第131話 王国の英雄



 「ガリウム様、でございますか?」



 そう言って目の前の兵士はリアを見つつ、不思議そうに思案顔を浮かべる。



 「あの方であれば、確か……レクスィオ王太子殿下の執務室に向かわれていたかと思います」


 「そう、わかったわ。 ありがとう」



 彼は職務を全うするタイプなんだろう。

 大抵の男はリアを見た際、少なからず下品な視線やだらしない顔を浮かべるがこの兵士は違うらしい。

 実に好感の持てる兵士くんだ。 というより



 「グルルルゥ!」


 「うわぁぁぁ!!狼だぁ!! な、なぜ狼が城内に居る!?」


 「待て! 武器を下ろせ!! その狼は聖女様のペットであらせられる!!」



 あっちが色々大変なことになってる。

 別にアイリスが怖がられる分には気にならないけど、変に騒ぎになって人が集まるのは面倒くさい。



 「アイリス、こっちにおいで」


 「わふっ!」



 リアが手を差し出せばアイリスは一目散に駆け寄り、愛くるしいモフモフと共に足に擦り寄ってきた。

 《変化》の熟練度が上がったからなのか、以前よりも体格が大きくなり存在感も増している。


 (以前も大型犬くらい大きかったけど、今は完全に狼ね。 ああ、もしかしてこっちが正しい姿なのかな? まぁアイリスが変化してる時点で、可愛いことに変わりはないけどね)



 甘えるような声で喉を鳴らし、撫でて欲しそうにしている頭を優しく撫でる。



 「アイリス姉、なんか犬みたいだな! いてっ、ちょ、痛っ! なにすんだよ!!」


 「いくら見た目が可愛くなったからってアイリスよ。 触ったらそうなるのは当然でしょ」


 「可愛いって……これが? リア姉、何を言って――痛!? ちょっと待って本当に痛い、痛、やめ、ごめんなさい! もう言いません! 俺が悪かったから許してくれアイリス姉!!」



 四足歩行のままアイリスは器用に動き、猫パンチならざる犬パンチを容赦なくルゥへと浴びせる。

 一発一発が教育の拳。 本来のアイリスよりは威力が格段に落ちるものの、それでも大型狼の拳だ。



 すっかり教育されたルゥは肩をシュンと落とし、逆に満足げに擦り寄ってくるアイリスを撫でながらリアは王城内を歩いて行く。



 火の聖女となり、すっかり王国内で顔が知られてしまったリア。

 その絶世の美貌も相まって、すれ違うだけで大袈裟に道は開き、仰々しい程の仕草で対応されることにリアは辟易していた。 今すれ違った貴族らしき風貌の男でもそうなんだ。……だらしない顔。



 (そう考ればさっきの兵士くんは変わり者? でもまぁ、あっちの態度の方がよっぽど好感が持てるわ)



 もちろん、歩いているだけで注目されるのはリアの美貌や知名度もある。

 しかしここは人類種の王城であり、聖女の傍らに狼と獣人の子供が居れば視線を集めるのは至極当然のこと。 それをリアはすっかり自身の日常で慣れてしまったこともあって気づけなかった。



 そうして数多の視線に晒されながら漸く、目的の男を見つけることができたリア。

 どうやら向こうもこちらに気付いたようである。



 「なぁ、あれって……」


 「ええ、そうよ。 アレが貴方の会いたがってた王国の英雄、名は……………ガリウムよ」



 軽く紹介くらいはしようと思ったリア。

 しかし、リアはガリウムの称号も知らなければフルネームすらも憶えていない。 結果、名前だけの紹介となってしまった。……まぁ、大差ないでしょ。



 「わぁ……あれが王国の英雄。 っ……かっけぇ」



 教育されたことで肩を落とし、哀愁漂っていたルゥの姿はもうそこにはない。

 あるのは瞳を輝かせ、まるで少年がヒーローを見たかのようなはしゃぐルゥの姿。


 全身を鎧に包み込み、白いマントと大盾を携えた無骨で巨漢の騎士。



 「探してたわ、ガリウム」


 「貴方は……いや、聖女様が私に一体どのような御用で? それに……」



 ガリウムは山並みのように堂々とした姿勢で視線だけを横に流す。

 ルゥを一瞥し、アイリスを能面な表情で見つめる。



 「この子は私のモノ、名はアイリス。 そしてこっちが適当に拾ったルゥよ、一応貴方のファンらしいわ」


 「…………」


 「ちょっと、聞いてる?」


 「…………っ、失礼。 もう1度用件を仰って頂けるか?」



 そう言って口を開くも、その視線はずっと変わらずに狼のアイリスを見詰めている。

 心なしか能面な仏頂面も綻んでいるようにも見える。 もしかして、そういうこと?


 大柄な男が目を釘付けにしてモフモフを見つめる……この男、意外と可愛いところあるのね。



 「まだ何も言っていないわ。 それより聞きたいことがあるの」


 「っ!…………聞きたいこと、とは?」



 ここで漸くガリウムは視線を戻し、その象のような黄色い瞳をリアへ向けた。

 一見して態度は変わらず、これから何処かに向かう様子も見えない。


 しかし、腹の内がどうなっているかは誰にもわからないからこそ、確かめるなら直接見た方が良いだろう。 例えここで殺すことになり、王城に少なからずの被害を出す事になっても。



 「貴方、昨夜なにか見た? 誰かから何処かに向かうよう命令を受けたかしら?」


 「…………」



 リアは一切視線を逸らさず、【戦域の掌握】に意識の大半を割いてガリウムを観察する。

 小さな呼吸、心臓の鼓動音、指先の些細な動き。 瞼や鼻、足先から鎧の震えまで全ての微弱な動きすら見逃す事なく【血脈眼】を発動した碧い瞳を向けた。



 自分が見られていることを自覚したのか、ガリウムは返事を直ぐには返さずに黙りこくる。


 レクスィオが中に居るであろう執務室前の通路には静寂が満ち、微動だにしないガリウムの隣に並び立つ兵士の鎧音が妙に響く。


 そうして時間にして僅か数秒、ガリウムが重い口をゆっくりと開いた。



 「どこで聞いたのかは知りませんが、私の口からはなにも。 知りたいのなら直接、王太子殿下にお聞きください聖女様」


 「レクスィオ……そう。 その命令以降、誰かから受けてないの?」


 「……? 仰ってる意味がよくわかりません」



 表情は能面のまま微かに首を傾げるガリウム。


 心臓の鼓動に変化なし、発汗や挙動、状態異常にも不自然な点は見られない。

 これで嘘をつけたのならガリウムは騎士ではなく、魔法系統それも精神系に作用するものか、盗賊系の特殊クラスにでもなっていることだろう。



 「心当たりがないならいいわ。 どうやら私の勘違いだったみたい」


 「勘違い……そうですか。 私からも1つよろしいですか?」


 「ええ、何かしら?」


 「何故……それ程までに殺気・・立たれて私を見るのですか」



 どうやら……上手く隠せていたつもりが、しっかりと感知されていたらしい。


 (前にカセイドに絡まれた時もそうだったけど、この男、妙に殺気に敏感ね。 そういうスキルでも持ってるのかしら? まぁこれでガリウムが加護持ちという線は消えたかな。 立ち姿や思想、高い能力水準もそうだけど、アウロディーネ産の連中とはPSプレイヤースキルが違うわ。 流石、天然物♪)



 リアは完全に殺気を霧散させ、面白いモノを見つけたかのように妖艶に微笑む。



 「それについては謝るわ。 でもその必要もないみたいだし、貴方も忘れて頂戴」



 要領を得ず、怪訝そうに眉を顰めるガリウムにリアは踵を返そうとする。

 するとルゥのキラキラとした様子が視界に映り込む。


 そこで思い出されるのはルゥの訓練、つまり育成について。


 リアも暇な時間には遊んであげているが教えれる範囲など、スキル回しと体の動き、それに対人戦の心得くらいだろう。


 それでも十分な成長は見込める、しかしやはり同系統クラスの先輩というのは成長に大きな影響を与えるのも確かだ。 なんせスキル構成が近しいものがあり、立ち回りや意識するモノが完全に一致しているのだから。



 (ルゥはタンク寄りのビルド……スキルは《守護の構え》を始めとして牽制用の小技が少し、そのどれもが見事にガリウムのスタイルと被っているわ。 直接見たわけじゃないけど、砂漠でのスキルを見ればある程度予想はつく)


 少しの間思考を回し、リアは物は試しに聞いてみることにした。



 「ああ、それともう1つあった。 この子、ルゥを貴方の弟子にしてあげて欲しいの」


 「……何を言っている? 弟子にして、だと?」



 口調が変わった、動揺したのかしら? でもそっちの方が話しやすいわ。

 どうやらこの男も業務には真面目に取り組む質なのね。



 「え、リア姉? 俺は別に、そんなこと」


 「成長するなら同じ系統の相手に聞いた方が早くて確実だわ。 この男は貴方の理想の先にいるもの」



 アイリスを撫でながらルゥを見下ろし、言い聞かせという名の説得に入る。


 もちろん、ルゥの意思も大事だ。

 だが魔法ビルド寄りのリアにタンクを完全には教えれない。 回避タンクなら幾らでも教えれるが、どう見てもルゥは違うだろう。


 リアもこれまで数える程度に、回避のコツを聞かれて教えたことがあった。

 しかし誰一人として理解した者はおらず、ランカー1位のユウリュウでさえ同じだった。 つまり完全に時間の無駄である。



 「言わんとすることは理解できた、どうやらその子も騎士の素質があるのだろう。 だが、私がその頼みを聞く義理はない。 カセイド殿下の一件で貴女には命を救われた。 しかしそれとこれとは話が別である」


 「そうね、別に私も助けたつもりはないわ。 あれはただ降り懸かった火の粉を払ったに過ぎないもの。 でもそれじゃあ、どうしたら聞いてくれるのかしら?」


 「聞くもなにも、私にそのつもりは……」



 断られる空気濃厚な中、ふいにガリウムの口が止まる。

 これで断られたら仕方なく、ルゥにはこれまで通り普通の戦士として鍛えてあげようと考えていた。



 「1つだけ……1つだけ条件がある。 それを呑んで頂けるなら、私はその子を弟子に迎えよう」


 「条件? 内容にもよるけど、聞かせて頂戴」



 ガリウムは地面に落としていた視線を上げてリアを真っすぐに見る。



 「貴女と立ち合いたい。 ……これを了承していただけるだろうか? 火の聖女よ」


 「……ふふ、そんなことでいいの? それなら――」


 「ガリウム、先程から声が聞こえるが一体どうした……って、リア? どうしてここに?」


 「あら、数日振りですね、レクスィオ王太子殿下。 少し、ガリウム卿とお話があったのです」



 扉が開け放たれ、中から姿を現したのは黒と金を基調とした王族のマント羽織うレクスィオ。

 居ると思わなかったリアに驚きつつ、その表情は出て来た時よりは綻んで見えた。



 「用事? 君がガリウムに?」


 「ええ、ですが丁度良かった。 これからガリウム卿と戯れる予定なので、良い場所知りませんか?」


 「は……? 戯れるって……つまり戦うということか? 何故そんな――」


 「質問はご遠慮ください。 案内、できるんですか?できないんですか?」



 そろそろ立ち話にも疲れて来たリア。

 今晩はアイリスとの特訓デートが待っているし、出来ることならさっさとこの場所を離れたい。


 王太子の部屋の前で仮にも国の英雄であるガリウムと火の聖女が長い事話していれば噂にもなる。

 そして、それが人だかりを生み出すのにそう時間はかからなかった。



 「あ、ああ……できるとも、私も丁度気分転換がしたかったんだ。 ガリウム、君にも同行を頼むよ」


 「申し訳ございません。 業務後に立ち会って頂く予定だったのですが、王太子殿下までこのような……」


 「いや構わないさ、気分転換がしたかったのは本当のことだしね。 リア、それにルゥも……彼女も居るのか。 こっちだ、ついて来てくれ」



 そうして聖女モードに切り替えたリアとガリウム、アイリスとルゥはレクスィオに続く形で若干の人だかりの出来た通路を歩いていく。



 数分程歩いて到着した場所は、王城から出て少し移動したところ。



 「王太子殿下っ!! それにガリウム様に……っ、聖女様!? 狼、獣人……一体どうなってるんだ?」



 だだっ広い空間に足を踏み入れると、丁度すれ違った兵士がのけ反りながら反応を示した。

 整備された地面、広大な空間、何重にも張り巡らされた結界、そして視界に映る数多の騎士達。


 ここは修練場だろうか? 確かにそこそこ広い空間ではあるものの、英雄と遊ぶには少し脆弱すぎる。


 レクスィオは兵士に何かしら話しているようだし、私はアイリスと遊ぶことにしよう。

 お、ここがいいの? それともこっちの喉元がいいのかしら? えへへ、可愛いなぁもう!



 「わふ、わふっ! くぅん?」


 「ん~どうしたの? ああ……ふふ、それじゃあ……ぎゅ~!! わぁ、もふもふだわ♪」


 「はっはっ! くぅんくぅん~?」


 「わわっ、ちょっと今の貴女結構大きいのよ? これじゃあ前が見えないわ」



 地面に膝を突いてアイリスを抱擁するリア。


 しかし今のアイリスは立ち上がれば成人男性並み、座っていてもそこそこに大きいのだ。

 結果、美しい灰色の毛並みに埋もれることとなり最高にハイッて奴になってしまったアイリスはリアを覆い尽くすことになった。



 「……んっ、ぱ! やっと外が見えるわ。 起きてからたくさん愛し合ったのに……まだ愛して欲しいの? 本当に甘えん坊さんね♡」



 暖かい毛並みに心臓の鼓動、変化しても消えることのない甘くて蕩けるような彼女の香り。

 変化していてもアイリスの意思は手に取るようにわかる。 だってそれは私も同じ気持ちだから。



 「なぁ……俺、聖女様のあんな顔、初めて見たかも」


 「ああ、奇遇だな俺もだ。 なんつうのかな……取りあえず、犬になりたい」


 「犬、というより狼ですよねアレ。 でも、狼が羨ましいとか僕初めて思いました」



 離れた所から何か声が聴こえてくるが、普通に無視する。

 そうして鬱陶しい声をシャットダウンして、アイリスとじゃれ合っているとレクスィオが寄ってきた。



 「リア、準備はできたが……その、わかってると思うが」


 「大丈夫よ、彼は私の対象・・じゃないもの。 本当にただ戯れるだけだから安心して」



 しどろもどろに顔色を窺って話すレクスィオに、リアは思わず吹き出しそうになりながら微笑む。


 リアの正体、性格、その在り方を知るレクスィオからすれば、心配になるのもわからなくもない。

 でもこれは勝負であって殺し合いではない。



 「くぅん?」(お姉さま?)


 「うっ、可愛い~!! ちょっと遊んだら貴女だけを見るから、少しだけここで待ってて頂戴。 ルゥ、アレは貴方の目指すべき姿だからしっかり見てなさい」



 汚れたら嫌だったリアは聖女用に用意された白いコートを脱ぎつつ、本来のガチ装備姿へ戻る。

 そうして二人の頭を撫でると、リアは踵を返して修練場の中央へと向かって歩いて行く。



 (正直、気になってたのもあったし、丁度良かったかな? 剣聖や聖女は間違いなく加護持ちだった。 でも修羅はどうだったのかしら? 特徴的に攻撃に全振りしてるようなクラスだから、分かりづらいわ)



 数々の視線に晒されながら修練場を歩き、ある程度の所になって振り返るリア。

 その眼前に立つは王国唯一の守護者にして、この世界本来の天然物の英雄。



 タワーシールドにも似た巨大な盾を地面に打ち付け、ロングソードと同等かそれ以上の得物を抜き放つガリウム。 いつもは兜を被っていなかったが、どうやら今回は思いのほか本気マジらしい。



 「……貴方を初めて目にした時、得体のしれない何かを感じていた」



 突然、兜の中からくぐもった声で何かを語り始めるガリウム。

 リアは内心で首を傾げつつ、黙って聴いてみることにする。


 「それは日に日に強くなり、カセイド殿下へ殺気を向けた時点で確信へと変わった。 だが、ヤンスーラの陰謀から王国を救い、貴方はレクスィオ殿下を導いた。 聖女となってしまった今、確かめる術はないと思っていたが……僥倖だ。 今日ここでその腹の内を覗かせて貰おう。 果たして貴方は王国に幸いを与えるのか、災いを齎すのかを」


 「ふーん、どうやら気になってたのはお互い様みたいね? それじゃあ早速、始めましょう」



 見せて貰うわ、天然物の英雄の軌跡やらを


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る