第128話 最古の真祖(オリヴィアver)



 空気は淀み荒れ果てた大地はその者の振るう一振りによって跡形もなく破壊される。

 大地は割れ、大岩が砕かれ、まるで何かに怯える様に大気は振動し肌の上を駆け回った。



 一体どれだけの時間、その場には破壊の衝撃と余波が響き渡り、見る者を震え立たせただろうか。



 瞬きすれば壁が崩れ、一呼吸すると景色が変わる。

 そんな光景は遂には終わりを迎え、シンと静まる空間にガチャガチャとやけに響く金属音が静かに鳴らされる。



 その場では本来、魔族と人間の泥沼な争いが続いている筈だったが、未だ慣れぬその力に誰もが目の前の敵を忘れ、固唾を飲んで眼前に映る光景を見つめていた。



 結界が解かれる。

 それは結界内での勝敗が決したということ。



 そうして荒れ狂う砂煙の中、姿を現したのは一人の少女。



「あ、あぁ……我が主よ……!」



 背丈は決して高くはなく、体格もがっちりというよりは細く華奢な身体つき。


 片目を瞑り、開いた方の眼には血のように美しく光る紅が浮かんでいる。

 愛剣の二本の内一本を腰の鞘に納め、両手に剣と生首を三つ持って平然と歩いてくる少女。


 肩にかかるくらいの銀髪を黒いベールから垂らし、身に纏った修道服には黒いコートを着崩して真っ白な両肩を露出させている。



 彼女こそ魔族軍第二軍団長、オリヴィア・ノスフェラトゥ・リーゼ。


 今は亡き魔王様の意思を継ぎ、現魔族最強最古の吸血鬼。

 そして私、アスールの絶対的な主君だ。



「拳聖ユーリ、大弓のフレイス、大司教……エーテルワイズまで。吸血はなさいますか? オリヴィア様」



 ===================



 眷族の上位吸血鬼、アスールはわたしの元まで来ると打ち震えたように、血の心配をしてきた。


 確かにかなりの量を消費し、拳聖に開けられた胸の風穴も塞ぎきってはいない。でも。



「必要ない。それより戦況は?」



 わたしは手に持った3つの生首を放り投げ、数時間見れなかった戦場を見渡す。



「厄介な英雄が消えた今、戦線は問題なく結界外まで押し戻せるでしょう。あとは目障りな聖職者ですが、耐性のある巨人軍をあてがえばこちらも問題ないかと」


「そう、ならここはわたしがやる。 無駄に犠牲を出す必要もないわ」


「そのお体でですか!? こっ、ここは我々に任せを! オリヴィア様はお休みに――」



 そう言って無礼にもこの身を案じるアスールを無視し、妾は両翼を生やして飛び上がった。

 頭上に剣を掲げ、ただ息を呑んでこちらを見上げる人間達を見下ろす。



「……人類種はいつもそう。傲慢で貪欲、欲をかくから命を落とす」


 ――【邪闇魔法】【天空魔法】混成、"浸食ノ流星"



 うち放たれるは数百に至る、闇の流星。



 それは1つ1つに濃厚な魔力が圧縮され、鎧など意味を成さない超魔力砲が荒れ果てた大地に降り注いだ。


 人間だけに狙いを定めた大魔法は結果的に3割程の人間を屠り去り、戦場の流れを目まぐるしく傾かせた。


 しかし手練れや魔法耐性のある者、疲労や魔力操作の乱れでオリヴィア自身が外してしまった者も多くいるが、何もしないよりはマシだろう。



 オリヴィアは満足して地上へ降り立ち、生意気にも心配そうな眷族へと振り返る。

 すると、一定のリズムを刻んでいた心臓が跳ねあがった。



「ごふっ」


「オリヴィア様!? だからご無理をなさらないよう申したのです。さぁ私の血を遠慮なく」


「……はぁ、今はいい。 それより――」



 そう言いかけた瞬間、鎧の金属音が妙に耳に入り込む。



「うぉぉぉぉ!! 死ねぇぇ、オリヴィアぁぁぁ!!!」――"泰山斬り"


「オリヴィア様! この人間如きが!」



 入り乱れる戦場の中、背後まで差し迫ってきた人間。

 オリヴィアはふらつきながら身を捻り、片手に持った剣を半回転させて容赦なく振り抜いた。



「っが! く、くっそ……かはっ」



 喉元は掻っ切られ、鮮血を散らしながら倒れる人間。

 オリヴィアの瞳に映り込む情報は、その人間の『42』という数字。



「それで キュヴェはどこ? もう戻ったのか?」


「……あ、はい。キュヴェ様は結界を張り効果を付与すると、直ぐにここを旅立たれました。恐らく、魔城へ戻られたかと」


「伝令ぇ、伝令ぇ!! オリヴィア様ぁ、第一軍団オーク部隊ゴールだすぅ」



 話し中に割り込んでくるは豚頭をした巨漢のオーク。

 その背中に魔石を背負っていることから、この伝令が魔城からの内容だとわかる。



「用件は?」


「英雄を討ったならぁ魔城へ帰還するぅ。 オリヴィア様ぁ、魔城へ帰還するぅ。他の軍団長もぉ、待ってるだすぅ!!」


「ああ、わかった。アスール、生首ソレを其方に任せる。いつもの様に巨人部隊に晒させ、効力が薄まり次第山岳地帯に立てておけ」


「はっ! 後の指揮は私にお任せを」



 気付けば周囲には生存者の気配はなく、静かになった戦場でオリヴィアは踵を返す。



 英雄は眷族化させるには耐性が高く、一人残すだけで尋常ではない被害を齎す。

 だから英雄が参戦した時は実績もあり、実力のあるオリヴィアが必然的四に対処にあたるのだ。


 万が一邪魔が入らないように第四軍団長のキュヴェに結界を張らせ、オリヴィアが討伐するまでが今の魔族軍の大まかな流れとなっている。



 もしその間に他の英雄が到着してしまった場合、オリヴィアが倒しきるまで他の軍団長もしくは歴戦の魔族や亜人に対処を任せるしかない。





 そうして空いた風穴はすっかりと塞がり、枯渇した魔力に疲労を感じながら魔城へと帰還するオリヴィア。

 背中に生やした蝙蝠と鳥の非対称な両翼をしまい、重さを感じさせない身のこなしで地面へと着地する。



 2体のサイクロプスの両脇を通り過ぎ、城の中へと足を踏み入れれば面倒な顔が現れた。



「ふんっ、戻ったかオリヴィア。 英雄はきちんと殺して来たんだろうな?」



 顔を合わせた途端、その醜い顔を更に歪ませて口を尖らせた骨と皮だけの存在。

 魔王軍第四軍団長リッチロードのキュヴェ。



「当然だ、誰に言ってる? それより其方こそ使いは果たせたのか」


「だからこうして戻っている。儂の結界内でやったんだ、勝つのは当然だろう、えぇ?」


「何度も言ってる筈だ、其方の結界がなくても勝てた。力に振り回されるような未熟者、妾の敵ではない」


「カカカッ、どうだがな。今回はそうだったかもしれん、だが次はどうだろうなぁ?」



 やはりコイツとは昔から反りが合わない。 ここでバラしてしまおうか?

 昔に何度かその身にわからせたというのに、未だにこうして挑発できるのは一種の才能ではある。


 それにコイツから見える数字は67、対して私はさっきの英雄達を殺して88へと至った。

 もはや魔力が無い今でも、バラすことは容易い。……いや、これをやっても意味はないか。



「おぉおぉ、怖いのぉ。儂を殺したくてウズウズしてる顔だ、のぉ? オリヴィア」


「よく回る口だ。使えるうちは殺さない、殺して欲しいなら無能になって妾の前に来い」


「それはどっかの真祖のことかぁ? カカカッ、安心しろ。儂だって己の存在が懸かってる、その為なら幾らでもしてやるさ。仲良くしようじゃないか? 同じ軍団長同士」


「…………」



 腰を必要以上に曲げ、薄気味悪い杖を叩きながらニタリと見上げてくるキュヴェ。

 オリヴィアは赤い瞳を向け、抜いた愛剣をゆっくりと鞘に収める。


 カチンッという音と共に、キュヴェの身に着けているネックレスが地面へぼとりと落ちた。



「次はその首だ。そろそろ臭い口を閉じろ」


「っ……カカカ、あい、わかった。だからその殺気をしまってくれ」



 いつもの軽口だと言うのはわかっている。

 しかし何時までも休まることのない戦いに続き、能力だけでもその力は紛れもない英雄との戦闘直後。


 本気で殺すならとうの昔、それこそ夜の散歩を邪魔してきた300年前に殺している。


 だが、コレは気にくわないアンデッドではあるものの、魔族には必要な存在なのも確かだ。

 特に、その固有能力で強化された結界術は間違いなく魔族が未だ抵抗できている理由の1つだろう。……認めたくはないが。



 古くからこの大陸に存在する魔族にのみ・・・・・強化効果を与える不可思議な加護。 キュヴェコイツの結界術。

 そして攻め入るには避けては通れない"怨念の渓谷"。


 この3つが合わさって初めて、この不平等な世界で今の魔族は生き長らえることができる。



 そんな事を考えていると目的の扉へと辿り着いた。



 錆びついたギギィッという音を響かせて中へ入れば、そこは円卓の置かれた薄暗い空間。

 後ろからは遅れてキュヴェが入ってくる。



「無事だったか、オリヴィア」


「キュヴェと一緒? どういう風の吹き回しだ?」


「オリヴィア様っ! お待ちしておりました!!」


「お二人とも戻られたのであれば、早速本題に入りましょう」



 口々に声を上げるは1人の軍団長と3人の副団長、そして各部隊の伝達者たち。

 本来であれば、その場から動けない者達が居るということは、戦場もある程度落ち着いたと見ていいだろう。


 それに何かあれば直ぐに、部屋の隅に待機している伝令の魔石が反応を示す。



 円卓の最奥、時計でいう12の位置にオリヴィアが座る。


 すると、それを合図に各々が戦場で得た懸念点や相手の情報、今回の戦闘で失った部隊やこちらの被害などが共有される円卓会議が始まった。



 狼の王ループス、上位悪魔、半人半蛇ラミア、ダークエルフ、そして……リッチロード。



 異なる種族が自身の見解を述べ、防衛する箇所、英雄の数、攻め入る軍団規模などを口にする。


 この円卓会議にオリヴィアは出席はするものの、進行や纏めは狼の王ループスに一任していた。オリヴィアは最終決議をするだけで、気になる事が無ければ話に割り込むことは多くない。


 次々と挙げられていく内容を精査し必要な種族部隊があれば、編成を検討しつつ戦場全体の流れを見る。そしてそれは戦況に限った話ではなかった。



 何十という種族が集まるこの場所では問題が後を絶たず、それは力ではどうすることもできない内容も多くあった。 各種族にあった食料や備蓄、生活環境や種族間での揉め事。



 魔王が討たれ6年、追い詰められた種族はこの大陸に集まった。


 領土は失い、環境は壊され、徐々に追い詰められていった魔族にはもはやこの狭き領土しか残されていない 行動範囲は制限され、小さな箱に無理矢理収まった何十という種族。


 殺し合いに発展するのにそう時間はかからなかった。



 そこで元魔族軍が仲裁に立ち、何とか今の形まで持ってくることができたのだ。



(……魔王、妾は上手くやれているのか? 永い時を生きたが今でもわからなくなる。かつてのお前の領域には至れた。だが、ここに居たのが妾じゃなくお前だったら……今頃)



 眼前で行き交う言葉を耳に入れつつ、ふと何時ものように感傷に浸ってしまうオリヴィア。

 一際大きな『次に』という声で現実へと引き戻された。



「中央大陸での例の噂の真意についてですが、既に5日、斥候部隊との連絡が途絶えております。恐らく……」


「消滅したんだろう? 幾ら影の亡霊ファントムといっても、中央大陸に行けば半々の確率でそうなる」


「まぁ、それはわかっていたことね。それでも私達は何が起きたのか知る必要があるわ」


「そもそもが噂話なんだろ? 人間達が企てた偽情報フェイクなんて可能性もある」


「それには俺も同意見だ。僅か1か月足らずで3つの国が崩壊したなど。確かあの国々には英雄がいた筈だ、聖王国と帝国には2人ずつ。特に聖王国には剣聖クレイヴ・ファウストがいる。眉唾だ」



 狼の王ループスの確信めいた声音に誰もが口を閉ざし、室内には静寂が波紋する。



 その言葉にはオリヴィアも内心で頷いた。

 英雄を何人も殺した身からしても、人類種の支配する中央大陸で国を丸ごと崩壊させるなど不可能に近い。


 英雄を相手取り、膨大な数に押し当てられながら加護も結界もない地で全てを打ち壊す。それも3回連続。



 (くだらない、昔のまだ英雄が少なかった時代の魔王なら出来たかもしれない。だが今のこの世界でそれを成そうなど、ただの自殺行為だ。やれる者が居るとすれば、それは……始祖、様? ……いや、それこそありえない。あの御方が休眠に入って、一体どれだけの時代が過ぎた? もう居ない、救いを求めるな。妾にはそのご尊顔を思い出す事すら、叶わないのだから)



「そもそもな話、その噂が本当だったとして。私達の味方とは限らないでしょう?」


「ええ、ですからまずは確実な情報を得ることからでしょうね。影の亡霊ファントムとは別に、中位悪魔を2柱向かわせていますし、捕らえた人間からも尋問してる最中です。時期に真相はわかるかと」



 オリヴィアは度重なる戦闘に疲労を感じつつ、頭を振るって話に割り込んだ。



「中央大陸の噂に関しては其方に任せる。何かわかれば直ぐに知らせるように」


「はっ! お任せください、オリヴィア様」


「ん、それじゃあ次。妾が殺した英雄についてだけど……――」




 長くも短くもない円卓会議が終わり、オリヴィアは気分の赴くままに何時のも場所へと来ていた。



 付き従うは部屋を退出してからここまで、一言も発さずに黙ってついて来る我が眷族達。


 全員が黒い甲冑を身に纏い、吸血鬼と言われなければわからない程にその全身をフルプレートで包み込んだ黒騎士。


 兜の隙間から覗かせるは、黒い空間に浮かばせた吸血鬼の象徴ともいえる赤い瞳。



「貴方達も休みなさい、吸血は結構」


「「「「「はっ」」」」」



 一斉に踵を踏み鳴らし、大きくも煩くない声量で十数人の眷族が声をあげた。

 そうして次々に去っていく眷族には目も向けず、オリヴィアは眼前に聳え立つ半壊した石像へと歩み寄る。



 そこは魔城から出て少し歩いた所にポツンと点在する、崩れ落ちた廃墟。


 何時からあるのか、何時から訪れているのかはわからない。

 ただ気付いた時には足を運んでいて、ここが妾にとっては落ち着ける空間なのは確かである。



 黒いベール越しに見上げる石像は上半身から上が無くなっており、周辺を見渡してもその残骸は一欠けらも見当たらない。


 元はどんな石像で誰を模った物なのかは不明ではあるが、ある程度その検討はつく。


 そんな存在・・・・・に安らぎを求め、無意識にでも一欠けらの救いを求めてしまうことに堪らず反吐が出そうになる。 だが、どうしても足を運ぶことを止められなかった。



 頭では拒み、体でも拒否しているのに、魂がそれを求めて止まないのだ。



 オリヴィアは無意識に首にかけたロザリオを握り、石像に触れる。



 信仰心なんてない、神は魔族の敵であって憎むべき怨敵。

 そう思っている筈なのに、いつまでも経っても手放すことが出来ない信仰心。



「救いなんてない筈なのに……消えないな」



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