第136話 選ばれた英雄の来訪



 十分な広さのある応接室。


 ここは数多く存在する部屋の内の一つで、王城内でも最上級に位置する部屋。

 本来であれば、十人規模で入室しても有り余る広さがある筈だった。



「そうか、そちらの事情は把握した」



 眼前のソファに座るは3人の男女。

 この室内には私とガリウムを含んだ護衛、その弟子と目の前の3人のみ。


 まだまだ部屋には十分なスペースがあり、これまで数え切れない程使用してきた部屋が、レクスィオにはとても小さく感じてしまった。

 それもその筈。眼前に座る3人の男女は、ガリウムと同じ英雄に位置する、超常の存在達だからだ。



「悪いが時間がないんだ、即決してくれないか?王子様」



 言葉を発した主は腕を組み、形ばかりの敬称を含んでレクスィオを見据える。


 相手は英雄。常識や階級、地位、その全ての人の理から外せし者。

 他国の王族、それも陛下ではなく王太子に払う敬意は最低限でいいと思っているのだろう。


 実際、ガリウムのような絶対の忠誠と愛国心を持って、"英雄"という階位に驕ることなく生きているのは類稀なる存在だと理解している。

 本来ならこの男のような態度が普通であり、それが許されているからこそ英雄といえるのだ。



(私が断るなど、微塵も思っていない様子だな。英雄の申告、それも創造神アウロディーネ様の名前まで出された神託だ。本来なら二言で返事を返すような内容だが……)



「真祖……最古の吸血鬼、オリヴィアの討伐か」



 ――"吸血鬼"



 少し前のレクスィオであれば、世界の敵を討つ為その首を縦に振っていたかもしれない。


 だが、彼女との短い付き合いでその考えはすっかり変わってしまった。

 何よりレクスィオには夢がある。『万人の種族が過ごせる国』を造るという、絵空事のような夢が。


 そんな夢を持った人間が、魔族は世界の敵、取り除くべき不純物だと決めつけ手を貸す行為など、自らの夢を否定しているのと同じだろう。


 彼女の眷族を殺す為、間接的でも手を貸す行為。


 それはこの国を救い、例え本人には自覚がなくても他国への抑止力となっているリアへの裏切りだ。


 もちろん、レクスィオにも打算的な考えはある。

 例えその選択で、眼前の英雄達を敵に回すことになったとしても、リアを敵に回すよりかは遥かにマシに思えたのだ。



「アウロディーネ様は決断なされたんだ。この世に魔族は不要だと。故に、今度こそあの薄汚い魔族達を根絶やしにする必要がある。その為に俺たちは魔族大陸へ招集されたんだ」


「貴殿は英雄不在時の国防について頭を悩ませているのではないか? それに関しては心配無用だ。あの御方の神託である以上、如何なる存在も貴国には手出しできないだろう」



 どうやら沈黙が少し長かったらしく、酷い勘違いさせてしまったようだ。



「何を迷っているのです? 魔族をこの世から消し去りたいと思わないのですか?」



 白金色の髪をした女性は理解ができないと、冷ややかな目を向けて首を傾げる。

 そしてその視線を少しずらし、視野に入れたのはレクスィオの背後に佇むルゥの姿だった。



「貴国は亜人とも共存されているようですが、亜人と魔族は一応は別種です。どちらも劣等種なことに変わりはありませんが、魔族の、特に人の血肉を吸って長命を得る吸血鬼・・・など、世界の害悪でしかないのです。わかるでしょう?」


「ッ、この!」


「よせ、落ち着くんだルゥ」



 後方からは鎧の擦れる音が聴こえ、見なくてもわかるくらいには興奮したルゥがガリウムの手によって引き留められている。

 今、少しでもあの手を離せば、直ぐにでも飛び掛かってしまいそうだ。



「なんだ? その犬。さっきから獣臭いとは思っていたが、どうして害獣が王城に居る?」


「私の弟子だ。私がここにいる以上、その弟子が同席していても不思議ではないだろう?」



 ガリウムの淡々とした言葉に、金髪の狼と彷彿とさせる男は鼻で笑った。



「弟子? 選ばれなかった者・・・・・・・・が何を教えるってんだ? 護ることしか能のない木偶の棒が、一体何を獣に教える?」


「……言葉が過ぎるな、オーレアン殿。彼は火の聖女、リアから預かっている大切な存在だ。そういった言動は控えて貰えるだろうか」



 リアから預かってる存在というのは勿論ある。

 だが、後ろの小さな獣人ルゥはレクスィオの夢の一歩目であり、大切なクルセイドア王国の民だ。


 英雄が相手ということもあってその軽薄な態度に目を瞑り穏便に済ませようと思っていたが、線引きを超えて来るのならレクスィオも対応せざるを得ない。



「大切な存在……? ペットの間違いじゃなく? リアって聖女は随分と変わってるんだな」


「もうよせオーレアン。関係を悪化させて良い事など何もないだろう。私達が求めているのは英雄の同行であり、他国との関係悪化ではない」


「でもよベルゼ、この王子様は一向に首を縦に振らないだぜ? 俺達だって時間があるわけじゃねぇ、何しろこの後神殿にも寄らないと行けねぇんだ。さっさと決めて貰わねぇと」


「わかっている、だがお前はもう喋るな。話が余計にややこしくなるだろう」



 ベルゼは小さな溜息をつき、そして改めた様子でレクスィオへと視線を向けて首を傾げた。



「仲間……身内? いや違うな、知り合い……ああ、知り合いが大変な無礼を働いてしまった。本当に申し訳ない、レクスィオ王太子殿下」



 そう言って頭を下げる牧師に、レクスィオは彼らの関係性を垣間見た気がした。



「謝罪を受け入れる。そして先程の答えだが、――丁重に断らせて頂こう」


「……今、なんと?」



 顔を上げたベルゼは温厚そうな顔に始めて皺を作り、レクスィオをジッと見詰める。

 室内の温度が急降下し、何も変わってない筈だというのに、肺を圧迫するような息苦しさを覚えた。


 するとガリウムは即座にレクスィオの隣に立ち、続いて未だ威嚇の表情を作るルゥも前に出た。


 正直、君には後ろに居て欲しい。君に何かあったら私がリアに殺されるだろう。だから頼む。



「おい王子様。黙って聴いてようと思ったが……本気マジか?」


「クルセイドア王国の王太子。聡明で慈悲深く、民の心に寄り添う君主だと聴いていたけど……選択を間違えるおつもりですか?」



 身震いするような極寒の視線にレクスィオは無意識に握りこぶしを作る。


 3人の視線が一遍に注がれ、そのどれもがレクスィオが逆立ちしても相手にならない濃密な気迫。

 ガリウムを前にしてもそう思えてしまうのだから、彼らと自分の間には、決して埋められない壁があるのだろう。


 だが――



 リアの殺気に比べてしまえば、この程度どうってことない。



「知っての通り、我が国はつい先日まで他国からの脅威に晒されていた。内政や領地、他国との折り合いなどに加え、国民は心身共に疲弊しきっている。そんな彼らの支えが、我が王国にいる二人の英雄だ。これは国防に関しての攻める攻められないの話ではない、ガリウムとリアがその場に居るだけで、我が国には光が齎される。――故に、そんな彼らを遠い戦地へ送る許可など、私には到底できない。これで理解して貰えるだろうか?」


「コイツッ! なぁ、理想を語るのはいいけどよ、今の状況わかってんのか!? 王子様ぁ!」


「レクスィオ王太子殿下、貴方の言いたいことはわかります。ですがこれはアウロディーネ様からの神託。選ばれなかった者のガリウムには届かなくても、我らの神がそう望んでいるのです! 貴方は……創造神に背くというのですか!?」



 二人の英雄が腰を浮かし、次の瞬間には英雄同士の戦いが勃発してしまいそうな一触即発の空気。

 レクスィオは固唾を飲んで、二人とは違い何かを考えるベルゼをジッと見詰め続ける。


 どれだけの時間が過ぎたか、一分か十分か、冷や汗が滴り落ちそうになった時、ベルゼが重々しく口を開いた。



「仰りたいことはわかった。貴殿の言うことも一国の君主としては最もだろう、だが敢えて問いたい。二人が難しいようであれば、どちらか片方だけでも我らに同行を許して貰えないだろうか?」


「はっ!? おいベルゼ! お前何を言って…」


「これはアウロディーネ様の神託なのですよ?」



 納得していない二人とは違い、ベルゼは譲歩の姿勢を見せた。

 レクスィオはそんな問いかけに対し、瞼をそっと閉じながら峠を越えたことを理解する。



「何か勘違いしているようだが、私の答えは先程述べた通りだ。それでもと願うのなら、あとは本人たちの意志の問題だよ。ベルゼ殿」


「……承知した。ガリウム殿は……同行して貰えそうにないな。二人とも……はぁ、選ばれなかった者からすれば謂れもない神託だろう。だからここは私たちが譲歩すべき部分だ」



 ベルゼはソファから立ち上がり、不服そうに得物に手を置いた二人を見下ろす。

 すると、室内に何重にも籠った圧迫感は瞬く間に霧散し、大小なため息がほぼ同時に吐かれて二人も立ち上がるのだった。



「忙しい中、時間を作って頂き感謝する。レクスィオ王太子殿下」


「とんでもない。お会いできて光栄だった、魔滅の審判者ベルゼ殿」



 そうして2人の英雄は部屋を退出していき、最後にベルゼが扉を締めようとする。

 そこでふと、レクスィオは思い出したように振り返った。



「彼女の神殿へ行くつもりか?」


「ええ、ガリウム殿に断られてしまった以上、せめて聖女様にはご同行願いたいですからな」


「断ってしまったお詫びに、私から1つ忠告がある」


「……忠告? それは……いえ、伺いしましょう。対応を間違えたくはないので」



 物騒な異名とは別に、物腰柔らかく肩を竦めるベルゼに少しだけ良心が痛む。

 しかし彼らの中にリアの元へ行かないという選択肢はない以上、できる限り彼女を不快にさせないよう立ち回って貰うしかないとレクスィオは考えた。



「彼女と交渉するのであれば、間違っても貴殿とオーレアン殿ではしないことだ。アイシャ殿を前面に立たせ、なるべく言葉遣いには気を付けた方がいい。特にオーレアン殿。彼はリアの最も嫌いとするタイプだからね」


「……ふむ、ご忠告痛み入る。では私もこれにて」



 一考の余地はある、そう聞き入れて貰えたと思いたい。

 だがこの後、数時間は最悪のケースを想定しておくべきかもしれない。



(最古の吸血鬼……名前だけは聴いたことがある。最初の真祖ということは、リアが最初に眷族にした吸血鬼だということ。そんな者の討伐の話を聞き、彼女が激昂せずにいられるだろうか? いや無理だろう。特にあのオーレアンという男、あの言動と同じ態度をリアにするというのなら、今日が彼の命日になるだろう)



「はぁ……出来る限り穏便に済ませて欲しいな。頼むよ、リア」



 そんな主の呟きに、心中を察したガリウムは静かに頷く。

 ルゥは彼らの行先が神殿だとわかり、自身も一度戻るべきかと頭を悩ませていたのだった。



 ====================




 木製の扉にしてはくぐもったノック音が響いた。

 未だ夢の中に居るリアは何となくその音を拾い、聴こえてくる彼女の声に何とか相づちを打つ。


 扉が開き、規則正しく一定のリズムを鳴らせるブーツ音に入ってくる者の気配を感じ、思わず頬を緩めてしまう。


 彼女はベッドの直前で止まると、ふわりとした風が洗剤の香りを鼻腔へと運んだ。



「リア様、訪問者がいらっしゃいました」


「う~ん……訪問者? 適当に追い払っちゃって~」



 聞き心地の良いレーテの声。

 そんな声音に癒されつつ、その言葉の内容に布団を被りなおすリア。


 いつものレーテであれば二言返事で返し、後は全て完璧にこなしてくれるだろう。

 そう思っていたが、一向にベッドの前から動こうとしないレーテの気配に気付く。



「はい、私もそう仰られると思い『今はお会いできない』とはっきり申したのですが、どうやらあちらも引き下がるつもりはないようです。用件を聞いたシスターの言葉では、その……」


「貴女が言い淀むってことは……面倒な相手?」


「……英雄です。3人の」



 その言葉で漸くリアの重い瞼が少しだけ開く。

 閉め切ったカーテンの隙間から漏れ出す陽光に反射し、いつもの美人さんな顔を見せてくれるレーテ。



(うん、いつ見てもレーテは綺麗ね。ちょっと強張ってるのが気になるけど、それはそれで可愛いからヨシ! 英雄なんか無視して、このまま一緒にベッドでぬくぬくしたいわぁ。……でも、そうもいかないのよね)



 包み込むような肌触りと質感を持った布団を押し除け、リアは上体を起こして重い頭に手を当てる。

 あら、どうやら昨日の私は服を着ないで寝てたのね。どうりで少し冷んやりしたと思ったわ。



「ふふ、そんなに見つめられると恥ずかしいわ♪」


「っ、も、申し訳ございません。あまりにも美しい光景に……つい」


「貴女なら幾らでも触れていいのよ? ほら」



 前のめりに四つん這いになったリアは、ベッドの前で佇むレーテの頬に手を伸ばす。

 すべすべの肌にじんわりとした体温が、指先を通して伝わってくる。



「リア様、その……触れていただけるのはこの上ない光栄なのですが、今は」


「そうだったわね。ごめんなさい、好きな人を前にしちゃうとつい触れたくなってしまうのよ」


「……好きな人。私も常に同じ気持ちにございます、リア様」



 能面なクール美人のレーテがはにかむ様に微笑み、それを見たリアは居ても立っても居られなかった。


 レーテの手を優しく引きながらベッドに腰掛けさせ、その華奢な体を後ろから抱き締める。



「リ、リア様っ!?」


「ふふっ……暖かい、それに良い匂い。……――それで? 私とレーテの時間を奪う雑種はここへ何しに来たの?」



 耳元で問いかければ、体をビクッと跳ねさせ、それでも平然を装って静かに深呼吸するレーテ。

 リアはニマニマと口元を緩めながらその様子を見つめ、話始めるのを待ってあげることにした。



「……どうやら、火の聖女としてのリア様へご用件があるようです。その内容はオリヴィア様の討伐にあたって、火の聖女へ同行を願うといったものでした」


「っ、…………へぇ」



 意図せず漏れ出た声にドスが効いてしまう。

 リアはそっとレーテを解放すると、ベッドから降りていつものガチ装備へと着替える。



「昨日からティーの様子がおかしいし、もしもの為にも、合流される前に減らしておこうかしら」


「アイリス様をお呼びしますか?」


「ううん、あの子は昨日結構頑張ったから、今は休ませてあげて? それに……私一人で十分よ」


「かしこまりました。英雄達は今、一般区域の礼拝堂にてお待ちいただいております」



 寝起きの伸びをして、寝ぼけていた頭が鮮明になってくる。


 そこで気付いた。

 相手は火の聖女に会いに来ている。それはつまり、リアが吸血鬼だとは知らないということ。


 だとすると、一応は聖女のローブを羽織って行く必要があり、直ぐに殺すのもなしということになる。


 危ない危ない。

 寝ぼけた勢いで、遂やってしまうところだった。



 気になる事は一応それなりにあるのだ。

 英雄達がどのようにして神託を受け取ったのか、オリヴィアへの認識はどうなっているのか。英雄の規模やその実力LV、どうやって彼女を討つつもりなのか等々。


 それにアイリスの真祖化に伴って想定の期限ではなく、ハッキリとしたリミットも知っておきたい。

 消すのはその後でも十分間に合うだろう。


 その為にも――



「まずはしっかり、お話ししないとね」


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