第134話 姉妹吸血鬼のプチデート
夕焼けの空はすっかりと闇に沈んだ。
火照った体を冷ますには丁度いい夜風が頬を撫でる。
「はぁ、……はぁ、やっと着いた。ここって意外と距離があったのね」
「お、お姉さま……? その、申し訳ありません。お姉さまの匂いを嗅いでたら……つい」
もじもじと顔色を窺うアイリス。
リアは鮮血魔法で血のカーテンを作り、胸元から下を隠しながらあっけらかんと笑った。
「ふふ、別に怒ってないわ。私もそれなりに反撃させてもらったしね?」
そう言って自身の首元にツンツンと人差し指で指し示し、いたずらっ子の笑みを浮かべるリア。
するとアイリスはキョトンと首を傾げ、ハッと気づいた様に物凄い勢いで首元に手を当てた。
血のカーテンを指先に集め、ガチ装備から【夜禽の帳】へと着替え終える。
黒のロングドレスにフードのついたこれはそこそこに露出がある為、火照った体には丁度いい。
なぜ着替えたのか? その永遠の謎に気付いてしまった男がもしこの場に居るのなら、私は例えレクスィオでも裁きの回し蹴りをお見舞したことだろう。
「見える所は……流石に少し恥ずかしいです。でも、コレが私がお姉さまの所有物だと教えてくれるみたいで……ふふ♪」
「確かに今までは全部服に隠れちゃってたものね。それじゃあ」
リアはコツコツと歩み寄り、もじもじするアイリスの胸元に手を当てる。
「明朝にでも、また付けてあげる。例えば……こことか♡」
ドレスの上から指をなぞらせ、胸元からお腹、お腹から太もも、そのままゆっくりとスカートの内側に手を差し込み、太ももを摩りながら背中を優しく撫でるリア。
「んっ、お姉っさま……そこは、ダメ……っ、くすぐったくて……ゾクゾクしてきちゃう」
「ふふっ、さっきの仕返しはこのくらいでいいかな? 今はこれで我慢してあげる」
リアはアイリスを解放すると、代わりにその手を掬って指先をパクリと口に咥えた。
「あっ……お姉さまが、私の指を舐めて……」
小さな指が舌先に触れ、見上げるとそこには茹蛸のように顔を赤らめたアイリスと目が合った。
夜の暗闇の中、月明りに照らされて潤んだ赤い瞳。 ……可愛い♪
リアは少しだけその指を堪能すると、最後にはその指先にキスを落とす。
(指先のキスは称賛と感謝。称賛は当然、こんな可愛い妹を自分のモノにできたこと。感謝は私のモノになってくれたこと、私を認めて受け入れてくれたこと ふふ、とても10本の指じゃ足りないわ)
最初に北大陸に訪れてからリアは何かとやることがあり、その殆どをレーテに頼んでしまっていた。
だからリアが直接この大陸、いや島に訪れるのは片手で数える程しかない。
リアとアイリスが降り立った場所は以前同様、もはや入口として定位置となった場所。
少し歩けば断崖絶壁に差し掛かり、見下ろす先には島全体を見渡せる大自然が広がっている――筈だった。
「なに、あれ?」
「集落ですわね。それにあの巨像、ティー様ですの?」
視線の先、そこには大森林の中にぽっかりと空いた空間が広がり、そこには幾つかの建物とティーを催した巨像の様なものが見えた。
そしてそれと同様か、それ以上に目を引いたのが、大自然の一部を無理矢理に抉り取ったかのような破壊の痕跡。
(あの破壊は間違いなくティーの仕業ね。でもどうして? 癇癪や憂さ晴らし、寝ぼけてたなんてこともありそうだけど、あの建物群が無事ということはその線はないのかしら? う~ん)
遠目で見えなくもないが、近くで見た方が色々とわかり判断もしやすい。
そう考えたリアは断崖絶壁の崖に一歩踏み出し、淡々と大自然へと飛び降りたのだった。
後方にしっかり追従してくるアイリスに口元を緩め、草木の中をそこそこの速さで駆け抜けていく。
そうしてものの数分で目的地へ辿り着ついたリア。
開けた場所の前にはティーが擬態して眠っており、可愛がってあげようとその手に手を伸ばすとイマイチな反応が返ってくる。
(眠いのかしら? いつもなら直ぐに顔を見せてくれるのに。これじゃあ意思を読み取ろうにも、モヤモヤしててよくわからないわ。あの広場の住民、もしくはドワーフ達に聞いた方が早そうね。……ゆっくりと休みなさい、ティー)
寝ているティーを無理に起こす気もなく、リアはまた時間を空けて訪れることに決め、ティーの寝床を後にした。
そこから少し歩けば、見えてくるのはその全容がはっきりとわかる集落の様な場所。
建物はどれも簡易的ではあるものの王国の一般的な建築物と比べても見劣りしない。 強いて上げるなら、色合いが寂しすぎる事くらいだろう。
数にして十数軒、中央にまんまティーの巨像が置かれており、それを囲むようにして家々が建築されている。
そしてその最奥に見える神殿のような建造物が、恐らく――
「まだ1か月かそこらの筈だけど……驚いたわ」
「……まぁ! ドワーフ達も存外に使えますのね。お姉さまに相応しい住まいというものをしかと理解している様に窺えますわ!」
離れた所に見えるソレは、目の前の建築物とは比較にならぬ程に巧妙な作りをしており、松明の光やトンカン打ち付ける音が聴こえるのは今尚、あれが建造途中ということだろう。
「一目見るつもりではあったけど。ごめんなさいアイリス、少し見に行ってもいいかしら?」
「もちろんですわ! お姉さまと一生を共にする住まいですもの、私も気になります!」
「ありがとう。それじゃあ少しだけ休憩して、深夜になったら本格的に始めましょうか?」
「はい! お姉さま」
森に囲まれた此処はすっかりと暗くなり、本来であれば吸血鬼のリアやアイリスでないと明かりがないと何も見えないような空間。
幸いなことに巨像の周りには幾つかの松明が備えられ、夜の種族でなくても十分に見えたのだろう。
「おおー! お主、アルカード様ではないか!?」
そう何処からともなく聴こえてくる野太い声。
声のした方へ振り返ると、恐らくこの大陸で最初に会ったドワーフらしき者が小走りでこちらへと向かって来ていた。
その手に持っている物は、松明と木の実。 なんで木の実?
「久しぶりね…………ウォード。随分変わったわね」
「フフフ、だろう? 儂らも久方ぶりの大がかりな建造に腕が鳴ってしまっての、それに加えて上等な酒の備蓄まで十分ある! どれ、アレを見に来たんだろう?」
「用事は別にあるんだけど、アレを見に来たのも事実ね。 というか、アレは私の頼んだ物?」
「なぁにを言ってる? 当然だろう、アレはお主の屋敷だ!!」
そう言ってガハハと笑うウォードは、建造途中の屋敷へと振り返った。
その瞬間、夜風に運ばれて嗅ぎ慣れない匂いがリアの鼻に漂ってくる。
「うっ……貴女、酒臭いわ。あまりお姉さまに近寄らないで貰える?」
「ひぃっ!? お、お主まで来ておったのか? 離れる、離れるからそう睨まんでくれ!」
不快そうに眉を顰めたアイリスに、ウォードは慌てて距離を取りその両手で口を塞ぐ。
だがそこそこの木の実を大量に口に含み、どうやら喉につっかえたらしい。
リアはそんなウォードの横を通り過ぎ、先程から向けられている数々の視線を歩きながら一瞥する。
視線の正体は村人達であり、ウォードの響く声によって何事かと外の様子を見に来たのだろう。
「ここの住人って、以前に私が連れて来た者達よね?」
「うぐっ、ふぅ……ああ、そうだ。こ奴らは以前、お主が面倒を見て欲しいと置いてった者達だ。まったくどこから連れて来たのやら……いや、ある程度は察してるがな? だが儂らも他種族との共存など初めてのこと、色々苦労したぞ?」
「苦労? お姉さまにお願いをされたのなら、普通は泣いて喜ぶべきじゃないかしら?」
「そ、それはお主だけだ! 儂らは確かにアルカード様に恩を感じて……いるが、その……」
アイリスの冷徹な言葉に、最初は強気の姿勢を見せたウォード。
しかし、段々と目を合わせる毎に萎れていき、最後には何を言ってるかわからなくなった。
「それで?」
「こ、この者達も最初は儂らの村で世話をしておったのじゃ。酒も飲ませてやったし、住まいだって用意した……だが環境が合わなかったのだ。儂らもアルカード様に面倒を任された以上、元気になって貰わんと困る。それで偶々地上に行く機会があってな、一緒に連れていったら回復の兆候が見られたんだ。後は、お主たちが今見ている通りだ」
「酒を飲ませたの? いや、アリなのかしら? いずれにしろ種族としての生活環境は大事よね」
そんな自分自身の言葉にリアは、ここ最近の活動時間を思い出し思わず自嘲を漏らす。
するとウォードは軽快に笑い出した。
「酒はいいぞ? 酒は全てを解決してくれる! 現に一部の者は、普通に生活ができる程には回復したんだ。まぁ、未だ声を出せぬ者も居るようだし、まだ全員とまではいかんがな。――そうだ! お主の竜、相当崇拝されとるぞ?」
「当然ですわ。ティー様はお姉さまの
「ふふっ、そうね。それに……見た感じ戦闘の痕跡もあったみたいだけど、誰か来たの?」
「ああ、どうやらそうみたいだな。儂らも地下で騒音を聞きつけ、様子を見に行ってみれば地上は既に火の海と化していた。だから誰が来たのかは知らんのだ」
「……そう。そういうことなら気にしないわ」
リアとアイリスは腕を組みながらウォードに色々な近況を聞き、そして屋敷の前へと辿り着く。
目の前に聳え立つは見れば見る程に、立派な外観をした壮麗な神殿。
渡した素材故か、紺と白を基調にしたそれは王国の神殿にも引けを取らない外観をしており、未だ作業をするドワーフ達は見えるものの、未完の状態でありながらリアは思わず感嘆の吐息を漏らしそうになった。
入口に並び立つ白柱は傷一つなく、月明りに反射して光沢を魅せる様はまるで柱自体が光り輝いて見える。
奥に行くにつれその構造はドーム状になり、少なくとも見える全ての壁には細かい彫刻が施されている。その美しさもさることながら、外観がこれでは中身も非常に気になってくるというもの。
すると、ふと思い出したようにウォードが振り返る。
「そういえば、お主たちはやる事があると行ってたな? どうじゃ、中は見ていくのか?」
「そうね……まさかここまで完成していると思わなかったから。因みに私の部屋は出来てるの?」
「一応、あるにはあるが……まだ仕上げに掛かっていない部屋だぞ?」
「それでいいわ。案内してもらえる?」
その返答に最初こそ渋っていた様子に見えたが、段々とその髭ずらを歪ませ始めるウォード。
そして「ついてこい!」と一声発すると、小太りした体で意気揚々と歩き出すのだった。
紺色の大扉を開き、中へ入れば最初に出迎えたのは、だだっ広いエントランス。
まるでそこだけで家が一軒立てれるほどに広い空間は、家具や調度品がなくても美しい程に綺麗な造りをしていた。
少し歩けば左右にぐるりと上階へ上がる階段があり、それが奥を見れば三つほどある。つまりこの建造物は四階建てらしい。
「これは……想像以上に、驚きましたわ」
「ええ、私もここまでとは思わなかった。流石ドワーフね」
「フフフ、自分の住まいですらここまで力はいれんぞ? お主が恩人であり、正当な報酬があるとわかってるからこそ、儂らはここまで精魂を注いでこの屋敷を建てたのだ」
松明の光が通路を灯す中、ウォードの声が静かに木霊する。
屋敷……? 神殿じゃなくて? と思いながらも頷くリア。
「約束はちゃんと守るわ。そこは安心して欲しい」
「ああ、主のことは信用している。儂も、儂らも」
リアは前を歩くドワーフを見下ろし、少しだけ残念な気持ちになった。
(やっぱり欲しいわね。この建造が終わったら、ドワーフ達を彼らの国へと連れていく。レクスィオに場所は教えて貰ってるし、やろうと思えばすぐにでも実行はできるけど。でもやっぱりドワーフは素晴らしい、どうにか残って貰えないかしら?)
「着いたぞ。この部屋が主であるアルカード様の部屋だ」
そう言って立ち止まり、振り返って扉に手を置いたウォード。
その顔は分かりやすい程にニヤニヤと歪み、未完でもよっぽど自信があるのだろう。
「ここが……」
「お姉さまのお部屋、一体どんなに素晴らしいお部屋ですの?」
「きっと気に入ると思うぞ?」
そうして開け放たれた部屋。 中に入ったリアは思わず立ち尽くしてしまう。
道中と同様、家具や調度品、その他一切の小物がない殺風景な光景。
しかし、部屋の構造といい、その広々とした空間はリアの趣向に非常にマッチしていた。
中には数段程の小さな階段が置かれ、上階の方には月明りに照らされる空間があり、夜空を見渡せるよう天井には穴が開けられている。
見れば外にはベランダが用意され、ここから見渡せる限りの大自然が広がっていた。
少しだけ部屋を見渡したリアは満足し、胸を張って笑うウォードへ振り返る。
「素晴らしいわ、ウォード。 これで仕上げをやってないなんて嘘じゃない?」
「どうやら、お気に召して貰えたようだな。職人冥利に尽きるわい!」
「確かに、お姉さまの御座す部屋としては十分な出来ですわね。少し侮っていましたわ」
「ふふ……ウォード、これはほんの気持ちよ。報酬とは関係ないから、他のドワーフ達と楽しみなさい」
リアは次元ポケットから昼間に買い込んだ酒樽を取り出す。
すると、ウォードは目の色を変え職人ずらから一気におっさんへと豹変した。
「こ、これは……酒か!? うぉぉぉぉ!! 酒じゃ! 酒じゃぁぁぁ!!!」
「ああ、でも一人じゃ運べないかしら? 入口で置いとけばよかったのだけど、この屋敷、というか神殿に思わず見入ってしまってたわ」
「なぁに、そんなのは全然構わん! では早速アイツらも呼んでくるかのぉ!!」
「そう、じゃあコレと残りは外に置いておくから、勝手に持って行きなさい。くれぐれもこの部屋には立ち入らない様に、ね?」
「……は? それは一体どういう……ッ」
理解が及ばないウォードはキョトンとした顔を浮かべ、次の瞬間には引き攣らせる。
そして固まった表情のまま視線だけをリアからアイリスへと移し、納得した様にコクリと頷いた。
「で、では……儂はもう行くからの? あ、あとは二人で好きにしたらいい!」
そう、そそくさと逃げるよう部屋を出ていくウォード。
リアはアイリスに待ってるよう伝え、部屋から出ると少し離れた所に買い込んだ酒樽を置いておく。
そうして再び戻れば、アイリスは上階で夜空を見上げており、黒いドレスと灰色の髪が月明りに反射して、その幻想的な光景にリアは思いがけず見惚れてしまう
「ここが……お姉さまのお部屋。それなら私も四階がいいですわ、だって片時もお姉さまと離れたくありませんもの」
「私も同じ気持ちよ、アイリス。その場に立っている貴女も美しいけど、できればこっちに来てその温もりを直接感じさせて欲しいわ」
リアはその場に瞬時に鮮血のソファを作りだし、座りながらアイリスへと手を差し出す。
すると、それを見たアイリスは瞳を輝かせ、軽快な足取りでリアへと飛び込んできたのだった。
柔らかな感触が全身を包み込み、数枚の布を隔てて彼女の暖かな体温と甘い香りがこれでもかと感じられる。
細い腰に手を回し、胸にあてられた華奢な手に自然と口元が緩んでしまう。
「もう……お姉さまがそうやって甘やかすから、これじゃあ稽古を付けて頂けませんわ」
「貴女が可愛いのがいけないの。一体どれだけ私を垂らし込むつもり?」
凝血していないスライムの様な感触を背に、横になりながらアイリスを抱き締めるリア。
腰に回した手を少しだけ強め、欲求のままにその首元へ顔を埋めてしまう。
サラサラとした髪が頬を撫で、次いでリアの大好きな彼女の匂いが鼻腔を刺激する。
「別に垂らし込むなど……あっ、んっ……♪ お姉さま?」
「はぁ……良い匂い、ずっとこうしてたいくらい。でも時間は有限、ここで始めちゃいましょうか?」
「始める? この場でですの? 確かに、ここは広い空間ですけどそれでも――」
「ふふ、大丈夫よ、三日間沢山愛してあげるから♡ だから今日はこうやって、抱き合いながらやりましょ?」
「こ、この距離でですの!? 私……集中できませんわ」
鼻先が触れるくらいの距離で互いに見つめ合い、その瞳に信頼と動揺を覗きつつリアは微笑む。
腰に回した手を解き、寝転がりながら空中に血剣を数本作りだした。
「それじゃあ始めましょうか? 貴女が真祖へ至る為のお稽古を♪」
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