第144話 一難去ってまた一難




 キングサイズに匹敵するベッドとはいえ、七人で寝るにはそこそこに密着する必要があった夜。

 昨日は昼前からアイリスの最終テストをしていたこともあって、寝るのが早くなり、結果的に前世リアルの頃と同じ時間帯に起きてしまった。


 聖女としては清く正しい起床なのかもしれない、でも吸血鬼としては不健康もいいところである。



 そうして既に目覚めている子とイチャイチャし、寝ている子にもキスと抱擁で存分に堪能したリアは、満足して用事を済ませることに決めた。



 何とか眠たげなアイリスを起こし、寒い海上を渡って北大陸へと上陸。


 本当なら昨日の内に確認するつもりだったけど、可愛いセレネの願いに加えて睡魔の誘惑に惜しくも敗北してしまい、少し先延ばしになってしまったのだ。


 まぁこの子ティーのスペックを知ってる身からすれば、余程の事がない限り最悪の事態にはなり得ないだろう。

 けれど、やっぱり気にはなるし、疑問もそこそこに浮かんではいた。



 擬態した甲殻に手を当て、《血脈眼》で改めて愛竜の状態を見る。



「状態は……異常ない。こうなってくると私のスキルでは分からない類の物か、もしくはこの子の内面的な理由になってくる訳だけど、う~ん」


「お姉さま、ティー様の容体はいかがですか?」



 心配そうに眉を顰め、優雅な足取りで歩いて来るアイリス。

 下ろした灰銀色の髪を膝の裏まで靡かせ、その目にはより輝きの増した深紅の色を浮かべている。



(あぁ、髪を下ろしたアイリス……とっても綺麗ね♪ 今朝で見納めかと思ったけど、暫くは切らないでそのままでいると決めたアイリスには感謝だわ。……お姉さまとお揃いが良い、ね。嬉しいこと言ってくれるわ。それに――この肌寒い時の体温、もう大好き!)



 うんともすんとも言わないティーの背中に飛び乗り、その上に立つリアに腕を絡ませるアイリス。

 その瞬間、ふわりとした甘い香りが漂い、心地の良い暖かさがリアを包み込んだ。



「正直わからないわ。不調の可能性を疑ってたけど、どうも違うみたいなのよね」


「そうですか……あら? お姉さまこれは?」



 そう言ってアイリスはびっしりと並ぶ、黒い甲殻の中の一点を指差して首を傾げる。


 それは一見、表面だけを見れば何も変わらない黒い外殻。

 しかしよく見ると根本には薄っすらと熱が溜まり、微かに黒色に赤が混ざり始めていた。



『――灼熱の世界は溶鋼に染まり、世界から切り離された別次元。理から外れし竜は何者にも従わず、何者にも縛る事のできない絶対な破壊者。かの存在が世界を渡り、現世へと姿を見せた時、それは終焉の――』



 リアの脳内に唐突にフラッシュバックするは、前世ゲームの頃の適当なフレーバーテキスト。

 基本流し読みのリアが何故か覚えていた内容。恐らく、この文章に意味はない。では何故?



 そう疑問が浮かんだ時、唐突な足元の揺れによって現実へと引き戻された。



「ギュルルルルッ、グォォォォォォンン!!!!!」



 表面を力任せに突き上げ、上体だけを起こして天に咆哮を轟かせるティー。

 するとすぐに地面へ潜ってしまい、今度は擬態することもなく全身を地中深くへと埋めて行ってしまった。



「なっ、なんですの今の咆哮は!? ティー様は一体、どうされて――」


「あーー……そういうこと? もしかして、そういうことなの……?」



 リアは思わず口元を手で覆ってしまい、唖然とした表情で記憶を遡った。


 思い出すは前世ゲーム、LFO内で何気なく起きていた一年に一度見るかどうかの特殊行動。


 "ティー"、不理竜ティターヴニルは、元々ダンジョンボスの1体だった。


 五周年の大型アップデートが来る前までは、転生のきっかけとなった『夢想の神域』を除いて、最難関とも言われているソロ専用ダンジョン『世界樹の下層』の裏ボス。


 本来のボスを倒し、更に最下層に降りて最奥に行きつくことで巡り合える、紛れもない理不尽の権化。

 クリア者の8割がランカーで占め、裏ボスまで行きついたのはその内の3割。更に、裏ボスの討伐達成者は全体の1割にも満たなかった。


 では、隷属までしてみせた異例のプレイヤーはどれ程存在するのか。――リア一人である。

 51回という途方もない回数ティーを殺し続け、奇跡的にテイムに成功したのがリアだけだった。



 当時はバグ、チート、そう疑われることも少なくなかった。

 しかし運営の手腕を見続けて来たプレイヤー層は、そのプレイヤーがLIAだと知れ渡ると、ある一定数を除いて批判の声を潜めたのだ。


 そして運営から直接、その日の内にある条件が付けられる。



 あまりにも規格外すぎる隷属はゲームのバランスを壊し、あらゆる面で不満を募ってしまう。

 そういった理由からティーは完全なペット枠となり、戦闘には一切参加できない限定品となってしまった。


 リアとしてはサンドバッ――戦い甲斐の延長線上に得たものであって、それでも構わなかった。

 そうして採集や探索、移動や気分転換の空の旅以外では、基本的にマイルームの番人ならぬ番竜となったティー。


 そんなティーが一度だけ、冬の季節になって異常な行動を見せた時があった。

 擬態をせず、地中深くへ潜って何日も顔を見せない謎ムーブ。


 前触れもなく起きた行動に最初こそ疑問に思ったが、気付いた時には地上へ顔を見せていたのだ。

 体のあらゆる所に鉱石を張り付かせ、試しに採掘をすれば低確率な鉱石を少量落としてくれる。


 それを見て悟った。

 これは実質1枠しかない隷属枠を特殊な非戦闘員で埋めてしまった、運営からのお詫びだと。



 つまり、ここ最近寒いと思っていたのが冬の訪れであり、ティーが動きたがらないのもそんな理由があったとしたら――



「お姉さま? もしや、ティー様の行動の原因がわかったんですの?」


「ええ、恐らくだけど……すっかり失念していたわ。私もこの子への理解がまだまだ足りていないみたいね」


「それは一体……?」


「冬眠、というのかしら」


「…………へ?」


「この子は元々地中深く、溶岩と溶鋼の世界を支配していた存在なの。だから冬の時期が近づくと、こうして地中深くに潜って眠りについちゃうのよ」



 リアは内心でほっとすると同時に、少しだけ誰に対してかわからない愚痴を吐いていた。

 しいて言えば、前世ゲームの運営に対してであり、今世で言えば転生させたお母さんヘスティナに対してだろう。


(そんなのわからないわー! ティーを隷属させたの去年よ? まだ一度しか見てない特殊行動なのに、転生してこの世界でも同じ行動を取るなんて普通思わないわ! それにあの戦闘の痕、ありえないけど対戦者に何かされたんじゃないかって、異常なまでの耐性を持つとわかってても、つい考えちゃうじゃん!! はぁ……でも考えてみればLV140帯のプレイヤーでも殆ど弾かれるのに、この世界の人間が何か出来るわけもないよね。……よかったぁ)



 そう思っていると、隣で腕を組んでいるアイリスがくすくすと笑い始める。



「ふふ、ふふふ……何だか可愛らしいですわね。あれほどの破壊を齎す御方が、まさか寒さを苦手とするなんて」


「この子は気分屋なの。私もまさか、この寒さすら嫌うとは思いもしなかったわ。……だから仕方ないけど、予定通り英雄達と合流することにしましょう」


「はい、お姉さま」




 屋敷のある方面から段々と騒がしくなるのが聴こえ、リアは気にすることなくアイリスを連れその場を後にした。


 そうして再びクルセイドア王国の神殿へと戻ってきた二人。

 アイリスの綺麗な目が見れなくなるのは非常に残念なリアだったが、同行する為にもその赤い瞳を隠す必要があった。もちろん、リアもカラーコンタクトは付け忘れないよう気を付ける。


 そうしてリア自ら、アイリスへ黒い帯を結んで礼拝堂へと向かった。

 礼拝堂には、数日前に顔を合わせた白金髪のお姉さんがエルシアと対面していた。



「待たせちゃったかしら?」


「いいえ、私も丁度先程着いたばかりです。……そちらは?」


「私の妹、英雄ではないけどそれに類する力を持ってるから連れて来たの。同行させてもいいかしら?」



 お姉さんは少し考える素振りを見せ、エルシアを一瞥してからアイリスへと頷いた。



「戦力が多いに越したことはありませんし構いませんよ。そちらの方もそうですが、何故、目元を覆われているのですか?」


「この神殿の戒律かいりつなの。不便だけど仕方ないわ」


「……そうですか。では準備はよろしいですか? まだ必要であればもう少しくらい待てますが」


「ううん、その必要はないわ、行きましょう。――ああ、でもその前に」



 首を微かに傾げたお姉さんを前に、リアは平然とエルシアへ抱き着く。

 そしてその全身を余すことなく堪能して、耳元に息を吹きかける距離で囁いた。



「行ってくるね、エルシア」


「はい、行ってらっしゃいリア。気を付けてくださいね?」


「ええ、もちろん。しっかりと吸血鬼わたしたちの敵を討ってくるわ」



 そう言うと微かに肩を跳ねさせ、目元を隠しているエルシアは何とも言えない表情を浮かべる。



(エルシアの願いなら出来る限りは叶えてあげたい。でも、そうしてしまうとその分、魔族やオリヴィアに影響を齎しかねないの。……慣れろとは言えない、けれど出来れば見逃して欲しいわ。好き好んで殺戮をするつもりはないけど、私が私の理想郷を護る為にも、邪魔な雑種は消さないといけないから)



 リアはもどかしい気持ちを抱きながら精一杯、愛を込めてエルシアを抱き締める。

 首元に顔を埋め、額にキスをし、頭を優しく撫でる。


 そうして大扉の前で、こちらを見て待っているお姉さんの元へと振り返る。すると



「リ、リアっ……!」


「ん、どうしたの?」


「い、いえ、……なんでも、ありません」



 少しの葛藤の後に、地面へと目を逸らして無理に微笑むエルシア。

 そんな顔を見てしまえば、流石のリアも揺れてしまう。


 今更、というより転生してから見る影もなく強まったが、私は目的の為なら手段を選ばずにこの力を振るうだろう。

 それが今の私の普通であって、違和感や疑問なんてものは一欠けらも生まれてこない。


 でも、それで愛する恋人が悲しむというのなら、私は出来る限り配慮したいと思う。

 例えそれが私にとっての無価値なものであり、共感できない感情だったとしても。



(その顔は反則よ。でも流石に戦場で不殺なんてことは無理だし、当たらないにしても無抵抗はちょっとね。う~ん、あんまり解決にならないけど……苦しませずに殺すじゃダメかしら? うん、それがいいわ。手加減をやめ、様子見を無くし、瞬殺を心掛ける。……本当にもう、エルシアは優しすぎるのよ)



 これまでも甚振るような真似はしなかった。

 けれどより一層、相手が出来た時は苦しませずに出来る限り瞬殺しようと決めたリア。



 神殿の一般開放は明日の為、人気のない階段をお姉さんと歩いて行く。

 すると、お姉さんは何気なくリアへと声を掛けてきた。



「先程の彼女、もしかして恋人だったりするのですか? 火の聖女殿」


「ええ、そうよ。よくわかったわね?」


「ええ……まぁ。そういえばまだ名乗っていませんでしたね。アイシャです。短い期間ですが、よろしくお願いしますね」


「よろしくアイシャ。私はリア、リア・ホワイトよ」



 並んで歩きながら、互いに一瞥して微笑む。

 そしてアイシャの視線がリアの後ろ、アイリスへと向かった。



「……」


「……」



 視線に気付きながらも一向に口を開こうとしないアイリス。

 興味がないことはよくわかる、でも今はまだ関係を面倒にする時じゃない。



「……人見知りする子なのよ。でも実力は本物だから気にしないで欲しいわ。――此間の生意気な男、アレよりは確実に強いから」


「っ、わかりました」



 リアはある意味本当のことを口にして、目的の転移陣までの暇つぶしがてら、気になっていたことを聞いてみることにした。


 質問は全部で3つ。

 私の元に訪れた後、二日間で他に何人の英雄が加わったのか。

 転移陣はどの辺に作り、全部で何回ほど転移するつもりなのか。

 そして、アイシャの予想ではどのくらいの英雄が魔族領へ集結すると思っているのか。



 それらを聞きながらクルセイドア王国の転移陣へと辿り着き、まずは他の英雄たちが待っている中間地点へと転移するのだった。



(人数が少ない分、本来なら中間地点まで4回通る必要があるのを1回で済むのは助かるわね。まずはこの先で待ってる英雄達から殺りたかったけど、個人で到着している英雄が既に何人も居るだろうとアイシャは言っていた。なら、この先で時間を使うよりまずはオリヴィアと合流して、彼女の安全を確保するのが最優先よね)



 そう思って転移陣を踏んだリアの前には、アイシャを含めて六人の英雄達が募っていた。


 和服、民族衣装、黒いガウン、ローブ、様々な衣類を纏ったその姿からは、クラスや出身、その地位に至るまで違うことは見て取れた。


 アイシャは転移に使う魔力を回復させたいと言う。

 暇を持て余したリアはアイリスと一緒に近くの大岩へと腰掛け、他の英雄など一目見ればその興味は薄れたので、領域だけに意識を向けることにする。


 吸血鬼には不健康の早起き、加えて肌寒くも心地の良い天気に少し気が緩んだんだろう。


 だから、その時まで対応が少し後手に回ってしまった。



「これはどういうつもりか、聞いてもいいのかしら?」



 リアは周囲を取り囲む英雄達を気にすることもなく、腰掛けたままアイリスとの間に張られた結界を小突いて、不敵に首を傾げてみせたのだった。

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