マスラとニニ

綿引つぐみ

マスラとニニ

 村には怪物がいた。

 巨躯のまったく言葉を話さない男。

 並外れて大きい。

 いつも赤ん坊のように暴れている。

 その暴虐には目的がないので、誰も止める手立てがない。

 唯一のことだが。

 女の子を与えると静まる。

 十歳前後の。

 与えるとずっと抱きついている。

 その大きな躯は自分の半分もない、あるいは四半ほどのちいさな命に。

 いなくなるとまた暴れだす。

 あるとき選ばれたのは黒い瞳の十二の女だった。

 もうすぐ十三になる。親はすでにない。

 少し歳がいっていまいか。

 選んだ者たちは心配する。

 しかし彼女の背丈は一二〇センチほど。

 小さい。

 実際男の許へと運ばれると、すんなり受け入れられた。

 男は抱きついた。すがるように。片時も離さなかった。


 彼女は聡い娘だった。

 自分が置かれた状況はよく理解している。

 てっきり男に嬲られるのだと思っていたが、男は自分をただ人形のように抱きしめるだけだ。

 食べ物は村の人が神への供物として、運んでくる。

 実に際して男の許へ遣られる女たちは巫女と呼ばれていた。

 山のほこらで、膝の上で、彼女は怪物の神とそれを食べた。


 一年が過ぎた。

 女にとって、男は可愛き存在となりつつあった。

 不憫だと思われて、そこから愛おしさが生まれる。

 山は静かだった。

 女がここにいる限り、山や村にも安寧が訪れる。


 三年が過ぎた。

 女は聡い娘だった。

 さらに遍歴する者たちから知恵を学んだ。

 しかし村人たちの男に対する扱いは変わらなかった。

 人には戻れない。

 男も誰かの子であった。

 彼女は決意した。

 村を捨てる。


 さらに数年が過ぎた。

 初めのころ、二人は大道で見世物をした。

 男の力と業が、女の識で彩られた。


 すべてをのみ込む大きな戦争があった。

 やがて二人は戦場にいた。

 男は女を抱きながら無双する。

 それはまるで彼女が巨大なマシンを操縦しているように見えた。

 怪物の名はマスラ。女はニニといった。


 十年が過ぎた。

 戦いは果てしなく続いた。

 女はもう子供ではなくなっていた。相変わらず身の丈は低いままだった。

 男ははたして歳を取ったのか判らない。そもそも十年前は幾つだったのか。


 二十年が過ぎた。

 

 三十年が過ぎた。

 そうして深い森の中に隠遁した。

 すでに二人は伝説となっていた。


 五十年が過ぎた。

 女は死期が迫っていた。

 貌は過ぎた年月を表していたが、心は少女のころと変わっていなかった。

 確かにも初めから長い年月が刻まれたような心をしていた。

「ああ。わたしは少女のまま死ぬのね」

 二人は長く共にいたが、女が子を生すことはなかった。


 百年後。

 森は静かだった。

 世界に人は、増すどころか少しずつ数を減らしているようだった。

 小さくなっていた森は再び拡大を始めていた。


 千年後。

 人は何処にあるのだろう。

 森に姿を見せることはごく稀だ。

 戦いももう起こらない。


 九千年後。

「それがわたしたちの御先祖だよ」

 老いた女がいう。

 村。砂漠の中に湧く泉を囲む村。

 たくさんのマスラとニニがいた。

 男たちはみな二メートルをゆうに超える巨人。

 女はその半分ほどの丈。

「この泉の水で育つとみなマスラとニニの子になる」

 ひとりの少女がそういうと傍らの男の巨躯に抱きつく。村の中でもとびきり大きな躯の若者。

「わたしたちも産みましょう。伝説の神様たちの子を」

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