第133話 始祖と王国の守護者



 遠目には受け身を取って大盾を構え直すガリウム。



 ジリジリと慎重に距離を詰める様子から、先程のような踏み込みは考え直したようだ。


 熱くならず冷静になる判断能力、体格や得意分野がタンク寄りな事で見事に相乗効果が生まれている。



 (まさに天性の気質。 "要塞騎士"になるべくしてなったというべきかしら?)



 身を包むような魔鎧に加え、以気護剣ならぬ以気護盾。

 そして何より、"要塞騎士"の代名詞ともいえる防御スキル発動時に魅せる特徴的な青いオーラ。


 リアは要塞騎士の派生クラス『絶対不可侵』のランカーともそれなりに戦った経験がある。

 その自衛力は文字通り、絶対不可侵。


 フィールドが消滅しても、そのプレイヤーだけは生存するような、まさに防御に全振りしてるクラスだった。

 しかし、リアとの相性は最悪で戦績は全戦全勝、果ては相手から戦闘拒否をされる程には嫌われていたと思う。


 頑丈な敵を壊す事に特化した"破砕"を持ち、持続ダメージの最高峰とも言える火系統魔法の使うリア。

 そこに始祖の再生力も合わされば正にタンクキラー。 彼からしたら最悪な相手だっただろう。


 そんな彼、クマ吉とも遜色のないセンスと才能を持ち合わせているガリウム。



「何故、笑っている?」


「さぁ……何故だと思う?」


「……質問に質問で返すのは好かんな」


「ふふ、そう怒らないで。 ただこの戦いの終着点を考えていたの。でももういいわ、もう決まったから」


「どう決まったのか、聞いても……?」



 その問いにリアは微笑みをもって返す。



 私は砂漠で連合軍を壊滅させた。


 それは既に、この王国内で英雄譚のように語られているらしい。

 大人から子供、種族や老若男女問わず、もはや知らぬ者が少ない程に広まっていると、そうレーテが教えてくれた。


 聖女の務めなど果たすつもりは更々なく、その点に関しては神殿に移る際にレクスィオにも頷かせている。


 だが、その契約だけで安心するほどリアは純粋ではない。


 何かしらの有事に見舞われた際、混乱した民衆が聖女のいる神殿に駆け込むことなど容易に想像ができる。

 神聖区域や乙女区域には入れない以上、勝手に逃げ込んで勝手に過ごせばいいとは思う。でも極力面倒ごとを避けたいのがリアの本音だ。



 だからこれまで通り、ガリウムには全ての王国の面倒ごとを押し付けたいと考えた。

 連合軍を一人で相手取ったリア、そんな聖女と1VS1で引き分けになるほどの英雄ガリウム。


 ……完璧である。これでリアがやらなくても、ガリウムが全てをやってくれるに違いない。



「貴方は護ることで本領を発揮するでしょう?」


「それと終着点、一体なんの関係が……ッ」



 炎剣を振りかぶり手元が消えたと思わせた瞬間、リアはその空間に何十もの軌跡を残す。



「耐えてみせなさい……!」



 その言葉に呼応するかの様に炎痕は宙を駆け抜け、広大な修練場をあっという間に朱と金色に染め上げた。


 ガリウムの鎧に青いオーラが纏わり、その大盾と以気護盾シールドを全面に押し出す。



 次の瞬間、ガラスの擘くつんざくような炎の断末魔を響かせて小爆発を引き起こした。

 燃え盛る炎はシールドに纏わりつき、火だるまとなったガリウムに終わる事のない猛攻を浴びせ続ける。



 修練場は立ち昇る炎に照らされ、真っ黒に焼焦げた大地はその熱量をこれでもかと現していた。

 今か今かと反撃を期待して撃ち続けるリア。


 そんな聖女の想いとは裏腹に、眼前で繰り広げられる光景に観衆は只々圧倒されていることにリアは気付かなかった。


 やり過ぎたと自覚した時、それはこれだけの人が集まりながら誰一人として言葉を発さず、物音一つたてない静寂が満ち足りた時だった。 リアはジャブ感覚で放っていたが、どうやらこれはアウトらしい。



「まぁ……仕方ないよね。 期待を上回るガリウムが悪い」



 誰に対しての良い訳か、砂煙が舞い一寸先すらも見えない修練場で何気なく呟くリア。

 そうして踵を返そうと振り返った瞬間、鎧の金属音が自身の耳へと届いた。



「少し、期待してたわ。 それでこそ王国の守護者、天然物に恥じない英雄ね、ガリウム」


「はぁ……はぁ、これ程の力を有していながら貴女は……いや、それを見極めるのがこの立ち合いの趣旨だったな。 では、己の力のみで見極めてみせよう」



 いつの間にかその素顔を晒し、頭部からの出血を気にした様子もなく再び大盾を構えるガリウム。


 2つの以気護盾シールドを壊され、大盾は欠け、鎧も所々にガタが来ている。

 それでもその黄色い瞳から依然闘志は無くならず、強い眼光には相手の底を測ろうとする強い意志が見えた。



「その心意気は買うけど、無理をされて倒れられたら私が困るのよね(色々回ってきそうで)」


「ふっ、なら次の一手・・・・で決めるのはどうだろうか?」


「それはいいわね、賛成よ。 じゃあこれで最後」



 踏み込めば一歩で縮めれる距離の中、ガリウムは守護の構えを取りながらリアを真っ直ぐに見据える。


 周囲の何もない空間から紅炎が立ち籠り、それはやがて一振りの巨大な炎剣へと形を成した。



「これを貴方は防げるかし……ら? ぷっ……ふふ、ふふふっ、あーっはははは!!」


「…………」


「あはははっ……はぁ。 そういうつもりなら、中位魔法コレじゃなくてもいっか」



 リアは中位魔法で可能な限り主力を高め、殺さない程度に魔法を形成していた。

 しかし、ガリウムの全身を包むオーラが青から白へと変わった瞬間、その考えを改めることにする。



「ふふ……ふふふ、わかった。これを耐えきったら貴方の勝ち、そう賛成したのは私だもの」


「これを他の者に見せた覚えはないのだがな。貴女は本当に……っ!」



 リアは中位魔法の行使を無理やりに上位階位【灼熱魔法】へとシフトさせる。


 頭上に浮かべた大剣は新たに生まれた業火によって呑み込まれ、メラメラと燃え盛る炎は際限なく天上へ立ち込め、やがてリアの周囲で波打ち懐くように漂い始めた。


 それは赤と黄色が絡み合い、宙に浮いているというのに離れた地面すら融解させる超高熱の奔流。


 ガチ装備の一つ『月に照らす白炎』の効果によって上位階位の出力を大幅に超えてしまっているが、まぁ、もはや関係ないだろう。



「貴方の懸念も理解してるわ。だから安心して耐えなさい」


「ッ!!」



 修練場すら呑み込む炎が上空へとうねり出し、リアの意志によって形を変えた破城槌は、一切の躊躇もなく対象へと振り下ろされる。


 それは着弾と同時に熱風を巻き起こし、およそ火の元素からは起きようもない轟音を周囲へと響かせた。



 リアの瞳が映し出す光景にガリウムの姿は見えなかった。

 しかし、火柱となって地面を燃やし続けるその魔法は、過剰なまでに破壊と滅却の限りを齎した。


 地面は焼け焦げ、修練場はガタつき、見る者全てを驚愕させる火の聖女の魔法。


 火力は衰えることなく地面を焼き続け、誰もが永遠とも思えてしまう程の業火は唐突にその勢いを落としていく。



 そうして数秒もしない内、その場には地盤陥没した大地をまるで覆い隠すような、火の粉を紛れさせた白煙が充満していたのだった。


 煙が晴れるのをただジッと見詰め、遠目に固唾を飲んで見守る観衆とレクスィオ。


 リアはそんなガリウムの結果を見届けることなく振り返り、離れた所でこちらを見るルゥとアイリスを手招きする。



「リア姉!」


「わふっ!」


「待たせたわね二人とも。 人も増えてきたし、ここを離れましょうか」



 駆け寄ってくる二人に微笑み、リアは思い出したように足を止める。



「貴方の勝ちよ、ガリウム。 残念だけどこの子の件は忘れて貰って構わないわ」


「リア姉の……負け? なんでっ」


「そういう取り決めだったの。 まぁ、これで人の目が分散できるなら結果オーライというやつね」



 数多の視線を背中に感じつつ、リアは修練場を出て行こうと歩き出す。


 すると観衆が騒めき出し、すぐ後ろの方からガシャガシャと鎧の擦れる音が聴こえてきた。



「……はぁ、はぁ……待て」


「……」


「何故だ? 私の使うスキルを理解していながら何故、あの提案を続行した?」



 引き留めて来たのは当然、この状況に疑問を持っているであろうガリウム。


 しかし多少の狂いはしたものの、概ねリアの望むべき終着点を迎えた。 ルゥのことは残念ではあるが、これまで通り私が基本を教えればいいだけのこと。


 リアは最後の魔法を放つ前の状態・・・・と、何も変わらない姿のガリウムを一瞥する。



「言ったでしょう? あの提案を受け入れたのは私。 一度受け入れたのに相手の状態を見て取り消すなんて、そんなのみっともないじゃない」


「…………」



 例えそのスキルが1回だけ、どんな攻撃をも耐えることのできる"無敵"スキルだったとしても。


 ガリウムは返された言葉に納得を示す様に黙りこくり、リアは思わず嘆息を漏らす。



「貴方には私がどう見えてるのか知らないけど、私はこの国をどうこうしようなんて考えてないの。そんなことより、恋人達とのんびり気ままに過ごしてた方がよっぽど有意義な時間だわ。無論、国政や地位なんかにもこれっぽっちも興味ないから。これは答えになったかしら」


「……ああ。 貴女と打ち合ってみてよくわかった、私は弱いな。 こんな有様で国を守護するなど、失笑を通り越して憤りすら憶える。 どうやら英雄となり、自分でも気づかぬ内に満足してしまっていたのだろう。 その結果、貴女に手加減を強いらせてしまった。……この通り、深くお詫び申し上げる」


 

 唐突に頭を深く下げだすガリウムに、またしてもどよめきが生じる観衆。


 せっかく絶妙なさじ加減で終わりそうだったのに、この実直な性格のせいで全ておじゃんになってしまう。

 そう思ったリアは内心で慌てふためき、表面上は努めて冷静に振舞ったのだった。



「わかった、わかったから顔上げて。そう思うならこの子に指南してあげて欲しいんだけど、あっいや今のは――」


「了承した。貴女がそう望むのなら私はその子を弟子として迎え入れよう。 だが赤い少年、君の意思も聞きたい。 君はどうしたい?」



 ガリウムは地面に膝を突き、ルゥと同じ目線になって静かな口調で問いかける。

 すると、ルゥは間近に迫った巨漢にたじろぎながらも、視線を逸らすことなく踏みとどまった。



「俺の……意思、俺は……俺はアンタに教えて欲しい。 リア姉との修行も大事だ、でもそんなリア姉と戦って勝てたアンタに、俺は教わりたい!!」


「勝った、か……ふふ、譲り受けたに過ぎない勝利だがな。 だがそういうことなら、君は今日から私の弟子だ」



 失笑を浮かべたガリウムは立ち上がり、ルゥを見下ろしながら仁王立ちする。



「我が名はガリウム・スノウ。 王国の守護者にして天より"要塞騎士"のクラスを賜った英雄なり!! 少年、名を聞こう」


「っ……ルゥ、俺の名前はルゥだ!」


「そうかルゥ、良い名だ。 聖女様、私は今のこの感覚を大事にしたい。 故に早速今すぐにでも始めてしまいたいのだが、構わないだろうか?」



 ルゥとガリウム、二人の視線を一身に受けるリア。

 空はすっかり夕焼けとなり、擦り寄ってくるアイリスの頭を撫でながら微笑む。



「リアでいいわ。 その辺は好きにして頂戴。 私はこれからこの子と用事があるし、帰りに神殿から迎えを寄越すよう言っておくから。 それでいいのよね?ルゥ」


「ああ! ていうか迎えなんていらないぞ? 俺は一人で帰れる」


「そう、なら好きになさい。 行きましょう、アイリス」



 リアは今度こそガリウムに背を向け、アイリスと共に大門へと歩いて行くのだった。


 そうして大門を潜り抜け、人通りの少ない所小道に入ると、アイリスは"変化"を解いてコツンッとヒール音を鳴らした。



「……お姉さま。私もお姉さまと一緒に、っ」


「ええ、ちゃんとわかってる。夜は長いのよ?アイリス」



 リアはアイリスの手を取り、薄暗くなってきた空をぴょんぴょんと駆け上がる。

 目を覚ましたのが夕方前と考えれば、まだまだ吸血鬼わたしたちの時間はこれからだ。



 (ふふっ、繋いだ手から伝わってくる。 アイリスもさっきの戯れを見て触発されちゃったのかな? そんなに慌てなくても、貴女には特別に濃厚な時間を用意してるのに♡)


「きゃっ!? ……お、お姉さま?」


「いっぱい動いたからね、アイリス分が不足してるの。 だから北大陸までこのまま……ね?」



 背中から蝙蝠の白翼をはためかせ、お姫様抱っこするアイリスに懇願するリア。


 密着する体には柔らかな感触と暖かな体温が感じられ、漂う甘い香りに自然と心臓の脈打ちが早まる。



 完全な蝙蝠形態より速度は落ちるが、アイリスの温もりを感じられるなら安いものだ。



「わ、わかりましたわ。だからそんな目で……見ないでくださいまし。これで……良いんですの?」



 瞳を潤ませ、顔を真っ赤にして首に手を回すアイリス。

 そんな百点満点の可愛さにリアは満面の笑みを浮かべた。



「ええ、最高の強化魔法バフだわ♪」


「お姉さまの此処、トクントクンって……ふふ」



 完全に寄りかかったアイリスはその小顔を肩に置き、リアの胸元にそっと手を添える。


 そんな可愛らしい反応に思わず頬を緩めてしまう。


 だが、リアの気のせいでなければ今、その手は服の隙間に入ろうとしている気がするのだ。



「アイリス……? 今はその……後で幾らでも触っていいから、ね? だから今は、ひゃん!?」


「えへへ♪ お姉さまの此処、とっても柔らかくてすべすべして……いつ触っても、癖になっちゃいますわぁ♡」


「待ってそこは……んっ、今は……今はダメ〜〜!!」



 それは言葉にできないむず痒さとくすぐったい感覚。

 リアの飛行はぐらつき、その進路を大きく逸らしてしまう。


 アイリスは変わらず恍惚とした表情を浮かべており、そんなリアの叫びも虚しく、道中入念にマッサージされてしまうのだった。



「……好き、大好きですわ。 お姉さまぁ♡」



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