第153話 終末を齎らす始祖



 間に合った……間に合ったわ!

 戦場に着いた時点で色々とヤバかったけど、何とか割り込むことができたわ!



 リアは表面上は余裕を見せつつ、内心で額を拭いながらオリヴィアらしき子へと振り返る。

 そこには想像していたオリヴィア像より、何倍もの可愛らしい美少女が居た。


 しかし、それ以上に痛々しい姿に流石のリアも手放しでは喜べなかった。



(随分と……酷い有様ね。盲目に虚弱、感覚麻痺に再生力低下まで……。左腕と左足は欠損、射抜かれたような爛れた皮膚は魔導弓かしら? それに、この心臓を破壊し続けている聖剣……)



 黒いヴェール越しに力無く朧気に見上げてくるオリヴィア。

 その目の焦点は合っておらず、まるで光を失ったかのように絶望に染まっている。



 リアは無意識に"原初の覇気"を漏れ出させる。

 すると周囲の至る所から地面の擦れる音、微かに荒げた吐息が聴こえてくるが、それ以上は聴こえてこなかった。


 何故なら誰一人言葉を発さず、誰一人として警戒を緩めず、そして誰一人として額に掻いた汗を拭わないからだ。英雄達は本能的に理解していたのだ。目の前の存在から一瞬でも気を抜けば、それが自分の最後だと。



 緊迫した空気の中、リアはオリヴィアちゃんにそっと手を伸ばす。

 目元に浮かんだ涙を優しく拭えば、一瞬だけその綺麗な瞳と目が合った気がする。



「……っ」


「少しだけ我慢してね。……すぐに終わるわ」



 そう言って認識する間もなく聖剣を引き抜き、汚物を触るような手つきで一瞥。

 手に持ったそれはリアの皮膚を爛れさせ、ジュワァと音を鳴らし絶え間ない煙を発し続けている。


 リアは無造作にそれを宙へと放り、手の先には血剣を生成。



(可愛い子を傷付けた聖剣ガラクタは、しっかりぶっ壊しとかないとね!)


 ――【鮮血魔法】《凝血化》《血鬼ノ斬撃》



 刹那の間に薙いだ一閃によって、パキンという乾いた音と共に両断される聖剣ガラクタ

 聖剣ガラクタの破片は飛び散り、輝きを失った切っ先が男の足元へと突き刺さる。



「………………は?」



 乾いた間抜けな声がその場に木霊する。

 声音から察するに、吸血鬼には聖剣ガラクタを持てないと思ったのか、そもそも何もできないと高を括っていたのだろう。



(まぁ、私もこんな簡単に折れるとは思わなかったわ。一見して刃こぼれ一つない、鬱陶しいまでのTHE聖剣だったけど。どうやらオリヴィアちゃんとの戦闘で、相当にダメージが蓄積してたみたいね? ……ふふ、良い顔)


「……お、俺の……勇者の聖剣が、アウロディーネの加護が……乗った聖剣が……」



 余程ショックだったのか、勇者くんは唖然と立ち尽くす。

 それは眼前の男に限らず、周囲で様子を窺っていた英雄達まで動揺を露わにした。


 へぇ勇者だったんだ、ふ~ん、程度に思いながら勇者くんを見据えて鼻で笑う。



「英雄というのは随分と暇なのね」


「…………なんだとッ!」


「だってそうでしょう? たった一人の吸血鬼に対し、これだけの雑種が集まったんだもの。"暇"という言葉以外、何が当てはまるのかしら?」



 嘲笑うように見渡しながら、チラリと光の柱を見る。

 すると領域内、正確にはオリヴィアに迫った刃を感知した。


 咄嗟に振り払った無手がキィンッと甲高い音を響かせ、仰け反った獰猛な獣と視線が交差する。



「躾けのなってない駄犬ね」



 獣は見るからに動揺を見せ愕然と目を見開くと、まるで時間が跳んだかのように既にその首元へは蹴りが突き刺さっていた。



「――ガッ、?」



 《瞬間加速》と《過剰な血気》による二重速度UP。

 前世ゲームでは微々たるダメージ補正しか入らなかったが、現実となっているこの世界では違う。


 男の首は一切の抵抗もなく胴体と別ち、一瞬の間に勇者の肩上を通り過ぎた。

 一拍置いて大砲の着弾よりも大きな轟音を響かせ、血の混じった砂煙を爆散させるのだった。



「狂戦士化したノースが、一撃……だと?」


「けほっけほっ、一体何が……ッ」


「今のはッ、あいつは何をした!?」



 あまりにも一瞬の出来事に理解が追いつかない英雄達。


 そんな中、リアはその指をオリヴィアの口へと差し込んだ。

 暖かな感触が指先を包み込み、血が充満すると共に小さな舌先がチロチロと動き始める。



(あぁ……いいわ、もっと私の血を飲んで♪ 遠慮なんてしなくていいの。貴女はただ、私に差し出される血だけを取り込めばいいのよ? オリヴィアちゃん)



 私は私の血が吸血鬼にどんな強化効果バフを齎すのかを正確には知らない。

 知ってることは一時的な全能感を齎し、傷を負っていれば大抵は瞬く間に完治してしまうということ。


 しかし、こうしている今も柔らかな舌先と可愛らしい喉の動きが見えつつ、心臓の再生はあまりにも遅いように見えた。

 やっぱり再生力低下の弱体効果デバフが、思いのほか効いてるのだろうか?


 そんなことに思考を巡らせつつ、またもや吸い寄せられるように光の柱を見ていると、気を持ち直した勇者が煩い殺気を叩きつけてきた。



「お前は……! お前はなんなんだ……!?」


「ん、見てわからない? 吸血鬼以外に見えるの?」


「そんなことはわかってる! だから聞いてんだよ!!」



 光剣の切っ先を向け、血走ったような怒気を含んだ目を向けてくる勇者。

 リアは小さく溜息をつき、そして持ちうる限りの殺気を無遠慮にばら撒いた。



 ――"原初の覇気"



「……怒りたいのはこっちよ。貴方達、一体誰の眷族を虐めてたの? ねぇ?」


「「「「ッ……!!?」」」」



 自分でもこれ以上冷ややかには言えないと思えるほどの響きが、声となって英雄を蝕む。

 一定レベルに達していない者は地面に膝を突き、立っていても重圧によって体勢は滅茶苦茶。


 鼻先に冷汗の臭いが僅かに漂い、これまで針のむしろ状態だった殺気は幾つも霧散していた。

 そんな中、戦意を失わず抗おうと必死に抵抗しているのが目の前の男、勇者だ。



「……ぐぐっ! 眷族? 眷属だと……? 今、オリヴィアのことを……眷族と、そう言ったのか……?」



 その言葉を聞いて、指をちゅうちゅうしていたオリヴィアちゃんがビクリと反応を示す。

 心臓以外はある程度再生し、吸血をやめてまで見上げてくるオリヴィアちゃん。



(あら……可愛いー! 切れ長でクールビューティーな瞳をしてるのに、何故か後ろに犬のような幻が見えるわ! ああ、でもやっぱりどこか威厳のようなものは感じるかしら? 本当は私の眷族じゃなくて、ヘスティナの眷族なんだけど。今求められてるのはその答えじゃないわよね? だから……ごめんね? ヘスティナおかあさん)



 リアはそっとオリヴィアちゃんの頭に手を置き、優しくなでなでする。



「ええ、言ったわ。始祖である私の眷族……それがオリヴィア。どう? この答えで満足できたかしら?」


「…………始祖、だと? 始祖の……吸血鬼……? ……そんな存在が、この世に生きてるわけが……ッ」


「目の前にいるじゃない? ……ああ、そういうこと? 言葉じゃなくて体に分からせてほしいわけだ」



 覇気の中でそれだけ抵抗できるのは見事、流石は勇者だ。

 だからリアは嘲笑うように見下しながら、愉快気に手のひらを揺らめかせる。


 すると、黒き大地に沁み込んだ大量の血が浮き上がり、リアの手元へと渦を巻いて集束しだす。

 それは種族や固体、自身の血に限らず膨大な量が集まり、瞬く間に津波となって空間を漂い始めた。



「なんだ……それ? 他者の血を操る、だと……?」


「あら、見たことないの? それじゃあ死ぬ前にきちんと、その目に焼き付けないとね」



 次元ポケットからレーヴァテインを抜き放ち、杖のように逆手に持って笑うリア。

 そんな燦然さんぜんと輝く炎剣を前に、勇者は等々反応すら見せずに唖然と目を見開く。



 これは前世ゲームでも私にしか使えない魔法。

 3000万人のプレイヤーの中、レーヴァテインを所有し、始祖の吸血鬼である私にだけ許された魔法。


 発動条件は限定的、使うにも数秒の準備が必要。

 実戦ではまず使えない。しかし、こと破壊に関しては最高のDPSを誇る。

 それはDPSスコアランキング一位をも手にしたことで、自他共に認める、LFO最強の浪漫砲ともなった魔法。


【濁血魔法】【獄焔魔法】《炎神ノ加護》混成――




「"神々の黄昏ラグナロク"」




 その呟きにレーヴァテインが呼応するかのように発光し始め、血の奔流が荒れ狂うように吹き出した。

 灼熱は濁流を呑み込むように燃え上がり、濁流は灼熱を取り込むように意思を持つ。


 地面が激しく揺れ動き、マグマを吹き出しながら戦場を赤く紅く塗りつぶしていく。

 血の炎は螺旋を描き、何重もの線が繭を作るようにリアとオリヴィアを包み込んだ。


 そうしてリアがレーヴァテインを向けると、膨大な血の炎は唐突にその姿を消失させる。



「…………は?」


「ばんっ」



 その瞬間、英雄達の囲む中心地、ちょうど勇者の真下から巨大な炎柱が吹き出したのだ。

 それは遠目に見える三柱の光の柱よりも太く、禍々しいほどに破壊を含んだ血と炎の噴火。


 地面を抉り、天を貫き、圧倒的な破壊が空間を埋め尽くし、景色を焼け爛らせる。

 溶解した地面はマグマへと姿を変え、絶えず噴出する血の螺旋は周囲を呑みこまんと花開いた。



 幻想的で破壊的、血と炎が混ざり合い、まさに終末を彷彿とさせる血炎の花。



 怒涛の熱風が髪を靡かせ、ここら一帯で残った唯一の足場に佇むリア。

 さりげなく胸元にはオリヴィアちゃんを抱き、間一髪で飛び退いた英雄達の姿を見据える。



(やっぱり避けられちゃったか。まぁ余波には触れてたし、英雄達に当てるのは目的のついでだったから別に良いんだけど――そんなことより、光の柱が薄らいで来たわね。……ふふっ、ふふふふ♪)


 遠目に淡い光になって消えていく三柱の光の柱。

 胸元で、もぞもぞとオリヴィアちゃんが動いた。



「……しっ始祖、様……?」


「あっ、ごめんなさい。苦しかった?」


「いっ、いえ……そういう訳では……、ですが」


「うん、避けられちゃったね? でも大丈夫よ、ちゃんと届いてるから」



 火照った瞳を潤ませ、どこか夢見心地な様子で凝視してくるオリヴィアちゃん。

 何か言いたいのはひしひしと感じるが、残念ながらそれは後回しだろう。



 背後から迫り来る凄まじい光の斬撃を、リアは見もせずにレーヴァテインで打ち払う。

 すると過剰なまでの炎撃は光をあっさりと呑み込み、そのまま遠くに佇む勇者へと放たれた。


 それは斬撃なんていう規模には収まらず、まるで炎の津波となって地形をやけ焦がしながら大爆発を起こす。



「ぐぅっ!? ……はぁ、はぁ……! なんだッ、なんなんだその魔剣は!!?」


「その傷で動けるの? 流石は勇者ね」



 狭い足場を放棄したリアは、オリヴィアを抱えながら勇者達の眼前へと着地する。



「……くっ、舐めるな! この程度の傷……俺は勇者だぞ!? この世で最もアウロディーネに愛された人間なんだよ!! だから、だからいくらお前が強くても……最後にはッ!!」


「はぁ、はぁ……そうよ、いくらアンタが強くても、その力には……限界がある筈よ!」



 全身を焼け爛れさせ、辛うじて回復の光によって見える姿となった英雄達。

 中でも特に酷いのが勇者であり、回復の光を持ってしても完治には程遠い。モロに触れてしまった左腕など完全に溶解している。


 そんな虚勢を張って踏ん張る英雄達だが、レーヴァテインの炎は全てを焼き尽くす。

 魔法も魔矢も、障壁や結界、勇者の斬撃だって何も変わらない。


 同じ階位・・・・でもない限り、この圧倒的な差は覆りようがないのだ。



「その割には逃げ回ってばかりじゃない? これだけの英雄が集まって防戦一方? ……英雄が聞いて呆れるわ。ああ、でも私の同族を虐めたんだから、もっと苦しんで貰わないと」


「……はぁ、はぁ、確かにその魔剣は脅威だ。だがいつまで持つ? こんだけの馬鹿げた魔力消費、お前だって残った魔力は少ねぇんじゃねえのか!?」


「あら、よく見てるのね、えらいえらい。……確かに私の残り魔力はそれ程多くはないわ。でも、それと貴方達の勝機になんの関係があるの?」


「馬鹿がッ! その魔剣さえ使えなくなれば、俺達はオリヴィアぐらいは殺せるってことだ!! 忘れたのかッ? 今この戦場にはアウロディーネの祝福が差している。いくら始祖だろうと、神には勝てないだろ!!」


「ふふ……ふふふ、そう、そう思うなら頑張りなさい」


(魔力MPがなくなったくらいで、私が負ける道理はないけどね? 丁度いいハンデ……ううん、それでも全然足りないわ。スキルありなら目を閉じて片手を縛るくらいが丁度いいかしら? でも、どっちにしろ詰みよ)



 もはや込み上げてくる笑みが止められそうにない。

 実のところオリヴィアの助けに入った時には、リアの情緒は限界を振り切り、よくわからない事になっていた。


 歓喜のあまり流れそうになっていた涙を必死に堪え、痛ましいオリヴィアの姿に怒りと悲しみが同時に込み上げる。


 状況が状況なだけに一時的に、光の柱・・・は忘れて真面目に集中しようと思った。

 手中にオリヴィアちゃんが居る以上、あとは群がった雑種を蹂躙すれば終わり。


 しかし、結果はご覧のあり様だ。

 最初に突貫して来た英雄以外は未だ生きており、誰一人として減らせてはいない。



 でも仕方ないのだ。今のリアにとっての優先順位は①にオリヴィアの命、②彼女達・・・、③に英雄を甚振ることなのだから。つまり……もはや上の空だった。



「はぁ、はぁ……ククク、随分と火力が弱まって来たなぁ……! お前の魔力も底をついて来たんだろう!?」


「もう少し……もう少しで私たちが! アウロディーネ様が見ているわ!」


「ええ、戦乙女ワルキューレの名に懸けて、必ず魔族を滅ぼします」



 レーヴァテインの発光が弱まり始め、確かにリアの魔力は残り三割に差し掛かっている。

 そんな状況を黙って見守るオリヴィアちゃんはリアを見た。



「始祖様、妾もご助力します。このままでは……ッ」


「ふふ、大丈夫よ。もう――来たみたいだから♪」


「……え?」



 オリヴィアちゃんを抱き締めつつ、レーヴァテインで完璧な攻守を繰り返すリア。

 そんな彼女の隣にふわりと、黒いコートを纏った白金髪の女性が舞い降りた。



「なにを虐めてるのかなぁ? リアちゃんは」



 わかっていても飛び跳ねる心臓の鼓動。

 それはずっと待ち望んでいた、ずっと聞きたかった愛おしい声音。

 レーヴァテインを振るう手がピタリと止まり、リアは花の咲いたような満面の笑みで振り向いた。



「ふふ……違うわ、ヒイロ。先にこの子を虐めてたのが、あっちの連中よ?」


「何を言おうと、リアさんがソレを使ってる時点で虐めになると思うな。僕は」



 ヒイロとは反対に並び立つ、オーロラのような髪色をした獣人の少女。



「これは……っ、本当に違うの! 確かに気分良くて使い続けちゃったよ? でもあの魔法を使った意味くらい、エイスもわかってるでしょう?」


「そうだね、まさか転移した先でいきなり"終末の血脈ラグナロク"を見るとは思わなかったよ。おかげで、すぐに君の位置はわかったんだけどさ」


「……くぅ、……くぅ」


「……カエデ。 ……ふふ、この子はどうしちゃったの?」



 ヒイロの隣でふわふわと浮遊し、チャイナ服のような赤装束を身に纏った眠れる天使。

 その六枚もの翼をはためかせ、パーマのかかった栗色の髪を宙へと靡かせる。



「さぁ、僕達も転移したばかりだからね。正直、何がなんだかわかってないんだよね」


「……ん? ……リア?」


「うん……私だよ? リアだよ? だから起きてカエデ。もっと、もっと貴女の顔を私に見せて?」


「……眠いん……です。……なんだか、急激に……眠く…………すぅ」



 青と紫色の綺麗なオッドアイが開かれたと思えば、静かな寝息と共に再び閉じられる。

 夢にまで見た可愛らしい恋人の寝顔。リアは目元に涙を浮かべて頬を緩めた。


 そんな人智を超越したような存在達に囲まれ、目を点にしてしまうオリヴィア。



「……ひゃ、ひゃくよんじゅうが、四人……?」



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