第124話 始祖の抜き打ち訪問



 薄暗い森の中を歩く。


 草木は生い茂り、通り道には木の根が這い出ている。

 一寸先は視界を覆い尽くすほどの霧が群れ。



 「確かにここなら吸血鬼わたしたちはやりやすいわね」



 道じゃない道を歩きながらリアは紅い瞳で何気なく周囲を見渡す。

 時折聴こえてくるは遠く離れた獣の遠吠えと、羽をバタつかせるような妙に響く音。


 既に森へ入って数十分は経過しているように思えるが、一向に目的地は見えてこない。



 「別に珍しくもないけど、こうも何もないと退屈だわ。 道案内とか来てくれればいいのに」



 自分から赴いた以上、難癖つけるのはお門違いなのはリアだってわかってる。


 しかし退屈なものは退屈であり、こんなことなら誰かと一緒にくれば良かったと今更になって後悔してくる。



 ここはクルセイドア王国がある中央大陸から北西に位置する"イモータル大陸"。

 最初に転移してきた南東大陸から中央を挟み、ちょうど正反対に位置する場所である。


 既に人類種の支配領域に堕ちては居るものの、ことこの場所に置いては環境の問題から未だ領域外らしい。



 迷霧の森


 

 名前の通り、霧が立ち込め侵入者を迷わせる深森。

 一度入ってしまえば出ることは叶わず、脱出できたとしても化け物になって戻ってくるという噂の森。



 アイリスの話によればここに彼女のご主人、つまり個人的に憎たらしい真祖のニートがいるみたいなのだ。

 森の中は定期的に変化するらしく、細かい道のりは彼女を持ってしても案内は難しいみたいだから仕方ない。



 (本当ならアイリスも連れて来たかったけど、極力行きたくないみたいなのよね。 まぁあの子が居た頃の話を聞くと納得しちゃうというか、正直、腸が煮えくり返りそうになるのだけど今は我慢ね。 あとで出会ったら虐め抜いて、プライドも心も肉体もズタズタにしてやるんだから)



 愛妹がニートにされてたことを思い出しリアは無意識に【祖なる覇気】を垂れ流す。


 その瞬間、森自体が揺らめき、木々に止まっていた鳥類が勢いよく羽をバタつかせるとボトボトと、その身を地面へと打ちつかせていく。



 「おっと、いけないいけない。 stay coolよ、リア」



 そんな訳で彼女とは対人戦PVPをしっかり教えてから、ここへ一緒に来ることにしたのだ。

 アイリスとここに来た時、それはニートに勝てるとリアが太鼓判を押し、彼女が真祖へと至れる記念すべき日である。



 それにしても鬱陶しい霧だ。

 やろうと思えば辺り一帯を吹き飛ばし、視界を良好にすることは難しくない。


 ただ、そうしてしまうと騒音を聞きつけた邪魔にんげんが入ってしまうかもしれないし、今回の目的であるニートを消し飛ばしてしまうかもしれない。


 それは今回一種の調査にきたリアとしても望むものではない。

 だからこうして地道に森の中を歩いてる訳なのだが……。



 「いや待てよ? ニートはニートでも仮にも真祖なわけだし、そのくらいじゃ死なないかしら? う~ん」



 立ち止まったリアは腕を組み、何も見えない夜空を見上げて考える。

 すると、リアの面倒という強い願いが通じたのだろう。



 【戦域の掌握】内には4人の生命体が感知される。



 木の陰に潜む者、枝の上に器用に佇む者、上空に羽を生やし見下ろす者。

 そして――目の前に堂々とその姿を現し、他より一際大きな存在感を漂わせた者。


 上位種だろうか?



 「……はぁ、待ちくたびれたわ。 あんまり女性を待たせるものじゃないと思うの」


 「見たところ同族らしいが、主人は誰だ? ここには何をしに立ち入った?」



 フード越しに見える男は殺気を隠そうともせず、その赤い瞳を真っすぐにリアへと向ける。


 周囲を囲む3人も同様。 各々がいつでも戦闘に入れる姿勢をとっており、ローブで姿を隠すリアの正体は何となくでしか把握できていないようだ。


 別に意識して出してるわけではないが、初見でアイリスは私の異質な気に気付いていたという。


 可愛くて強くて素敵な彼女のアイリスと比べること自体、間違ってはいると思う。

 でも同族としか気付けない以上、これらは取るに足らない下っ端なのだろう。



 「答える気はないようだな。 であれば、ただの"はぐれ"として処理させて貰おう、悪く思わな――ッ!?」


 「なっ!?」


 「……リウス様ッ!!」



 リアは一瞬の間に男との距離を詰め、その無防備な胴体へ手刀を捻じ込んだ。

 勢いに押し出され、鮮血が頬へと飛び散る。



 「ごちゃごちゃ煩いわ。 貴方達はただ案内だけしなさい」


 「ぐっ……ごはっ、……貴様、こんなことをして……」


 「誰が返事を求めたの? それともまだ理解できてないのかしら?」



 掌から直接伝わってくる鼓動に気持ち悪さを憶えながら、リアは男を覗き込むようにして顔を近付ける。

 赤い瞳にリアの紅が映り込み、口から血を溢しながら微かに体を震わせる男。


 その瞳には驚愕と戦慄が滲みだし、私が彼らより上の存在だと漸く理解したようだった。



 「……ゴフッ、まさか……お前っ、いや貴女、様はッ! ……真祖の――がはっ!?」



 『ぐしゃっ』という感触と共にリアは埋め込んだ手を無造作に引っこ抜く。

 空いた風穴からは大量の血が吹き出し、無気力となった身体はバタリと音を鳴らして地面へと倒れた



 心臓を潰したくらいで上位が絶命することはない。放っておいても時期に復活するだろう。

 では何故握りつぶしたのかと言われれば、それは私を真祖と勘違いしたからである。


 アイリスやレーテ、エルシアなど可愛い子達が勘違いしてそう言っちゃうなら許す、全然許す。

 寧ろそんな可愛らしい勘違いに頬は緩みきり、取りあえず抱き締めてからその唇にキスを落とし、後は栄養を存分に補給することだろう。



 だが男、……お前はダメだ。



 可愛くないしムカつくし、それに不可能だとしても一度は私を害そうとした。

 殺ろうとしたのだから、殺られても文句は言えないでしょう?



 リアは倒れた男など目にもくれず、その場から動けずに立ち尽くす3人へ振り返る。



 「いつまでそうしてるの? 私をお前達の主人の所まで案内なさい」



 唖然としたまま固まり、目の前で起きたことを信じられないと目を見開く3人。

 しかしリアの言葉に数秒、自分達が返事を返していないことに気付いたのだろう。


 男の中位と思える吸血鬼3人は慌てて駆け寄り、プルプルと震えた様子で目の前に跪くのだった。





 こちらの一喜一憂を気にした様子で案内をする3人。

 その内の1人の肩には先程の上位吸血鬼が担がれ、他二人が前に立ってチラチラと鬱陶しい視線を向けてくる。


 それは恐れを抱いていると同時に、私が何者かを少しでも情報として得たいという詮索の眼差し。

 本来なら先程の男同様にここで戦闘不能にしても構わないのだが、それで一々進行を止められては面倒である。


 だからリアは不快に思いながらも、淡々と足を進めていくことに決めたのだった。



 (はぁ……あの娘達との触れ合いが恋しい、皆で昼食を取ってまだ半日しか経ってないのに。 もう何年も会っていないような気がするわ。 それにクラメンみんなも……ヒイロ、カエデ、エイス。 あれからヘスティナとも会えてないし、いつ会えるのかな? 聞きたいことも知りたいことも、もう山積みよ)



 「到着いたしました」



 若干の緊張を含ませた声音に、リアはフード越しに少し首を伸ばして見上げる。

 眼前には、一体何処に隠れていたのかと思える程に巨大な屋敷が聳え立ち、古びた煉瓦と黒鉄の鉄格子によってずらりと囲われている。


 正面には巨大な正門。 大きさからして4,5メートルくらいはありそうだ。



 「こ、こちらで少々……お待ちいただけますでしょうか? ニヤルト様に謁見の許可を――」


 「必要ないわ」



 リアは頭を下げる男の前を通り過ぎ、眼前の正門を軽々と飛び越える。


 目の前に目的のニート吸血鬼が居るんだからもう中位吸血鬼これらに素直について行く必要もない。 


 さっさとニートを見つけて、部屋から引きずり出したら徹底的に研究しないと♪

 待っててアイリス! お姉さまが今日攻略本を出版できるくらい検証し尽くして、貴女を必ず真祖へと至らせてみせるからね!

 



 「お、おい、これっマズイんじゃないか!?」


 「……あ、ああ! 早急にニヤルト様へご報告しなければ!」



 後方からそんな声が聴こえた気がしたが、リアは気にすることなく屋敷の屋根へと飛び移る。

 そうして【戦域の掌握】に神経を集中させながら屋根の上を駆け抜けると、それっぽい存在は直ぐに感知できた。


 というか状況からして、ほぼ間違いなくリアの目的であるニート真祖だろう。



 場所は屋敷の最奥、少し出っ張りのある部屋の一番広い空間。

 室内には6人の存在が感じられ、リアからすれば他と大差ない魔力を有した者が3人を侍らせて一か所に留まっている



 (ソファ?ベッド? 多分どっちかで寛いでいて両脇に女の子の吸血鬼が居るんだろうけど、随分と良い御身分じゃない。 なら……早速始めてもいいのかしら?)



 そう思って手元に魔力を込めると、両脇に侍らせた吸血鬼ちゃん達とは別の固体が唐突に室内で走り出した。


 思わず何事かと手を止めてしまえば、今度はニート真祖が動き出す。

 笑っちゃうレベルのショボい魔力量が感じられ、逃げ出した固体はピタリとその動きを止めた。

 すると、どうやら拘束された様な状態でニート真祖に引き寄せられ、続けざまに室内から泣き喚くような声が聴こえてくる。



 (あれは……何をやってるのかしら? 何だか最高にクズなシチュエーションに出くわしちゃった気がする。 やってることも事前に聞いていた話と合致するし、多分、アイリスが逃げ出してからのここ200年何も変わってないんでしょうね。 ……まぁその方が気兼ねなくやれるけど)



 『やめてください! お願いします、お願いします!! ニヤルト様、どうかッ、それだけは……!!』


 『何が不満なんだ……? 決して美味しくもない貴様如きが……余の血肉になれるのだぞ? 喜びはすれど拒絶するなど、身の程を知るがいい』


 『いや……! 止めてッ、な、なんでもします! それ以外なら、何でもしますからっ……! まだ、まだ私は死にたくありません。 いやだ、誰か、誰か助けて……こんなのいやぁぁぁぁ!!!』


 『クククッ……いつ聞いても人間の自我が残った女の声は甘美なものだ。 安心するといい、その肉体がこと切れるまでしっかりと余が愛でてやろう』



 屋根越しに二人の距離が徐々に縮まっていくのが感じられる。

 あと数秒もすればニートの牙は女に届き、1分もすれば死に至るだろう。


 リアは少し移動して屋根を壊すことを考え直し、窓ガラスからお邪魔することに決めた。



 (どうするかは置いといて、取りあえず襲われてる子を傷付けない方向でやろうかな。 それじゃあお邪魔しま~す)



 窓ガラスへ突っ込み、『パリィンッ!』という気持ち良い音と共に床へと足を付ける。


 中はそれなりに広くキングサイズのベッドはあるが、どうも寝室ではないようにリアには思えた。

 室内を見ればソファに座る二人の女吸血鬼と、入口付近に佇む二人の男吸血鬼。


 そして、ニート吸血鬼と思われるだらしないチャラ男と【鮮血魔法】で拘束された涙ぐむ女の子。



 皆一同に突然部屋へと乱入してきた全身ローブ姿のリアへ、唖然とした表情で振り向いている。

 含まれる感情は様々だが、共通して言えるものとしては"困惑"だろうか?



 「なんだ……? 貴様?」



 ニヤルトニートは怪訝な表情を浮かべながら、その目に殺気を込めてリアを見る。

 その瞬間、扉の外からドタバタとした足音が鳴り響き、一拍置いて控えめながらに力強くノックされた。



 「ニヤルト様、至急お耳に入れたいことがございます。 っ、よろしいでしょうか?」


 「……っ」



 その言葉で扉に目は向けるものの、ニヤルトは動こうとしない。

 だからリアが進めてあげることにした。 笑いながら。



 「聞いてあげてもいいんじゃない、ニートなんだし。 時間はたっぷりあるでしょう?」


 「……ニート、だと? ――……入室を許可する、入るといい」



 そう豪然たる態度でニヤルトが口にすると、雪崩れ込む勢いで入って来たのが先程の三人。いや、四人か。


 最後尾にいる男、どうやら心臓を破壊した上位吸血鬼は既に完治して動けるようになったらしい。

 そしてリアを視界に収めると苦々しい顔を浮かべ、足取り重そうに部屋へ入室してくるのだった。



 (ふふ、1度にこれだけの吸血鬼を見たのはいつ振りかしら? 全滅させるのは容易いけど、今回の目的はニートの簡単攻略法探し。 それならまずは……うん、黙らせるのが一番よね♪)



 リアは鮮血魔法によって拘束され、困惑した様子で涙を魅せる女吸血鬼を見据える。

 赤い瞳と目が合った。



 「貴様……余をニートと呼んだのか? 言葉の意味はわからないが……何故だろうな? 酷く侮辱された気分だ、不愉快だ」


 「……」(あ、わかるんだ)


 「そうだな、取りあえず跪くといい。 真祖たる余に対面するのだ。 それくらい当然であろう?」



 ニヤルトは気取った様子で室内を歩き始め、ソファへとその身を投げ出す。

 座ったまま器用に見下ろし、蔑視を含んだ視線を受けてリアは思わず口元を歪めてしまう。



 被っていたフードを上げ、素顔を晒したリアは冷笑に似た奇妙な笑みを浮かべた。



 ――【祖なる覇気】



 「何故、始祖わたしが貴方如きに跪かないといけないの? 逆でしょう?真祖・・



 

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