第175話 魔王な始祖と世界会談Ⅰ
ドルモアは立ったまま円卓を見渡し、精錬された動きでその場でお辞儀をする。
この場にはパッと見ただけでも15~20組ほどの参加者が円卓へ座り、その誰もがどこかしらの王族か国の代表として来ている者達だ。
故に、礼儀作法や各国のマナーなんかに厳しい目が向けられるものだと思っていたが。
どうやらそうでもないらしい。
「――という状況です。デミーアスに依然として動きは見られませんが、我々はこれからの……」
「口上はもう十分だろう」
話を遮り、冷ややかな声が会場内に広がる。
声の主はリアの反対の席へと座り、その琥珀のような白い瞳でドルモアを見ていた。
「それよりも、其方の同僚『星位』の名を持つ賢者共はどうした? 魔塔ばかりに籠もってないで、こういった時にこそ表に出てくるべきじゃないのか?」
「これは……手厳しいですな、オスバルド陛下」
どうやら、あの全身ドレスアーマーの女帝はオスバルドというらしい。
白い宝石の花飾りに琥珀のような瞳。きらきら光輝く金髪は思わず手を伸ばしたくなるほど美しい。
「『陽光』に続き『釈炎』も空席となった今、正直なところ我々も手が足りていないのが現状です。ですので今回に限り、どうか私だけでご容赦ください。陛下」
「……そうか」
そう言って冷淡なイメージのあった女帝は僅かに顔を顰め、それ以上は口を開かなかった。
他の王族や同席者、護衛なども皆同様に陰りを落とす中、リアは思いを巡らせていた。
(ん? 陽光に釈炎……以前にどこかで聞いた単語ね。どこだったかしら?)
現状お爺ちゃんや女帝が気になり、その他のことなど頭の片隅にすら引っかからない。
それでも思い返そうと記憶を辿り、リアは数秒で諦めて忘却の彼方へとポイするのだった。
すると丁度よく、顔を俯かせていたドルモアが「ですが!」と声をあげる。
「今回の会談には彼ら以上に適任の方を、私の判断でお呼びさせて頂くことが叶いました。ホワイト殿、よろしいでしょうか?」
「はい、もちろんです」
いきなり振られたことに多少驚きはしたものの、完璧なポーカーフェイスをもって微笑むリア。
会場中の視線が一身に集まるのを感じ、リアは
それは即ち――どういう印象を与えるべきか、と。
下の階で会った実力主義な皇帝、会場に足を踏み入れるや否や様子見をしてきたお爺ちゃん。
今こうしてる間にも鋭い眼光に殺気をのせて飛ばしてくる女騎士や、他者を圧倒するような物言いと雰囲気を持ったあそこの金髪女帝。
リアは大人しくするよう、レクスィオやヒイロに再三言われてきた。
だから慎ましく、衝動と本能をなんとか我慢して大人しくしていたのだ。でも
(なんだか必要ない気がしてきたわ? 寧ろ大人しすぎるのも考えようよね、既に3回絡まれてるわけだし……ようはやり過ぎなきゃ良いわけよ!)
一秒に満たない時間の中、リアは方針を決めて周囲を見渡す。
そこには誰もが測るようにこちらに見て、その様子から様々な感情が見え隠れしている。
すると自然と先程の皇帝が視界に映りこみ、目が合った。
皇帝はその獰猛な瞳でリアを見つめると、意味深に笑ったのだった。
(そうね……どうせなら、やってみましょうか♪)
黙り込んで一向に喋らないリアを不思議に思ったのか、レクスィオが顔を上げる。
そして気づいた。
近くで見なければわからない程の小さな歪み、即ち――不敵な笑みを浮かべたリアに。
「リア……? 待て、何を……!」
ぎょっとしたレクスィオを横目に、リアは形だけの
向かう先はドルモアの座る上座。
会場には小さなどよめきが広がり、その中でヒール音がやけに鳴り響く。
困惑するドルモアを素通りし、リアは円卓へと振り返ったのだった。
「私の名はリア・ホワイト。クルセイドアでは人は私を火の聖女と呼んでいます」
ここまではただの挨拶。覚えて貰おうが貰えなかろうが正直どうでもいい。
肝心なのは
「そんな私に――今回のデミーアス大陸での一件をお聞きになりたい方がいらっしゃれば、今この場をもって受け付けようと思います。どなたかいらっしゃいますか?」
後から質問攻めされるより、主導権を握ったまま進行しちゃった方がいいだろう。
そう思って静まり返った会場を観察していると、すぐ隣から声があがった。
「ホワイト殿! 何を勝手に……っ」
「ドルモア様……質問ですか?」
口調は変えず、佇まいや仕草も今まで通り。
変わったのはリアの許容値であり、有り体にいえば
「そうではありません。まずは順序立ててから話を――」
「よいではないか。回りくどい話し合いをするよりもよっぽど建設的だ」
「オスバルド陛下……」
口を噤むドルモアを一瞥し、リアは女帝にと視線を移す。
すると女帝の切れ長の目と視線が交差し、それは体感で数秒ほどの時間が流れた。
互いに表情は変えず、只々ジッとその目を見て真意を確かめ合う――なんてこともなく。
(綺麗な瞳ね~! 白というより透明? 髪の色や白いドレスアーマーも相まってとっても似合ってるわ。歳は幾つくらいかしら? 私よりそこそこ上のような気がするし、30前後? う~ん、帝王然としてるのもいいけど……素の姿なんかも見てみたいわ~!)
表情には出さず、内心に全てを留めてお姉さんを観察するリア。
席の方ではニッコリとしたヒイロが見えるが、きっと気のせいだろう。
「ではリア殿、まずは私から質問をさせてくれないか?」
「はい、なんなりと」
そう言って微笑むリアに
そして綺麗な顔に皮肉な笑みを浮かべ始め、見せつけるよう周囲を見渡した。
「気を悪くしないで貰いたいのだが……ここに居る者達の多くは、其方という人間を知らないだろう。故に問いたいのだ」
「……」
「其方は他の英雄と合流を果たし、日を経ずして戦場から離脱したと聞いている。それは誠か?」
ジッと見つめる目は鋭く、まるで一切の言い逃れを許さないといった様子のオスバルド。
質問の内容によって会場内の雰囲気が大きく波立つ。
「事実ですね」
平然と答えるリアの肯定によって、今度は明らかな動揺が広まる。
反対にオスバルドはきょとんとした顔を見せ、そして少しだけ眉を緩めた。
「ほう……随分とあっさり答えるのだな」
「ふふ、別に隠す必要もありませんから」
「それは、どういう意味だ?」
表情の変化は微々たるものではあるが、その声音と目つきだけでコロコロと変わる女帝をちょっと可愛いと思ってしまったリア。
だが、やると決めた以上はしっかりと
「言葉の通りです。――吸血鬼の真祖オリヴィア、そして新たに生まれた魔王。その二対が戦場に見えた時、私は限りない可能性の中で敗北を予見しました。ですから撤退したのです」
言ってることはとーっても情けないが、事実として連合を含め英雄は全滅している。
その中で唯一生還した『火の聖女』が言えば――真相はどうであれ――この場の誰の印象にも深く残るとリアは思った。
噓八百な口八丁を言い終え、会場を見渡しながら内心でほくそ笑むリア。
シンと静まり返った会場内は誰もが唖然とした表情を浮かべており、滴った雫によって徐々に波紋を呼んでいく。
そして数秒の後、先程までとは比べ物にならないほどのざわめきが生まれたのだった。
『敗北を予見だと……? あやつに英雄としてのプライドはないのか!?』
『十を超える英雄が集まり、これまでの連合を画す大連合だったのだぞ? それが負けるとそう口にしたのか、あの小娘は!』
『ようは逃げ出したということだろう。事実だというのなら何故、他の英雄に共有しない?』
『ヤンスーラの一件、彼女は単独で数万の兵に加えて英雄をも退けている。それは火の聖女へとなりえていることが何よりの証明だ。ならば……事実ということか?』
『火の聖女には予見の力があるのか? どうなっているのです!? レクスィオ王太子殿下!』
無数の雑音が聴こえる中、リアがざっと聞き取れたのはそんなところである。
しかし、それを不快に思うことはない。寧ろ適当な思い付きが上手くいったことで、リアの機嫌は益々よくなってきていた。
(新参の英雄、ましてや敵に背を向けたと思われてる英雄の言葉なんて……誰も聞き入れられないと思ってたけど。意外といけそうね? わざわざ招待を送るだけの価値はある、ということかしら?)
会場の半数が狼狽え、取り乱し、リアやレクスィオに言葉が集中する中。
けたたましい金属音が反響する。
ニヤニヤと状況を見守っていた皇帝、少しびっくりした様子のヒイロ、微動だにしないお爺ちゃん。
他にも沈黙を守ってきた何人かに加え、リアも音の鳴った方へと振り向く。
「今は――私の時間だ」
女帝は手に持った黄金の槌を地面へと打ち付け、その視線をリアへとゆっくり向ける。
「リア殿、私は其方の行動を支持しよう、当然だ。戦いに身を置く者には敵を屈服させる力を求められるが、それ以上に危険を回避する力、生命の危機を感知する力が求められると私は思う」
「オスバルド、貴様何を言って――」
「其方は何も間違ってはいないし、英雄としても正しい行動をしただろう」
美人な顔が怪しいほどに微笑み、見つめられるリアはちょっとだけ吸血欲が刺激される。
あの澄ました顔をトロトロに解きほぐし、その邪魔な鎧を解除させたらどれだけ可愛いのだろう。
なんて思ってたら、「だが」という冷ややかな声が聴こえてきた。
「それは其方が英雄に相応しい、強者だった場合に通じる言い分だ」
「力をみせろ……そういうことですか?」
リアは素に戻りそうになるのを飲み込み、慌てて言葉を修正する。
すると妖艶に微笑む女帝ははっきりと口元を歪めた。
「話が早いな。最初も言ったであろう? ここに居る者はそなたを知らんと」
会場には緊張が走り、何故かその会話をジッと聞いていたお爺ちゃんの目が見開いた。
リアとしてはこの状況は非常に好ましい。実力を見せるだけで話がスムーズに進むのだから。
「なるほど、ではそうしましょう。誰が試しますか? 陛下がなさいます?」
「本来であれば火付けをした私が声を上げるべきだろうな。だが……この場には私以上の適任者がいらっしゃるのだ」
そういう女帝からリアは目を離し、会場内を見渡す。
すると、そんなリアの絶対の自信といえるべきものに僅かながらに気づいたのだろう。
リアと少しでも目が合った者は幾つかの反応に分かれた。
目を逸らさない者、すぐに逸らして顔を伏せる者、微動だにしない者。
だが総じて殆どの者が、必ずその目を一瞬でも向ける相手がいたのだ。
(やっぱり――貴方なのね? 老老でありながらアイリスを凌ぐほどの実力、本当に何者なのかしら)
視線を追って向けた先、そこにはボサボサな眉で目元を隠したお爺ちゃんが鎮座している。
会場に入った時の動きを思えば、納得といえば納得ではある。
「リア! 待つんだ! その御方は……!!」
「……」
お爺ちゃんの居る席までリアは歩み寄り、その間合いの一歩引いた場所で立ち止まる。
レクスィオが何やら慌てふためいているが、どうせこの流れは変えられない。それに何より
微動だにしないお爺ちゃんを観察し、リアは改めて気づいた。
「加護持ちじゃ、ないんですね?」
「……」
「どうやら、私は貴方に実力を確かめて貰う必要があるようです。引き受けて頂けますか?」
外野が何やら騒めき出しているが、今となってはその肩書なんてどうでもいい。
年季の入った佇まいや姿勢、息遣いから呼吸のリズムに至るまで、見れば見るほど感嘆してしまう。
「****?」
何かを口にした気がするが、リアの聴力をもってしてもそれは聞き取れなかった。
仕方なく間合いに足を踏み入れ、もう一度聞こうとするとお爺ちゃんが咳払いをする。
どうやら、ただ単純に声が掠れて出なかっただけのようだ。
「魔王とオリヴィアは……それ程までに力があるのか? お嬢さんの目から見ても?」
眉で隠れてしまった目元。その僅かな隙間から覗かせる澄んだ銀色の瞳。
真意を暴き立てるような真っすぐな視線にリアは苦笑を漏らし、はっきりと頷いた。
「ええ、私では
「…………そうか」
短い応答が返され、結局リアの利いたことへの返事は貰えなかった。
するとお爺ちゃんは「ジョセフィーナ」と、誰かの名前を口にする。
肩を揺らしたのは女帝。
「このお嬢さんを測るには、儂の身では余るのぉ」
「何を仰っているのです? 貴方が、"歴代最強の剣聖"とも謳われる貴方様が、測れないと……いうのですか? 何をご冗談を」
「そう言っておる。発言の真意はどうであれ、このお嬢さんは既に……儂の境地を優に超えておる」
お爺ちゃんの今にも掠れそうな声がその場の誰の耳にもはっきりと聞き取れるほど、会場内は静寂に包まれていた。息遣いや物音も、まるで時が止まったかのように静止する空間。
それは女帝や皇帝すらも例外ではなく、当の本人だけが腹を抱え愉快そうにカラカラと笑っていた。
既に互いの間合いに入っており、お爺ちゃんはリアに後ろを取られてる状態。
だというのに……
(幻想とはいえ、ついさっき私に首を落とされたのに……このお爺ちゃんは。でもそのおかげで色々上手くいきそうなのもあるのよね、まさかその正体が"歴代最強の剣聖"とはね。どうりで適当にはすぐに殺せなかったわけだわ……ふふ♪)
そんな驚きと呆れ、僅かながらの好感を持てるお爺ちゃんを見つめるリア。
この時、思いのほか早く終わりそう、なんて少しでも考えたのがいけなかったのかもしれない。
「お待ちください」
凛とした声がその場で響き渡り、誰もが声のした方へと振り返る。
それは女帝ジョセフィーナの後ろに立ち、白金色の髪をした女騎士の静止だった。
ああ、どうやらまだ終わらないらしい。
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