第145話 始祖、英雄の蹂躙
転移に使う魔力を回復させたいといって、他の英雄達と話始めたアイシャ。
そこまでは特になにもなかった。
空気が変わったのは、褐色肌のお姉さんが話に混ざり少し経ってからのこと。
隠してるつもりなのか、英雄達は私に対して観察するような目を向けて来た。
挨拶といって寄ってくるお姉さん、さり気なく四方八方を囲う英雄達。
戦いに身を置いてる者なら誰でも違和感には気付ける。私はただどっちでもよかっただけ。
その無関心さと傲慢さの甲斐もあって、こうして足元を掬われてしまった。笑える。
「これはどういうつもりか、聞いてもいいのかしら?」
「それはアンタが一番よくわかってんじゃない? あたしだって驚いたさ。まさか火の聖女と呼ばれている今回最も頼り甲斐のありそうな英雄が――魔族、それも火を大の苦手とする吸血鬼だったなんてね。これは一体なんの冗談だい?」
鼻で笑うかのようにして、構えた双扇をリアへと向けるお姉さん。
それは褐色肌にターバンの様な布を巻きつけ、民族衣装のようなドレスを纏った何処か気品のある英雄。
「俺は今でも疑ってるけどな。目元を覆ってる方はわからないが、火の聖女はどう見ても人だろ?」
「いや~間違いないね、断言するわ。それにその妹だっけ? この悍ましい
「…………ふむ」
新たに加わった3人の反応に対し、未だ状況を呑み込めていないのか、アイシャはリアの側面を取りながらもストップをかける。
「待ってください、本当にこの二人が吸血鬼なんですか? 今は陽光も差してますし、何よりリアは火の聖女です。火を扱う吸血鬼など、そんなの聞いたことが――」
「"
「どうやら、間違いなさそうですな。……ほっほっほ、元から真祖を討とうと募ったのじゃ。ここで吸血鬼の一体や二体、なにも変わらんのぉ」
「……残念だ、火の聖女殿。本当に残念だ。貴女をここで滅さなければならないとは」
全員が武器を抜き、アイシャも理解が追い付いていないながらもリアへとその杖を向ける。
その反応からして「私の身を案じている」というよりは、自分の判断で連れて来てしまった英雄が魔族と知って戸惑いを隠せないといったところだろう。
六人の英雄が放出する夥しい魔力によって地面は揺れ動き、荒れ狂う風に引っ張られるようにリアの白いドレスコートが激しく靡いた。
始祖の目を持ってしなくても可視化できる程の濃密な魔力。
それぞれの系統や得意属性によって練られたそれは、まるで孤島を呑み込む勢いで徐々に膨れ上がっていく。
リアが立っているこの中間地点は、疾走すれば数十秒で横断できてしまう小さな孤島。
張られた障壁は見事にリアとアイリスを分断し、リアに四人、アイリスに二人の英雄が取り囲んでいた。
障壁の使用者は恐らく、ローブを纏った老人でも褐色肌の女でもない。
アイリスの後ろを取り、余裕な笑みを見せている和服を着た男だろう。
(まさか集めた英雄の中に"
忌々しくも綺麗な顔立ちで私を見詰める瞳。リアは少し残念な気持ちで溜息を吐く。
島ごと分断する障壁は解ける様子もなく、英雄たちの意思も相応に固いと見えた。
「お姉さま?」
「ええ、仕方ないわね」
足元からはメラメラと炎が揺らめき、粉塵が風に乗ってリアの目に映り込む。
考えていた予定とは少し違うけど、こうなっちゃった以上は仕方ないよね?
「ここで減らして行きましょうか、英雄」
「畏まりました、お姉さま♪」
障壁越しに了解の意を示すアイリス。
その声音には恐怖や不安といった感情は感じられず、あるのは真祖へと至った絶対的な自信。
(この障壁、触った感じからして通常のスキルじゃないわね。恐らく回数の限られた強力なスキル。別に壊すことは容易いけど、
真祖へと至り、初めての戦闘。それが英雄なら申し分ないだろう。
そう思い視線を戻した瞬間、既に私の懐へ潜り込み剣を抜いた男が好戦的に笑った。
「随分と潔いな! あの時の自信は何処に行っちまったんだ? 火の聖女ッ!!」
薙ぎ払われた剣は空を斬り、お返しにその腕の一本くらい持って行こうと生み出した炎剣を振りかぶる。
すると何もない空間から突如、剣の切っ先が何十にも突出し、リアは瞬時に軌道を予測して生意気な男へと詰め寄る。
「自信ならあるわ。ただ貴方みたいにみっともない事をしたくないだけよ」
「抜かせ! クソ魔族がッ!!」
男は何処からともなくもう一本の剣を抜き、私の居ない空間をそこそこの速さで斬り付ける。
宙には切れ込みが入り、その亀裂からは瞬く間に生み出される無数の無骨な切っ先。
リアはその能力を冷めた目で見つめると、切っ先が届く刹那に男の背後へと躍り出た。
「曲芸なら他所でやりなさい。さようなら」
「なッ!?」
エルシアとの約束もあり、瞬殺を心掛けてその首を切り落とそうと炎剣を薙ぐリア。
まずは一人。そう思った瞬間、男の姿が掻き消えた。
何もない空間を一閃し、それが直ぐに空間術師のアイシャの能力だと思い至る。
すると、今度は一人になったリアに過剰なまでの火系統魔法が放たれたのだった。
広範囲に放出される灼熱。
それは威力、範囲、籠められた魔力から燃焼に至るまでの火力に至って間違いなく、決死の【
放ったのはローブを纏った爺だろう。
その服装や背中に刻まれた紋様から、何処か見覚えがあるが思い出せない。まぁそれでも
「この程度の炎で私を焼けると思うのかしら」
炎剣を持たない素手で軽く薙ぎ払えば、私を包み込んでいた灼熱は呆気なく掻き消える。
爺は一瞬その目を見開き、唖然とした表情を浮かべると歯を食いしばる。
すると即座に周囲の地面が盛り上がり、何本もの火柱を噴火させたのだ。
それはまるで火山噴火のような光景。
激しく撒き散らす火の粉は空間を焦がし、
「『この程度の炎』と言ったなぁ! ……ならばこれはどうじゃ? 受けられるものなら、受けてみるがいい!!」
「貴方も、火力比べがしたいなら他所でやりなさい」
幾つもの火柱が収束し、物理法則を捻じ曲げて生み出された火龍を見上げるリア。
炎で形どったソレはリア目掛けて一直線に撃ち放たれる。当たればここら一帯は火の海へと化し、孤島の一部を炎で包み込むことだろう。
別に直撃しても物理的な衝撃を少し受けるだけ、レーヴァテインを帰属しているリアには火傷にすらならない。だからこのまま爺から終わらせようと思った。
(ん、足が……固定されたわね。これはアイシャだけじゃない、あのお姉さんの力も加わってるかな? でも)
固定された足を地盤ごと引き抜き、眼前まで差し迫った火龍を見て嘲笑う。
すると、視界の端に幾つものお粗末な斬撃が見えた為、リアは見もせずに無造作に打ち払った。
「「「ッ!!?」」」
「さぁ、焼き払うがいい!! 儂の最高の灼熱魔法、"紅炎龍火"だ!!!」
炎に包まれる直前、傲岸不遜にも高笑いした爺の顔が見えた。
しかし残念なことに、体を覆った炎はリアに取って肌寒い風を遮るコタツ程度にしかならなかった。
レーヴァテインの帰属効果による火焔効果の付与。
加えて胴装備『銀焔の誓衣』の加護によって、火系統ダメージは極致魔法でもないとまず通らない。
つまり、範囲の広い火系統魔法などリアにとっては、都合のいい隠れ蓑でしかなかった。
「……はぁ、はぁ……まずは一匹。後はあっちの小娘を始末すれば、貴様の憂いも晴れるかのぅ。 なぁ、ケイリッドよ」
「どこかで聞いた名前ね? ま、どっちでもいいけど」
「貴さっ、――がはッ!?」
背後から炎剣を突き立て、ゆっくりと振り向いたソレと視線が交差する。
その目には「何故?」という感情が浮かび、白い髭に血を垂らしながら口をパクパクと動かす爺。
「な、何故じゃ……? ぐふっ! 貴様は、確かに……儂の魔法を」
「
初手で首を刎ねてもよかったが、炎に呑まれる前の顔を見て少しムカついたリア。
だから二手で終わらせることにした。
爺の質問には答えず、皮肉を込めて突き刺した炎剣を頭部へと引き裂く。
胴体から頭部にかけて真っ二つになった死体は燃え上がり、瞬く間に塵と化して消失した。
これでまずは一人。次は――ッ
「っ!? 今のを反応するかよッ!!」
「そうね、貴方にするわ」
「あぁ? てめぇのその澄ました顔、最初から気に入らねぇと思ってたんだ俺は!!」
「あら、奇遇ね? 私もそのみすぼらしくてチンピラみたいな顔嫌いなのよ」
防がれた炎剣に融かされることもなく、その刀身でジリジリと押し込んでくるがさつな剣。
火花は飛び散り、紅炎が揺らめく。
その時、男の背後には地面へと突き刺さった剣が見え、リアは即座に鍔迫り合いを強引に薙ぎ払った。
「ぐっ! 吸血鬼の馬鹿力かッ!?」
「……」
次いで薙ぎ払った炎剣を休ませることなく、何もない頭上から生えてきた剣を瞬く間に打ちへし折る。
その短い時間の中で体勢を整え、再びリアへと向かって斬撃を繰り出してくる男。
一閃を打ち払い、続けて加速して放たれる斬撃の嵐。
その悉くを打ち払ったリアの目には、直接触れなくとも、炎剣によって焼かれる男の姿が映り込む。
構えを変え、斬撃を変え、剣を変え、ありとあらゆる手段でリアへとその刃を届かせようとする男。
皮膚はただれ、近付くだけで火傷を増やしていく肉体は徐々にだが、その動きを確実に加速させていった。
(
頭上や地面、何もない空間から生えてくる剣の切っ先をへし折りつつ、同時に男の剣も対処する。
そんな、まるで腕が何本もあるかのような異次元な対処能力を見て、憎々し気に歯を食いしばる男。
「火の聖女、いや吸血鬼にしたってその身のこなしは尋常じゃねぇ! てめぇは何者だ!?」
「さぁ、何者でしょう。これから死ぬ相手に、それを教えてあげる必要はあるのかしら?」
「減らず口をッ!! だが忘れちゃいねえか? ここには俺だけじゃないってことをよ!!!」
「それは馬鹿にしすぎね。……だからこうして――」
軽い剣を打ち払い、その胴体に回し蹴りを捻じ込む。
「ぐッ、ごぼぁッ!!?」
「対処しようとしてるんでしょ?」――《漆喰ノ剣》《鮮血魔法》
メキメキッと肋骨が何本もイカれる感触を得て無慈悲に振り抜くと、男は木々をなぎ倒しながら鮮血を散らし吹き飛んだ。
リアは追撃と言わんばかりに目もくれず、噛み切った血を剣へと変貌させて無数のそれらを一斉に掃射する。
まるで雨のように連続して打ち鳴らす振動は、やがて一つとなり、足裏に響かせる揺れは直ぐに収まったのだった。これで二人
「酷いことをするわ。 私を吸血鬼だと知った上で、
領域内に侵入してきた時点で、その存在は認知していたリア。
光の十字架に対し、《漆喰ノ剣》を付与し黒炎と化した炎剣で打ち払い、瞬く間に闇に呑み込んで消失させる。
「酷いこと……? それはこっちの台詞です! 私を騙していたんですか!? いいえ、私だけじゃない。あの国の民、ひいては世界中の人類種を欺き、英雄などとのたまっていたのですか!!」
背中に驚愕した巫女を庇い、リアへと向けた杖で絶えず光白魔法を撃ち放つアイシャ。
その形は様々であり、中には空間魔法を用いて奇襲に近い不可視の魔法を撃ってもきた。
巫女の
しかし"戦域の掌握"がある限り、半径8m以内のあらゆる事象は感知され、異常なまでリアの反射神経が加われば奇襲は奇襲になり得ない。
リアは二人の下へ歩きつつ、向けられた魔法を打ち払い無効化していく。
左手には黒炎の剣、右手には血剣。
「騙す? 私は一度だって自分を火の聖女だなんて名乗った覚えはないわ。それは周りが勝手に言い始めただけのこと」
「だからッ――だとしても! 騙すつもりはなかったと、そう仰りたいのですか!?」
「うーん、騙すつもりは――あったわね。その方が都合良かったし」
「ッ! ならそれはッ、自分で名乗らなくても名乗ってるようなものでしょう!!」
激昂したアイシャの杖が光り輝き、頭上に展開された次元の狭間が急速に亀裂を広げていく。
そしてそこに姿を現したのは、身の丈の何倍もの大きさを誇る半透明な巨剣。
「加護を乗せるわ! やりなさい空間術師!!」
「言われなくともッ! 魔族はここで消して見せる、絶対に!!」
巫女の言葉によって半透明色な刀身は白く輝き始め、見るからに聖属性が加わったのが見て取れる。
それは瞬きの間にリアの頭上へと転移し、数秒もすれば振り下ろされることだろう。
躱すのは容易い、けれどそうなるとこの孤島が間違いなく半壊する。
もし、それで間接的にアイリスへ影響を齎したら目も当てられない。
リアは迸らせた炎を黒炎へと注いでいき、その規模を頭上の巨剣と同等にまで燃焼させた。
膨れ上がり、黒く燃え上がったそれはまるで空間をも焼き尽くす烈火と化し、漂わせた紅炎はリアに纏わりつくように揺らめき出す。
手を伸ばせば、届く距離にまで迫った巨剣。
「なによ……それ? あんた本当に、吸血鬼なの……?」
「貴女が暴いたんじゃない。私はれっきとした吸血鬼よ?」
「まさか!? それで迎え撃つつもりですか、リア!!」
驚愕して目を見開くアイシャに、リアは炎剣を振るう事で返事を返す。
すると巨大な光剣は始めからなかったかのように炎剣へと呑み込まれ、そのまま一切の抵抗もないまま頭上から消え失せた。
一瞬の出来事でありながら、未だ眼前の光景が信じられない二人。
炎剣を元の大きさに戻したリアの歩みは止まらず、気付けばあと数歩までの距離に来ていた。
粉塵が舞い、焼け爛れた大地は白煙を漂わせている。
二人の目が一斉に向けられ、その瞳の奥にはどちらも恐怖と疑念で埋め尽くされているのが覗けた。
アイシャの魔力は見るからに空っぽ、巫女の方はまだ幾分か余裕を残してるみたいだけど、一人でどうにか出来るクラスではない。積みだろう。
できれば綺麗なお姉さんは殺したくはないけれど、この二人はアウロディーネの駒。
そして私はオリヴィアを助けなきゃいけない上に、ヘスティナの娘であり調停者だ。
「それで、言い残すことはあるかしら?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます