第118話 おや、始祖の様子が……!



 "火の聖女"



 公爵邸の門前にて、離れながらにこちらを見る民衆の誰かが口にした言葉。

 それは高い身体能力を持つリアですら、判別することは難しい小さな呟き。



 だが判別する必要も、識別する必要もない。

 何故ならそれはこちらを見る民衆の殆どが、口々にそう言葉にしているからだった。



 耳を澄ませばはっきりと聴こえる言葉。



 「おい、あの女の人がそうなのか?」


 「火の聖女様……あの方が」


 「……信じられないわ。 あんな子が、本当に?」


 「火の申し子らしい。 なんでも紅玉にも選ばれたとか」


 「火の聖女様がなぜ、獣人の子供と一緒に?」



 言葉と言葉が混ざり合い、十や二十では治まらない声が耳に拾う。

 眼前に集まった民衆を除いても、離れた所からこちらを見つめる人々。


 皆一様にその瞳には"尊敬"と"期待"、中には"疑心"といったものが垣間見えたが、多くの者はまるで幼子がヒーローを見たように瞳をキラキラと輝かせている。



 (火の聖女? 申し子? 紅玉にも選ばれたって、一体誰の話をしてるのかしら。 心当たりがない……わけではないけど、それを何で貴方達が知ってるの?)



 大層な呼ばれ方から、リアの中でも身に覚えは幾つかあった。

 しかし昨日までは何ともなく、今日になって途端にそう呼び始める者達が出て来たことで疑問が浮かび上がってくる。


 (紅玉の偽装がバレた? 確かあの時、魔女ちゃんに見られてたのよね……。 一応は口止めしたけど混乱してたっぱいし、誰かに漏らしちゃったのかな? でもそんなので"火の聖女"なんていう大層な名前で呼ばれるかな? それが理由にしては、ちょっと期待の色が濃すぎるわ。 普通、信じられない話には疑心だったり疑いの眼を向けるものじゃない? う~ん)



 尽きない疑問に頭を悩ませつつ、取りあえずリアは視線からセレネを抱き抱えて隠すことにする。

 すると公爵邸の門が開き、多くの使用人達に出迎えられる。


 中に入ってしまえばこの鬱陶しい視線からも解放される。

 そう思って一瞬、気を緩ませたのだが現実はまるでタイミングを見計らったように事態を拡大化させていく。



 「おい、あれって王族の馬車じゃないか?」


 「ああ、王族だ。 王族が公爵家に来たぞ!?」


 「本当だわ! きっと、聖女様を迎えに来たんじゃない?」



 リアは反射的に足を止め、聴こえて来た言葉に思わず溜息をついてしまう。



 「リア様」


 「ええ……何しに来たのか知らないけど、レクスィオでしょ」



 自分の中では既に分かっている相手だが、取りあえずはレーテの言葉に返しながら振り返る。


 すると、見えたのは確かに侍女の時によく目にしていた家紋のマークを付けた黒い馬車。

 それは無駄に豪華な装飾が取り付けられ、4頭の屈強な馬に引かれた他より一際大きなもの。



 もちろん、公爵への用事という線もあるだろう。

 しかし昨日の今日、更に言えば何一つとして彼には事情や状況の説明をしていない。

 いや、別にする義務などないのだが、パッと思い浮かべただけで私の下にくる理由としては十分すぎるものがある。

 加えて火の聖女コレだ。 一国の君主であれば、動いてもなんら不思議ではない。



 「まぁ、いいわ。 私もちょうど火の聖女コレについて聞きたかったし」


 「……リアお姉ちゃん?」


 「ふふ、大丈夫よ。 ちょっと騒がしいのが来ただけだから」



 不安そうに見上げてくるセレネを優しく撫でていると、眼前に王族の馬車らしきものが停車した。

 そしてガチャッと扉の開いた音がすれば、中から降りて来たのはリアの予想通りの男。



 「リア! よかった。 どうやら行き違いにならなくて済んだみたいだ」


 「やっぱり貴方ね、一応聞いておくわ。 ここには一体何の用かしら?」



 一瞬、言葉遣いに悩みはしたものの、カセイドの件は完全に終息しあの面倒な依頼おねがいも終わったと考えた。 ならば、侍女のフリをする必要も畏まる必要もないだろう。


 レクスィオはきょとんとした表情を浮かべ、すぐさま微笑みを見せて話し始める。



 「……用か。 正直、色々ありすぎて困ってしまうが今一番で言うなら、"コレ"かな」



 一定の距離を取りつつ、リアとレクスィオのやり取りを眺める民衆。

 そんな彼らを後ろ目に、苦笑交じりに示唆するレクスィオ。



 「それは私も気になってたから丁度いいわ。 ここじゃダメ?」


 「できれば、王城まで来て貰いたいな。 君とは他にも話しておきたいことがある」



 一見なんてことのない様に話すレクスィオだが、その言葉の節々や浮かべる表情から彼が"お願い"をしているということはわかる。



 (この状況の理由を知ってるっぽいし、付いて行くのがベストなんだろうけど。 でもそうすると、私の癒しが無くなっちゃう。 それにないとは思うけど、もしものことも警戒したいし……あっ!)



 リアは妙案を思い付き、黙ってこちらに振り返っているアイリスを手招きする。

 そうして喜々として歩み寄ってきたアイリスに耳打ちするのだった。



 「貴女にお願いしたいことがあるの」

 

 「なんですの? お姉さま」



 フード越しにも伝わってくるアイリスの感情。

 一緒に居られないのは残念だが、これを頼めるのは実力のあって尚且つ実行するまでに一切の躊躇がない彼女だけ。


 そうしてエルシアの同行を頼み、無いとわかっていても公爵が渋った時用に言伝も伝えておく。

 思っていた内容と違ったのか、若干不服そうなアイリス。



 「ダメ、かしら? これを頼めるのは貴女だけなの。 お願いアイリス」


 「むぅ、お姉様にそう言われたら無理なんて言えませんわ。 お姉様は……イジワルです」


 「本当にごめんなさい。 ……ああ、じゃあ用事が全て終わったら貴女の言うことを何でも・・・1つ聞いてあげるわ。 だから、ね?」


 「っ!?!? …………今、何でもと仰いましたの?」


 「ええ、そうよ。 貴女が望むことなら何でも、1つ聞いてあげるわ」



 興奮気味に鼻息を荒げ、フードの下で赤い瞳をキラキラと輝かせるアイリス。

 だからリアは念を押して、"何でも"を強調して応えてあげる。



 「えへ……えへへ、お姉様に……なんでもぉ♡ ――こほんっ、ここは私にお任せください、お姉様!」


 「ええ、ありがとう。 それとレーテにもお願いする予定だから、あの子にも同じ内容を教えてあげてね」


 「……畏まりましたわ、お姉様」



 さっきまでのウキウキは何処へ行ってしまったのか。

 口を尖らせながら渋々と了承するアイリスを見て、リアは思わず笑ってしまう。


 そっとその耳元に顔を近付け、呟くようにして囁きかけた。



 「帰ったら聞かせて? 貴女の……"欲望おねがい"♪」



 ぶるりと肩を震わせたアイリスを見て、満足に微笑んだリアはレーテを一瞥すると兄妹を手招きする。

 そうしてエルシアに軽く手を振るうと、二人と一緒にレクスィオの横を通り過ぎた。



 「行きましょう、レクスィオ」


 「あ、ああ」



 黒い馬車に乗り込み、ルゥとセレネを連れて王城へと向かう。

 室内は意外にも広々としており、初めての感触と乗車に心躍らせ燥ぎ始める二人。


 それを見ただけでもレクスィオの提案を受け入れたことには意味があったと、微笑みながらリアは思うことにした。




 公爵邸から王城まで、そう時間はかからなかった。

 乗車時間が短く、不満の声を上げるルゥと声にはせずとも残念そうなセレネ。



 「また今度乗せてあげるから。 元気出して、二人とも」


 「っ本当か! また今度、これに乗れるのか!?」


 「ええ、本当よ。 あんなに頑張ったんだもん。 対価として乗せるくらいいいでしょ? 殿下」


 「まさかこうも堂々と、侍女に脅迫される日が来るとはな。 ……ああ、もちろん構わないよ」


 「だってさ、ルゥ。 ほら、セレネも元気だして?」


 「……セレネは。 お姉ちゃんが抱っこしてくれるなら、元気になるよ?」



 上目遣いに悶える程可愛いことを言ってくれるセレネ。

 リアは一秒も経たずにセレネを抱き抱え、その後頭部に頬をぐりぐり擦りつける。



 そうしてセレネを抱っこしたまま王城へと入り、レクスィオを先頭にまるで職場見学のようについて行くルゥ。


 通路やエントランスをいつもの侍女服ではなく、ガチ装備にローブ姿を纏って歩くリアは当然注目の的となり道行く人間からは必ずといっていい程、多くの視線を向けられた。



 そんな多くの視線に晒されながら通いなれた執務室へ入ると、子供たちを置いて早速本題へと入るレクスィオ。



 「"火の聖女"。 この国で古くから伝わる伝承の一つだよ。 曰く、歴代国王と対を成す存在らしく王国に繁栄と自由を齎し、悪しき者達から炎の力を持って守護すると言われている。 何でも紅玉を造り、初代国王に渡したのも火の聖女だと、そう一部では口にする者もいる」


 「ふーん、そう。 ……それで? どうして私が火の聖女と呼ばれているの」



 リアの質問にレクスィオは言葉を詰まらせ、視線を右往左往させると小さく溜息をつく。



 「どうやら私の部下が……原因らしいんだ」


 「どういうこと?」



 そうして話し始めるは、事の経緯で原因となったこと。

 何でも民衆がそう呼び、騒ぎ立て始めたのはつい昨日の事らしい。

 夕方頃から噂が広がり始め、夜にはすっかりお祭り騒ぎにまでなっていたという。


 私が連合軍を壊滅させ天幕でエルシアの痕跡を見つけた時、レクスィオは既に数人の兵士達に情勢や援軍の伝令を自国へと送っていた。



 1回目はリアが火の壁を立て、孤立無援の状態となった時。

 2回目は天幕にレクスィオが訪れ、物的証拠から情勢が余りにも不穏だと知った時。



 どうやらその時に戻ってきた兵士達が、立て続けに興奮と緊張を抱えたままうっかりと洩らしてしまったらしいのだ。

 今朝がた戻ったレクスィオもそれを知ると直ぐに状況の把握に努め、伝令を任せた兵士たちに聴取したらしいが、当時は混乱していた兵士が多く確かな情報は掴めなかった。



 「だから君が"火の聖女"と呼ばれ祭り上げられるのは、民達が君の英雄にも匹敵する戦い、命がけで連合軍を打ち破り単身で国を護ったことを知っているからなんだ。 加えて言うなら、疑似紅玉で見せたあの人智を超えた超魔法。 あれすらも君が私の傍に居たから、忌み子として適性のない私が紅玉を扱えたと、そう言う民すら居る始末さ」


 「……」


 「事実、あの紅玉は君の力に他ならない。 いま王国内では君を指示する声が高まり続け、百数十年ぶりに"火の聖女"の席が日の目を浴びようとしている。 神殿も動き始め、既に王国内全土に居る聖職者たちが、君を一目見ようと王都にまで来ているらしいんだ」


 「…………?」



 意味のわからない内容に反応もできず、取りあえず苦し紛れに首を傾げるリア。

 膝に乗せたセレネの耳が頬にぽんぽんと当たり、反射的に口元を緩めてしまうが内心は未だ謎のままだった。


 レクスィオはそんな私にお構いなしに、いや気付いていながら話しを続けていく。



 「吸血鬼の君が、聖女などと呼ばれている現状は不快だろう。 だがこれは恐らく序章に過ぎない。 今は王国内に留まっているが、すぐに周辺国にまで新たな聖女の……いや、英雄を超えた"大英雄"の誕生が大陸中に広まる筈だ」


 「ん? 英雄って確か……人間達から生まれるんだろ? なんでリア姉がそう呼ばれてるんだ?」



 リアが反応をする前に、隣でルゥが至極まっとうな疑問を口にする。

 その言葉にレクスィオはわかりやすく苦笑を浮かべた。



 「それは……とても難しい質問だ。 結局の所、種族なんて関係ない。 見た目が自分達と同じで脅威から守護してくれる存在は、そう呼ばれてしまうのかもしれないな」


 「ふーん、よくわかんないけどリア姉はもうそう呼ばれてるんだろ? なら、それで良いんじゃないの?」


 「あら、随分と簡単に言ってくれるじゃない、ルゥ。 ……まぁ、その通りなんだけどね。 既にそう呼ばれてしまってるのだから、勝手に呼ばせておけばいいだけなんだけど。 それだけじゃないんでしょ?」



 視線を向ければレクスィオは頷き、やはり先程の言葉から答えは言ってるようなものだったと確信する。

 それが今回、レクスィオが私をここに連れてきた本命だろう。



 「今更吸血鬼だからと、君を疑う材料を私は持ち合わせていない。 ――……君に、火の聖女を担って貰いたい」


 「ええ、いいわよ」


 「わかってる、君はそういうのに興味が――……え?」


 「だから『いい』って言ったのよ」



 間抜け面で言葉を消してくるレクスィオに、リアはセレネの髪を弄びながら応える。

 擽ったそうにプルプル震えるセレネ。リアの頬は緩み切って、堪らずぎゅーと抱き締めてしまう。



 「本当に……受けてくれるのか? 私はてっきり……」


 「ああ、もちろん条件は付けさせて貰うわ。 いいわよね?」


 「あ……ああ、無理のない範囲でお願いしたいが、出来る限りは譲歩させて貰う所存だ」



 そうしてリアは無遠慮に幾つかの条件を提示し、レクスィオはそれらを動揺を隠せない様子で全て呑み込んだ。


 無理難題を言ったつもりはない。

 ただ少しばかり常識外れで、これまでにない条件を提示しただけに過ぎない。



 (初め聞いた時はわけがわからなかったけど、よくよく考えてみると条件さえ呑ませてしまえば全然アリなのよね。 例えば、ルゥやセレネが私と一緒に居れば他種族の地位向上にも繋がるだろうし、吸血鬼が聖女なんて誰も疑わないだろうから隠れ蓑としても最適だと思うの。 ううん、これ以上にないくらいよ。 それにクラメンの皆が来た時、人間の国の方が案内しやすいもんね! あら、やっぱり良い事尽くめだわ♪)



 呑ませた条件にげっそりとしたレクスィオを置き、私は話に飽きてしまったルゥとセレネの遊びを眺めていることにした。


 互いに手を合わせ、よくわからない歌と一緒に行うそれは『お寺の和尚さん』の様な手遊びにも見える。 今度、私も教えて貰おうかな? 和むなぁ~♪



 それからメインとなる話が終わり、護衛の依頼や国の現状、カセイドの状態なんかを聞いて私達は王城を後にするのだった。


 エルシアの無事に比べれば、取るに足らない程にどうでもいいカセイドの存在だが。

 頼まれてしまったのだから仕方ない。


 その日が来れば、私の手でしっかりと灰も残さずにこの世から綺麗さっぱり抹消してあげる♪



 もはや慣れてしまった視線に晒されつつ、王城から城下町に入る手前の喫茶店でお茶をする三人が見えた。 といってもその内の二人はローブを纏いフードまでしているから、わかるのは黒のポニーテールにアイマスクを付けた美人さんだけである。



 「あっ! あれ、アイリス姉達じゃない?」


 「本当だ! レーテお姉ちゃんが居るから絶対そうだよ、お兄ちゃん!!」



 繋いだリアの手をグイグイと引き、少し興奮気味な二人に苦笑が漏れる。

 リアは仕方なく速足で歩み寄ると、どうやら向こうもこちらに気付いたらしい。



 「お待ちしておりましたわ、お姉様」


 「おかえりなさい、リア。 思ったより早く終わったのですね」


 「ええ、この状況についてちょっとね。 それよりもどうやら見た感じ、話は上手くついたのかしら?」



 ティーカップを持ちながら、こちらを見上げるエルシア。

 フード越しでもわかるその表情はどこか胸のつかえが取れ、心配事もなくなり喜々として寛いだ雰囲気が見て取れた。


 レーテにエスコートされながら席へと着くと、そんな私にエルシアは口元を緩める。



 「はい、事情を説明しても難しい顔をされていたお父様でしたが、アイリスちゃんが何かを言った途端すんなりと受け入れて貰えました。 リア、彼女にどんな言伝を頼んだのですか?」


 「そんな難しいことは言ってないわ。 ただちょっと借りを返して貰って、そこに一言添えただけよ」



 含みのあるリアの言葉にエルシアは首を傾げ、ことわりを入れてからアイリスのカップを少し頂く。 うん、円やかで後味の良い紅茶ね。


 一応は正式に聖女の座に座ると決めた以上、掃除は早めに終わらせておくべきよね。



 「アイリス、レーテ、今晩時間あるかしら?」


 「……? はい、私は大丈夫です」


 「お姉様? それは勿論ありますが、一体何をされるつもりですの?」


 「ふふっ、ただの散歩よ。 2つの国を跨いで、ティーの背中で夜景を見るの♪」



 エルシアの拉致に協力するだけじゃ飽き足らず、私の生活圏にまで侵攻しようとしたんだもの。

 そのツケはしっかりと払って貰わないとね。


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