第4話:「封印されたのは魔法でした」

「ぬぁはっ…!?」


がばりと起き上がり周囲を見渡す。

剣の柄を握ったところで記憶が途切れている。おれは気を失っていたのか。


ルチェに自信満々に君を助ける、的なことを言ったすぐあとにこの様だ。恥ずかしくて死にそうになる。変な汗まで出てきた。


だが、幸いにもおれが剣に封印された、ということはないようだった。


よかった。あのまま『ドヤ顔封印され男恥知らず』としてルチェと剣に同棲する、なんていう最悪の事態は避けられたらしい。


しかし、おれの力を上回るほどの封印魔法とは。

いったい誰が施したものなのだろう。学園で魔法を学ぶものとして興味が湧いてくる。


「あ、あの…リクさん? 大丈夫ですか?」


頭上からの声。ルチェのものだ。

おれを心配してくれているのだろう。戸惑いと不安の入り交じった声色。


「ああ、大丈夫──」


と言いかけて違和感に気付く。


なぜ頭上から、声がする?


ルチェは地面に突き刺さった剣のはずだ。

目の前の剣を見てみるが、特に変化はない。


「ふむ?」


「あ、いや。あの、こ、こっちです、リクさん」


再び声。

どういうことだ、と見上げてみると、そこには。


「な…ル、ルチェ…なのか…?」


「はい…その……たぶん……?」


自信なさげにふよふよと宙に浮かぶ、小さな影。

想像通りの不安そうな表情と、予想外に大きな、だけれど伏し目がちな青い瞳。

その瞳と同じ色の青い髪はうなじ辺りまでの長さで切りそろえられている。


背中に翅こそないが、それはいわゆる妖精と呼ばれるような姿。


そして、この妖精こそがルチェなのだという。


「なんと…まさか、君の正体が妖精だったとは」


「わ、わたしも驚きました」


妖精という種族は一応、存在する。


なぜ一応、なのか。

それは、彼らが自分たちの住処である妖精郷ティルズ・ネストを出ることがほとんどない非常に珍しい存在だからだ。おれも知識として知っているだけで、本物の妖精を見るのははじめてだった。


無遠慮と思いつつ、はじめての妖精の姿をまじまじと見つめるおれ。

…ふむ。


「しかし、あれだな。君は想像よりもずっとかわいいな」


「か、かわ…ってわたしが…ですか!?」


途端にあわわわと真っ赤になって空中で顔を隠し、ぴるぴると震えるルチェ。

うむ、やはりかわいい。…小動物みたいで、という言葉はつくが。


「それよりも、どうして君が剣の外に? 封印が解けたのか?」


「あ…いや…それなんですが……」


ルチェは気まずそうにして、おれから目をそらす。


おれが意識を失っている間になにかあったのだろうか。というかこの状況、おれが無意識に封印を解いてしまったのか…?


ふむ、流石はおれ。自分でも驚きである。あふれる才能がこわい。


と、自分に酔っているおれに向かってルチェは言いづらそうに言葉を紡ぐ。


「その、んです」


「入れ替わった?」


「はい」


ルチェが言っているのは封印のことだろう。

つまり剣に封印されていたルチェと他のなにかが入れ替わった、ということ。


「どういうことだ? おれはここにいるが」


ここは迷宮の最下層、他には誰もいない。当然にして、入れ替わるとしたらおれとルチェ以外あり得ないが、現実はそうなってはいない。


「その……」


「なんだ、もったいぶらずに言ってくれ。ルチェ」


「ま、魔法が…!」


「魔法?」


魔法。

それはおれの強さの証明、人との交流すら捨てさって、学生生活のすべてを捧げて手に入れた力。

いわば今のおれのすべてと言ってもいいもの。


それが──


「リ、リクさんの魔法が、わたしの代わりに封印されてしまったんです…!!」


おれの魔法が、封印されてしまった。


「…………………は?」


迷宮の最下層。

巨大な魔石で照らされた空間に、間の抜けたおれの声が響く。


+ + +


「そ、そんなばかな」


おれは大慌てで、カバンの中から一枚の紙を取り出し、そこに魔力を込める。


特殊な魔法紙で作られたそれは主に冒険者が実力を証明するために使うもので、魔力を込めると大まかではあるが、その対象の実力をLvとして測定してくれる。

ちょうど先日ギルドへの入団試験で使用したもののあまりがカバンに入っていたのだ。


0~9の十段階がある中で、試験時のおれの暫定値はLv8。

フロンティアの最前線で活躍する英雄にも比肩する、人類という種族全体で見ても強者といえる値。


だが、いま測定した数値は──


「Lv……Lv0………?」


Lv0。それは魔法をまったく使用できないということを示す階位。

つまりはそこいらの一般人である。


いや、下手をすればそれ以下だ。


「あ、ありえない。こんなこと…」


おれは杖を掲げ、魔法陣を描き、なんでもいいから魔法を紡ごうとする。

紙に記されたことが、なにかの間違いだと証明するために。


我、宣誓するアルト・テスタ──」


しかし、魔法の宣誓詞を唱えた途端、描いた魔法陣が弾けて消滅する。

魔力はあるが、陣へとつながらない。それは完全なる拒絶だった。


その後も覚えていたはずの数々の魔法を試すが、どれを唱えようとしても魔法陣ごと消滅してしまう。

あるのは魔力の消費だけ。


「リ、リクさん…」


「そんな、本当にすべての魔法が封印されている」


おれは膝から崩れ落ちる。大切にしていた杖は手を離れ、いずこかへと転がっていった。

しかしそんなことはもう欠片ほども気にならない。

あんなに苦労して身につけた力がすべて失われてしまったのだ。


ひとりぼっちになってまで、手に入れた魔法が。

夢の舞台、フロンティアへ挑むための道筋だったものが。


走馬燈のように思い描いていた未来が脳内に去来する。

あこがれのフロンティアの景色。魔物たちとの死闘。挫折と再起。

あるかもしれないキャッキャウフフの恋模様。


──そして、まだ見ぬ仲間たちとの冒険。


しかしそれらはすべて、いまこの瞬間に崩れ去った。

英雄になるはずだったおれはもういない。


ここにいるのは、ただのLv0最弱だ。


「あれ…終わったなこれ……?」


すべての魔法を試したことによる魔力切れとショックのあまり、おれの意識は再度ブラックアウトする。

一日に二度気絶したのは人生ではじめてだった。


薄れ行く意識の中で、ルチェがおれの名前を叫んだのが聞こえた気がした。

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