第123話 寝起きのエルフと聖女さま
サラサラとした金髪が視界に飛び込む。
肉付きはまだ物足りないが暖かな感触が全身に広がり、そして疑問を浮かべる。
(…………オリヴィア?)
記憶違いでなければ、私はアルカードと名乗った筈だ。
では、何故このエルフちゃんは私をオリヴィアちゃんと呼んだのか。
吸血鬼だから? 容姿が似ているから? それとも突拍子もないがあの状況なら、オリヴィアちゃんが来るからだろうか?
答えはわからないけど、私の勘違いという線は消しておきたい。
「アイリス。 ……オリヴィアって」
「はい、お姉さまを除けば最古の吸血鬼。 オリヴィア・ノスフェラトゥ・リーゼ様のことで間違いないと思いますわ」
うん、やっぱりそうだよねー。
…………あれ?
今まで普通にスルーしてたけど、色々おかしくないかしら?
私自身、最初は
けれど、それはゲームのシステム的に《進化要素》として可能だっただけでフレーバーテキストやストーリーなどを見る限り、"真祖"に至るには始祖に眷族化して貰う方法以外に存在しない筈だ。
だからこそ思う。
(この世界に元々存在した始祖は何処へ行っちゃったの? ……思い返してみれば妙ね。 アイリスは上位に至る程の実力ある吸血鬼。 なのに真祖は知っていて、始祖は知らない様子だった。 それ所か真祖を知らない私に疑問すら持ってなかったわ。 あれ? そういえばドワーフなんかも始祖という存在自体知らなかった気が――)
「お姉さま?」
「……っ、大丈夫よ。 ちょっと考え事をしてただけだから」
心配そうな顔をするアイリスに、リアは頬を緩めて何でもないと首を振るう。
そうよね。 そっちも気になるけど今はこっちが優先よね。
リアは切り替えて、胸元に顔を埋めるリリーを見下ろす。
まるでコアラの様に抱き着くリリー。 そんな彼女を抱き上げて適当なイスへと腰掛けた。
「ねぇリリー? 私は貴女にアルカードと名乗った筈よね。 どうして私をオリヴィアと呼んだの?」
「っ……!」
膝に乗せたリリー勢いよく振り返り、見開いた瞳にはありありと驚愕の色が映り込む。
そして段々と言葉の意味を理解してきたのだろう。
リリーは言葉を喉に詰まらせると、今度は視線を彷徨わせて顔を俯かせてしまった。
「別に怒ってるわけじゃないの。 ただどうしてそう呼んだのかが気になるのよ」
「…………」
黙り込んでしまったしまったリリー。
よく見れば肩をプルプルと震わせ始め、何だかリアまで悪いことをした気分になってくる。
リアは別にちみっこをイジメたい訳じゃない。
ただ、自分が気になっているオリヴィアちゃんとどんな関係で、何を思ってそうしたのかが気になったのだ。
そうして少しだけ困り果てていると、別のちみっこ達がナイスな
「よくわかんないけど、話してみろよ? リア姉はそんくらいじゃ怒らないからさ」
「うん、お姉ちゃんは怒らないよ? 大丈夫だから……話して、みよ?」
立ったまま覗き込むルゥと、背伸びをしてリリーの頭に手を伸ばすセレネ。
するとやはり、同じちみっこ同士の言葉は芯に響くらしい。
「……ア、アルカード様は、オリヴィア様じゃ……ないのですか?」
「ええ、違うわ。 どうしてそう思ったのかが気になるけど、改めて自己紹介させて貰うわ。 私はリア。 リア・アルカードよ」
「リア……アルカード。 本当に、……オリヴィア様じゃなかったんだ」
落ち込む、というよりはどこか納得した様子のリリー。
そんな彼女を見て、リアはずっと頭の片隅で気になっていたことを聞いてみることにする。
「あの時、私達が吸血鬼だと知って喜んでいたように見えたけど、それもオリヴィアちゃんだと勘違いしたからかしら?」
「あっ、うぅ…………はい。 でも、それはオリヴィア様だからではなかったのです。 あっ、あれ? 私何を言ってるの? うぅ……わかんない」
「ふふ、落ち着いて? 大丈夫、ゆっくり教えてくれればいいわ」
「…………はい。 私は」
そうしてリリーはポツポツと話し始めたのだった。
それは彼女があの地下に閉じ込められ、私達に出会う前までの、この世界の現実。
リリーはあの劣悪な環境に身を置く前、西北大陸にある故郷の小さな村で生活していたらしい。
そこは50人にも満たないエルフだけが住む秘境の村。
魔族領にも比較的近く、人類種からは身を隠しながら日々を過ごしていたらしい。
しかし魔王が討たれ、狭まり続けた魔族領に応じて人類種の生存権はエルフ達の村のすぐ側まで迫ってしまうことになる。
それが偶々悪い方向へ転がり、安寧と平穏は突如として地獄のような世界に変わったようだ
村の大人達は森に侵入してきた人類種と対峙し、比較的幼いエルフだけが森の奥へと逃がされる。
しかし地の利はあっても、圧倒的な数には太刀打ちできなかったのだろう。
エルフは1人、また1人と捕まり殺され、仲間の死を立て続けに見続けたリリーは等々背負っていた狩猟用の弓で、無謀にも追手を迎え撃とうとしたらしい。
「でも……できなかった。 私は狩りでしか弓を使ったことなくて、森には火が広がって、それで……それでリーフちゃんが私を逃がして……くれて」
仲間とも散り散りになり、無我夢中で逃げ続けたリリー。
しかし、いつまでも体力が続くわけもなく、空腹と疲労によって気を失ってしまったらしい。
そうして気が付けば、あの地下へと捕えられていたようだ。
両肩を抱き、カタカタと震えだすリリー
「あ、あそこは……死ぬよりも怖かった。 毎日毎日……目の前で誰かが殺されて、私は……私と皆は、虫みたいに遊ばれるんです。 犬みたいに……床を……っ」
それは次第にしゃくり上げるような声に変り、嗚咽と涙をポロポロと流し始める。
「もういいわ。 ごめんなさい、辛い事を思い出させちゃったわね……」
小さな体を震わせるリリーに、リアはそれなりの罪悪感を抱きながら優しく抱き締める。
傍ではルゥが我慢するように握り拳を作り、セレネは表情を沈めて身を寄せてきたのだった。
(私のバカ……あの環境下に居れば、当然こういう話になるのはわかりきってたじゃない。 ルゥとセレネも似たような状態だったし、本当に……この世界の人類種は救いようがないわ。 それに最後、"犬みたい"ってなに? こんな年端もいかない少女に何をやらせたの?? あぁ、朝一のぽわぽわ状態で聞く話じゃないわ〜)
その辺の亜人が同じ経験をしたと聞いても、多分リアは何とも思わないだろう。
しかし、それを話しているのが年端もいかない少女で、尚且つこんなに可愛らしい子が涙を流しているなら別である。
出来る限りは寄り添うし、可能な限り癒してあげたいとすら思える。
(あーこんな時にアレだってわかってるんだけど、エルフ耳……可愛いなぁ。 さっきから目の前で、ピクピクピクピク震わせて……思わず甘噛みしたくなっちゃうわ♪ それに、この子供特有の体温。 背中越しに小さな鼓動が感じれて、控えめに言ってやばいわぁ)
表面上では寄り添うお姉様なリア。
リリーはそんな吸血鬼の欲望に気付くこともなく、逆に落ち着いてきた様子で
「……そんな毎日で、思い出したんです。 こんな世界でもたった一人、あの悪魔達と戦い続けている血の女王様の話を。 だから私は……いつか助けに来てくれるんじゃないかって、それで」
その言葉に漸く、リリーが私をオリヴィアちゃんだと勘違いした理由がわかった。
救いのない絶望のみが渦巻く環境の中、パッと見10歳やそこらのリリーが、魔族の英雄のようなオリヴィアちゃんに夢を見てしまうのも仕方のないことだろう。
すると今まで黙っていたアイリスが口を開く。
「貴女には悪いけど、あの方はそんなに暇じゃないわ。 この偏った世界で貴女みたいな亜人が何人いると思うの?」
「っ、アイリス姉!」
リリーの話に自分を重ねたのか、見るからに憤りを憶えていたルゥが無謀にも噛みついた。
しかしそんなルゥにアイリスは冷めた表情で見下ろしながら淡々と口にする。
「事実よ、ルゥ。 貴方もその身で経験したんだからわかるでしょ? 力のない者は奪われるの。 それは私だってそう。 お姉さまという奇跡に偶然巡り合えてなかったら、既に死んでたわ」
「ッ……!?」
ルゥはアイリスの告白に何も言い返せず、セレネも何処か落ち込んだ様子でシュンと顔を俯かせている。
何だか微妙な雰囲気になってしまったこの状況。 リアは取りあえずリリーとセレネを撫でまわすことにした。
アイリスの言ってることも二人が思うことがあるのも、どちらも理解できる。
ただ1つだけ言わせて貰うなら、この世界に来て始めて出会えたのが同族で最高に可愛いアイリスという時点で、私の方が奇跡である。 これだけは譲れない。
(薄々思ってたけど、アイリスってオリヴィアちゃんのこと結構好きよね。 手放しで敬っているというか、尊敬の念を犇々と感じるわ……ちょっと妬けちゃう。 でもそれだけ魅力的な子ってことか。 会ってみたいなぁ、オリヴィアちゃん♪)
まだ見ぬ真祖に期待を膨らませ妄想していると、いつの間に覇気のないルゥが傍へ寄って来ていた。
最近はすっかり元気になって、鬱陶しい程に燥いでいた子がこうやって甘えにくると、なんだか母性が擽られるわ。
リアは思わずクスッと笑ってしまう。
いつもなら嫌がるルゥが素直に抱かれ、セレネは甘えるようにして腕を取り自身の頬にその手を添える。
「ねぇ、リリー?」
「っ……?」
耳に吐息がかかって擽ったかったのだろう。
驚いた様子で振り返るリリーは、その目を白黒とさせ黄緑と橙色のオッドアイを輝かせた。
「ふふっ♪ 今は混乱してるだろうけど、ゆっくり休んでから決めればいいわ。 この神殿は私の――いや、私達だけの領域なの。 誰も足を踏み入ることのできない安息の地。 ……だから安心して、ね?」
「わ、私はっ――」
そうリリーが何かを口にしようとした瞬間、可愛らしい空腹の虫が声を鳴らす。
礼拝堂に『くぅぅ~』という可愛い音が鳴り響き、一拍置いてそれが自分のお腹だと気付いたリリー。
「……ふふっ、……クククッ、あはははっ! そうね、貴女はまだ目が覚めたばかりだもの。 だから別に恥ずかしがることじゃないわ」
「っ……うぅ」
「丁度いいわ、私もまだだったし。 貴方達もどう?」
「もちろんご一緒しますわ。 お姉さまからのお誘いに、私が断るわけがありませんもの♪」
「っ……お、俺も俺も!」
「私もっ、リアお姉ちゃんと食べる!」
腹の虫によって先程までの空気は霧散し、そこにはすっかり昼飯ムードとなったちみっこ達とアイリス。
「ええ、それじゃあ皆で食べましょうか♪」
そういって礼拝堂を後にし、また自己主張の激しい陽光の下へと肌を晒すことになったリア。
すると何故かルゥは頬を赤らませ、こちらを見ると落ち着きのない様子でもじもじしだす。 ……トイレだろうか?
「ん? どうしたの? ルゥ」
「い、いや、俺は別に……」
「……?」
覗き込むように屈みこめば、ルゥは余計にのけ反って耳まで真っ赤にしてそっぽを向いてしまう。
先程までとは打って変わって、明らかに挙動不審なルゥ。
リアは増々疑問を浮かべると、唐突に腕に抱き着いて来たアイリスが同情めいた声音を漏らした。
「……お姉さま? こんなのでも一応、ルゥは男ですわ」
「ええ、それはわかってるけど? …………あぁ」
一瞬、何を言われたのかわからなかったが、自分の今の恰好を思い出し理解する。
リアは目覚めてから寝間着のまま散歩をしていた。
つまり、《白雪のルームウェア》姿で肌をそこそこに晒し、尚且つ胸元が開いた薄着のままなのである。
(どうりでシスターちゃん達やアイリスの視線が感じるわけだ、まだちょっと寝ぼけてたかな? ……それにしてもルゥも男の子ね。 紳士的に目を逸らそうとする努力は認めてあげるわ)
リアはニンマリといたずらっ子の様な笑みを浮かべ、生暖かい目でルゥを見下ろす。
すると、そんな視線に苦い顔を浮かべたルゥは最後まで必死に視線を逸らし続けたのだった。
そんなこんなあって、神聖区域まで戻ってきた。
ダイニングルームに向かう通路を歩いていると、乙女区域の方からもう1人の恋人が姿を見せる。
「……あっ、リア! それに皆も……あれ? その子……エル、フ?」
陽光に半身を照らし見惚れる程に美しいエルシアの微笑み。
そこにシスター服も相まって、リアは堪らず速足になって抱き着いてしまう。
もちろん、アイリスの腕を解いた時には彼女へのキスも忘れない。
「おはよう、エルシア。 今日もとっても綺麗ね♪」
「わっ!? も、もう……リアもとっても素敵ですよ? というより、寝間着のままなんですか?」
「ええ、私もさっきまですっかり忘れてたわ。 ノーブラよ? ほらっ♡」
「え、あっきゃっ!? も、もうわかりましたから、押し付けないでください! ひゃぁっ」
こういう時アイリスなら喜んで揉み始めるのだが、エルシアは恥ずがって未だに初心な反応を魅せてくれる。
だからつい押し付けてしまうのだ。
可愛い反応が見れる上、私も気持ち良い所に当たって感じられる。
これって一石二鳥よね?
「ふふっ、照れちゃって可愛い♪ これから皆で昼食に行くのだけど貴女もどうかしら?」
「……昼食ですか。 私もちょうど終わったところですし、はい、ご一緒させて貰いますね」
答えはわかっていたが、本人の言葉で返して貰えるとやっぱり嬉しい。
満面の笑みを浮かべるエルシアは、リアの抱擁に応えるように抱きしめ返してくれる。
そして彼女の背景にちょうど今、思い浮かべていた残りの一人が映り込む。
「リア様、それにエルシア様……いえ、皆様お集まりのようですね」
「おかえりなさい、レーテ。 ……その紙袋は?」
「はい、ちょうど皆さまが起きられる時刻かと思い、昼の食材を買いに行って参りました」
レーテは両脇にこれでもかと中身を詰めた紙袋が抱えられ、綺麗な姿勢を維持したまま当然のように答える。
そんな彼女にリアはキョトンとし、次の瞬間には満面の微笑みを浮かべる。
(本当に私のメイドは最高ね♪ 寝る時間も起きる時間も教えてないのに、すっかりサイクルを把握されちゃってる。 ……これは愛ね、そうとしか思えないもの。 ふふっ、どうせなら余すことなく把握されてみたいわ。 早速今夜から色々教えてみようかしら? 私のすべてを♡)
紙袋が無ければ堪らず抱き着いていたのだが、あるものは仕方ない。
リアは軽いキスだけに済ませ、それらに嫉妬したアイリスに迫られながら、ダイニングルームへと向かうことにした。
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