第161話 翻弄される火の聖女様



 嘗て、LFOには努力する方向を間違えたぼっちが居た。



 彼女は面と向かって人と話せず、目を合わせれば尻込みしてしまう。

 声を震わせ、視線は逸らし、数秒見られれば顔を俯かせる。


 そんな彼女がこのあがり症ともいえるモノを克服する為、不慣れながらにゲームという新しい世界に足を踏み出した。


 最初は酷かった、いや数年経っても酷いことに変わりはなかった。

 変わろうと思いゲームを始めたのに、やってることは今も昔も同じ。



 誰かと関わる為にLVを上げ、装備を更新し、モンスターやボスの特性を理解する。

 IDではルートを独自に開拓し、環境やトラップ、デバフなどの知識を漏らすことなく、最新の情報を頭に叩き込む。


 クエストを丁寧にやり込み、追従するNPCをプレイヤーに見立てて立ち回りの練習もした。

 タンク、DPS、サポーター、どんな動きが上手くいき、どんな立ち回りがPTを壊滅に導くか。


 日常的にゲームに触れず、攻略サイトや掲示板、動画だけで補ってきた彼女は何度も失敗した。

 1度しか受けられないクエストだとは知らずに失敗し、使ってはいけないアイテムを使ってしまう。

 NPC相手でも、あまりにも精巧に出来たそれは彼女を会話というテーブルから下ろしてしまう。



 NPCの好感度は下がり、やるべきことをやれずに慌てふためく。

 そうしてありとあらゆる失敗を繰り返しながらも、彼女はひたすらに努力した。来るべき他プレイヤーとの交流に向けて。



 そうしてゲーム開始から3年も経てば、彼女は座敷童のような希少プレイヤーとして認知されるようになり、戦闘・生産・クエスト、その全てが高い水準で熟せるようになっていた。


 しかし、フレンドは愚か、PTすら未だ未経験。

 彼女を評価するとすれば良くいえば万能、悪くいえば器用貧乏。そして絶望的なコミュニケーションスキル持ち。



 そんな努力する方向をひたすらに間違え続けた彼女が、転機を迎えたのは3年目の12月24日。

 花の女子高生がクリぼっちで過ごし、当初の目的に一歩も前進できていない自分を嘲笑いながら探索していると、同じ狩場に有名人を見たのだ。


 それはゲーム内で1VS1最強の称号を持つ吸血鬼プレイヤー、LIA。

 フレンドは愚かクランにすら入ったことのないカエデでも、その名前と特徴は知っている。

 それ程に彼女は有名であり、カエデからすれば雲の上のような存在。



 そう思っていたが、ひょんなことから彼女と3年目にして初めてのPTを組み、R Pロールプレイというアドバイスを受け、カエデのゲーム生活は一変したのだった。



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 だからかもしれない。


 リアはカエデから直接聞いた身の上話をふと思い出し、そんなことを考えてしまう。

 RPを基としていた彼女が"怠惰"に強く影響を受けてしまったのは、そういうことなんじゃないだろうか、と。



 頼れるカエデの背中を見据え、エイスの尻尾をもふる。



「……これなら、うん……できそうです。この転移陣を使って……『クルセイドア?』って所に飛べば良いんですよね?」


「ええ、お願いできる? 私は転移そっち系のスキルは持ってないから、どういうふうに見えてるのかわからないけど。クルセイドアって表記があるならそこで間違いないわ」



 そう言って周囲、半壊した孤島を見渡すリア。

 ここは行きにリアとアイリスがアイシャによって転移された中間地点。


 英雄の死体は未だ無残に残っており、血と破壊の痕跡は至る所に見える。

 佇むのはリアを含めて5人。

 アイリス、ヒイロ、エイス、カエデ、そして私だ。



 カエデが何やら呟くと、転移陣は行きと同様に青白い紋様を地面に描いた。

 白い羽を綺麗に畳み、地面に膝を突きながらその手をつく。


 あの女アイシャは人数によって転移回数を分けなければいけなかったが、カエデならそんなことは関係ないだろう。純粋な魔法職である私やヒイロに届かなくとも、その保有する魔力は膨大なのだ。



「リアちゃんの住む国、楽しみだなぁ~! あ、でもエイスは大丈夫なの? 確かこの世界って人類種の差別が酷いんでしょう? ローブとか羽織らせた方がいい?」


「それは必要ないんじゃない? エイスがその辺のに絡まれたとして、心配が必要なのは間違いなく相手の方だと思うし」


「酷いなぁリアさんは。僕は君の恋人なんだし、心配してくれても罰は当たらないよ?」


「その辺のチンピラや英雄に、貴女をどうにかできるわけないじゃない……」



 転移されるまでの短い間、そんな風に無駄話をしているとアイリスが小さく呟いたのが聴こえた。



 ――『この世界?』



 そうして一層に眩い光に包まれ、一瞬の転移の後。

 眼前には魔族大陸程じゃないにしても、雪が舞い落ちるクルセイドア王国が遠目に見えた。


 私達の移動速度なら数分で到着しそうなそんな距離。

 リアは忘れずにカラコンを付け、羽織ったローブのフードを深く被る。



(そろそろアイリスにも、私の……ううん、私たちの話をするべきかな? 皆との情報共有を得てから私の身に起きたことは、ある程度説明できる。けれどなんだかちょっと……緊張するわね)



 オリヴィアとは違う、転生したからずっと行動を共にして来たアイリスやレーテ。


 そんな彼女達に打ち明ける行為に緊張を覚え、リアは自嘲するかのように自然と笑みを浮かべる。

 するとアイリスと目が合い、首を傾げながらも花の咲いたような笑みを向けてくれた。



「どうされたんですの? お姉さま」


「……ううん、なんでもないわ? アイリス、帰ったら私と少しお話をしましょう?」


「……? はい、是非」



 安全だとわかってる私とアイリスを除き、ヒイロ達は最低限の警戒と視界情報を瞬時に見定める。

 仮に何かがあったとしても、彼女達をどうこうできるものは私の知る限りないのだが。



「あそこに見える街が、リアちゃんの言ってた場所かな?」


「ええ、侯爵家の当主が言うには大陸屈指の大国だそうよ」


「へぇ……それは楽しみだ。それじゃあ、もういいかな?」


「ちょっと待って。……カエデ、貴女の容姿は目立ちすぎるから、神殿に入るまでは霊体化して貰える?」


「……天使は……居ないですか? ……神殿なのに。……了解です~」



 カエデは浮遊しながらその体を薄めていき、数秒もすれば完全に景色と同化する。

 PTを組んでいれば視認することも容易なのだが、今はその魔力を輪郭として捉えるしかない。


 そうして準備が整ったところで、私達はクルセイドア王国の首都へと向かった。



 歩けば数十分は掛かりそうな距離。

 それを私達は城壁を乗り越え、その地に足を付けるまでおよそ数分で成し遂げた。


 静かな裏路地に着地し、お姫様抱っこしていたヒイロを下ろす。

 真正面から"火の聖女"としての身分で堂々と入ってもよかったが、騒ぎや野次馬を遠慮したいリアは城壁からの侵入を選択した。



「わぁ! 夜なのに活気があるね~! それに何だか……聖職者が多いかなぁ??」


「話したでしょう? 今日は永らく使われていなかった神殿の一般開放日なの。だから多分……」


「礼拝をしにきた人達ってことだね? 僕達はここが初めての都市だからわからないけど、この世界の都市はどれもこんなに活気があるのかい?」


「私の知ってる限りではこの国と、それと聖王国って場所が特別ね。まぁ、ここが大通りというのも理由としてはあるんだろうけど。その辺はアイリスの方がずっと詳しいわ、ね?」


「い、いえ……私もお姉さまと出会うまでは人里離れていたので、近年の情勢に関しては存じ上げませんの。多分、レーテの方がずっと詳しい筈ですわ」



 アイマスクを付けたアイリスがそう口にし、リアは何となく彼女の手を引いて恋人繋ぎをする。

 いつもはリアが組まれる方だが、今回はリアの方からアイリスに寄り添う。



「お、お姉さまっ!?」


「ふふ……どうしたの? こんなに寒いんだもの、こうしてれば暖かいでしょう?」


「っ……はい、とても暖かいですわ。私の手が、お姉さまを暖めれればよいのですが……」


「もちろん。貴女に触れられるだけで、私の身も心もぽかぽかだわ。――っ!」



 その時、唐突に柔らかい感触に背中を押され、肌寒い空気が見えない何かに遮られた。

 重さは感じられない。けれど両肩を確かに掴むのは華奢な二つの手。

 加えて柔軟剤のような柔らかな香りが周囲に漂い、その存在が霊体化したカエデだとわかって思わず頬を緩めてしまう。



 見ればうっすら実体化した手がリアの肩を掴み、見る人が見ればホラーのような状況になっている。

 大通りを歩けば自然と聴こえてくる喧騒音の中で、リアの耳にはしっかりと聴こえた。



『私も……暖かいですよ? ……うへへ、こうしていれば……楽ちんです』



 そんな可愛らしい恋人の様子に気を取られていたからか、敵意も殺意も感じられない接近を許してしまった。

 いや対処は容易に出来たが、相手が相手なだけに受け止めざるを得なかったというべきか。



「ママ見てー! 雪だよ雪っ! あはは、あははは……――きゃっ!?」



 脇道のある店から鈴を鳴らして陽気に飛び出てくる少女。

 その子は流れるままに空を見上げながらクルクルと回転し、そして私へとぶつかった。


 リアはその時寸でのところで膝を折り、少女の衝突に合わせて体をクッションのように引かせた。

 痛みはなかったのだろう、呆然とした様子でこちらを見上げてくる少女。……たぶん小学生くらい?



「ルーナッ!? ちょっと大丈夫!!? ああ、すいません! お怪我などは……」


「私は大丈夫よ。それより……大丈夫? 痛いところとかないかしら?」



 繋いだ手をそっと離し、少女の目線に合わせてしゃがみ込むリア。



「……あ、えっと……大丈夫、です。……ごめんなさい」


「ふふ、雪を見ると楽しくなっちゃうわよね。でも、周りには気を付けないとダメよ? じゃないと今度は貴女が怪我をしちゃうわ」



 フード越しに視線を合わせ、優しく諭すようにしてその頭を撫でるリア。

 すると、そんな少女は瞳をキラキラと輝かせ、何かに気を取られているように見えた。



「…………わぁ、綺麗な目。……火の聖女様みたい」


「あら、ふふ……ありがとう? でも話は聞いてね。今度はお母さんと離れちゃダメよ? 世の中には怖ーいチンピラだって居るんだから」


「……チンピラ? それって怖いの? 聖女様」


「……せ、聖女? 何を言って、私は聖女なんかじゃ――」


「ううん、絶対に火の聖女様だよ! だって私見たもん。聖女様の目は綺麗でね、キラキラしてて綺麗で、水みたいですっごい綺麗なんだよ!!」



 数秒前に怒られたことなど忘れたかのように、少女は前のめりになって瞳を輝かせる。

 その目は完全にリアが"火の聖女"だと気付いてるかのような、そんな確信めいた何かがあった。



(3回も綺麗って言ってくれるのは嬉しいけど、なんでわかったの? フードは深く被ってるし、見えるのだって顔の一部。全体は見えてない筈なのに……というか見たってどこで? もしかして聖女になった日? まずい、まずいわ……いずれバレるにしても、まだ心の準備が!)


 その瞬間、後ろの方で黙って見守っていたヒイロが「火の聖女?」と呟いたのが確かに聴こえた。



 私は魔族大陸でクラメンと再会した際、情報共有をする上で1つだけ故意に伝えてなかったものがある。もちろん、話の上で要らない情報だったり、些細な内容を省きはした。


 しかし、ソレは私の転生後の情報共有としては話すべき項目に入ること。では何故話さなかったのか。



 普通に恥ずかしいからだ。



(だってそうでしょう!? 私は一度として自分でそう名乗った覚えはないわ。でも本物の聖女、それもその道を極めた第一人者みたいな大聖女のヒイロを前に「私、聖女って呼ばれてるんだ〜」なんて言える? 無理、無理よ、恥ずかしいなんてもんじゃない。……例え、返ってくる反応が慈愛に満ちた微笑みだとしても、その生暖かな視線に多分私が耐えられないもの!!)



 そんな葛藤を胸に、親子は私の逃げ道を塞いでいく。



「ル、ルーナ? 貴女、何を言って……」


「お母さんはわからないの? 絶対にこの人は聖女様だよ! だよね? 聖女様!!」


「……リアちゃん? 聖女様ってどういうこと? リアちゃんは聖女様なの?」


「ほらっ! "リア"ちゃんってお姉さんも言ってるよ!? リアって聖女様の名前だよね? やっぱりそうだよー!」



 何故、この子は私の存在に気付いたのか……?

 ヒイロの失言は仕方ない、伝えていないのだから。

 そんなにわかりやすい? いや母親の方は気付いた様子はない、では何故……??



(落ち着きなさいリア、大丈夫。注目は集め始めてるけど、この子を黙らせることが出来れば事態は終息する筈。……本当は神殿で落ち着いてから話すつもりだったのに、引き伸ばしたツケかしら? はぁ……)



 後悔と羞恥心で胸を満たす中、切り替えたリアは微笑む。



「ルーナちゃん、だよね? まずはその口を閉じましょうか。私と此処で会ったことは秘密よ?」


「どうして? ルーナね、今日神殿に行ったんだよ! 聖女様に会えるってお母さんが連れて行ってくれて、すっごい楽しみにしてだんだぁ! ……でも会えなかったの、そしたらね!!」


「うんうん、そっか~。取りあえず声のトーン落とそうか~? これあげるから、今日私と会ったことは秘密にして欲しいの。わかったぁ?」



 リアは次元ポケットから適当に取り出したアクセサリを手に乗せる。

 それは彼女が綺麗だと言った水色の小さな宝石を嵌めたペンダント。



「わぁ……綺麗、本当に貰ってもいいの? ルーナお金ないよ?」


「お金はいいわ。だから……私とここで会ったことは秘密、ね? お母さんもいい?」


「こ、こんな高価な物っ、受け取れません!! それに貴女様が本当に聖女様だとしたら、私達はなんて無礼なことを……ッ」


「その話は終わったわ。これは私のお願いだと思って聞いてくれないかしら?」



 狼狽える母親を見上げ、リアは出来る限り平静を装って口元にシーっと人差し指を置く。

 すると、お願いという言葉に多少なりとも気持ちが安らいだのだろう。ぎこちなく頷いてくれた。


 見れば周囲からはそれなりに注目を浴びており、私に限らずアイリスやヒイロ、エイスの整った美少女、美女っぷりに人だかりが出来始めている。



「ヒイロ、カエデ、お願いがあるんだけど。この二人にバフを幾つかかけて貰えないかしら? もうこんなに暗いし、不審者が出て来てもおかしくはないでしょう?」



 そんな私のお願いに快く引き受けてくれた二人は、幾つかのバフを親子に施していく。

 親子は掛けられるバフが増える毎に唖然とし、驚愕していったが、これ以上ここにいると注目がやばいと思ったリアは、そそくさとその場を離れることにした。



 そうして神殿に近付くにつれ、顔を見なくても分かるほどにご機嫌なヒイロが聞いてきた。



「ねぇねぇリアちゃん、"火の聖女"ってな〜に?」

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