第154話 始祖のクランメンバー!



 「……ひゃ、ひゃくよんじゅうが、四人……?」



 そう静かに呟いたのは他の誰でもない、オリヴィアちゃんだった。


 細い腰に腕を回し、救出した時から今の今までちゃっかり抱き締め続けている彼女。

 私よりも一回り小さい彼女は胸元に手を置き、まるで本来はそこに何かがあったように宙を触る。



「オリヴィア、貴女レベルが見えるの?」


「……はい、え……レベル? ……も、申し訳ございません、始祖様。妾にはレベルというものはわかりかねます。ですが、"慧眼"という固有能力アーツを通してその者の数字を見ることができるのです」


「あら、慧眼を持ってるのね。それじゃあまだ使い勝手は悪いだろうけど"心眼"に覚醒させた時、きっとびっくりするわよ。見える世界が全然違うんだから」


「そ、そうなのですか?」



 黒いヴェールの下から覗かせる、キョトンとした空虚な紅い瞳。

 何と言うのだろうか。意思や感情は取り戻しつつあるのに、まだ夢見心地の中というか。


 そんな彼女の孤独のような瞳にリアは「後で教えてあげるわ」と微笑んで返す。



「……っ、はい……はいっ、楽しみにさせて頂きます……始祖様」



 また少し涙ぐんで俯いてしまうオリヴィアちゃん。

 そんな護ってあげたくなる反応を前に、リアは自分へ向けられる視線に気づく。



「リアちゃんが堂々と浮気してる。これは由々しき事態だよ……起きてカエデ。リアちゃんがまた浮気を」


「すぴぃ……すぴぃ、……ん? リアが、浮気……? また……ふーん」


「おかしい……これはおかしいよ。どうして他の子にはあんなに優しいのに僕だけ? 僕だってリアさんとあんなことやこんなこと、その為にキャラメイクだってこんな……」


「待って待って、これは浮気じゃないわ!? ただ、この子はずっと大変な思いをしてきたから癒してあげたいと思っただけで……他意はないのよ」


「本当に……?」


「……え、ええ」


「いま目が泳いだよ? リアさん?」


「…………」


「ねぇリアちゃん。もしかしてだけど、この世界でも既に何人も手を付けた訳じゃ……ないよね?」



 声音は優しい、向けてくる顔もまるで聖母のように慈愛に満ちている。

 だというのにどうしてか、背中には黒いオーラをリアは幻視してしまった。


 そして視線を少し横に逸らせば、そこにはいつの間にか張られた白金の結界が眩く輝き、物理的な爆発と閃光によって土煙が激しく舞っているが見える。

 結界越しには、英雄達が必死の血相で無駄な攻撃を繰り返していたが、悲しきかな。

 大聖女の張る結界は文字通りレベルが違うのだ。いや、そんなことより。



(あ、あれ? どうして私は答えることを渋ってるの? あれ? 好きな人、愛する人と付き合うのって普通のことよね? 欲しい相手は手に入れる、それが相手も同意の上なら何も問題はない筈……よね? ならそれを普通に話せば良い、アイリスやレーテ、エルシアみたいな、私には二人と同じくらい愛せる人が新しく出来たと堂々と伝えればいい。……なのに、なんで伝えるのにこんなに後ろめたいの? あれぇぇ?)



 これまで根底にあったもの、当たり前だと思っていたことが激しく揺らいだ。

 いつから当たり前だと思っていたのか。転移前だった気もするし、転移後だった気もする。


 ただ一つだけ、確信を持っていえるのは――私がやらかしたということ。



「…………その、少し……少しだけ……?」



 ヒイロのアクアマリンのように綺麗な瞳と視線を合わせ、すいっとその背景へと目を逸らす。



「なんて目を逸らすの? リアちゃん」


「あーちょっと待ってヒイロさん。今は積もる話もあるだろうけど、取りあえずはあっちの煩いのをどうにかしない? 別に放っておいても害はないだろうけど、その方が後で幾らでもリアさんを尋問できると思うんだよね」


「むぅ……それもそうだね、それじゃあこの話は後でするとして。……あそこの人達はどうすればいいの? リアちゃん」



 結界越しに英雄達を見据えると、穏やかな顔で振り返るヒイロ。

 しかし、その瞳に宿っているのは優しさだけはなかった。



「え、ええ……取りあえず、あそこにいるのは英雄と呼ばれる存在達よ。階位は三次職程度、レベルは60~80くらいかしら? ヒイロが内と外、二重に結界を張ってくれたおかげで後は始末・・するだけなんだけど……」



 そうして思わず言葉を詰まらせてしまうリア。

 すると、二回りは小さい獣人のエイスが大人びた様子で笑った。



「大丈夫だよリアさん。確かに何が何だかわからないとは言ったけど、僕たちも彼女から最低限の話は聞いてるんだ。……ここは現実・・ってことだよね?」


「……」



 リアが言い淀んだ理由はそれだ。

 転移した時点からリアは人を殺すことに躊躇いがなかった。それは吸血鬼として生まれ変わったこと、まだ何処か心の中でゲームだと思ってたこと、そしてヘスティナが理亜の価値観に蓋をしたからだと、後で知った。


 それなら彼女達、特に転移しても一応は人間の区分に入るヒイロはどうなんだろうと心配する。



「その通りよエイス。だからヒイロは補助に回って私達で――」


「リアちゃん、忘れてないかな? 私これでも半神半人デミゴッドだよ? だから大丈夫……お願いだから、私にもやらせて欲しいな?」



 ヒイロの宝石よりも綺麗な碧眼が私をじっと見る。

 そのどこか真剣身を帯びた様子は、何か譲れないものがあるような強い意思を感じた。


 葛藤するのは一瞬、長い付き合いだからわかる。

 彼女ヒイロがそうすると決めた以上、私が何を言っても無意味だろう。



「……わかった。流石に三人でやるのは過剰戦力すぎるから、私とカエデは見学するわね? ああ、あとオリヴィアも一緒に」


「うん、リアちゃんもしっかり休んでて。……そういえばその子、さっきから再生にデバフかかってるよね? だから……はい♪」



 白金の淡い光がオリヴィアを包み込み、これまで亀の歩みだった傷口が瞬く間に再生していく。

 "波紋の祝福"。状態異常の回復に加え、自然治癒能力を大幅に向上させる単体補助スキル。



「体が軽く、浄化もされない……? っ……ありがとう、ございます」


「ふふっ、どういたしまして」



 明らかな人間の容姿に隠しきれない溢れんばかりの神聖力。

 そんなヒイロはぎこちないオリヴィアちゃんに対し、微笑んで手を軽く振るうと背を向ける。



「それじゃあヒイロさん、結界を開けて貰えるかい?」


「三次職と聞いた後だと、"退赦たいしゃの境界"はやりすぎだったかなって思えてくるね。カウントは3で」



 たった数か月でも、とても懐かしく見える二人の背中。

 ヒイロがカウントを始め、エイスには幾つかの強化効果バフが施される。


 オーロラのような髪がふわりと浮き上がり、バチバチとその体に稲妻が走り始めた。

 透明な毛が逆立ち、手に持つは炎のように揺らめく刀身の二振りのフランベルク。


 血脈目を発動したリアは、そんなエイスの状態を何となく覗き見た。



『【古の闘志】【雷獣纏化】《咆哮する巡狩》《雷光の権威》《エンチャント・蒼雷》《大聖女の加護》《躍動力強化》《神聖の旋律》』



 うん…………かけすぎじゃないかしら?

 これから最高難易度のダンジョンボスかな、と思った時には地面は抉れ、物凄い勢いで陥没した。


 飛び跳ねた瓦礫や石ころを弾き落とし、迅雷の如く空間を駆け巡るエイスを見据えるリア。



「……青い、雷? 姿が、捉えきれない……だと?」


「ふふ、あの速さは私でも完全に捉えるのが難しいわ。……彼女は古 代 狼エンシェントウルフ。その中でも雷属性に派生した"雷公狼"という、固有種になった存在なの」


「古代の……固有種? ……それは始祖、ということですか?」


「始祖……そうね、吸血鬼わたしたちとは勝手が違うから何とも言えないけど。変異した種の最高峰だと思ってくれればいいわ」



 状態異常がなくなったからか、傷が完全に再生したからか。

 段々と口数が増えてくるオリヴィアちゃんにほっと胸を撫でおろし、その頭を優しく撫でるリア。


 そしてまだ数十秒しか経っていないにもかかわらず、英雄の数は既に半数を下回っていた。

 残っているのは勇者と戦乙女ワルキューレ、そして恐らく神秘術師ミスティックの三人。



 最初にエイスが飛び出した時点で誰一人として反応が出来ず、蒼雷が走った時には二人の首が飛んだ。

 "癒し手"と思われるヒーラーが真っ先に死に、同時に"付与魔術師"らしいサポーターも絶命。


 首が飛んだことも認識できず、エイスが宙を三回蹴った時に漸く勇者が異変に気付いた。

 他もワンテンポ遅れて足を動かすが、あまりにも速度という次元の壁が厚すぎる。


 後衛職は軒並み胴体か頭が一刀で分かたれ、前衛職も自衛手段を持っている者しか耐えることは許されなかった。



(そりゃあそうだよね。適当に振るっていたとはいえレーヴァテインの攻撃を耐え続けたんだもん。体力も持久力も、集中力や残りの魔力だってすっからかんでしょ? そんな立ってるだけの英雄達がエイスの本気に耐えれるわけがない。というか、一撃凌いだだけでも快挙ものだわ)



 エイスが一振りすれば、刀身に纏われた雷が斬撃となって空間を駆け抜ける。

 轟音が大地を砕き、彼女が地に足を付ければ蒼雷がバチバチと迸った。



 そうして漸くエイスは気付いたのだろう。過剰なバフに過剰な戦力だったということが。

 胸元に抱いてるオリヴィアなど口をぽかんと開け、その視線も釘付けになっている。



「これが……雷公狼。古代種の、力……?」


「あら、私の時は何も言ってくれなかったのに……エイスには言うの?」


「も、申し訳ございません。妾はその、死の淵に見た幻だと……思い」


「ふふ、冗談よ。私も彼女達も、貴女を助ける為だけにここまで来たのよ? オリヴィア」



 至近距離で目と目が交差し、オリヴィアの瞳孔だけが只々揺れる。



「妾の、為……っ――」



 そう口にした時、リアとオリヴィアの傍に蒼雷が駆け巡る。



「っととー! ふぅ、このくらいでいいかな。僕は」


「全部やってもよかったのに。私達はもう観戦モードに入っちゃってるしね」


「う~ん、というよりはヒイロさんに残したんだよね。少し動いてみて実感したよ。これを確かに、事前説明なしで経験したら自分が変わったことにすら気付けない。……景色も感触も在り方も、LFOの時とは全然違うんだもん」


「エイス……」


「再会した時は変わってないように見えたけど、やっぱりちょっと違うね。……今のリアさんは、リアさんであって理亜さんじゃない。多分……というより、絶対にヒイロさんも気付いてる。……だから、ああ言ったんじゃないかな?」



 そんなエイスの言葉にオリヴィアは首を傾げ、リアは浮遊するカエデを撫でながら思い出す。



『だから大丈夫……お願いだから、私にもやらせて欲しいな』



 ヒイロの真剣な表情。覚悟を決めた、揺れることのない固い意志。

 私が当たり前に行っていたソレを、彼女は抵抗感を残したまま行うということ?

 

 半神半人デミゴッドがどういう価値観を持った種族なのかは知らない。

 言葉の通り半分が神である以上、やはり人間を見る目は違うのだろうか。わからない。



 そうしてリアはエイスと共に、勇者たちの前に立ちはだかるヒイロを見据えた。



「なんなんだ……ッ、なんなんだお前たちは! あの獣はなんだ!? 雷……一瞬で八人もの英雄を殺した、だと? そんな存在がこの世にいるとでもいうのか? ……誰が予想できる、魔王を遥かに凌駕した存在が何人も集まるなど……ッ、ふざけんな!!!!」


「ふざけてないよ、これは現実。……見たところ勇者、だよね? それに戦乙女ワルキューレ、貴女は……術師、神秘術師ミスティックかな?」


「……あ、ありえない。この神聖力、こんなの……こんなの人間が内包できる量じゃない。……神の、使いか……?」



 リアのレーヴァテインに耐えていた時も、苦虫を噛み潰したような表情しか見せなかった戦乙女。

 それは疲弊した様子で驚愕の表情を露わにし、無防備なまま地面へと膝を突いた。



「うん、当たらずも遠からずかな。……最も、貴方達の主とは別の神様に仕えてるんだけど」


「別の存在? どういうことだ、お前は人間じゃないのか! その滲み出るほどの神聖力、魔族如きが持てるものじゃない。……ならお前はこちら側だろう!! なぜ魔族側につく!!?」


「教えてあげたいけど……ごめんなさい。あまり時間をかけるつもりはないの。だからせめて苦しまないように、消滅させてあげる」



 ヒイロが下げていた長杖を向け、先端の水晶が水のように煌めく。

 白金色の光が止めどなく溢れだし、薄暗く荒れ果てたマグマの大地を眩く照らした。


 そんなヒイロの臨戦態勢を見て、勇者はその目に闘志と殺意を漲らせた。しかし……



「ぐっ! この神聖力は……!! ……なんだ、これ? これが……人間の持つ神聖力だと? ははは……こんなの、あの女アウロディーネと同等レベルじゃねぇか。マジで、なんなんだお前」



 後の二人は完全に戦意を喪失しており、片腕で光剣を構えた勇者も唖然と立ち尽くす。

 光に包まれたヒイロの背中からは、四枚もの淡い光の翼が顕現した。



「私は大聖女。主神ヘスティナに召喚された、あそこの吸血鬼の"最初"の恋人だよ」


【神聖魔法】【大聖女の祈り】――"最期の審判"



 戦場に粲然さんぜんたる白金が刻まれ、その視界を煌々に染め上げる。

 散乱する光は巨大な十字架を描き、勇者たちの立ち尽くす大地へと降り注いだ。


 もろに当たれば私ですら即死は免れない。

 そんな消滅魔法の後に残るは、マグマの地表に舞い落ちる雪、燦々と降り注ぐ淡い光の幻想的な光景だった。


 ヒイロは少しの間俯くように頭を傾け、何もない空間を見詰めると振り返る。



「少し逃げちゃったけど。思ったよりは大丈夫そうだよ、リアちゃん!」


「……ええ、そうみたいね。本当におつかれさま、ヒイロ」



 かける言葉を一瞬詰まらせ、それでも同じ道を歩もうとしてくれる恋人に微笑む。


 逃げたというのは、光の極致【神聖魔法】を使ってオーバーキルしたことだろう。

 あのレベルの三人相手なら、中位魔法だけでヒイロは容易に勝利できた筈だ。



(無理をしてるようには見えない。初めての感覚に戸惑っている、もしくはこの世界の在り方を実感しているのかしら? う~ん、読めないわ。昔からヒイロはポーカーフェイスが上手いから本気で隠されたら見破るのは至難の業なのよね。――私にはもうその感覚がわからない。だからもし、重荷になるのならその分は私が頑張らないと!)


「大丈夫そう、かな? 少し不安だったけど、半神半人デミゴッドはやっぱり違うっぽいね。ああ、ちなみに僕は大丈夫そう。LFOの時と然程変わらない感覚……というのもちょっと違うか。……ごめん、やっぱりまだよくわからないや」


「ううん、エイスはそれでいいわ。積極的にそれをしていく訳じゃないし、皆が側にいてくれれば私はそれで充分だもの……ねぇカエデ~♪」


「すぴぃ……すぴぃ……んっ、くすぐったい……羽はやめてぇ」



 オリヴィアちゃんを解放したリアは、浮遊する智天使へと抱き着いた。

 このもふもふでふわふわな羽が堪らんのです。ああ、いい匂い……♡

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る