第176話 魔王な始祖と世界会談Ⅱ
最初から気に食わなかった。
会場へ姿を見せた時も、会談が始まった後も……あの澄ました顔も。
逃げ出した卑怯者の癖に、妙に自信に満ち溢れたその態度。
傲慢な英雄らしい自分ありきなその姿。
やはり――姉さん以外、英雄なんていうのは皆一緒だ。
だがこの場では落ち着かなければならない。
此処は世界の中心、各国の王族が集まる
そして私はジョセフィーナ・リタ・オスバルド女皇陛下に仕える近衛騎士、シーリン・シャノンなのだから。
「一介の騎士の身でありながら、剣聖様のお言葉を遮ってしまい申し訳ございません」
「シーリン……?」
怪訝な顔を浮かべる陛下に加え、会場中の視線が集まる。
当然、その中にはあの忌々しい聖女……リアホワイトの目も。
「ですが、私はやはり証明が必要だと――」
「シーリン、黙れ」
「っ」
冷ややかな目を向けてくる陛下に思わず息を呑む。
しかしこれは想定内。
ご安心ください陛下、私はそのお顔に泥を塗るような真似は決して致しません。
ですので今だけは、その目を瞑って頂きたく思います。必要なことなのです。
慎重に、落ち着いて言葉を選ぶのよ、シーリン。
動悸を抑え、動揺を意志の力で塗りつぶす。
シーリンは叱咤の中を強行し、毅然とした態度で慎重に言葉を選んでいく。
場所を重んじてか、陛下もそれ以上の叱咤はせずに黙って耳を傾け始めた。
人を見る目に長けた王族に対し、私如きがその人間性を訴えても無意味だ。
ならばと、シーリンはその英雄としての在り方を問いかける方に舵をきった。
早々に、剣聖が認めたのは想定外だった。
老公は既に引退し、その称号を弟子のファウスト卿に譲っている。
やはりどれだけ優れた武人だろうと、時の流れには敵わないということだろう。
幸いにして老公――剣聖様は私の意見に耳を傾けてくれている。
陛下も剣聖様には敬意を持って接している以上、私も最大限に言葉を気を付けなければいけない。今は聖女の
「――ですから、一騎士の道に身を置く者として、聖女様のお力は目に見える形で証明すべきだと私はここに進言させていただきます」
私情を悟らせず、あくまでこの会談において必要な部分の提案をする。
シンと静まり返った会場内、参加者の反応は概ね均等に分かれた。
納得したように同意を示す者、首を傾げ訝し気に私を見つめる者、反応がない者。
私がこの場で突いた点は全部で三つだ。
一つ、新たな英雄としてこの場で意見を述べるなら、その力の一部でも開示すべきこと。特に今回の議題に対しては、その部分が最も前提条件として必要になってくること。
二つ、英雄は基本的に女神アウロディーネ様の寵愛を受けその力を得ると言われている。だというのに、神託にも関わらず今回の聖女の行動は些か英雄として臆病という点――ここは言葉に気を付けた。
そして最後、三つ、魔法系統の英雄に対し、剣聖様では測ることが難しいのではということ――ここは本当に、本当に言葉を気を付けてできるだけオブラートに包んだ。
すぐに否定の言葉がでないことから、少なくともこれらには一考の余地があるのだろう。
シーリンはやりきった思いで、苦い顔を浮かべているであろう聖女をチラリと盗み見た。
一見すれば美しい聖女。顔だけは芸術……いや、その全てが女神とも思える絶世の美。
女のシーリンから見ても思わず見惚れてしまいそうになってしまうが、それ以上にシーリンの気が引かれることが起きていた。
(笑った? この状況で……運よく剣聖様に認められたことが帳消しになるかもしれないんだぞ? だというのに、なぜ?)
呆気に取られたのは一瞬。
そんなシーリンに対し、他国の皇帝ライオネルが口を開いた。
「で、其方はどうするべきだと思うんだ?」
「僭越ながら――推し量らせて頂きたく思います」
「ほぅ」
ライオネルは面白いものを見つけたかのよう、その鋭い瞳を輝かせる。
「其方にはそれが勤まると? かの剣聖、チョビ・グラディエルナートでも叶わなかったことが、一介の騎士如きである其方にはできると申すのか?」
「……」
酷い話だ。他者の言葉、それもあのライオネル皇帝からの言葉を聞くと尚更に思う。
生ける伝説、チョビ・グラディエルナートが出来なかったことが私にできるかって?
出来るわけがない、比べることすらおこがましいだろう。自分ですらそう思う。だが……
「もうよせシーリン。これ以上はいくらお前とて、容赦はせんぞ」
「っ!」
両陛下の目が一身に注がれる。
胸の内に燃え上っていた憎悪が、瞬間的に抑えつけられるのを感じた。
その瞬間、視界には火の聖女が映りこむ。
彼女は悠々たる様で静かに私を見据え、その澄んだ青い瞳が妙に癪に障った。
覚悟はある。あとでどんな処罰だって受けるつもりだ。
(その化けの皮を私が剥いでやる。お前は姉さんを見捨てた、誰よりも誠実で神に尽くしてきたアイシャ姉さんを……お前が見殺しにしたんだ。リア・ホワイト)
シーリンは握りこぶしを強く握る。
「はい、できます」
本来であれば失礼にあたるが、シーリンはライオネルは真っすぐに見つめ返した。
すると、ライオネルは満足した様子で口元を歪めながら頷く。
「だそうだが、どうするのだ? ジョセフィーナよ」
シーリンは傍らに座る自分の主を見て、後のことを悟った。
向けられる眼差しに一切の情はなく、あるのは激怒が鳴りを潜めた極寒の瞳。
視線が数秒交差し、ジョセフィーナは一言も発することなくライオネルへと向き直る。
「此奴がそう口にした以上、私から言うべきことはもう何もない。どのみち……必要なことではあったらしいしな」
「ふむ、レクスィオ王太子、其方はどうだ」
「私は……っ、……はぁ、わかりました。ガリウム、すまないが」
「心得ております」
状況がとんとん拍子で進んでいく。
シーリンは後の自分の処遇が気にはなるが、今はそんなことどうでもいい。
やっと掴んだチャンス。
王宮で姉さんの訃報を聞いた時から、その理由と同行者の存在、そして英雄としてあってはならない卑怯者を知ってあらゆる手段を尽くした。
この会談に同行できるよう、陛下には何度も懇願した。
毅然とした態度で会場を見据える聖女。
シーリンは自身の指に嵌めた
『聖槍クレティネ』
一定レベル以下の魔法を弾く"対魔法"効果の加護を得た聖槍。
ここへ来る前に団長へ一騎打ちを申し込み、その様子をご覧になっていた陛下に拝借して頂いた国宝の一つだ。
(今だけ、今だけだ。貴様は確かに英雄の境地へ足を踏み入れたのかもしれない。だが、この環境下では思うように魔法は使えまい? 証明……? たかが一介の騎士である私如きが、英雄様へ手加減など出来る筈もなかろう。何かあっても……それは事故だ)
====================
そんな女騎士の心情を知らず、リアは剣聖の横で状況を見守っていた。
まだ終わらなそう、そう思ってた時期が数分前の私にもあった。
しかし、まさかこんな形で話が進んでいくとは思いもよらなかった。
「あの娘、相当にお嬢さんを恨んでいるようじゃの。視線が痛いわい」
「ふふ、そうみたいですね。ここまで熱い視線を送られるとちょっと照れるわ」
「お主……変わった感性してるの? じゃが脅威にはなりえまいか」
女騎士を見据えるお爺ちゃんを見て、リアはにんまりと笑う。
「お爺ちゃんくらい強かったら、脅威かも?」
「あまり年寄りを虐めるんじゃない。……ところでお嬢さん」
証明の為、女騎士のいる方へ歩き出したリアは足を止めて振り返る。
椅子に腰かけたままのお爺ちゃんと、その視線が交差した。
「お主、何者なんじゃ?」
眉に埋もれた瞳が真っすぐにリアを見据え、その鋭い眼光が存在を示す。
リアはその場で少し考え、そしてお爺ちゃんの元へと歩み出す。
ここで話してしまうと他の者にも聴こえてしまう。お爺ちゃんだけは特別に教えるのだ。
目線は固定されたまま距離はなくなり、リアはそっとお爺ちゃんの耳に顔を寄せる。
「私は可愛い女の子が好きなだけの……ただの火の聖女ですよ」
無反応なお爺ちゃんを見て踵を返し、リアは軽くウィンクを残して再び会場内を歩き出した。
既に位置についた女騎士とは違い、毅然としたまま歩くリアの姿に会場の視線が集まる。
場所はどうやらこの場でやるらしく、円卓から少し離れた空間でリアは足を止めた。
向かい合う女騎士を一瞥、周囲を見渡す。
円卓からここまでの距離はそう遠くなく、遠目にガリウムが盾を構えて立っていることから規模の大きな魔法は使えない。
しかし、火の聖女を名乗ってる以上は剣だけの証明など許される筈もなく、むしろ新たな騒ぎの火種にすらなりうる可能性だってある。
となると、やはり戦闘スタイルは魔法オンリーでやった方がいいだろうか。
そう考えていると、女騎士の指輪が光を発し始めた。
眩い光彩が会場中を照らし、それはやがて一本のランスへと形を成していった。
(
「ではこれより、クルセイドア王国"火の聖女"であるリア・ホワイト殿、対してオスバルド帝国"近衛騎士副団長"シーリン・シャノン殿の模擬戦を始めます! 二人とも、準備はよろしいかな」
「問題ない」
「はい、いいですよ」
円卓には変わらず王族達が鎮座し、何故かヒイロはガリウムのすぐ隣で観戦していた。
「この模擬戦の目的はあくまでホワイト殿の力の確認です。両者やり過ぎないよう、最善を尽くし実力を発揮してください。判断はこちらでいたしますので、そのように」
ドルモアは私とシーリンを見比べて頷き、円卓のある方へ飛び退いた。
もういつ始めてもいいということだろう。
円卓から離れた二人だけの空間、怖い顔をしたシーリンと目が合った。
「貴様に聞きたいことがある」
「怖い顔。笑った方が素敵よ、あなた」
「貴様……ッ」
「そんなことより私も聞きたいことあったのよ――私、貴女に何かしたかしら?」
純粋に気になったから聞いてみたのだが、どうやら地雷を踏んでしまったらしい。
二人っきりになった途端隠すことなく殺気と憎悪を漂わせていた彼女が、その両目を見開き青筋を色濃く浮かび上がらせた。
白金のポニーテールがゆらゆらと揺らめき、一目でわかるほどに怒気を漲らせる彼女。
もはやここまで怒らせてしまうと、リアとしても困惑せざるを得ない。
「ふぅ……ふぅ……最後にもう一度だけ聞く、アイシャ・シャノン、私の姉さんはどうした? 何故、貴様だけが生き残っている?」
「アイシャ……?」
どこかで聞いた名前、リアは口ずさみながら記憶を辿る。
白金の髪、丁寧な口調、美人で話が通じて、どうしようもなく――愚かな加護持ち。
『アイシャです。短い期間ですが、よろしくお願いしますね』
『我々にはあの御方が、アウロディーネ様が付いてらっしゃいます!! 恩寵を授かる事のできない、創造主に見捨てられたような貴方たち魔族とは違うんですよッ!!!』
数週間前に出会った英雄を思い出し、リアはようやく合点がいった。
(確かに似てる……というより、髪の長さと怖い顔以外は瓜二つね。だとすると私が殺したことも知ってる? いや、言葉のニュアンス的には見殺しか見捨てだと思ってる雰囲気だわ。どう答えようかしら……)
そんな思い悩むリアに対し、シーリンはランスの切っ先を向けて睨みつける。
「何故黙っている? なんとか……言ったらどうなんだ!!」
感情が爆発し、堪えきれなかった様子でシーリンがその場から飛び出した。
構えたランスは光彩を放ち、リアは咄嗟に片腕で薙ぎ払う。
【火炎魔法】――"
発動と同時にまるで最初からその場に存在したかのよう、巨大な火炎が眼前を埋め尽くす。
避ける隙間などある筈もなく、英雄ですらない彼女ならこれで終わり。
そう思いながら一応は次の一手の準備に差し掛かると、炎波の一部が瞬く間に掻き消された。
「あら?」
「この程度の魔法! このクレティネには通用せん!!」
シーリンの持つランスが一際大きな輝きを魅せた。
光の粒子が周囲に舞い散り、まるで意志を持ったかのよう呼応する光。
「我が聖槍よ、その輝きを持って眼前の悪を滅したまえ! これは聖なる意志、女神の威光を示す神聖なる輝き――"
そんな模擬戦とは思えない叫びと共に、光翼を生やしたランスを穿つシーリン。
込められた魔力とその規模さえ測り間違えなければ、簡単に避けられるそれ。
穿たれたランスは光の奔流を放ち、リアのいた足場諸共破壊の衝撃をまき散らした。
床は抉ぐり取られ、視界を真っ白に染め上げる。
崩壊の音と共に吹き荒れる風が頬を撫で、天井の障壁はパリンと無残にも割れた気がした。
(やっぱりこの正装、仕立て直して貰って正解ね。足の稼働領域が広がるだけでこんなに動きやすいんだもの。ていうかこれ模擬戦よね……?)
リアは考えるより先にシーリンへと接近し、その懐へと姿を晒す。
「っ!?」
薙ぎ払いを身を屈めて躱し、振り下ろしを半歩下がって避ける。
地面が抉れ、持ち直そうとするランスを勢いよく踏みつけたリア。
「貴女やりすぎ」
「貴様ッ!?」
戦意は折れず、即座に腰に下げた剣を抜いて切りつけてくるシーリン。
リアは即席の炎剣を作り出し、余すことなくふんだんにスキルを使う彼女を容赦なく叩きのめす。
光の粒子と燃え盛る火花が舞い散り、剣戟の一瞬の隙をついてその腕を切り飛ばしたリア。
「がっ! あぁぁぁぁ!!」
腕の痛みだけで動きの鈍ったシーリンを見て、リアは即座にもう片方の腕を引く。
まるで暴れ馬のように藻掻く彼女だったが、こちらは吸血鬼だ。組み敷くのは容易い。
「ぐっ! がはぁっ!!」
「殺す気まんまんね? まぁ貴女のお姉さんについては……諦めなさい」
頭を押さえつけ、それだけを口にするリア。
未だ抵抗をやめようとしない彼女、もう片方も壊すべきか悩んだところで接近してくる足音に気づいて振り返る。
「リアちゃん!」
怪我なんてするわけがないってわかってるのに。
やっぱり、最初に駆けつけてくれるのは私の愛しい
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