第132話 天然物は技巧派です
向かい合い視線交わした瞬間、音もなく戦いの火蓋は切って落とされた。
そこに開始や審判の合図はなく、あるのはただ互いの闘志のみ。
リアは次元ポケットから市販の直剣を取り出し、修練場に広がった微かにどよめきに眉を顰める。
(まだ何もしてないけど……? え、なにこのどよめき? 聖女が剣を使うのが意外だったとか?)
リアは内心で首を傾げながら、訓練を中断させられ場を取られた筈の兵士達を見渡す。
向ける表情に誰一人として不満の色を見せる者はおらず、反対にただこの戯れを喜々として観戦する者しかリアの目には映らなかった。
視線を逸らしたのは1秒にも満たない、刹那にも劣らない一瞬。
領域内に怒涛の勢いで侵入してくる存在を感知した。
そこには視界を大半を覆い尽くす程の大盾が、リアの瞳にドアップに映り込んだ。
「いま貴方の前に居るのは、私だ」
「ええ、ちゃんと見てるわ」
怒涛の勢いで迫る大盾に、リアの銀髪が頬に擦れる。
右手に持ってる筈のロングソードは大盾に隠され、自然な小細工に不敵な笑みを浮かべた。
(随分と好戦的ね。 もっと慎重に詰めてくると思ったのに)
本来であれば予測困難な斬撃。
だからこそ、見えているリアにとってそれを絡めとるのは簡単だった。
鋭利な斬撃は容易く受け止められ、刃に走らせるように詰め寄るリア。 そしてそのまま返しの剣で、首元を狙う。
懐に潜り込みながらも、興覚めの思いで剣を切り上げる
しかし――
「ふんっ!!」
「っ……!」
ガリウムの足踏みによって地面は割れ、いつの間にか割り込んでいた大盾にリアが吹き飛ばされる。
優に数メートルは浮かされたリアは軽やかな身のこなしを持って、受け身を取りつつ地面を滑った。
「驚いた……その
「ふっ、対処されてしまっては意味がない!」
前傾姿勢で詰め寄るガリウムは
甲高い音が修練場に鳴り響く。
二人の空間には無数の火花が飛び散り、人外の力を持って衝突したそれは空気の揺らぎを無理矢理に捻じ曲げた。
兜越しの二人の視線刹那の間に交差し、互いに次の一手を打つ為の
リアの斬撃を大盾で受け止め、お返しとばかりに鮮烈な刺突が毛先を掠めた。
弾き、弾かれ、交差し、薙ぎ払われ、蹴りを入れれば轟音を響かせ防がれる攻防。
ガリウムは
当然、その攻撃が自身へ届きうると確信していたリアも剣を割り込ませ、その技巧の熟練度に口元を歪めた。
「ふふ、それを使いこなしてる存在は稀よ? あなた誇っていいわ!」
「だとしても、貴女は既に適応しているようだがな!!」
数多の剣閃が宙に銀の軌跡を残し、タンクとは思えない剣術の練度にリアは加減を緩めていく。
するとその激しさは更に増し、断続的な金属音はまるで土砂降りの雨粒の様に一定の音響を周囲へと鳴り響かせた。
「ぐっ! この剣速は……!? まだ魔法すら、使っていないというのに……ッ」
「あら、それはお互い様でしょ? 貴方もまだ防御系スキルを出し惜しみしてるし、何より護るほうが得意じゃない」
「ふっ……貴女が魔法を使うのなら、私も使うとしよう」
「へぇ、騎士道ってやつかしら。 でも貴方が先よ?」
何百という剣を交差し、未だに両者衰えることのない剣戟。
リアはスローモーションとなった世界で剣速を早め、兜から覗かせた瞳が確実に見開いたのを見た。
白く美しい銀が宙に靡き、白のドレスコート姿で剣を振るう様子はさながら流麗なる舞のように、観戦してる兵士達を感嘆させる。
剣術スキルを使わず、己の肉体だけでここまでやれたのは見事なものだ。
しかしそれでも、こと防御に関してで言えばガリウムに軍配が上がると、少しの打ち合いでリアの見解が示していた。
目にも止まらぬ速さで幾千もの剣を交える中、確信を持って見えた剣の隙。
もう少し攻めの彼を見ていたかったが……ダメだ、リアが我慢できそうにない。
早く本気の守りに入ったガリウムを見てみたい。
期待を上回った彼の動きに、その欲求がどうにも抑えれそうになかった。
「さぁ……どうする?」
「まだ、だ……!! 『クイックチェンジ』」
ロングソードでは到底防ぐことは不可能な攻撃を前に、唐突に召喚される身を覆う程の大盾。
喜々として振るったリアの剣はそのまま大盾に吸い込まれ、王手をかけていた筈の自分が、気付けば王手を掛けられている状態。
まぁ、それ込みの攻勢に出ていたこともあり、もはやリアにとっては意味のない足掻きではあった。
迫り来るバッシュに身を捻らせ、数回転した勢いのまま大盾に直剣を叩き込むリア。
およそ金属音とは思えない爆音が王城へと鳴り響き、直剣の刀身に亀裂が走る。
そこそこに力の入った一撃。
いくら大盾越しであってもダメージの貫通は避けられず、その身に少なからず反動を与えた感触。
ガリウムはその巨体から考えられない体幹で立ち滑り、大盾を地面に突き立てながら修練場の端まで吹き飛ぶ。
(ふふっ、防御系スキルを使ったのね? でも正直驚いたわ。 LVは高くないし、ステータスだってこれまでの英雄に劣る。
ボロボロになった剣を次元ポケットにしまい、新しい市販の直剣を取り出す。
そうして握った持ち手からは何処からともなくメラメラと炎が舞い上がり、剣先へと纏い始めた。
「丁度いい距離ね。 今度は護りの貴方を見せて頂戴♪」――【火炎魔法】
炎剣となった得物を振りかざし、ニヤリと妖艶に笑って魅せるリア。
遠目に動揺が見え、即座に大盾を構えたガリウムに青いオーラが包み込む。
そうして十分な距離、開いた修練場を埋め尽くすは炎の斬撃の嵐。
ガリウムの纏ったオーラが急激に肥大化し、それは巨大な大盾となって修練場の一部に展開される。
リアの緻密な魔力操作と卓越した剣術によって、ガリウム以外には被害を
しかしそれでも、気のせいでなければ兵士たちが急激にその数を減らしたように思える。 どっちでもいいけど。
一振りすれば凝縮された"炎痕"が宙を走り、地面を焼き尽くしながら
だが炎痕は確実に巨盾へとその爪痕を残し、既に端っこの部分が崩壊を始めていた。
「中位魔法とはいえ……結構頑丈ね。 それじゃあ――」
「リアッ、もうよせ! これ以上は修練場が持たない、立ち合いは終わりにしてくれ!!」
そう声を荒げるは炎の大地と化した修練場の中で、物好きにも私へと駆け寄って来るレクスィオ。
仕方なく炎剣を下ろしたものの、リアは不思議そうに首を傾げる。
「何を言ってるの? この程度、被害でもなんでもないわ。 ほら、ちゃんと周りを見なさい」
視線でレクスィオを誘導し、見せるは修練場に燃え広がる灼熱の大地。
しかし、よく見ればその炎は一定の範囲以上からは燃え広がっておらず、不自然に一切の火の粉すらも外には漏れ出ていなかった。
多少、見る目のある者からしたら不思議な光景だろう。
炎が不自然に何者かに引き寄せられ、自然の摂理から反した動きで波打っているのだから。
もちろん、それを支配下に置いてるのはリアであり、
「これは……確かに修練場は私の早とちりみたいだったな。 だがこれ以上は止めてくれ。 それよりも今すぐ、ガリウムに治療を受けさせないと!」
「待ちなさいレクスィオ、この程度の攻撃でガリウムが怪我を負う筈ないでしょ? はぁ……仕切り直しね。 ――貴方もそれでいいかしら?」
そう言って目を向けた先、砂煙の中から姿を現したのはフルプレートの白騎士。
「ああ、私はまだ貴女を測れていない。 ……殿下、どうか私に火の聖女様を剣を交える機会を、もう1度だけ与えていただけませんか」
「……ガリウム。 わかった、だがくれぐれも無理はするなよ? 其方は王国の守護者にして民の安心そのものなのだから。 それと
「……っ、は! 寛容なお心遣いに感謝します。 レクスィオ王太子殿下」
そうして邪魔な男が踵を返していくのを見送り、リアはガリウムに向き直る。
白いマントは端が焼け焦げ、甲冑や大盾には炭や焼け跡が所々に見えた。
「それでは再び、私は元の位置へ戻ろう。 着いた時点で再開して構わない」
「その必要はないわ、この距離で始めましょう」
「っ、……それは、貴女に優勢だった状況を……自ら放棄すると言うのか?」
足を止め、振り返ったガリウムは明らかに驚愕した様子で、リアは思わず吹き出しそうになる。
それは格下を見下し嘲笑するような笑いではない。 どこまでも真っすぐで実直な性格に、戦闘中垣間見えたガリウムの姿そのものだったからだ。
「ふふ、構わないわ。 私は確かに魔法が得意だけど、近接戦も結構好きなのよ」
「…………ふっ、だろうな。 貴方の剣は魔法職のソレから逸脱している」
少し距離を開け、互いに得物を構えると黙って向き合う。
微かな笑いも次第に表情から消え、そしてどちらからともなく駆け出した。
先程よりも鋭く圧力の増したバッシュ。
リアは真上を飛び越えながら3次元的動きでガリウムを容赦なく斬り付ける。
すると、その剣は間一髪でロングソードによって防がれてしまい、瞬きの間に大盾へとその姿を変えた。
流れる様な武器入れ替えに、感嘆の想いで笑みを浮かべるリア。
着地と同時に大地が割れる程の踏込みでバッシュを放たれ、リアは飛び退きながら何もない空間を刹那の間に無数に切り刻んだ。
それは炎痕となって大盾に衝突し、瞬く間に燃え盛りガリウムを呑み込もうと大口を開ける。
巨体な火だるまを見てもリアは攻勢の手を緩めない。
(あの程度じゃ直ぐに抜け出せる、だからもう1個サービスよ。 この炎球をどう対処する?英雄)
リアは頭上に掲げた"火炎魔法"の巨大炎球をガリウムへと無造作に放り投げる。
すると丁度、燃え盛る紅炎から抜け出したガリウムはリアへ詰め寄るスキルを咄嗟にキャンセルし、大盾を地面へと突き立てると青いオーラを漂わせ始める。
「……我が盾に挑みし者に、大いなる守護と調和の試練を与えよう」――"パラディオン"
それはまるで隕石の着弾。
大盾を構え、青白いオーラに全身を包み込んだガリウムが巨大な炎球に呑まれると瞬く間にその場には炎柱が立ち籠り、爆風と共に砂煙が修練場を埋め尽くした。
リアは強風によって乱れた髪を抑え、攻撃の手を止めてその光景を見つめる。
「スキルのキャンセル、武器の持ち替え、定石の仕上がり……なるほど、確かに加護持ちとは違うわね。 基礎レベルは低くても
そう思って煙が立ち込める中、ジッと見詰めていると変化に気付く。
即座に炎剣を握り直し、先程よりも強い出力で炎痕を連撃で繰り出した。
すると、打ち放つと同時に砂煙の中から姿を現したのは大盾を構え、自身の両肩に2つの
存在感が大幅に増し、先程よりも明らかに早い動きで詰め寄ってくるガリウムにリアは思わず笑みを零す。
(中位魔法までしか使うつもりなかったけど、もうワンランク上の階位魔法を使っても大丈夫かしら。 ああ、でももうちょっと遊びたかったけど……なんだか収拾が付かなくなりそうね)
チラリと周囲へ目を向ければ、そこには何処からともなく現れた大勢の人間達で埋め尽くされていた。
大方、この騒ぎを聞きつけた者が事態の確認として、城内の者から兵士たちに限らず集まったのだろう。
その瞬間――
「よそ見とは随分余裕だな、火の聖女よ!!」
「ちゃんと見てるわ。 貴方こそ、詰め方が甘くなったんじゃない?」
領域内で客観的に自分とガリウムを見たリアは慌てることなく斬撃を避けると、お返しの気持ちを込めて直剣で刺突を繰り出した。
その瞬間、甲高い音が鳴り響きロングソードと入れ替わった大盾に遮られたことを理解する。
しかしそれは想定内のことであって、リアは瞬時に重心を移動させると正反対の位置に狙いを定め、回避不可能な回し蹴りを容赦なく叩き込んだ。
「ぐっ!?」
メキメキッと鈍い音が響いたが、その感触は明らかに人体や金属の物ではない。
リアは構わず拮抗していた蹴りを無理やりに振り抜く。
「うぉぉぉぉ! ガリウム様がまた吹き飛ばされたぞ!?」
「なんだあれ……? なんだあれ!? 聖女様のあの噂は本当だったのか!!?」
「王太子殿下! すぐに止めるべきです! このままでは修練場のみならず、王城にまで……!」
「きゃぁぁぁぁ!! ちょっとガリウム様大丈夫なんですか!? 聖女様もこんなっ……!?」
(観戦が煩い、それにしてもいつの間にこんな……この様子だともっと集まりそうね。 まだ遊んでいたかったけど、もう終わらせるべきかしら? 取りあえず、この状況で勝利して更に注目を集まるのは避けたいわ。 ならガリウムに勝たせるべき? いや、彼がそれで納得するとは思えない。 だとすると……引き分けが一番丸く収まりそうね)
コツンっとヒール音を鳴らしながら着地し、遠目にガリウムを見て考えるリア。
眼前に見える光景は、2つの
「あっ、良いことを思いついたわ。これなら……うん♪」
炎剣をくるくると手元で弄びながらコツコツと歩く。
そして好感の持てる相手となったガリウムを見て、リアは妖艶に微笑むのだった。
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