一章 過去編
第1話 小さな火種
ここは四国の端にある、特にこれといった魅力のない、山に囲まれた退屈で小さな集落。
やぁっ!
やぁっ!
やぁっ!
集落の中でも最も中心から外れたところにある、集落の中では比較的に大きな木造建築の道場。
その中からは、子供たちの元気な掛け声がこだましている。
空威と呼ばれている、黒く長い髪を後頭部の高いところで髪をくくった高身長で細身の男は、小さな集落でも生き延びられるよう、子供たちに剣術を教えていた。
ここに居る子供達は皆、過去に起きた戦争などが原因で家族を奪われた孤児であった。
それゆえに、皆が強くあろうとした。
「いいか。ここで習った剣術を使っていいのは誰かを助ける時だけだ。私利私欲のためにこの剣術を使ってみろ?その時は私が君たちを斬る」
『はい!』
暗い過去を持つ者が過半数を占めている道場の子供達だが、その目はキラキラと輝いている。
それは隣に家族同然の仲間がいるから。それは空威という父親代わりがいるから。
「よろしい。ではこれより月に一度のテストを行う」
「一人ずつ私と戦え。まずは…奏!」
今日は月に一度の試験の日。
ここで空威の試験に合格することで、空威になんでも一つお願い事ができるのだ。
「よっしゃ!今回こそお前に膝をつかせてやるよ!」
まず名乗りを挙げたのは、この道場一のお調子者。
襟足が長く茶色が目立つ髪に、美少年と呼べるほど整った顔立ち。歳は8つと少し。しかし年齢の割には、よれた着物の裾から見える腕にはがっしりとした筋肉がついていた。そんな彼の名は工藤奏と言った。
彼は5歳の時に両親を政府の者によって殺され、妹も行方知れず。
家族を奪われ孤独に1人彷徨っていたところを空威に拾われ、それ以来彼の元で剣術を習っている。
空威を前に、奏は木刀を力強く握った。
「おらぁぁぁぁっ!!!」
木刀を大きく振りかぶり、走り出した。
それに対して空威は一歩も動くことなく、木刀も握ってはいるものの。構えもしない。
奏は空威を刀の届く距離まで走り、勢いよく木の床を蹴り頭上ほどまで飛び上がると、落下のスピードを合わせた渾身の一撃を振り下ろした。
「とったぁ!!」
だが次の瞬間、地面に転がったのは奏だった。
そして右肩が赤く腫れていた。
「痛っ〜!」
今、目の前にいたはずの空威は、俺の背後でさっきと変わらない無気力にしか見えない体制で立っている。
全然筋力がある見た目というわけでも無いの
に、空威は速く、力もとても強かった。
「おい空威、俺はまだ生きてるぞ?」
「そうだね」
冗談のつもりだった。
だがこいつは倒れている俺に、笑顔で木刀を振りかざしてきやがった。
鬼だ。
次に俺が目を開けた時、すでに日が暮れ始めていた。木刀で叩かれた右肩には、草の独特の臭さが漂う塗り薬を塗られ、その上からは白い布が押し当てられ、布団の上に寝かされていた。
どうやら気絶していたようだ。
「はははっ!奏の見事なやられよう面白かったぞ」
「うるせぇライト。どーせーお前も負けたんだろーが!」
「ちっ、お前ほど無様にはやられてねーから」
この水色に近い銀色に、濃い青のメッシュをした派手で無造作な髪した、ムカつくほど爽やかなイケメンは、
着物も水色って.....どれだけ青系統の色が好きなのだろうか。
「負け犬どもは黙って素振りでもしておけ」
「なんだと!」
「やんのか!」
短髪で漆黒に染まる色をし、吊り目で目つきの悪い凶悪な面をしたこの馬鹿は、
着ている着物も片方を脱ぎ、格好つけている。
───コイツハトモダチジャナイ───
「ち・な・み・に?俺は空威に一本入れてテストも合格したからな。お前らとは違う」
鼻を高くしているこいつの顔面を一発ぶん殴ってやりたい。
「お前は最後だったろ翔介?空威先生もお前の前に17人もテストしたんだ。疲れてたんだよ」
「ぷぷぷ〜ライトに言われてやんの〜」
ライトには無反応だったくせに、俺が馬鹿にした瞬間、翔介は俺に向かって真っ先に飛びかかってきた。
突然のことで対応が遅れ、顔を思いっきり殴られたが、俺も負けじと翔介の髪を引っ張り、腹に蹴りを入れてやった。
2人とも距離を取り、体勢を立て直し、お互い立ち上がると拳を構えた。
「ま、まぁまぁ2人とも落ち着けよ.....」
「うるせぇライト!こいつが殴りかかってきたんだ!」
「黙っとけライト!こいつがバカにしてきたんだ!」
「はいはい.....」
翔介は俺が動くよりも先に、顔目掛けて大振りのパンチを繰り出してきたので、俺はそれを体勢を低くして躱し、そのままアッパーを入れるつもりだった…
しかし俺が躱した翔介のパンチは、ライトの顔に綺麗に入り、中立だったライトは、俺の背中を蹴り飛ばし、翔介を巻き込んで転んだ。
そこからは三つ巴の喧嘩だった。
大暴れしていたが、そこに空威が現れ、3人とも仲良く木に縛りつけられた。
「おいライト」
「なんだよ翔介」
「お前のことは殴るつもりなかった。あっ...あと奏もここまでやるつもりはなかった」
俺はついでにって感じで、なんか納得いかない。まぁいっかぁ.....
腹が減ってもはや怒る気力すらない。
数十分程度で解放されると思っていたが、結局、3人仲良く太陽が登るまで木にくくりつけられていた。
そして朝早くに、いつもと変わらない亜麻色の着物を着た空威が、おにぎり片手に現れ、ようやく3人とも解放された。
「喧嘩するほど仲が良いとは言いますが.....最年長の貴方たちがこれでは、後輩たちに悪影響です。もう少し行動を慎みなさい」
「「「ごめんなさい」」」
「よろしい。では少し早いですが朝食にしましょうか」
そういうと、着物の胸元から麻の敷物を取り出し、地面に敷くと、持っていたおにぎりを広げてもらい、4人で朝ごはんを食べた。
「あっ!俺2つしか食べてないのに!」
「
「ゆっくり食べさせろっ!」
「なんで奏は翔介の言葉の言葉がわかるんですか.....翔介も口に物を含んだ状態で話さないでください。下品です」
「それに、まだおにぎりならあります。喧嘩するならまた縛りつけますよ?」
「「ごめんなさい」」
こうして一瞬、空威の背後に赤い鬼が現れそうになったが、その危機を脱し、無事ご飯を食べ切ることができた。
怒られることも多いし、翔介やライトと喧嘩も多いけど毎日が輝いていた。
こんなに毎日が楽しいなんて幸せだった。
だけど…まさかあんなことがあるなんて…
その日もいつものように、朝から夕方まで剣の稽古をしていた。
空威がいなかったので、最年長である俺やライトや翔介が中心となって、歳下の他の生徒を教えていた。
空威は医者としても活動していたので、道場を空けることも珍しくはなかった。
何も不思議には思うことなく、俺たちは他の生徒の面倒を見ていた。
そして稽古も終わり、全員で道場の掃除をしていると、外の国では一般化されてると噂の、スーツと呼ばれる派手な服をを着用し、全員が統一の黒く揃えられた短い髪に、黒い眼鏡を着用した、刀を腰に携えた大人たちが10人ほど道場へとやってきた。
大人たちはどうやら政府の人間らしい。
「おい餓鬼ども。ここで剣を教えている荻生空威という人物を知っているな?そいつが立てていた計画を知っている者がいれば正直に答えろ」
こいつらが何を言っているのか訳がわからない。それに大人たちは俺たち相手に殺気を向けている様子だ。
「空威先生がどうかしたんですか?」
最初に口を開いたのは、ライトだった。
流石は道場一頭が良いだけはある。
いつもの口調とは打って変わり、イカニモな少しできた子供の声色だ。
これなら警戒されることもなく相手の情報を聞き出せるだろう。
「あぁ。あいつは罪人だ。街の男どもを束ねて我ら政府に反乱を起こした」
「なにいっ────」
「────空威先生は無事なのかっ.....」
翔介は木刀を握り締めながら問いただした。
まずい…
短気な翔介は、すでに殺気をむき出しにしている。
本物の刀を帯刀している政府の役人どもに、木刀を振りかざしたら殺されかねない…
「ふんっ。あいつは現在俺たちが捕らえた」
「明後日にも処刑されるだろうな」
その瞬間、翔介は政府の役人たちに飛びかかった。俺は咄嗟に、翔介に横からタックルをかまして、何とか翔介を止めた。
「なにしやがるっ!!」
咄嗟のことで加減ができず、翔介と共に床で2、3度転がり、俺が翔介の上に馬乗りという形になった。
「落ち着けしょーすけ!こいつらを下手に刺激したら殺されかれないぞ!」
「ははっ。今日はやけに冷静だな奏!空威が.....どうなってもいいのか!」
「そんなわけっ…ぐはっ!」
必死に説得しようとしていたところ、立っていた1人の役人が近づき、無防備な俺の脇腹を役蹴り飛ばしてきたのだ。
そして次の瞬間、翔介が叫んでいた。
「うわぁぁぁぁっっ!!!」
別の役人は肩を抜き、翔介の肩に容赦なく刃を刺してきた。
「貴様らも反乱分子としてここで殺してもいいんだぞ?」
「翔介っ!!!」
今までおとなしかったライトは、物凄いスピードで、俺を蹴った役人の
それに合わせて俺も翔介の方へ走り、翔介の落とした木刀を拾い上げ、ライトに脛を蹴られ倒れ込みそうになった役人に対して、木刀を下から振り上げ、顔にクリンヒットさせた。
これには流石の大人でも無事では済まない。木刀の当たった箇所が赤く染まり、鼻から血を噴き上げ顔を抑えながらうずくまった。
「翔介立てるか?はははっ…やっちまったら仕方ねぇ…こいつら倒すぞ」
ライトがこちらに駆け寄り、木刀を3本持ってきて、1つを翔介に手渡した。
「ふぅ.....2人ともありがとな。痛ってぇがぁ…やるしかねーよな」
「おい!お前らは逃げろ!」
俺は後ろで怯えていた子供たちに声をかけた。
子供たちは泣きながら頷くと、散り散りになり、一斉に道場を飛び出していく。
「クソ餓鬼ども…もういい。ここで死ね!」
ただでさえ3対10と不利なのに、相手は本物の刀を持っている。
正直勝ち目はないと思った。
最初に役人どもに向かって突撃したのは、翔介だった。
左肩を刺され、怪我しているにも関わらず臆することなく立ち向かっている。
それに合わせて俺とライトも突撃した。
役人の1人は突撃してきた翔介に向かって横一閃に剣を振るったが、翔介は両足を広げて体制を低くして躱し、低い体制のまま木刀を両手で握り、思いっきり脚に木刀を振りかざした。
膝裏を強く叩かれ、相手は勢いよく背中から転び、腰を強打した。
この躱し方は.....数日前に翔介と喧嘩した際の俺の動きだ。こいつ学習してやがるな.....
この気持ちは苛立ちなどではなく関心。
認めたくはないが、今回のテストの唯一の合格者なだけはある。
そして翔介はもう一人の股間目掛けて、木刀で突いた。相手は情けない声を上げながらうずくまってしまった。アレは男であれば誰でも一撃で沈むだろう.....
ライトは持ち前の跳躍力を活かして、2本の木刀を相手の頭を叩き、簡単に気絶させてしまった。
俺も負けじと、相手が振り下ろしてきた刀を木刀で弾き、腹に木刀を思いっきり叩き込んだ。
後ろのもう1人を巻き込んで相手は倒れ込んだ。しかしその程度で簡単にやれるほどいても甘くない。
力任せに何度も倒れている2人に、気絶するまで木刀を振り下ろした。
低い体制だった翔介を狙って敵の1人が、刀を振り下ろし翔介は木刀で受け止めていたが、力で押し切られそうだった。
ライトと俺は同時に飛びかかり、前後から木刀で首を叩いた。
勢いのまま、残りの四人も倒してしまった。
3人とも頬や腕などに軽い切り傷を負ったものの、命に関わる怪我もせず無事だ。
「はぁ…はぁ…はぁ…逃げるぞ…」
役人どもが痛みで倒れ込んでいるうちに、刀を奪い取り俺たちは道場を飛び出した。
道場のすぐ後ろには大きな山があり、俺たちの遊び場でもあった。慣れ親しんだ入り組んだ道を全力で進み、山の中枢部辺りで身を隠すことにした。
空威をどうしたら助けられるか…
逃げた子供たちは無事だろうか…
俺たちはこれからどうすればいいのか…
そんな不安な気持ちが、何度も何度も頭の中でループして眠れなかった。
山の中は寒い。
火を焚くと見つかる可能性があるので、火を炊かず、3人で身を寄せ合い寒さを堪えていた。
「決めた」
3人ともずっと無言だったが、突然翔介が口を開いた。
「俺は空威を助ける」
「無理だろ…今回だって勝てたのは偶然だ」
「ライト…お前がそんなに弱気なこと言うなんて見損なったぜ。奏はどうするんだよ?」
「空威は助けたい。だけど俺たち三人でどうこうできる問題じゃねーよ」
「まず相手は10人どころじゃない。20…いや50人いるかもしれないんだぞ。勝てない」
「俺は…俺は1人でも行くからな」
翔介の気持ちも痛いほどわかる。
だが、俺たち3人が力を合わせたところで殺されるのが目に見えている。
空威を助けるには作戦が.....そして人手が必要だ。
「空威が処刑されるのは明後日だ。俺に考えがあるから…翔介とライトはここで隠れといてくれ」
「ちっ…わかったよ。お前を信じる」
「奏は頭いいからな…任せたよ。だけどそれがダメだったら諦めるべきだ。まぁ、俺と翔介はとりあえず明日は山で食料調達でもしてるよ」
「ありがとう…ライト…しょーすけ…」
こうして俺たちは、寒さと恐怖に震えながら、ゆっくりと過ぎる闇夜を乗り越えた。
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