第126話 リサーチする始祖のお姉様



 黒いドロドロとした奔流が霧の森を埋め尽くす。


 木々は折れ、荒れ果てた大地にはすっかり動物の声が聴こえなくなってしまった。

 代わりに聴こえて来るは呼吸を乱し、むさ苦しくも聞くに堪えないそんな声。


 込めた魔力を少し弄れば奔流の流れは変わり、必死な血相で両手を突き出すニヤルト。



 「はぁ……はぁ、……ぐっ」


 「支配戦はてんでダメね。 もしかして同じレベルとやったことない?」



 適当に放った何本かの血剣に対し、あらん限りの力で対処するニヤルトを見て首を傾げる。


 リアとニヤルトが向き合う場所はぽっかりと空いた空間。

 倒された木々は既に血流に呑まれ、まるでこの場所だけを避けるようにして流れる奔流はリアの頭よりも高い水嵩を持っている。


 すると必然的にそれは壁のような役割を持ち、この場には一種の闘技場コロシアムのようなフィールドを作り上げていた。 もちろん、そうしたのはリアである。



 膨大な血の量。 そこに含まれた命は人間に換算すれば、一体どれだけの数になるか想像すらつかない。

 しかし、実際にはその中にリアの血はコップ一杯分程度しか含まれておらず、大半がニヤルトの行使した血統魔法の産物だった。


 この現状こそ、支配戦の重要性を物語っている。

 リアは自分に向けられた血統魔法の悉くを支配し、自分の環境化に置いただけ。 支配戦は練習すれば上達し、実力が均衡すれば通常通りの魔法の応酬となる。


 つまり眼前の結果は、このニートの怠慢が引き起こしたに他ならなかった。



 何度目かの血の衝突によって互いの魔法を喰らい合う吸血鬼わたしたちらしい光景を横目に、今じゃ放浪者と何ら変わりない身なりのニヤルトを見据える。



 その様子は最初に見せた傲慢で不遜な態度とは異なり、歯を食いしばって両腕で耐える様はとても滑稽に見えた。



 (思ってた以上に酷い。これで数百年生きてる真祖?嘘でしょ? 数百年何やってたのよ……あ、ニートか。でも正直言って、この程度なら今のアイリスが少し私と練習すれば超えれそうね。もう20回くらいは試したし、流石に出し惜しみはないでしょ?)



 あまりの手応えの無さに、つい隠し球を疑ってしまうリア。

 その瞬間、唐突に余裕と言葉を取り戻したニヤルトが肩を振るわせながら笑い出した。



 「ふふふ、流石はリア様。支配戦の能力が卓越していらっしゃる。 しかし、余とて真祖の端くれ貴女様の足元へくらい届きうるのです!!」


 「いや、それはない」


 「っ、ぐっぐぬぅぅ!! な、何故……!? 確かに余は、貴方様に迫っていた筈……うぐぐっ!!?」



 軽く押せば手放す程度の制御の糸、その辺の髪の毛にも劣るレベルが一体何を言ってるのだろう。


 リアは片手間の制御に少し力を加える。

 すると簡単に喰い合いは一歩的なものへと変わり、瞬く間にボロボロなニヤルトを呑み込んだのだった。



 これで何回目かわからない吸収。

 もはや一見しただけでは量は変わらず、よくもまぁこれだけの量集めたと我ながら関心してしまう。




 ニヤルト・トランス・ストーカー。



 真祖の吸血鬼でアイリスを眷族化させた元ご主人。

 他の何を置いても吸血を好み、あの子をただの血袋としか見てなかったクズ野郎。


 純潔を散らさなかった事については惜しまない賞賛を送りたいが、やはり憎たらしい者に変わりはない。


 何でも500年は生きてるらしいが、今の所その貫禄もなければ覇気も実力も感じられない。やはりただのニートである。



 そんな立派なニートとの戦闘を始め、体感で1時間程が経過した今。


 結局、何故このニートが私の名前を知っていたのかはわからなかった。 いや……そもそもな話、質問の意味を理解していないように見えたのだ。



 リアが思い出すはノリと勢いで使用してしまった【原初の覇気】、アレの弱体効果デバフが切れるまでの尋問時の出来事のこと。



 『忘却……つまり貴方は私と出会ったことがあるのかしら?』


 『何を仰られて……当然ではありませんか? 貴方様に救われ、眷族にして頂いた時に余がどれ程……』


 『待ちなさい、私が……眷族化させた? 馬鹿も休み休みにいいなさい。 それとも遠回しにここで殺して欲しいというお願いをしてるつもり?』


 『っ……! めっ滅相もございません! た、ただ、余は事実を申しただけで……貴女様を謀ろうなど、微塵も思っておりませぬ』


 『その目…………貴方、さっきから誰と勘違いしているの?』


 『な、何を仰って……我が主は、貴女様だけにございます、リア様』


 『…………、そう』



 私を見る目も、真実だと口にするその声音も、どちらも嘘は見えなかった。


 けれど私にそんな記憶はないし、そもそもな話この肉体はヘスティナが造った前世ゲームのキャラだ。


 数百年も前の男を眷族化させるなど、それこそ意味が分からない。



 そうして弱体効果デバフが消えてなくなるまで、同じような問答をしたが返ってくる内容は全て似たようなものだった。


 まるで会話にならない。 街中で突然に話かけられ、断ったにも関わらず強行しようとするナンパ男以上に話が通じないのだ。



 流れる奔流を視界に収めてリアは頭を振るう。

 気持ちを切り替え、本来の目的を再認識する。



 「もういいわ、続きをしましょう」



 リアは心のメモ帳の『支配戦』枠にチェックを入れる。


 本来であれば自分の支配する血中に取り込んだ以上、対抗策がなければこのまま好きにできるのだが、リアはその権利を軽々と放棄した。


 そして波打つ血の中からニヤルトを見つけ出し、地面へと吐き出すのだった。



 「げほっげほっ……くっ! ……はぁ、はぁ……」


 「……再生は終わった?」



 衣服はボロボロに破け、もはや半裸状態のニヤルト。

 失った筈の手足や腹部からは真っさらな肌を晒し、歩み寄るリアを見ては項垂れるようにして呟いた。



 「殺すことは容易い、か。 ……貴女様の思惑は理解しました。 ご満足はーー頂けてないようですな」


 「当然ね、貴方にはまだまだ付き合って貰うわ。 ああ、嫌になったら何時でも言ってね? すぐに終わらせてあげる」



 もちろん嘘である。

 このニートの命自体は吹けば飛ぶように軽いが、アイリスの真祖化を促す命としてはとっても重い。


 だからこれはニートに本気を出させる為のブラフであって、一つの脅しだ。

 これでもし諦められちゃったら、その時はその時に考えるわ。


 ニヤルトはリアの言葉に暫し黙り込み、そしてふらつきながら立ち上がる。



 「……目覚められたのなら、別の者でもよかったのでは? 貴女様が休眠に入られている間、世界は人類種が支配し英雄が蔓延るのさばるようになりました。 それにオリヴィアや、何処に居るかは存じ上げませんがノウェムだって存命な筈です」


 「もちろん、その子達にも会いに行く予定よ。 ただ、最初が貴方だっただけ……もういいかしら?」



 休憩は十分とれたでしょう。


 リアは血剣を作るとその切っ先をニヤルトへと向ける。

 するとニヤルトは観念したように項垂れ、己の血で長槍を作り出しながら手元で構えた。


 互いに目が合った瞬間、リアは一気に踏込む。



 (ノウェム! アイリスの言ってた3人目の真祖! 確か神出鬼没で放浪者みたいな子なのよね? うーん、流石に会うのは厳しいかな? でもまぁ寿命は長いんだし、いずれ会ってみたいわぁ!)



 血剣と血槍が交差し、血液とは思えない金属音を響かせながら大地を抉る。


 ニートと言えど吸血鬼の真祖。 その腕力は人間のそれを遥かに凌駕しており、一振りするごとに大気を揺らし木々の枝や本体を触れずに切断した。



 「ふっ、はっ! これなら……!!」


 「……?」



 そんなニヤルトの槍術に、リアは涼しい顔を浮かべながら何事もなく巧みに剣を振り回して弄ぶ。


 倒すだけなら直ぐに終わる。 けれどこれはアイリスの為の戦闘であって、決して自分の為ではない。

 だからリアは目をかっぽじって、どんなに小さな情報でも見逃す事なく収拾に努めていくのだった。



 刺突、薙ぎ払い、避けられれば回し蹴り、更には鮮血魔法で血槍の投擲。

 詰められれば腕でガードし、そのまま飛び散った血液で手甲を作り手刀。



 半身を己の血で堅め、血鎧と血槍を纏ったその姿は正に真祖の吸血鬼。

 周囲に停滞させた数本の血槍も相まって、中々に煩いことになっている。



 (へぇ……意外ね、定石はしっかりとできてるみたい。 スキルで詰めてキャンセル、最低限に弱点を庇いながらまずは硬直を取ろうとするのも及第点ね。でも動きが単調で読みやすいわ。 特に出血や血しぶきの位置なんて、吸血鬼なら誰でも意識するものでしょ)



 私に気づかれないよう血を垂らし、踏み込んだと同時に足元から血槍を生やす手。


 再生を意思の力で留め、出血を継続させたままばら撒いた血で無数の血柱を立て、私の行動を制限しようとするのもどちらも悪くない。



 多分、アイリスでは近接での勝機は薄いだろう。

 やるなら氷系統魔法で距離を保ちつつ、じわじわと支配戦で武器を奪いながら環境を詰めていくのが固い。


 問題はそこまで彼女の魔力が持つのかということ。

 鮮血魔法の強みは、命を削る代わりに消費魔力が極端に少ないことだ。


 属性魔法と血統魔法の撃ち合いなら、持続力という観点から血統魔法に軍配が上がる。

 当然だ、血統魔法――つまり吸血鬼には再生があるんだから、回復ありとなしでは同じ土俵にすら立てない。



 自分がアイリスの手札ならどう立ち回るかを考えながら、その悉くを血剣一本で捌いて行くリア。


 そんな超次元な動きをまざまざと見せつけられ、ニヤルトは歯を食いしばりながら一歩深く踏み込む。



 「ぐぅッ! 何故だ、何故当たらんのだぁぁぁああ!!」

  ――《強血化》《沸騰の血》"刹那の赤閃"


 「っ……!」

  ――《凝血化》



 雄叫びと共に放たれるはこれまでの何倍もの速さで穿たれた黒い槍。

 それは当たり判定を広げ、槍の形状を刺々しく凶悪な物へと変貌させたものだった。


 踏み込まれた大地は陥没し、一瞬の間に7度の煌めきが火花となって散らされる。 空気は震え、振動は周囲へと波紋を広げる。

 すると呻き声を上げていた木々は限界を迎え、重力に従うがままに轟音を響かせて地面へと倒れた。



 「なっ!!?」



 鮮血が舞い散り、二人の間に血槍が回転する。

 遅れてそれが自分の腕だと気付いたニヤルト。



 「スキル硬直は終わってるでしょ?」


 「っ……くっ!!」



 加減した回し蹴りは胴体に捻じ込まれ、咄嗟にガードした腕ごと振り抜くリア。

 

 それは耳を聾する程の炸裂音を鳴り響かせ、血の奔流を突き抜けても尚足りない衝撃で、ニヤルトを森の奥深くへと吹き飛してしまった。



 「今日はこのくらいでいいかな。 ある程度はわかったし、そろそろあの子達の温もりが恋しいもの」



 僅か数時間程度の戦闘――いや、リサーチは概ねリアの満足する結果となった。


 意外にもニートが動けることを知れたし、それが予想の斜め上をいく近接寄りタイプだとわかった。

 実力的に剣聖は無理でも、下位の英雄程度なら十分に相手取れるとリアは感じた。


 まぁ、それをしないからニートなんだろうけど。



 (LVは70後半くらいだったかしら? 得物は血槍のパルチザン。左利きで右足の軸に若干ブレが見えたわ。種類レパートリーは少ないけれど幾つか定石を持ってるみたいだし、甘く評価するならバランスが良い。 けれど、あの槍の間合いと持ち手の位置からして、懐に潜り込まれたら体術しか回答がなさそうね。 それにあの反応速度、リーチある得物と間合いを考慮しても遅すぎるわ。 ああ、あとやけに右側を気にしてたっけ? 目は見えてるっぽいから性格の問題かしら? それにしても過剰すぎだわ。 あれじゃあ……――)



 思い返せば欠点だらけの内容。

 リアは1つ挙げれば次々と出てくる気になる部分に、アイリスならどう対処すべきかを考えていく。


 ニートの状態? まぁあの程度の蹴りじゃすぐに再生するでしょ、大丈夫大丈夫。



 血の奔流を飴玉程に凝縮し、しっかりと魔力を抜き取ってから制御を解除するリア。

 後始末はしっかりしないと。 まぁ、大半がニートの血だからどうでもいいんだけどね。



 そうして屋敷へと戻ってくると、そこにはニートの眷族と思える吸血鬼達がずらりと立ち並んでいた。


 皆、私を見ると怖いくらいにその顔を青褪めさせ、頭を下げた時など首から上が取れるんじゃないかという勢いだった。


 そんな彼らの中から一番存在感の強い、心臓を握りつぶした上位吸血鬼に伝言を頼むと、私は涙を魅せていた女吸血鬼をテイクアウトすることにした。



 他の子も連れていきたいけど、まずは一人だけ。



 「あ、あの……! わ、私なんかを一体、どうされるおつもりですか?」


 「ふふ、そんなに怯えないで? あそこに居たら殺されちゃうだろうし、特別に助けてあげるわ」



 怯えと困惑を見せる彼女に、リアは微笑を浮かべてその腰に手を回す。

 プルプルと震える瞳に栗色のショートヘア、決して美人ではないけれど挙動がどこか小動物を彷彿とさせる可愛さが気に入った。 多分ちょっと年上だろう。 ヒイロのような大学生のお姉さん味を感じるのだ。



 「そういえば貴女、名前はなんていうの?」


 「え……あっ、……ミアリ、です」



 至近距離で顔を近づけると、突然顔を赤らめもじもじとしだすミアリ。


 リアは不足していた女の子分が補充されていくのを感じ、彼女をより一層に強く抱き締め耳元で囁く。



 「良い名前ね、とっても可愛い。 貴女にぴったりな名前だわ」


 「んっ、……っ」


 「ふふ、くすぐったい? でもしっかり捕まってなさい」


 「……? っ、わっ!?」



 華奢な体をお姫様抱っこし、リアはそれなりの速度で霧の森を駆け抜けて帰路へとついて行くのだった。




 ちなみに、ニートへの伝言だが万が一にも逃げられたら面倒な為、極上の報酬を用意してあげることにした。


 あの報酬であれば、間違いなく逃げずに最後まで付き合ってくれるだろう。


 その内容は至ってシンプルである。

 それは私を満足させる事が出来たら、"始祖の血"を満足するまで飲ませてあげるというもの。


 正直、自分で口にしていて例え虚言でも最悪な気分だったが、アイリスの為ならそれくらい我慢できる。


 もちろんそんな日は天地がひっくり返っても、一生こないだろうけどね。 だって私がこの身を差し出せるのは



 「愛しの恋人達だけだもの♪」


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