第7話:「強化魔法を強化する」
「も、もう、走れん…というか二度と走りたくない…」
ソードベアに追われたあげく、結局ルチェと出会った空間にまで戻ってくる羽目になったおれたち。
いまは二人とも息も絶え絶えになって地面に転がっている。
「た、助かりました。大丈夫ですか? リクさん」
「あ、ああ。流石にやばいと思ったが、なんとかなったな」
あの一撃をなぜ回避できたのかはわからないが、とりあえずは二人とも無事に生き延びることができた。とりあえず今はその結果をよろこぶとしよう。
「だが、困ったことになったな」
「困ったこと…ですか?」
もともと最悪の状況だったと思いますが、と力なく笑うルチェ。
「あの魔物、ソードベアは縄張りをつくるんだが、あの様子だとたぶん上の階層への通路をふさぐ形になってしまってる」
それにあいつらは一度臭いを覚えた獲物を絶対に逃さない。
なにか力が働いているのか、ルチェが封印されていたこのあたりには魔物は入ってこないが、再び外に出れば、奴との再戦は避けられないだろう。
「つまり、わたしたちが外に出るためにはあのおっきいクマさんを倒さないといけない…ってことですか?」
「まあ、そうなる」
「む、む、無理だと思うんですけど!?」
「だよなあ」
起き上がり、カバンから水を取り出して飲む。
携行食も水もあまり持ってきていない。やつが縄張りを変えるまで待つというような持久戦は無理だろう。
この場で魔法の封印の解除を試みるのも同様だ。ここでは道具も時間も足りない。
なにか策はないかと、持ちものを整理してみる。
まずは携行食と水。ルチェと分けて3日分くらいだろう。
次に先ほども使った魔石。ブラッドハウンドのものが残り4つ。最下層にくるまでに他の魔物も狩ったが、他にめぼしいものはない。
あとは、回復用のポーションがいくつかと探索用の雑多な道具。強いていうならルチェが封印されていた剣があるくらい。
魔法の封印を解くための手がかりになればと思って拾ったのだが、正直言ってこの剣は駄目だ。
作りは頑丈で錆もなく、とんでもない時を経たものとは思えないのだが、いかんせん刃が鈍過ぎる。
武器として数えるには少々、というかかなり頼りない一品だ。
それでも、もしものときはこれに賭けるしかないだろう。一応刃物としては採集用の小刀もあるが、こちらはこちらで戦闘用のものではない。まだ、なまくらでも武器としてはこの剣の方がよいと判断する。
「でも、リクさんはやっぱりすごいですね。あの一撃を避けたの、びっくりしました」
ルチェの言うあの一撃、というのはソードベアの左爪の一振りのことだろう。
「いや、正直おれもあれは無理かと思った。避けれたのはまぐれで──」
と、言いかけてふと疑問が浮かぶ。
考えてみればあれはまぐれとかそういうのではなかった。結果で見てみれば予想外の一撃を余裕で回避に成功したのだ、明らかに身体が想定以上の動きをしていた。
おれにそんな身体能力があるかと言えば、答えは否だ。
いくら魔導士として優秀だったとはいえ、肉体は元から一般人とそう変わりはない。
ならば、なぜソードベアの一撃を避けられたのか。
その答えは明白な気がした。
「まさか、強化魔法…?」
強化魔法。
それは魔力を流すことで肉体や武器の力を一時的に高める魔法。
ちょうど、ブラッドハウンドとの戦闘でおれが杖と腕を強化した時に使ったものだ。魔力消費は激しいが、非力なものでも一時的にそれなりの力を身につけることができる。
「ど、どうかしましたか?」
急に黙ったあと、一人で呟くおれを心配したのか、ルチェが不安そうな顔で周囲をくるくると飛び回っていた。
「ああ、すまない。すこし気になったことがあってな」
「気になったこと?」
「ああ」
おれは手を前につきだし、魔法の詠唱を始める。
魔力が腕から手に流れ、その魔力によって魔法陣を形成。しかし、形成中に魔法陣は霧散してしまう。封印の力によるものだろう。
そして、魔法陣を描けなければ魔法は使えない。
だが、これで確信できた。
「ルチェ、もしかしたらここから出られるかもしれない」
「ほんとですか!?」
おれはわかったこと、思いついたことをルチェに話す。
+ + +
「強化魔法…ですか?」
「ああ、それを使えばあのソードベアとも渡り合えるかもしれない。もちろん、ただの強化魔法だけですべて解決できるわけじゃないが」
「で、でも、リクさんの魔法は封印されていますよね…? さっきだって魔法を使おうとしたら途中で消えてしまいました」
「そう、それなんだ」
おれはソードベアとの戦いと先ほどの確認でわかったことをルチェに説明する。
まず、この剣による封印はおれのもつ魔力には影響しないということ。また封印の力は魔法自体にではなく、魔法陣の形成をトリガーとしていること。
そしてなによりも大切なこと。
『強化魔法』は例外的に、そして唯一、魔法陣を必要としない魔法、ということ。
魔力というものは簡単に言えば純粋な力そのものだ。そのままではできることが非常に少ない。
だから魔法陣によって、その力を炎や雷といったものに変換することで様々な特性や効果を付与する。それがこの世界における魔法の根底なのだ。
だが、強化魔法だけはわけが違う。
『
「む、むずかしい話ですが…つまり、強化魔法だけは封印の影響を受けないということ、です…?」
「ああ、その通りだ。その証拠に、ほら見ててくれ」
おれは地面から手頃な石を手に取り、握る。
もちろんおれの筋力だけでは、石はびくともしない。
だが、腕に魔力を込めてやれば。
「わあっ!?」
石は粉々に砕け散った。
「よし、ちゃんと発動できてるな。たぶん、さっきも無意識に強化魔法を発動して回避したんだと思う」
そうでなければ今頃おれは真っ二つになって奴の腹に収まっていただろう。
強化魔法はその特性上、他の魔法と同時に使用できる。日頃から詠唱中の隙を軽減するため、無意識的に強化魔法を使えるよう鍛錬していたことに助けられた。
「す、すごいです! これなら、あのおっかないクマさんもなんとかなりますね!」
わはぁい、と飛び上がってよろこぶルチェ。
だが、先に言ったとおりにこれだけでは奴に勝つことはできない。
「話はそう簡単じゃないんだ。これくらいであいつに勝てるならみんな強化魔法を使ってる」
事実、強化魔法は訓練や補助に使うだけで、これを極めるような魔導士はいない。
理由は簡単。断続的に魔力を使うこの魔法は、いわば毎秒魔法を放ち続けるようなもの。単純に魔力消費が激しすぎるのだ。強化魔法を使うくらいなら、ちゃんとした魔法を一発放ったほうが遙かに効率がいい。
そしてなにより強化には限界がある。
いまのおれの筋力だといくら強化しても、さっきの石ころを割る程度の力が限界だろう。
難度Lv5、小型の竜に匹敵するあのソードベア相手にそれで勝てるとは思えない。
「が、おれには秘策がある」
「なんと、秘策ですか!」
その言葉にルチェは目を輝かせる。
意外とこの妖精もロマンというものがわかる口なのかもしれない。
ふふ、よいではないか。
おれはそんなロマンのわかるルチェに、秘策を告げる。
起死回生の妙案。この迷宮を
そう。それは──
「強化魔法を強化する、のだ!!!」
おれの堂々とした宣言とは裏腹に、迷宮には沈黙が流れた。
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