第165話 始祖な聖女様の厄日



 品性のかけらもない、周囲に無遠慮な音。

 リアは装飾品から目を離し、出入口へと振り向く。


 先に入って来たのは少年であり、後から続いたのは同じ服装をした二人の男。

 家族、というより明らかに護衛対象とその護衛といった様子で。着ている服装からしても先に入ってきた少年は無駄に光沢の放つブローチを身に付けている。


 腕を組みながら店内を見渡し、何処となく滲みだす傲岸不遜な態度。



(私の直感が言ってるわ。あれは面倒な子供、ううん……雑種の類だと。セレネには悪いけど、変に絡まれる前に出ちゃいましょうか。これ以上、せっかくの買い物を邪魔されたくないわ)



 店員は私の時とは変わって慌てた様子で少年の元へ駆け寄り、揉み手をするかのよう営業スマイルを浮かべた。


 希望を聞いて提案する。より詳しい話をする為に店内の奥へと案内する店員のお姉さん。

 店内は決して広くはないものの、私達以外にも客はそれなりに居るのだ。素通りぐらいできるだろう。



 そう思い、同い年くらいの少年に興味を持ったのか、ぼーっと眺める二人を連れて歩き出す。


 出口まで僅か数メートル。

 思いのほか楽しめた故に、少し残念な気持ちで別の日にまた来ようと考えていると――



「おい、ちょっと待て」



 何か聴こえた気がしたが、きっと気のせいだ。

 そのまま気にせず扉の方へ進むと、リアの眼前に二人の男が立ち塞がった。



「僕の声が聴こえなかったのか? それとも、まさか無視をしたのか?」


(あーあ、やっぱりこうなっちゃうか。どうやら今日は厄日みたいね? ……無視して退かす? 流血は人目があるし二人が見ちゃうから、外に連れ出した方がいいかしら? う~ん)



 無言なリアにどう思ったのか、雑種は不快そうに眉を顰めてセレネ達を一瞥する。



「そこのローブのお前もそうだが、なんでこの店に獣風情が入ってるんだ? 獣臭くてかなわないな」


「も、申し訳ございません、シールズ様。そちらのお客様方はっ!」


「ああ、お前はいいから。さっさと言われた通りの物を用意しろ。もし少しでも傷や解れなんかあれば、すぐにお父様に言いつけるからな?」


「は、はい! それでは失礼致します」



 そそくさと逃げるように店員は離れていき、残ったのは私達と雑種、そして護衛の二人だけ。

 遠目に何事かと店内に残る客達が視線を向けてくるものの、関わり合いたくないのか眉を顰めるだけである。



「跪け」


「……え? あっ、えっ?」


「その気持ち悪い耳は飾りか? 跪けって言ってるんだ」



 可愛いセレネは困惑し、無遠慮に手を伸ばす雑種。


 リアはすぐさま二人を抱き寄せ、目にも止まらぬ速さで雑種に足払いを入れる。

 『冥利の緑衣みょうりのりょくい』を身に纏うセレネに触れることはできない。"不可侵領域"がある以上それは絶対だが、害意を向けた事実だけで死に値する。


 子供故に手加減をしてしまったが、足を折るくらいは良かったんじゃないかと後になって後悔してくる。



「ぐっ!?」


「坊ちゃま!?」


「なんだッ、なんで僕が倒れて……!? クソッ!」



 立ち上がり怒り心頭となった雑種の目をガン無視し、リアは可愛い二人を心配した。



「二人とも大丈夫? ああ、セレネ。貴女の耳は世界一可愛いわ? あの雑種の目が盲目なだけで、別に気にしなくてもいいのよ。もうこんな店さっさと出ちゃいましょうか?」


「リア様……はい、大丈夫? セレネはとっても可愛いよ? だから……いこう?」



 少し怯えた様子のセレネを私とリリーが二人で慰め、さっさと五月蝿い雑種から離れようとする。

 しかし護衛騎士は即座に回り込み、あろうことかその懐にさした剣に手を置いた。


 子供には一応加減を加えたが、成人した男なら話は別である。

 他の客に見えないよう再起不能にすればいい。



「おい、なに勝手に出ようとしてるんだ! 跪けって言ってるだろ!! 僕はオルナミン伯爵の跡取りだぞ!? 逆らえばどうなるかわかって――」


「煩い」


「…………は?」


「だから煩いって言ってるの。一度は大目に見てあげるけど、相手を見てから言葉を選びなさい」



 立ち塞がる護衛に「退け」とフード越しに視線を送り、たたらを踏みながらも意外と踏ん張る男。



「この僕に説教だと? お前のような汚らしい奴が、この僕に向かって……! いいんだな!? そこの獣もその亜人も、もちろんお前だってただじゃおかない!! お前達、今すぐそいつ僕の前に跪かせろ! 汚らしい獣に平民の分際で、立場というものをわからせてやるッ!!」



 雑種の興奮した声が店内に響き渡り、護衛の二人も渋々といった様子で距離を詰め始める。

 こうなれば多少どさくさに紛れてやってしまっても大丈夫だろう。流血さえ回避すればいい、簡単だ。



「……あら?」



 踏み出そうとした瞬間、男達の後ろの扉から見知った顔の女性が入ってくるのが見えた。



「お待たせして申し訳ございません。……して、この状況は?」



 入って来たのは私の頼れる恋人、レーテ。

 首を傾げながら店内を見渡し、護衛、雑種、私の順に見て、最後にちみっこ二人を一瞥して頷く。



「な、なんだっ? メイド? まさかそのなりで……貴族なのか? だって獣人を連れて……!」


「この王国に貴族は獣人を連れてはいけないなどという法はございません。それに……」



 レーテは不自然に言葉を切り、私を見詰めてくる。

 向けられる目からその意味を理解し、自然と溜め息を溢しながら仕方なくフードを下ろした。


 彼女がそうした方が良いというなら、リアが疑う余地はない。



「この御方はホワイト子爵家の長女にして、火の聖女様であらせられるリア・ホワイト様にございます。弁えなさい」



 フードを下ろした瞬間店内は騒めき、口々に「聖女様」「火の聖女だ」なんて声が聴こえて来たが、どうやら目の前の雑種は『火の聖女』を知らないみたいだ。



「火の聖女? は、はんっ! 確かに見た目は綺麗だが、ホワイト家なんて子爵家じゃないか。僕の家はオルナミン伯爵だぞ? 火の聖女が、何だって言うんだよ!!」


「……あら、まだわからないの?」



 この立場に思い入れやプライドなんてものはない。

 しかし、生意気なガキの鼻っ面をへし折る為なら、喜んでそれを利用させて貰う。

 例えそれが傲慢で鼻にかかる可愛げのない雑種だとしても、やはり子供相手には手を出す気が湧かないリアにとって、いま最も有効打となるのは確かなのだ。



「な、なんなんだ、お前は。……おっ、おい! 火の聖女だか何だか知らないけど、早くこいつをどうにかしろ! さもないとお父様に言いつけてクビにしてやるからな!!」


「む、無理です! 坊ちゃま」


「火の聖女様をどうにかするなど、我々には……」



 どうやらあっちの二人は私を知っているらしい。

 だとすると、この雑種が世間知らずなだけなのか、はたまた私が自意識過剰な恥ずかしい女だということだろう。前者だと思いたい。


 まぁ今はそんなことどうでもいい。

 まずはこのお坊ちゃんに、セレネを怖がらせたツケを払って貰わないと。



「後学のために教えてあげる。世間一般でいう火の聖女は、英雄と同じ立ち位置なの。つまり私はやろうと思えばいつでも、貴方の自慢の家を叩き潰せるってこと。この意味、わかるかしら?」


「ッ……!?」



 垂れる銀髪を掬いあげ、絶句した雑種と目があった。

 青褪めた顔色に吹き出す大量の汗、見開いた目の端には大粒の涙を浮かべて体を大きく震わせる。

 見れば足元には水たまりが広がり、リアはさりげなく足を引いた。



 セレネを怯えさせ、リリーに不快な思いをさせた。

 せっかく気分転換にお出掛けしたのに、この子供のせいで台無しである。



「さっさと連れていきなさい。それと次は――」



 ないから、そう忠告しようと出口へ振り返った瞬間、物が倒れるような音が後ろから聴こえてきた。

 振り向くとそこには白目を向いた雑種が床に転がり、失禁したまま気絶していた。



「「坊ちゃま!!」」



 駆け寄る護衛が横を通り過ぎ、リアは二人の手を引いて店を出ることにする。

 いつの間にか降り始めた雪の中、白い息を吐きながら二人にしっかりローブを羽織らせる。



(たった一日出かけるだけでこうも面倒ごとに見舞われるなんてね。リリーは大丈夫そう、けどセレネは……はぁ、あの雑種クソガキ。やっぱり授業料として手足を一本くらい折るべきだったかしら? 私がもう少ししっかりしていれば……ごめんなさい、二人とも)



 後悔の波に飲まれ、可愛い二人の頭を撫でる。

 すると、後ろに立ったレーテが静かに口にする。



「始末致しましょうか?」



 そう口にする声音はいつも通りだが、どこか怒気を含んでいるようにも思えた。

 リアは二人にしっかりと羽織らせ「これでよし」と声に出しながら、首を横に振るった。



「ほっときなさい、消そうと思えばいつでも出来るもの。それより……」


「セレネ、雪だよ雪! 見て!」


「う、うん……冷たいね」



 淡い雪がパラパラと降り落ち、なんとかセレネを元気づけさせようと笑いかけるリリー。

 セレネも反応はしてるが、やはりその顔には影があるように元気がない。



(うん、やっぱやるべきだったわ。でも流血はあまり見せたくないのよね。失禁に気絶と無様な姿が見れて多少は気が晴れたけど、あの子の笑顔には釣り合わないもの)


「レーテ……さっきの雑種、なんて家だったかしら?」


「オルナミン伯爵家にございます」


「そう」



 元気ドリンクみたいな名前ね、なんて思いながらリアはその家名を記憶のメモ帳に書き入れる。

 そうして積もる程ではないにしろ、寒くなってきたことでリアはここからの移動を考えた。


 今は何時くらいだろう? 曇り空で多少暗くなってきたが、恐らくまだ夕方頃。



「ねぇ二人とも、お腹は空いてる? もし、まだ大丈夫そうなら付き合って欲しいんだけど」


「私はまだ大丈夫です。でもセレネは……」


「だ、大丈夫だよ、セレネも、まだお腹空いてないから……え、えへへ」



 可愛いケモミミをペタンと倒し、子供ながらにぎこちない笑顔を向けてくるセレネ。

 リアはそんなセレネを堪らず抱き抱え、リリーの手を引きながら歩き出す。



「それじゃあ決まりね! レーテ、この近くに帽子屋なんかないかしら?」


「はい、この通りから3つほど超えた先、初老の抱えた老舗があったかと思われます」


「流石レーテね、老舗なら客層もいいかしら? 二人とも寒くない?」



 子供ながらにポカポカとした体温が胸と手から伝わってくるが、無理に付き合わせるつもりはない。

 万が一にも風邪など引かれたら当面の間、リアは子育てに自信をなくしてしまいそうだ。



「ううん、とっても暖かいよ? リアお姉ちゃんの胸……大好き」


「私もこのくらいなら平気です。それに……繋いだ手も暖かいですから」



 可愛すぎる二人の反応に内心悶絶するリア。

 帰ったら不快なことを全部忘れてしまうくらい、命一杯二人を愛でる事を心に決めたのだった。




====================



 リア達が魔族大陸から帰還し、今日で丁度一週間が過ぎた深夜。


 アイリスは「話がある」と敬愛するお姉さまに呼ばれ、これからその寝室へと向かうところだった。

 神殿の構造、というより神聖区域の通路は解放的な造りをしていて、肌寒いこの季節だと白い息が一層に濃さを増す。



 時刻にして深夜0を過ぎた頃。

 物音一つしない空間に人の気配はなく、比較的昼間に活動する事が多いアイリスにとっては見慣れた景色。



「お話というのは、やはり……あのこと?」



 脳裏に浮かんだもの。

 それは一週間前、お姉さまの恋人である大聖女ヒイロ様が仰られた言葉だった。



『確かこの世界って人類種の差別が酷いんでしょう』



 "この世界"、その言葉にアイリスは酷い違和感が拭えなかった。

 お姉さまのように休眠されていた、もしくは封印や何かしらの理由で動けないにしても、普通そんな言葉を選ぶだろうか?

 それだけではない、オリヴィア様に関することもそうだ。


 お姉さまの最初の眷族であり、吸血鬼なら知らぬ者などいる筈もない、そんないと尊き御方。

 真祖を生み出せるのは始祖のお姉さまだけであり、幾ら長い休眠につかれていたとしても事細かに聞く必要はあったのだろうか?


 それ以外にも色々と気になることはある。



「それも、今日で終わるのですわね。例えどのようなお話をされたとしても……私は、お姉さまと共に」



 無意識に胸には手が置かれ、深呼吸をして空へ浮かぶ月を見つめる。


 そうしていざ歩き出そうとした時、明らかに場違いな声が通路に響いた。



「あ、あのっ!」



 この区域では該当する人物が居ない声。

 振り返ればそこに、一人のシスターが居た。


 アイリスは見に覚えのない虫に、アイマスクの下で目付きを変貌させる。



「虫が、どうしてこの区域にいますの?」


「……虫? もっ、申し訳ございません! 私配属されたばかりで、道に迷って――」



 そう言い訳を始めるシスターへ、アイリスは耳を貸すことなく氷系統魔法を撃ち放つ。

 頭を下げていたシスターは人が変わったように俊敏に飛び退き、すかさず顔を上げた。



「な、何をするんで――ぐっ!?」



 シスターにしては早い動きだが、真祖のアイリスにとってはその辺の虫と変わらない。

 踏みつけた背中を無理矢理に押し込み、咳き込むシスターを冷たい瞳で見下ろした。



「げほっごほっ! や、やめてッ、私はただっ!」


「シスターじゃないのかしら? 何処から湧いたんですの?」


「わ、湧いた? ち、違います。私は道に迷って、そしたら……」


「だとしたら尚更ね。ここへは入るなと、お姉さまも含めエルシア様まで仰られたのに」



 神殿の事など興味ないアイリスですら知ってる内容だ。

 シスターと衛兵を含め、全員に最重要事項として神殿に勤める上で周知されてること。


 即ち、いかなる理由があろうと、選ばれた者以外は神聖区域への立ち入りを禁止する。


 エルシア様はそういったルールを入居した時点で作られ、お姉さまもそれに同意した。

 つまり、この虫はお二人のルールを破ったということになる。それだけで殺すには十分すぎる理由だ。



「ぐぅ、くっ!」


「……」



 苦し紛れに投げられた短剣がアイリスの頬を掠め、切れたアイマスクがひらひらと舞い落ちる。

 シスターとアイリスの赤い目がばっちりとあい、その表情が徐々に驚愕へと染まっていった。



「きゅ、吸血鬼……!? な、何故! 神殿に吸血鬼が、どういうッ」


「知れたなら満足でしょう? 逝きなさい」



 そういって頭上に作り上げた無数の氷柱を、アイリスは無慈悲に振り下ろした。

 手足は瞬く間に細切れとなり、至る所から血を垂れ流し、最後には首が胴体と分かたれたのだった。


 虫が息絶えたことで足を退け、原型の留めていないシスターだった物を見て首を傾げるアイリス。



「なんだったんですの? コレ。取りあえずお姉さまに……あっ、殺さない方がよかったかしら?」



 アイリスは死体となったものを氷漬けにし、少し早足でリアの寝室へと向かうことにしたのだった。

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