第160話 始祖、魔王軍の翌日
何を言ったらいいかわかなかったリアは純粋な想いを口にした。
感情を、欲望を、事実を、ただありのままをそれっぽく言葉にした宣誓。
そんな欲望に塗れた魔王が生まれた刻。
砦内でアイリスを吸血していると、リアは安堵からかいつもの様に睡魔に襲われてしまった。
肌寒い空気、心地の良い体温、甘美な血液。
眠りに誘うには十分すぎるものがあり、エイスのお姫様抱っこによって魔城へと運ばれる新たなる魔王。
先代魔王の部屋へと案内され、されるがままにホイホイと装備を脱がされていく。
それからの記憶はない。ただ目覚めたら覚えのない寝間着を着せられ、皆と一緒に寝ていたというだけ。
室内を見渡せば、その埃臭さからこの部屋が長年使われていないことは一目でわかった。
領域内にはアイリスとヒイロ、エイスとカエデを探知するものの、オリヴィアの気配は感じられない。
幾ら大きなベッドとはいえ、この場所で6人は無理があったのかもしれない。
いや彼女の場合、そういったことは遠慮しそうなタイプではあるか……残念。
そんなことを微睡みながら考え、リアは腰に巻かれた腕にそっと手を重ねる。
すべすべとした肌に暖かな体温、耳を澄ませば微かな寝息だけが聴こえてくるシンと静まり返った室内。
両隣を見れば最愛のアイリスとヒイロが居て、その向こう側にはエイスとカエデの姿も見える。
控えめに言って……天国だ。
「夢じゃ、なかった? みんな……居る。……ふふ、暖かい。幸せ~♪」
「……おはよう、リアちゃん。今回は暴走しなかったね〜」
「起きてたんだ。……こっちに来てから昼夜逆転してばっかりなの、昨日なんて特に疲れたわ」
「そうなの? ああ、でも吸血鬼だと夜がメインだもんね~。私も時間合わせた方がいいよね?」
まだ夢見心地な様子のヒイロは、声を潜めながら囁くようにして微笑む。
カーテンは締め切り、僅かな隙間から床を照らす陽の光。
「ううん、取り敢えずはこの時間帯で活動する予定よ。昨日話したでしょう? 子供の面倒を見てるのよ」
「ああ、獣人の兄妹とエルフの女の子だっけ? ふふっ、あのリアちゃんが子供の面倒を見るなんてね。……その三人はリアちゃんから見て可愛いんだ?」
「それはっ、……そうね、可愛い子達だわ。今はエルシアとレーテが見てくれてるから大丈夫だとは思うけど、あまり離れているのも心配なの」
神殿でエルシアと別れたのが昨日の今日だというのに、もう何日も会っていないような感覚。
早朝に出て夜になるまで、目まぐるしい一日を過ごしたんだ。仕方ないのかもしれない。
(それに確か今日は神殿の開放日だったわよね? 変なのが来るとは思いたくないけど、つい先日英雄が来たばっかりだしなぁ。……取りあえず、カエデが起きたらあのアイテムを持ってるか聞いてみようかな)
そんな風に少しの間感慨に浸っていると頬に優しい手が触れた。
「リアちゃん……大丈夫だよ? 会ったことはなくても、二人ともリアちゃんが認めた恋人でしょう? 何かあれば私も付いてるし、今日から行動しても全然遅くない筈だよ」
真っすぐに向けられた碧眼に吸い込まれそうになりながら、リアは添えられた手にそっと手を重ねた。
「……ええ、そうね。カエデが起きたらちょっと聞いてみるわ。……それと、ごめんね? その……恋人をたくさっ――」
「それはもう良いの~。リアちゃんがとっても不安定だったのは想像できるし、昨日お話したでしょう? ああ、でもオリヴィアさんの話は聞けなかったから……今日時間がある時にでも話そ?」
唇に人差し指を押し当てられ、まるで幼子をあやすように優しく笑うヒイロ。
今話さないということは、このぬくぬく
そうと決まればリアの行動は早かった。
「ヒイロ〜! ……好きっ、大好き! 何でもするし何でも話すわ。……だからずっと側に居てね?」
「わっ! もうっ……ふふっ、甘えん坊リアちゃんだ♪ 私がリアちゃんから離れるわけないでしょう? ……欲望に正直になったからかな? 甘えるリアちゃんも可愛い♪ 私も大好きだよ~」
思うが儘に抱き着けば、ヒイロは当然のように私をその豊満な胸元に導いてくれる。
甘いミルクのような香りが漂い、柔らかな感触に包まれながら優しい声音が頭上より囁かれる。
そうして抱き合っていると、後ろから布団の擦れる音が聴こえてきた。
「……んん、お姉さま? それに……ヒイロ様?」
「おはよう、アイリスちゃん。こうして並べて見ると本当にリアちゃんと姉妹みたいだね? 可愛いなぁ〜」
「でしょう? アイリスは可愛いの! ほらアイリス、おはようのぎゅうしよ?」
「え、え……? あ、はいですわ。その……失礼します」
体の向きを変え、ヒイロに抱かれながらリアはアイリスへと両手を広げる。
そこに戸惑いながらも飛び込んでくるアイリス。甘い果実の匂いがふわりと香った。
「ぎゅう~♪ ……アイリスの体温、暖かい。ぽかぽかして…ずっと抱いていたいくらいだわ」
「お姉さま……はい、私もずっとこうしていたいですわ。お姉さまの匂い、好き」
「あー……これは尊いなぁ。リアちゃんが欲しがっちゃう気持ちもわかるなぁ……うん、可愛い!」
蕩けるような甘え声に、ヒイロはただ思ったことを口にしたように頷く。
するともぞもぞと動く存在が増え始め、唐突にがばっと上体を起こすエイス。
「朝から僕抜きでこんなイチャイチャっ……!? いや、でも今の僕ならここに混ざれる! ということで混ぜて~!!」
「……煩いです。寒い……私も、もっと……」
布団と化した羽がバタつき、リアは思い出したようにカエデへと振り返った。
「あ、起きたカエデ? 貴女にお願いしたいことがあるの」
「……私に、お願いごと……? えへへ、ヒイロさんの匂い好き~」
全員起きはしたものの、肌寒い空気に敗北し暫く布団の中でぬくぬくする事にしたのだった。
そうしてベッドから出たのは昼過ぎ、誰も部屋に訪れなかったのはリアが吸血鬼だと知って配慮したのかもしれない。
それからオリヴィアを探すも魔城には居らず、既に復興に動いてるということでリア達も手伝うことにした。といってもやれる事は限られている。
戦闘や補助、生産系全般ができる万能なカエデや、回復と補助のスペシャリストのヒイロ。
彼女達と比べてリアとエイスは生粋の戦闘民族であり、やれることは敵を屠ることのみ。
ということで、先遣部隊が送られたという道中に半壊させた都市へとリア達は向かった。
既に戦争は魔族の勝利で終わったが、都市に人類種が居ない訳ではない。
そうして微々たる抵抗はあったものの、アイリスを含め全員が規格外の強さであったことから制圧はすぐに終わった。
4つある内の3つ目の都市。魔族は慌しなく街中を走り回り、リアは瓦礫へと座るエイスに歩み寄る。
「どうしたの?」
「リアさん……ううん、なんでもないよ? ただ、一日経ってみて自分の変化に驚いてただけさ」
「変化? そんなに変わったかしら? 私には前の貴女と対して変わらないように見えるけど」
そう言うと紫色の尻尾をゆらゆらと揺らめかせていたエイスはキョトンとした表情を浮かべ、一拍置いて軽快に微笑んだ。
「ふふっ、僕よりずっと影響を受けてるリアさんが言うと、なんだか笑えるね? うん、別にセンチメンタルになってた訳じゃないんだ。ただ、実感してただけで」
「そう、それじゃあ最後の港町へ向かいましょう? ここは寒いし、さっさと終わらせて帰りたいもの」
「そうだね。……皆んなの敵は、僕の敵だ。あっ、たくさん狩ったらご褒美くれる? リアさん」
「ふふ……直接関与してなくとも、オリヴィアを苦しめた雑種共よ? 早く終わらせてくれたら目一杯、私の愛をあげるわ」
リアは獰猛に笑うエイスに手を伸ばし、その頬を優しく摩りながら妖艶に微笑んだ。
その後、港町に近付くにつれ残党人類種の抵抗は強まったが、本気を出したエイスの手によって夕方前には魔族大陸の完全掌握が終わったのだった。
魔族の誰もが驚愕する異例の制圧スピード。
物資は潤い、強力な
万が一、瀕死の重傷を負ったとしても、死なない限りはヒイロの回復によって瞬く間に完治する。
人智を超えた頂上の力、それに加え新たな魔王の誕生に魔族達の士気は最高潮に達していた。
そんな中、魔城へと戻ってきたリアは先に帰ってる筈のオリヴィアを探す。
道行く魔族達に目撃情報を聞き続け、漸く見つけたのは巨大な獣と何かを話している恋人の姿。
「見~つけた♪ 探したわ、オリヴィア」
「っ! リ、リア様……? 驚かさないでください」
小さな背中に抱き着き、首元に顔を埋めて匂いを堪能する。
《気配虚空》を使ったのだ。例え彼女のLVが88でも探知系を極めないと、そのレベルで気付くことは困難だ。
まぁ、視界に収めていれば"慧眼"で見破られたかもしれないけどね?
「ふふ、ごめんね? でも昼頃からずーっと探してた子をやっと見つけたんだもの。こうなっても仕方ないでしょう?」
「……妾を、探しておられたのですか?」
「ええ、だから都市まで出向いたのに、肝心の貴女は何処にも居ない。……仕方ないから、都市の方は全部制圧しといたわ。直に誰かが報告にくるんじゃないかしら?」
抱きしめた体をゆっくりと弄り、両手を徐々に胸元や下半身へと伸ばしていく。
耳元で囁くように吐息を吹きかけ、可愛らしく体をくねらせたオリヴィアにリアはうっとりする。
「リア、様……っ、おやめください。……このような場所で、リア様っ」
「ふふ、恥ずかしがるオリヴィアも可愛い♪ やめて欲しかったら私のお願いを聞きなさい? ほら、ほら〜」
「それは……っ、わかりました、聞きますッ、お聞きしますから! ……もう、お止めください」
言質を取ったリアは弄る手を止め、改めてその体を慈しむように抱擁する。
背筋がピンと伸ばされ、そのクールな表情には微かに恍惚とした熱気が帯びていた。
「それじゃあ今度こそ、ありのままの貴女を見せて? 私は貴女を甘やかしたいのよ、オリヴィア」
「……それは、できません。……妾は全てを貴女様に捧げました。ですが……まだっ」
「むぅ、意外と強情ね? いいわ、ならわからせてあげる。貴女が一体誰のものなのかを!」
「あー……魔王様? 楽しんでる最中に悪いが、俺のこと見えてないのか?」
そんな困惑した言葉が至近距離から聴こえ、リアの弄る手がまたしても止まる。
そして可愛いオリヴィアを抱きしめながら、眼前の大男に気づいた。いや、思い出した。
「あら? いたのね、マナガルム」
「いや居たというか、俺が最初にオリヴィアと話して……いえ、何でもない……です」
オリヴィアの肩越しに見据えるは、眼前で佇む巨体な
リアはオリヴィアを可愛がる手を止め、少し……いやかなり残念な気持ちで本題へ入ることに決めた。
「貴方が居るなら丁度いい。オリヴィアにも聞いて欲しいの」
「……はぁ、はぁ……お話、でしょうか?」
「ええ、そうよ。急な話だけど――私達は今日ここを出るわ」
そうリアが口にした途端、二人が息を呑んだ音が聴こえた。
ぐったりとしたオリヴィアの瞳孔が開き、巨体なマナガルムは無意識に前のめりとなる。
「ま、魔王様……? いま……何て言った?」
「獣人は耳が良い筈なんだけど、まぁいいわ。……私たちは今日、魔城を出ると言ったのよ」
「……な、何故だ? まだ一日だぞ? まだ一日しか経っていないというのに、何故ッ!?」
「落ち着きなさいマナガルム。別に今日出たからって帰ってこないなんて言ってないでしょ?」
全身の毛を逆立たせ、興奮して息を荒げるマナガルム。
しかしリアの微弱な威圧によって強制的に我に返らされた。
唖然とした顔で見上げてくるオリヴィアの頭を撫でる。
「オリヴィアもそんな顔しないで? ……貴女を一人には絶対にしない、約束したじゃない?」
「……リア様、では……何故、今日にこの城を去ると仰るのですか?」
「去る、というよりは私の住んでる所から自由に行き来できるよう、転移陣を置きに行こうと思ってるのよ。その方が色々と楽でしょ?」
その言葉に二人はわかりやすい程に唖然とし、そしてどちらも同じ反応を見せた。
「それは……不可能だ。この地には転移が掛けられない呪い……いや、加護がかかっている。そのおかげで俺達は生き延びることができた訳だが……。つまりいくら魔王様でも、転移陣を置くのは――」
「誰もこの大陸に置くなんて言ってないでしょ? まぁそこは上手くやるから置いといて、私の大切な子達もいるのよ。だから様子を見に一回帰るわ」
「……なるほど。承知いたしました」
「本当はオリヴィアも連れて行きたいのよ? でも、今の魔王軍から貴女を引き抜くのは悪手だと私でもわかる。だから帰って来たら、沢山お話して、命一杯愛し合いましょう?」
首元にキスを落とし、愛しさのままに抱き締める。
マナガルムはまだ何か言いたそうだが、私が魔王になる条件を思い出して何も言えないだろう。
リアがそっと抱擁を解けば、勢いよく振り返ったオリヴィアがその瞳を潤ませて、自ら抱き着いてきたのだった。
「わっ、え……オ、オリヴィア?」
「……――妾は……其方が一刻も早く此処へ帰ることを、心より願っている。堪らなく愛おしいのだ……リア様」
「っ!!!???」
うっかりでも独り言でもない。初めてのオリヴィアから向けられた素の言葉。
リアはあまりの驚きに硬直してしまい、頬に落とされたキスにすら反応できなかった。
顔を離したオリヴィアは清々しい微笑みを魅せ、腕を解きながらその足を下ろす。その頬はうっすらと赤く染まっている。
か、か、か……かっ!!
(可愛いいいいいいいいい!!! え、ちょっ、何その可愛さ!? というかオリヴィアが自分から抱きついて、いやそれよりもあの言葉遣い! 終えてから恥ずかしがって頬染めるとか可愛過ぎないかしら? 自分から言い出したことだけど……帰りたくないー! せめて初夜だけでも愛し合ってから行きたいわ!! 〜〜〜っ!! ……ふぅ、帰ってからの最高のお楽しみね)
最高の不意打ちに喜びを隠しきれないリア。
だが此処にいては足が重くなるばかりだ。そう思ったリアは鋼の意志を持って背を向けた。
そして一つだけ訂正しなければいけない事を思い出す。
「貴方が口にした、この地の呪われた加護。それは魔族の神ヘスティナが残した加護よ。以後、間違えないように」
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