第6話:「剣熊<ソード・ベア>」
はじまったかに思えた冒険は、早々に終わりを告げようとしていた。
「し、死ぬ! マジで死ぬぞこれはッ…!!」
「びええええええ」
号泣する妖精。その妖精を抱えつつ爆走するおれ。
おれたちがそんな状況に陥っているのは、現在進行形で魔物に死ぬほど追い回されているからである。
とりあえずの情報収集にと周囲の偵察を行ったのだが、運悪く魔物に見つかってしまったのだ。
普段は得意の魔法で強行策に出るのがほとんどだったので、隠密行動は苦手だったのをすっかり忘れていた。
背後から迫る魔物は、
熊型の魔物だが、大きさは普通の熊とは比べものにならない。二倍か三倍ほどはあるだろう。
両中指の爪が刀剣のように長いのが特徴で、狩りの時は剣指と呼ばれるそれを使って獲物を真っ二つにするという、なんとも豪快な特技を持っている。また、一定の縄張りを持ち一度目をつけた獲物は逃さない執念深さをもつ。
討伐の難度はLv5。
一体でも先刻のブラッドハウンドの群れに匹敵する致命級の魔物。
無論、一般人が出会ってしまったのなら死を覚悟したほうがいい。
なお、魔法が封印されてしまった今、おれこそが、その死を覚悟すべき一般人である。
「ど、ど、どうしましょう!? リクしゃぁん!?」
「どうするもこうするも、とにかく逃げ──」
しまった、と思った瞬間にはもう遅かった。
後ろの魔物にばかり気を取られていたおれは足下の岩につまづき、抱えていたルチェ共々、盛大にすっころぶ。
「ぐえっ」
なんとかルチェは腕の中で守ったが、まずい。早く立ち上がらないとソードベアに追いつかれてしまう。
しかし、もう奴はすぐ側まで来ていた。
「くそ、容赦ないな…」
ゴオオオと唸りを上げ、立ち上がるソードベア。
こいつが二足で立つのは、その両手にある凶悪な剣指を自由に振るうためだ。
つまりそれはおれたちを半分にして食ってしまおうという意思の表れ。
日ごろから魔物の敵意には慣れているつもりだったが、さすがに身体が怯む。
「リ、リクさん、これってもしかしなくてもまずいのでは!?」
「ああ、すまない。完全にやらかした」
おれはソードベアと対峙しつつ、ルチェを抱えていない方の手でカバンの中を探る。
一応策はある。が、それは奴に隙ができれば、の話だ。
少なくとも一撃は自力で、あの爪から繰り出される斬撃を避けなければならない。
ゆっくりと息を吐き、騒ぐ心を落ち着ける。
こういうときこそ冷静に。魔法は失われたが、これまでに鍛えた度胸まで失ったわけではないのだ。
「しっかりつかまってろよ、ルチェ」
腰を落とし、構える。
おれの身体能力は高くない。そこいらの人よりは多少動けるくらいだろう。
故にソードベアのすべての攻撃に対処はできない。ここは賭けに出るほかない。
頭をフル回転させて未来を予測する。
奴が必殺の爪を振るってくるのは確定的だ。ソードベアはその爪の攻撃に特化した進化を遂げており、基本的に他の手段でこちらを攻めてくることはないと考えていい。
ならば、あとはその両指のどちらが来るのか。
右か左かというところが賭けになる。
つまりは、二分の一。
「なあ、ルチェは右と左、どっちが好きだ?」
「ひえ!? え、なに!? どどどどうしてですか! リクさん、頭変になっちゃったですか!?」
「失礼な。ただ選んだ結果、死んでも恨まないでくれ」
「し、ど、どういうことなんですかぁ!? む、無理ですう!!」
完全にパニック状態のルチェ。まあ、無理もないか。
とにかく決めなければ。右、左……ふむ、なんとなく右利きの人の方が多い気がする。この化け物熊相手にもそれが通じるのかはわからないが。
よし、右だ。決めた。
おれは奴の右手に注意を注ぎ、そちらの一撃を避けれるよう身体の重心を後ろに寄せる。
「ゴアアアアアッ!!」
そして咆哮と共に、ついにソードベアの一撃が振るわれる。
──だが。
(しまった! 左!?)
注視していた右は動かない。振るわれたのは左の爪だった。
命を賭けた二分の一を外すという、まさに致命的なミス。
焦りと驚きで全身に興奮が走り、時の流れがスローになる。
が、それによって確信できる。
予測が外れ、体勢を崩した今のおれでは避けられない。
なによりおれは元魔導士だ、そもそもの身体能力が足りていない。
「くそ……!」
ならば、できることは受けるダメージをすこしでも減らすこと。
鋭い爪だ。腕の一本で済めば重畳。悪ければ半身を切り飛ばされる。
できる限りの力を込め、必死に身体を反らす。
フロンティアへ行くのだ。こんなところでは終われない。
しかし、そんな思いなど関係ないとでも言うかのように、無慈悲にせまる鋭利で巨大な爪。
その結果は。
「……なん、だ?」
──なんと無傷。
終わってみれば想定外の一撃を、おれは距離をあけて回避することに成功していた。
予想外の動きにソードベアもおれ自身も驚き、一瞬動きが止まる。
逆に冷静だったのは腕の中にいたルチェ。
「リ、リクさん!!!」
ルチェの叫びに我を取り戻し、おれはカバンからあるものを取り出す。
それは倒したブラッドハウンドから取り出していた魔石の一つ。
おれはその魔石にありったけの魔力を込め、ソードベアに投げつける。
「弾けろッ!!!」
ブラッドハウンドと同じ赤色をした魔石はおれが込めた魔力により臨界し、大爆発を起こす。
それは魔物由来の魔石が不安定なことを利用した小技。
とはいえすこしコツが必要で、魔石の個体差によっては自爆の危険もあるので、そう何度も使いたい手ではない。
「す、すご…」
感心しているルチェを再び抱え直し、おれは走る。
幸い、爆発で怯んでくれたのかソードベアは追ってこなかった。
危機一髪。だが、今は一度戻るしかない。
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