第137話 始祖と選ばれし英雄たち



 不躾な訪問者と対面するのに準備なんて必要ない。


 待たせるだけ待たせて、聞きたいことを聞いたらそれで終わり。

 後はそれらを処理するなり手に入れた情報を元に、アイリスや他の皆との今後を考えればいい。


 そう思っていた。


 身だしなみは最低限に整え、さぁ眠りを妨げた者達の顔を拝みに行ってやろうと扉に手をかけたリア。だが、その勢いは愛しい恋人の手によって妨げられてしまった。


 リアとしてはそこまでする必要のない相手、どう見られようと別に構わない。

 しかし、レーテにはそれは看過できなかったみたいだ。



 何度かの問答を繰り返し、そのままの恰好で行こうとするリアに悲しそうな顔で見つめるレーテ。

 言葉や行動ではなく、僅かな表情の変化と雰囲気で訴えるあの手法。


 リアは折れた、簡単に折れた。

 あんな顔をされて断れる猛者が居るなら一度会ってみたいくらいである。



 そうして愛する恋人の手によって頭のてっぺんから足の爪先まで、しっかりと手入れされたリアは今通路を歩いている。


 どれだけの時間、英雄達を待たせたかは知らない。

 知るつもりもなければ興味すらない。眠りを妨げ勝手に訪れた英雄など、待たせるだけ待たせとけばいいのだ。でも。



「何もここまでやらなくてよかったのに」


「……申し訳ございません。リア様の美しさと崇高さを引き出そうと少々、力を入れ過ぎてしまいました。私などの我儘をお聞きくださり、感謝致します」


「あの顔は反則よ? あんなの見せられちゃったら頷くしかないじゃない」


「あの顔、ですか? 私は別に、そのようなつもりは」



 これが無自覚!

 普段クール美人で表情を動かさない子が、まるでやりたい事を必死に我慢して無理に微笑むけど、哀愁が漂ってしまうあの表情!

 それが私を良くしたい、でも不快にはさせたくないという配慮の塊の様な気遣いなら尚更である。



「ふふ、まぁいいわ。とっても綺麗にしてくれた事だし、ありがとう、レーテ」


「勿体なきお言葉です、リア様」



 平常を装いながらも少しトーンの上がったレーテの声に、思わず頬が緩む。


 そうしてる内に、目と鼻の先には一般区域への扉が見えてきた。

 扉越しに何か感じられるかと思ったが、特にこれといったものは感じられない。



 ガチ装備の上に聖女のローブを羽織り、腰まで伸びた銀色は丁寧に編み込まれ、普段はしないハーフアップの髪型。白薔薇の髪飾りはレーテの手によって少し傾き、絶妙な位置へ置かれている。

 碧い瞳を光に反射させ、その全身を白と金で煌めかせたリアはまさしく聖女の姿そのもの。



 そんなリアの前をレーテが歩き、一般区域への扉を開いたのだった。




 奥行きのある礼拝堂には何十という椅子が並べられ、天上は果てしなく高く金の装飾に散りばめられている。

 室内を囲むように設置されたステンドガラスからは虹色の光が差し込み、広々とした礼拝堂に幻想的な光景を齎していた。


 中にはシスターの子が数人と、英雄と思わしき人間が散り散りになって3人椅子へ腰かけていた。



 体に穴が開いてしまいそうな鬱陶しい視線をスルーし、リアはまず壁際に佇むシスターちゃん達の元へと足を運んだ。



「あっ、聖女様! それにレーテ様まで。まぁ、なんとお美しいのでしょう」


「聖女様、あちらの方々が訪問された英雄の皆さまです」


「貴女達はもう戻りなさい。大変な役目をさせちゃって、ごめんなさい」


「え、えぇ!? た、大変だなんてそんな……えへへ」


「私達は別に……大変だなんて! 聖女様のお姿が見れただけで、よかったな、なんて」



 可愛らしい反応を見せてくれるシスターちゃん達に頬が緩む。

 扉を開けた時の緊張と不安で強張った顔はそこにはなく、あるのは安心して頬を染めた乙女の顔。



「少しだけここを借りるわ。貴女達はその間、乙女区域に戻ってて貰えるかしら」


「はい、わかりました。それじゃあ行きましょう? 聖女様のお話の邪魔になるわ」


「うん、そうだね。それでは聖女様、私達はこれで失礼します」



 そうしてシスターちゃん達の去っていく背中を見送り、リアは先程から煩い視線へと振り返る。

 数秒前までの癒しの空間は豹変し、リアのイチャイチャと眠りを邪魔された思いを瞳へと籠めた。



「貴方達? 私の眠りを妨げたのは」



 礼拝堂に響くリアの声。

 それは淡々とした声音でありながら英雄達の耳へと響き渡り、それなりに待たされて抱いていた筈の不満感と僅かな敵意は綺麗に霧散した。



「すまない、まさか正午の真っ只中で就寝してるとは思わなかったんだ。私たちは――」


「……こりゃあ驚いた。まさか話題の聖女が、ここまで別嬪だったとはな」


「…………」



 軽薄そうな男の言葉にリアはゴミを見るような目で一瞥する。

 すると牧師の様な服装をした男が慌てた様子で腕を引き、何故か白金髪の女性を見たのだった。


 ……綺麗な髪、光がキラキラと反射してまるで光が踊ってるみたいね。

 長杖ってことは魔法系の英雄かしら?



「お休みの所、起こしてしまったことをお詫びします。ですが我々もそれ以上・・・・に、大事な要件でこの国へ訪れたのです。貴女もあの方から神託を受けたのではないですか?」


「……神託。そしてそれ以上の用件、ね」


「やはり、貴女もあの方からの神託を受けて――」


「それはたった一人を相手に、大勢の英雄で取り囲む話のことかしら? それが私の時間より大事だということ?」



 リアは不快さを隠すことなく、眼前で加護持ちに出会えて喜ぶ女に冷水をぶっかける。

 可愛い子や綺麗な子は基本的に愛でるリアだが、相手がアウロディーネの犬でヘスティナの眷族でもあるオリヴィアちゃんを討伐しようというのなら、話は別だ。



「そ、それが何だと言うのです? これはアウロディーネ様の神託。汚い、英雄らしくない行動だと……貴女はそう仰りたいのですか?」



 (やっぱり、綺麗なお姉さんの口からでも無理ね。その話の内容が寄ってたかってオリヴィアちゃんを討伐する話なら、不快でしかないわ。仮にも同族で、私の気になってる子。……あまり長居して話を聞いてたくもないわね)



「おいおいマジか? つい最近、英雄になったから志が高いのかもしれねぇけど、これは戦争だぜ?」


「待て、お前は喋るなオーレアン。今はアイシャに、って……はぁ」


「悪いな、ベルゼ。……いいか火の聖女、これは綺麗汚いじゃない。あの御方がそう望むのなら、俺達はそれに従って敵を討てばいい。幸いなことに相手は吸血鬼だ。火の聖女とも呼ばれているアンタなら、奴にはこれ以上にない最高の特攻となる! 正直、魔法士は好かないが選ばれた者・・・・・で火系統のアンタなら大歓迎だ。だから一緒に俺達と来て、魔族を、オリヴィアを討とう!」



 ――オリヴィア



 その言葉に黙って聴いていたリアは、男に手をかける衝動を意思で抑え込んでいた。

 両手を広げて熱弁する男に、只々不快感を感じて冷めた目つきで見据える。



 選ばれた者、イコール加護持ちという認識はリアの勘違いではないだろう。

 つまり、アウロディーネに選ばれた英雄かどうかでその扱いを決めているということ。


 (加護持ちが選ばれた者で、天然が選ばれなかった者? 逆でしょう。私に言わせれば天然物が才に恵まれ、努力を惜しまずに到達せし選ばれた者。あの女に選ばれたのは不幸でしかないと思うわ? ――だって調停者わたしに殺されちゃうんだもん)



 しかし、殺意の意思が固まったとて聞くべきことを聞いてから処理することをリアは忘れてはいない。


 何よりこの驕り高ぶった英雄達の態度を一度へし折る必要があり、簡単に死なせてしまうなど勿体なくてリアにはできそうになかった。



 そう思っていると、どうやらまだ熱弁は続いていたらしい。



 「――……ってことだ。アンタは俺達の後ろでただその力を奮ってくれるだけでいい。簡単だろう?」



 あまり話を聞いてなかったが、この男はどうやら魔法士を相当に侮っているらしい。

 すると、軽薄な男の後ろでは牧師の様な男が顔に手を当て、溜息をついてるのが視界に映り込む。



「そうね。確かに頼れる前衛が居るのなら、私は気兼ねなくこの力を振るえると思うわ」


「だろう? だからアンタは俺らを信じて――」


「でも」



 リアの碧い瞳が軽薄な男へゆったりと向けられる。

 その瞬間、リアは英雄たちの視界から姿を消した。



 時間を置きざりにして、瞬く間に軽薄な男の顔を鷲掴みするリア。

 その勢いは触れるだけに留まらず、一切の抵抗を許さないまま強引に壁際まで打ち付けた。


 礼拝堂が揺れたような錯覚が起き、壁際のステンドグラスにヒビが入る。

 僅かに残った埃が舞い散り、指の隙間から驚愕した英雄の瞳と目が合った。



「それは貴方と他の英雄が"頼れる"ならの話。反応すらできてないじゃない? この体たらくを見て、一体何を信じろと言うのかしら」


「っ……! ……そっちが、そのつもりならッ!」



 鷲掴みする腕を抑えられ、至近距離で男は容赦なくリアへと蹴りを放つ。

 風圧で髪が乱れ、つまらない物を見る目でリアは上半身を傾けた。


 鼻先に回し蹴りが通り過ぎ、ちゃっかり剣に手を伸ばした男を見て、その柄にそっと手を置くリア。

 どちらともなく視線が交差し、解放された手でその顎に掌底を打ち込んだ。



「ぐふっ!?」



 体を浮き上がらせ、全身を無謀に曝け出した男。

 リアはそのまま打ち抜いた掌を顎に添え、一切の容赦なく無慈悲にも硬い床へと叩きつける。



「ガハッ!!?」



 床のパネルが無数に飛び散り、男の汚い吐血が地面を汚す。



「そこまでだ! 火の聖女殿!」


「ここで戦うやるおつもりですか!?」



 メイスと杖を構え、微かに汗の匂いを風に運ばせながら得物を向けてくる二人の英雄。

 リアはそんな言葉をガン無視して、麻痺スタンして動けなくなった男を見下ろした。



 (動きは雑だけど、今のアイリスより数段早い。LVだけ見るならガリウム以上、PSは未知数だけど対人経験はそんなに多くないって感じかな。 ……あーあ、椅子が幾つか壊れちゃったわ。まだ一般開放前なのに)



 何が起きたのか理解できない。

 なぜ戦士系の自分が床に倒れ、魔法士であるリアが自分を見下ろしているのか。そんな所かしら?



「貴方が何のクラスか知らないけど、魔法士が前に出れないなんて誰が決めたの? その程度の見識でよくもまぁ、真祖を倒すなんて吠えたものね」


「っ……!?」



 膝を突き、抑えつけながら男の瞳を覗き込むようにして吐き捨てるリア。

 危うくオリヴィアちゃんを擁護しそうになったが、ギリギリで修正できたはず。これならどっちにでも取れるだろう。



「ぐっ!」


「火の聖女殿、貴女の力は十分にわかった。だから、その手を放してやってくれ」


「我々は貴女と争いに来たわけではありません、貴女に同行を願いたく此処へ訪れました。矛を収めて頂けますか?」



 武器を向け、闘志を燃やしているものの「出来れば戦いたくない」という意思が、その表情にはありありと見せてしまっている。


 そんな形だけの威嚇にリアは思わず失笑を浮かべ、用のなくなった男から手を放す。

 傍に歩み寄ってくるレーテからハンカチを受け取り、男に触ってしまった手を拭いながら微笑むのだった。



「ふふっ、冗談よ。私はただ、不躾にも突然の訪問に加え、生意気にも戦いを語るコレをわからせただけ。いいわ、それじゃあお話を始めましょう?」



 場の空気は完全にリアが掌握し、先程までのどこかこちらを軽んじる英雄たちの態度は、すっかりと鳴りを潜めた。




 それからのお話・・はスムーズに進み、リアの聞きたいことは粗方聞くことができた。


 アウロディーネへの盲目的な信仰が時々鼻についたが、それらは手を握ったレーテに持続的に癒されることで相殺。やっぱりレーテの温もりは最高ね!



 スタンが解けても未だに動けない男から刺々しい視線を感じるが、繋いだ彼女との幸せの前ではあまりにもちっぽけだ。それにしても。



 (この白金髪のお姉さん、まさか転移門を魔族領の近くに設置してるとはね。空間術師……確かにそれならヘスティナの言う大陸の加護、"転移系の無効"に意味はない。でも、幸いなのはコレらが英雄を集め始めて、まだ間もないということ。――それはつまり、参戦する英雄がある程度纏まって投入されるということよね?ならその分、オリヴィアへの負担が減ることを意味する筈)



 聞いた限りでは、英雄達の集う日はヘスティナの予想通りだった。


 ということは、アイリスへ費やす時間に変更はない。あるとすれば、それは移動手段だろう。

 当初はティーに頼んで魔族領まで飛び、あの子のストレス発散も含めて集まった英雄達を相手にしようと考えていた。



 (でも、何だかあの子不調そうなのよね。今夜も見てみて変わらないようなら予定を変更する必要がある。なるべく不確定要素は消しておきたいし、一応は保険を掛けておくべきかしら)


「それで如何だろうか? 同行して貰えるか、火の聖女殿」


「貴女の力は大いに役立ちます。アウロディーネ様から神託を受ける直前に"火の聖女"として目覚めたのには、きっと意味がある筈です」


「……」



 3人、いやレーテも含めた4人の視線を一身に受けるリア。

 少し考える素振りを見せ、口元に手を置くと仕方なく頷くことにする。



「わかったわ、貴方達に同行する。でも一つ条件があるの」


「……条件? それはどういった内容か聞かせて貰えるだろうか?」



 シンと静まった礼拝堂へ、牧師のような男の声が妙に響き渡った。



「私が同行するのは二日後、その間どうしても外せない用事があるの。了承して貰えるかしら?」


「ぐぅ……お前、何を言って! わざわざ二日後に、俺達にこの国へ訪れろと……?」


「オーレアン……だが、彼の言うことも最もだな。先程も話した通り、我々は英雄を集めて回っている。だというのに、貴女は再び我々にこの地へ戻ってこいというのか?」



 詰め寄るように前のめりになった英雄を見て、リアはあからさまに肩を竦める。

 そうしてレーテの手を引き、もう用はないと彼らに背を向けた。



「無理ならいいわ、私は同行しないから。それじゃあ……精々頑張りなさい」



 これは賭けでもあった。

 彼らにここで引き留めて貰えなければ、保険は掛けれずに不確定要素のあるまま行動することになる。だが



「待ってください! ……わかりました、二日後に貴女をここへ迎えにきます」


「アイシャ? ……お前」



 リアには確信があった。


 先程の一件で、十分にその印象へ刷り込まれた筈だ。


 3人の英雄が反応すらできず、戦士系が魔法士に組み伏せられる姿。

 神託での討伐対象は強力な吸血鬼であり、その最たる弱点である火属性を操れるのが火の聖女。

 直接、魔法を見せてなくても近接戦でその道の英雄に高い技量を見せたのだ。魔法も相応の実力か、もしくはそれ以上だと思うのが普通だろう。まぁ、そこまで考えてやった訳じゃないけどね。


 リアは背を向けたまま口元を緩め、振り返ってわざとらしく微笑む。



「そう? じゃあお願いね。二日後は"世界の敵"を討ちましょう」



 そうして英雄達の反応も見ぬまま、リアは礼拝堂を後にしたのだった。

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