第174話 始祖と世界の円卓
勢いにつられて歩き出してしまった。
長い通路は間違いようがなく、先導して前を歩くヒイロに引かれるがまま、リアは後をついていく。
右に行って、左に行って、よくわからない所でキョロキョロ。
そうしたら一度見たような場所へと出戻り、また知らない場所へと歩を進める。
こうなってくると、流石のリアも惚けてなどいられない。
「ねぇヒイロ、ここはさっきも通ったんじゃないかしら?」
「だよね〜、私もそう思ってたんだぁ。う~ん……こっちかなぁ?」
真剣に周りを見つめ、何の根拠もなく再び歩き出すヒイロ。
人通りは少なくはあるが、道行く人から多くの視線を集めた。
しかしそれは二人も慣れっこであり、邪な目でもなければ今更気にするようなことでもない。
でも、そろそろ誰かに聞いてもいいんじゃないだろうか?という当たり前の疑問が頭の中を過った。
「真っすぐに行けば大丈夫だと思ってたんだけど、やっぱりあそこで左に行っちゃったのが間違いだったかなぁ……まぁ、そんな気はしてたんだよね。うん」
「方向音痴なのは相変わらずね。その根拠のない自信も……はぁ」
「失礼」
「……?」
突然の声に、二人は振り向く。
声をかけてきたのは一人の騎士。
彼の後ろには遠目にもう一人の騎士が見え、リアの記憶違いでなければ二回ほど通ったような場所を警備する騎士達だった。
「いえ、先程からお姿を目にし、もしや道に迷われたのでは……と。失礼ですがその身なり、もしや火の聖女様でしょうか?」
騎士は失礼のないようさらりとリアの全身を見渡し、確信めいた様子で問いかける。
渡りに船というのだろうか、リアはここで否定する必要性を感じなかった。
「ええ、そうだけど、私たちは
「おお、やはりそうでしたか! はい、では私がご案内致しますので、後を着いて来て頂けますか?」
「助かるわ」
結果から言ってしまえば、会場への入り口はその二人の騎士が守る大扉に続いていた。
中に入って少し進むと、そこは程よい空間が広がっていて部屋の中央には数段の階段が繋いだ大きな台座が置かれている
リアとヒイロは進められるがままにそこへ立ち、数秒すると微かな浮遊感を覚えた。
「それでは、私はこれで」
台座から数歩下がった騎士はその場で腰を折り、騎士の敬礼を行う。
ヒイロは楽しそうにひらひらと手を振りながら、辺りをキョロキョロと見渡した。
「わぁ! まさか会場が上階なんてね。どうりで見つからないわけだよ! まぁ元を辿れば、よく知りもしないで場所で勝手に突き進んじゃった私が悪いんだけど。ごめんね、リアちゃん」
「慣れてるから平気よ。それにデートしてるみたいで少し楽しかったし、私をあの場から引き離す為にやってくれたんでしょ?」
「それは……そうだけど、少し舞い上がっちゃってたのもあるの。リアちゃんがあんまりにも可愛いから……」
「うっ……こほん。とりあえず気にしないで。時間は押してるけど、少し遅れるくらいどうってことないわ。平気よ平気」
魔法の浮遊によってぐんぐんと上昇していく台座。
リアとヒイロからすれば緩やかな上昇であり、上に向かうにつれ壁に設置された松明には新たな光が差し込まれた。
「なんというか、本当に豪胆になったよね。前からその片鱗はちょっと見えてたけど、今はそれの非じゃないというか……うん、磨きがかかってるよ」
「そう? そんな自覚はないのだけど……まぁでも、確かに貴女達以外のことは割とどうでもいいかも」
台座のガタンという振動と共に浮遊感が消える。
リアは台座から先に降りて、ヒイロへと手を伸ばす。
「こんな私は――嫌い?」
答えはわかってる。ただ、その言葉を直接ヒイロに言って欲しかっただけ。
「ううん、全然。大好きだよ、リアちゃん」
「私も好きよ。だからずっと側にいて頂戴」
つないだ手をずいっと引き寄せるリア。
そこは展望のような場所で、広々とした大空の中に照り付ける太陽が見えた。
見渡せば、眼下には首都を一望できる程の景色が広がっており、後方には数段の階段とその先の真っ白な世界が続いている。
「こういうの何て言うんだったかしら……空中庭園?」
LFO内でも似たような場所に、何度も行ったことがある。
しかし、実際に現実として足を踏み入れた場合、感嘆の声を漏らしてしまうのも仕方のないことだった。
それだけに……ここから見える景色はどちらも美しい。
不思議なのは高い所にも関わらず、そよ風も吹かなければ冬の肌寒さを感じないということ。
しかし、それは目を凝らして見渡せばリアはすぐに理解する。
(なるほど、魔法障壁でこの一帯を覆っているのね。程よい気温に落ち着ける雰囲気、本当に素敵ね)
「入り口から結構歩いたと思ったけど、もう少しありそうだね~」
透明の膜以外、視界には白い柱が何本も並び立ち、それ以外は只々真っ白な世界が広がっている。
故に歩き始めれば、すぐにそれらは見えてくるのだった。
小刻みな小さな階段を数回上り、白い空間にようやく色がつく。
――円卓
広々とした空間に円卓が鎮座し、そこに並み居るは独特な雰囲気を持った人間の面々。
一斉に向けられる視線は鋭く、その静寂さも相まって反射的に足を止めてしまうリア。
といってもそれは一呼吸ほどの時間であり、今は歩きながらよそ目に会場を見渡していた。
(刺すような視線……正直、パッとしない人間ばかりだけど……あら、あれはお姫様? それにあの女の人、女帝というのかしら? 全身を金で覆ってて目立つわね。でも綺麗だわ、ちょっと話してみたいかも♪)
円卓の用意されてる席はほぼ埋まっており、空いた席は残り四つ。
上座の一席は除くとして。恐らく、三つの内二つはこの場に居ないレクスィオと皇帝の物だろう。
そう思ったリアは適当に空いた席へ向かうことにし、その特異な者が目に入った。
それはこの煌びやかな光景で誰もが上等な服や装飾品を身につけ、一目でその世界の上位者、権力者としての雰囲気を醸し出す中。明らかに浮いていたのだ。
(あのお爺ちゃん、ローブはボロボロな上に一人だけ誰も護衛がついていないわね。でもなにかしら? この異様な感じ……)
見るからに場違いなお爺ちゃん。
灰色の色褪せたローブを纏い、伸びきった眉はその目元すらも隠してしまっている。
妙に引き寄せられる視線。他の視線などどうでもいい、あのお爺ちゃんが妙に気になる。
そう思った瞬間――その"銀色の瞳"と目があった気がした。
視界からお爺ちゃんの姿が消える。
「っ!」
瞬きの時間すらもないまま、お爺ちゃんは懐へと潜り込んでいた。
そして一閃。
その小柄な体格からは想像もできない風圧が吹き荒れた。
靡いた髪が頬を撫で、それを難なくと交わしたリアは体を捻り重心をかける。
「ふっ」
動きづらさを感じながらも後ろ回し蹴りがお爺ちゃんを捉え、その違和感に気づいた。
お爺ちゃんとリアの蹴りの間には刀身が挟まれ、紙一重で攻撃を防いでみせていたことに。
本来であれば、円卓を巻き込み他の王族諸共、お爺ちゃんはこの庭園を横断する筈だった。
だがそうはならなかった。
お爺ちゃんは体を宙に浮かせ、まるで早送りのように一瞬にして身を捻る。
それはリアの
これはお爺ちゃんがリアへと迫り、まだ2秒にも満たない攻防。
リアは振り切られる前の手にそっと指を添え、その軌道をずらす。
「ッ!?」
ボサボサな眉に隠された鋭い眼光が見開かれ、リアは逆に口元を緩める。
軌道をすらしたまま流れに身を任せ、リアはその場でくるりと一回転。
二発目の回し蹴りに加え、コンマ数秒遅れでディレイの裏拳が空を切った。
これで三度目の対処。
小さな体からは想像もできない身のこなし。
お爺ちゃんは身の丈とは不釣り合いな長剣を構え、鞘の隙間から煌々たる輝きを覗かせる。
その瞬間、宙には数千の剣閃が入り乱れ、空間からはあらゆる物質を細分化される。
カチンッと鞘に収めた音が鳴った時、続けざまにゴトンという重い音が場を静けさせた。
首から上が切り飛ばされ、お爺ちゃんは力なく地面へ転がったのだ。
血の川がたらたら流れる光景をリアはジッと見つめる。
そうして思考は
時間経過は一秒もない、互いの意識下だけで起きた出来事。
遠目に離れていても、その衝撃と動揺はまるで手に取るようにわかる。
今度はハッキリとその見開かれた目と、目が合った。
「ふふ」
「……?」
後ろを歩くヒイロは首を傾げ、リアは上機嫌に席へと歩いていく。
リアはこの恐らく退屈になる、もしくは不快な思いをする会談で、始めて面白味を見出していた。
(間違いなく英雄、それもこれまでとは類を見ないレベルの高水準……80くらいかしら? いや85はありそうね。何よりあの技量、私の
久しぶりな感覚にリアは思わず嬉しくなる。
スポーツやゲーム、恐らく対戦という形式を持って行えばその誰もが経験したことのある現象。
長い年月をかけ、多くの経験をしたものは一度はある筈だ。
対戦相手の取った選択を見て、その続きの動きがこれまでの経験から幻視される。まるで手に取ったように次なる行動を先読みできる。予測――いや、未来視とも言えるソレ。
今、リアとお爺ちゃんが行った殺し合いはその延長線上、限りなく未来に近いもの予見し、実際の現実で行うそれと大差のないものだった。
それが意味することは一つ。
(加護持ちなんかじゃない。この世界で生まれ、幾万もの戦いを経験したものの動き。いうなればガリウムの究極系……天然物の中の希少種)
模擬戦のようなものであり、実際にには見ることも感じることもない空想だから殺した。
だがリアとしては今後もアレを殺したくはない。それ程に気持ちの良い存在だった。
多くの視線に晒され、隣の人間や護衛の人間とあからさまに話す者もいる中、リアは恐らく自分のだと思える席に腰を落とす。
ヒイロは後ろに立ち、そのままリアへと耳打ちをした。
「なんだかご機嫌だね。どうかしたの?」
「わかる……? ふふ、もしかしたら面白い会談になるかもと思って……」
「面白い?」
正直、今更英雄に期待はしていないし、今回の会談はリアにとって決して良いものにはならないだろうとは思っている。
煩いのなら消してしまえばいいし、その意見も意志も、価値観すらも聞き入れる必要のない戯言。
しかし、今回の会談は『火の聖女』という立場で参加してる以上、ある程度は我慢をするつもりではいた。
そこに現れたのがあの規格外で興味惹かれる天然ものだ。
「それってあのヨボヨボなお爺ちゃん? んん、なんだかこっちを見てるような……ていうかリアちゃんを見てない? 気のせいかな?」
「さぁ……どうかしら? でも見てるって意味じゃ、あっちの方が煩いけどね」
リアは視線を少しずらし、入ってから今の今まで睨みつけてくるそれを見返す。
含まれる感情はあまりに煩わしく、リアをもってしても無視が一番だと思えるような相手。
彼女はリアの向かい席に座る、女帝らしき女の護衛。
白金髪を後ろに束ね、銀の甲冑を身に着ける女騎士。
容姿は美しいことから本来のリアあれば興味を抱いたかもしれない。だが向けてくる憎悪の籠った瞳に首を傾げざるを得なかった。
今わかることとして――あれはリアに尋常じゃない憎しみを抱いているということ。
そんな謂れもない恨みにとりあえず記憶を遡っていると、足音が聴こえてきた。
見れば短い階段からは、三人の入場者とその護衛達の姿が目に映りこむ。
レクスィオと見知らぬ男はこちらへ、皇帝は反対の空席へと歩いていく。
「リア……よかった、無事に会場には着けたみたいだな」
「そんなの当ぜn――……こほん、はい、おかげさまで何事もなく到着はできましたよ。殿下」
微笑むリアにレクスィオは苦笑を浮かべたまま頷き、そして隣の男へと目配せする。
それは金の刺繍が入ったローブを身に纏い、姿勢を正した白髪の初老。
「よくぞおいでくださいました、火の聖女殿。噂はかねがね聞いてはおりますが……どうやら、噂の方が過小評価だったようですね。実にお美しい。ああ、私の名はドルモア。及ばずながらこの会談の議長を務めております」
「リア・ホワイトと申します。本日はこのような場に招待して頂き、ありがとうございます。英雄としては若輩の身ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします。ドルモア様」
レーテを参考にした仮面を被り、リアは慎ましいお辞儀を見せる。
すると後ろに立ったヒイロも後に続き、ドルモアは穏やかに笑って頷いた。
「ははは、ヤンスーラとエルファルテ連合から王国を守った英雄。それがどんな方なのかと想い膨らませていましたが、まさかこんな可憐な方だとは思いもしなかった! どうぞ楽にしてください」
「では、お言葉に甘えて」
今、この会場では誰もがこのやりとりを注視している。
それをわかってるからこそ、リアは面倒ながらに精一杯の演技を披露した。
その甲斐あってか、満足そうに何度も頷くドルモアは円卓最後の椅子へと振り返る。
「さぁ、挨拶はこのくらいにして……」
コツコツと打ち鳴らす足音が会場内に静かに響き渡り、そしてピタリと止まった。
円卓を見渡すドルモアはその表情から笑みを消し、神妙な顔つきで言い放つのだった。
「始めましょう。我々人類種の存亡をかけた――
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