第164話 始祖は可愛いを愛でたい



 差し込む陽光に照らされながら欠神を漏らす。


 白い床には光が反射し、何処となく神聖さが感じられる。

 そんな空間で並んだ人影は一定間隔を保ち、規則性のある足音が一人分だけ鳴り響いた。



「リア様、恐らく本日も同じ時間帯に来られるかと思われます」



 無音で追従するレーテの美声。

 それはこの気怠さすら覚える快晴の中、リアに僅かばかりの癒しを与えてくれる。



「……でしょうね」


「それではやはり、私は神殿に残った方がよろしいのでは……」


「だーめ♪ 貴女は私と来るの」



 ターンを踏みながら振り返り、満面の微笑みを向けるリア。

 白いコートがなびき、一瞬だけ固まったレーテは直ぐにコクリと頷く。



「それに、グレイなら好きなだけ待たせればいいわ。どうせ面倒ごとでしょう」


「かしこまりました」



 今、歩いてる通路は乙女区域にある、一般区域への通路。

 私達以外に人の気配はなく、あるのは静寂とただ解放感のある広い景色だけ。


 大理石で出来た柱が何本も並び立ち、時間的な理由からかシスターちゃん達の姿は見えない。



 今日はリアが神殿に帰還した夜から二日目の昼。

 つまり、これから子供たちとの街中デートの日なのだ。


 昨日は流れに身を任せ、欲望のままにレーテをイチャイチャしていたら一日が終わってしまった。

 変わらずグレイらしき男の訪問に加え、何故か王宮からの使者も来てたらしいが、それを知ったのは夕食を取りにダイニングルームへ向かった時のことである。



 どっちにしろ、面倒事しか持って来ない男達なんて無視だ。

 今の私にはそれ以上に、優先すべき恋人たちとのイチャイチャがあるのだから!



(それにしても……昨日のレーテ可愛かったなぁ♪ 真っ白な肌にモチモチとした感触、可愛いで美人とか最強よね。あー目覚めの吸血をしたばかりなのに、また欲しくなってきちゃった。これも全部レーテが魅力的すぎるのがいけないわ)



 昨日の出来事を鮮明に思い出し、心臓と牙を疼かせながら無意識に視線を向けるリア。

 すると金色・・の瞳と目が合い、レーテはクールな美貌で首をコテンと傾げた。



「レーテはいつ見ても綺麗だなぁって思っただけよ」


「っ……ありがとうございます。リア様は形容する言葉が見つからない程に……美しくございます」


「あら、ありがとう。貴女に言って貰えるのは何より嬉しい賛辞ね」



 見ているだけで幸せな気分にしてくれるレーテ。

 自然と微笑みが漏れ、彼女の優しげな目に見惚れる。


 そうして一般区域の礼拝堂への通路を素通りし、リア達はそのまま裏口へと向かった。



 眩い程の陽光と共に、出迎えてくれたのは二つの小さな光。



「あっ! リアお姉ちゃん」


「リア様、お待ちしておりました」



 セレネはいつも通りに私があげた『冥利の緑衣』を、リリーはレーテが見繕ったであろう水色のワンピースを着ていた。

 うん、二人とも超可愛い!


 何度も思うけど、この子達を虐めてた人間がいるって本当? 正気だったのかしら?



「おはよう二人とも、今日も早いわね。セレネは今日も可愛いわ。あっ、ここ跳ねてるわよ。レーテ」


「はい。……動かずにジッとなさい、セレネ」


「はーい」



 レーテはくしを取り出し、慣れた手つきでセレネの髪を梳かしていく。

 二人の尊い光景に笑みが漏れ、少し緊張気味なリリーを見据えた。



「リリーはサイドテールにしたのね。良く似合ってるわ、とっても可愛い」


「あっありがとうございます。……可愛い、ですか?」


「ええ、とっても。そんなに可愛いと虫が寄ってきそうね。私から離れちゃダメよ?」


「わかりました。今日はよろしくお願いします」



 礼儀正しく頭を下げるリリーに少し驚き、そして増々微笑みを深めるリア。

 リリーを助けた地下室、他の奴隷にポーションを配る手伝いをして貰った時のことを思い出す。



(大人びた子……というより、しっかりした子かしら? 私としてはセレネみたいに、もっと甘えて欲しいのだけど。こればっかりはどうしようもないわね。ん……?)



 そう思っていると彼女のサイドテールを括ったリボン、服に合わせた水色のそれが解けかかってることに気付く。



「リリー、ちょっと後ろ向いて貰える? リボンが解けそうだわ」


「え、あっ、はい。お願い……します」



 今日のお出掛けの目的、それは二人の気分転換だ。

 それ故特にこれといった目的もなく、リアが何かを決めてるわけでもない。


 可愛い服を買って、美味しい物を食べる。

 広々と二人に楽しんで貰えればそれでいい。


 もちろん、ここ最近多忙だったリア自身の気分転換も含んでいる。



「はい、できた。それじゃあ……セレネ?」


「っ、なに、リアお姉ちゃん」



 体をビクッと震わせ振り返ったセレネの瞳には、緊張の色が見え隠れしていた。

 彼女が見ていたのは人々が行き交う神殿の出入り口。裏口からでも遠目に見えるのだ。



「……ううん。手、繋ぎましょうか? ほら、リリーもおいで」



 直前で緊張してしまったセレネの手を取り、逆に少し嬉々として見えるリリーの手も引く。


 対照的な二人の様子に愛おしさが込み上げ「離れないようにね」と口にしながら、リアはローブを深く被って歩き出した。



(まぁ大丈夫でしょ。歩いてれば緊張なんて解けるだろうし、王太子レクスィオも既に動き始めている。それに獣人なんかは、元々この国でも普通に見かける機会はあったのだ。大丈夫大丈夫)



 そう思ってレーテに目配せし、二人のちみっこを連れて神殿外へと足を踏み出した。




====================




 比較的治安の良いクルセイドア王国。

 未だ差別的な意識は残ってるにしても、真昼間から堂々とやる馬鹿はいないと思っていた。



 やっぱり、雑種はどこにでもいるようね。

 そう眼前の男を見据え、首を持ち上げた片腕に力を入れる。



「ぐぐっ、がはっ! や、やめろ……ッ」


「……」



 もう少し力を込めれば首の骨は粉砕され、その臭い息が世に出回る心配もしなくて良くなる。

 いや、別に心配などしてないが、あの子達に手を出そうとするなら消す以外に選択肢はないだろう。


 華やかで喧騒的な大通りとは対照的に、暗くジメジメとした裏通り。

 足元には数人の雑種が血溜まりを作り、目を見開いたまま死体となって転がっている。



「て、てめぇ……こんなことして、タダで済むと思って……」


「たったら何? それよりも何処かの組織かしら、お仲間はいるの?」


「そんなの、言うわけがぁぁぁアッ!!?」



 掴んだ骨の軋む感触が手に伝わり、ごりごりと擦り潰す音が微かに耳元に運ばれてくる。

 始祖ノ瞳、その魅了効果を使えば簡単に吐かせることができるだろう。だが、リアは一秒だってもうこんなゴミと一緒に居たくはない。


 だからこれは聞く形をとってはいるが、既にその終幕は決まっている。一応は聞いているだけに過ぎないのだ。



「……質問を変えるわ。誰に言われたの? それとも、まさかその場で決めたのかしら」


「ぐぅっ、……」



 睨み返すだけで、何の返答も返さない男。

 触れることすら我慢しているというのに、答えがこれならもう用済みだろう。



「……そう」



 裏路地には骨の砕かれる音が鳴り響き、続いてどさりとした音が床に落ちた。

 リアは転がった死体には目もくれずコツコツとヒール音を響かせ、大通りへと向かった。



 事の経緯は神殿から下町へと降り、セレネの緊張と不安が杞憂だったと思えるような、穏やかな空気から始まった。


 もちろんエルフと獣人の少女に挟まり、ローブ姿で身を包む私はある程度注目を集めた。

 しかしそれは一瞬のもので、亜人に嫌悪や敵意を抱く住民以外は、直ぐにその視線を外していく。


 明らかなメイドとわかるレーテの姿を見れば、その大半が貴族だと勘違いして目を逸らすのだ。


 そうして特にあてもなくふらふらと下町を見て回り、漸くセレネの緊張が解けてきた頃に何処からともなく雑種が湧き出した。



 最初は煩いだけの視線だったものの、徐々にその視線が無視できない程に増え始め、リアは誘いこむ形で裏路地へと入った。

 一番気配の少ない方にレーテ達を先に向かわせ、後のゴミをリアが処理する。



「セレネ、というよりはリリーを狙ってた感じよね? やっぱりエルフだからかしら」



 エルフはリアが転生して数か月、リリーを含めて数える程にしか見たことがない。

 LFOでは道を歩けば鉢合わせるくらいに見たエルフだが、こちらでは固有種レベルで見ないのだ。


 中にはセレネにも下賤げせんな視線を送ってる者は居たが、やはり大半はリリーを狙っていたように思える。

 二人が可愛すぎて拉致したい気持ちもわからなくはない、けれど恐らくそういった目的ではないのだろう。



 輩が出ることは予感していたけど、ここまでエンカウントが早いと流石に心配になってくる。

 そんなことを考えて、リアはレーテに片づけられたと思われる男の横を通り過ぎ、喧騒する大通りへと出るのだった。



「リアお姉ちゃん! だ、大丈夫? どこも怪我してない?」


「あら、私の心配をしてくれるの? ありがとうセレネ」



 ひしと抱き着いてくるセレネに、リアはレーテから手拭きを受け取りながら微笑む。

 手の甲から指の間、指先まで綺麗にふき取ると、そのまま火系統魔法で一瞬にして灰と化す。


 もふもふしたケモミミに癒されながら、レーテの視線に応える。



「リア様、あの者たちは如何なさいますか?」


「うーん、寝かせた・・・・だけだから気にしないでいいと思うわ」


「衛兵にお伝えいたしますか?」



 確かに死体を放置するのも、見つけた人がびっくりする可能性がある。

 正直どっちでもいいが、回りまわってレクスィオに報告されても面倒だ。



「そうね、お願いできる?」


「はい、お任せください」


「それじゃあ匂いはこのままにしておくから、コレを追って来てね」



 眼前で指を切り、出血したそれをレーテへと見せる。

 するとレーテは冷静にコクリと頷き、私達に背を向けて姿を消した。



 そんな愛しい彼女を見送り、気を取り直したリアはリリーへと手を差し出す。



「見たところ怪我はなさそうだけど、大丈夫?」


「はい、私は……レーテ様が護ってくれました」


「それならよかった。せっかくのお出かけが台無しね」



 リリーの小さな手を取り、冗談交じりに笑うリア。

 あの程度の障害、道端の石ころにも劣る、靴に触れたくらいのレベルではあるが。彼女達にしてみれば違うかもしれない。そう思っての言葉だったが、リリーは思いのほか強かだった。



「……そう、ですね。少し残念です」



 苦笑を漏らし、まだどこか無理をしているようにも見え無くもないが、そう答えたリリー。

 神殿の礼拝堂で私をオリヴィアと勘違いしていた頃と違い、どこか大人びて見える彼女。



(もしかしたらこっちが本来の彼女リリーなのかしら? 弱々しい姿は……監禁後の後遺症?)


「ふふ、でもまだ始まったばかりよ。一応聞くけど、二人ともどうしたい?」



 彼女の新しい一面を見れ、上機嫌になったリアは改めて二人へと問いかける。

 すると、手を繋いだちみっこ達は顔を見合わせ、花噛むような可愛い顔を向けてきた。



「「行きたい!」です」



 ということで出鼻を挫かれはしたものの、お出かけを再開することにするリア達。

 大通りを立ち歩き、出店を見ながらリアは地球あっちのお祭り感覚で次々と足を運んでいく。


 雑貨店らしき出品物を見て、甘い匂いにつられてお菓子を買う。これはクッキーみたいなものだった。

 その後は足休めに喫茶店へと寄り、目を輝かせながらも困惑していた二人には好きなものを頼ませた。


 セレネは珈琲とビスケット、加えてケーキにシンプルなショートケーキ。

 リリーは聞いたことのない紅茶に興味を持ち、かぼちゃが入ってることでパンプキンパイを選択。


 どうしてセレネが珈琲を頼んだかといえば、私が頼んだことで興味を持ったらしい。可愛い。


 何事も経験だと思い観察していると案の定、苦い顔をして顔を顰めたセレネ。

 ミルクとシュガーを加えてはみたものの、眉を顰めて飲んでいた為、追加でジュースを頼んだら可愛い笑顔を見せてくれた。



 そうして小一時間のんびりした時間を過ごし、ショッピングを再開。

 お腹が膨れ、上機嫌な二人と道なりを歩けばなにやらセレネが興味を示すお店。


 見ればそこには店頭に可愛い洋服が掛けられ、ブティックだと一目見ればわかる。



「あの店が気になるの?」


「……うん! 入ってもいい? お姉ちゃん」


「もちろん、リリーもいいかしら?」


「私も、入ってみたいです」


「それじゃあ決まりね」



 二人の意志を確認し、「少し高そう」なんて思いながら扉へと手をかける。

 店内へ入れば予想通りというべきか、明らかに庶民的な物とはかけ離れた商品の数々。


 煌びやかなドレスや質感の違うワンピース、棚に並べられた豪華なアクセサリー類。

 店員の身に纏う制服もぴっちりしており、漂わせた雰囲気から"一流"という言葉が良く似合う。


 そんな店員が私達を見ると、表情には出さないものの困惑しているのはわかる。

 決めあぐねているのだろう、私が庶民なのか、貴族なのか。



 そう言う意味じゃ私は一応貴族ね、なんて思いながら視線を気にせず店内を歩いて回る。

 セレネは目を輝かせ、リリーは呆然としたまま店内を見渡していた。



(ふふ……可愛い、それじゃあ私も興味あるし、少しだけ付き合って貰おうかしら?)



 なんて思って二人の手を引き、なんだかんだ楽しんでしまうリア。

 そして少し気になったアクセサリーを見ていると、店の扉が荒々しく開け放たれた。

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