「これが強化魔法を強化した『
そのままおれは拳を振りかぶり、迷宮の岩壁を殴りつける。
「ハッ…!!」
すると、すさまじい衝撃とともに岩壁が砕け、拳を当てたところを中心にして蜘蛛の巣状のひびが壁一面に入る。その範囲は両手を広げても足りないくらいだろうか。
「と、まあ威力はこんなものだ」
「い、いやいや、こんなものって片付けていい威力じゃないと思うのですが!?」
あまりの威力に若干引いているようすのルチェ。
たしかに、いきなり岩を殴りつけ、さらには砕くような人間がいたらリクションに困るだろう。おれだって別の誰かにいきなりやられたら引く。というかこわい。
「でも、すごいですよリクさん! たしかにこれならあのクマさんにも勝てちゃいそうです!」
「ふふん、そうだろう。だがまあ、すこしばかり問題もある」
「そうなのですか? たしかにこれだけの威力…デメリットもあるのも頷けますが」
「ああ、これを見てくれ」
おれはルチェに向かって、岩を殴った方の手を見せる。
「手がどうか──って、ほにゃあっ!?」
おれの手を見た瞬間、たぶん悲鳴であろう奇妙な声を上げるルチェ。
なにを隠そう、ルチェに見せた手は腫れ上がり、指はあらぬ方向にひん曲がっていたのだ。
「上手く強化しないと、このように身体の方が強化に追いつけないことがあってな」
が、その台詞に返事は返ってこない。
「ルチェ?」
見ればルチェは気絶して地面に転がっていた。ぶくぶくと泡を吐いて。
魔物との戦闘などでおれは慣れてきってしまっていたが、ぐちゃぐちゃになった手はルチェには刺激的すぎたのであろう。
「……ふむ」
手を見せる前に注意するべきだったと、反省する。
こんなことだから、おれはいつまでたってもぼっちだったのだ。
+ + +
それからすこし経ち、十分に魔力と体力の回復を待った後。
おれたちは再び、迷宮内を進んでいた。
痛めた手は手持ちのポーションで治療してあるので、問題はない。
もちろん目指すのは上の階層、ひいては迷宮の出口である。
そして言わずもがな、そこにたどり着くためにはソードベアとの戦いは避けられない。
「や、やっぱり無茶じゃないですかね…いくら威力がすごくても、リクさんの手が保たないのでは」
「安心したまえ、ルチェ。あんなバカみたいに固い岩壁なんて殴らなければ、手も数発くらいなら強化に耐えられる」
ドヤ顔で言ったおれの台詞に真顔になるルチェ。
なにか変なことを言っただろうか…?
「え、じゃあなんでそんなバカ固い壁、殴ったんですか」
「なんでって、せっかくなら派手にやった方がかっこよいだろう…?」
やるなら派手に、というのは師匠から教わったことだ。
それに、拳を使わずとも剣がある。なまくらだが。
「…リクさんってたまになにも考えてないときありますよね」
「そんなことはないが?」
おれはいつだって頭を巡らせているのだ。
まったく、失礼な妖精である。
おれは軽く流したが、ルチェは真剣な口調で続ける。
「だ、だとしても、です。すこしでもリスクがあるなら別の方法を──」
「ルチェ、わかってくれ、今とれる手段は少ないんだ」
「でも…」
本気で心配している様子のルチェ。
彼女には戦いの経験がないのだ、不安にもなるだろう。だが、これは決して無謀な賭けではないのだ。
「魔物との戦いはいつだって命がけだ。どうしたってリスクは避けられない」
むしろこれは勝ちの目が大きいくらいなのだ。
そういうことも説明してみるが、ルチェの表情は晴れないまま。
「なんて言えばいいのでしょうか…、その、わたし…申し訳なくて」
「うん? どういうことだ?」
「わたし…リクさんから奪っただけで、なにもできていないのです…」
「ルチェ…」
やはり封印の件を気にしているのだろう。
ルチェの代わりにおれの魔法が封印されてしまったこと、それは事実だ。
しかし、それはおれが勝手にルチェを助けようとしてやったこと。彼女にも言ったが、それは別にルチェが気に病むことではないのだ。
とはいえ、おれがそう言ってもルチェ自身がそれを許さないのだろう。
おれはルチェにかけるべき言葉を探す。
…が、結果としてその言葉を見つけることはできなかった。
なぜなら聞き覚えのある、あの咆哮が聞こえたからだ。
ソードベア、おれたちが今乗り越えるべき相手の声が。
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