第115話 水浴びをする二人の天女



 足の爪先から上半身に掛けて、瞬く間にひんやりとした感覚が私を包み込む。


 一歩また一歩と歩みを進める毎に、透明な水面には波紋が広がっていき、差し込まれた夕日の光によって宝石のような輝きを放ち始める。



 ……気持ちいい。



 その瞬間だけは何もかもを忘れ、記憶にこびり付いた汚れや不快感、疲労までもが次々と洗い落とされていくのを感じた。


 砂と汗に塗れ、着る者に不快感しか与えないメイド服は脱ぎ捨て、一糸纏わぬ姿となったリアがそっと川の中に佇む。 おへそは水嵩に隠され、水温はちょうどいい。



 流れる川を見つめ深呼吸を繰り返す度、頭は冷静になりこの環境の素晴らしさを思い知る。

 自然と口元は緩み、今尚高鳴る鼓動はこの現実の幸せを嫌でも実感させてくれた。



「ほら、気持ち良いよ? だからそんなとこに隠れていないで、こっちおいで」



 リアは困ったように苦笑を浮かべつつ、その姿を見て内心で悶絶していた。

 そこには生まれたままのエルシアが胸元と下半身を隠し、もじもじとした様子で足を交差させ立ち竦んでいた。



「で、でも、……っ、リアは恥ずかしくないのですか?」


「私? 私は貴女に見られる分には全然恥ずかしくないわ。これからも見せ合うんだし、恥ずかしがることじゃないもの」


「これからも、……見せ合う? っ!!? そ、……そうですか」



 顔を真っ赤にさせて俯いてしまうエルシア。

 意気消沈、というよりはその事を想像して、動けなくなってしまったというところだろうか。

 ……可愛すぎない?



(え……なに? この可愛すぎる生物。自分だって抜群のプロポーションで、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでる。正に理想の身体な上、容姿だって美女という言葉が陳腐に感じてしまう美しさなのに。 ――あれ、この感覚……ヤバいわね? まるで白い色紙を角から徐々に私色に染め上げてる最中のようなそんな感覚、そう、背徳感のようなものが感じられるわ。大事に大事に育てられたお姫様を私好みに塗りつぶす。……最高ね)



 リアは努めて表情筋を動かし、渾身の微笑みを持って手を差し出す。



「恥ずかしがることはないわ。とっても綺麗よ? それにこの場には私と貴女だけ、貴女だっていつまでもそのままじゃ嫌でしょ?」


「それは……そうですが。 うぅ、リアに言われると余計に恥ずかしいです」



 ピンクサファイアの瞳を潤ませ、まるで生まれたばかりの小鹿の様に縮こまるエルシア。

 頬を赤く染め、夕日に照らされた体はまるで天女を彷彿とさせる裸体を晒し、中途半端に隠された秘部は余計にリアの欲望を刺激する。



「あんまり言うこと聞かないと……食べちゃうよ? だから、ほらっ」


「……え、あっ! きゃ!?」



 伸ばした手でその手を掴み、怪我をしないよう細心の注意を払ってエルシアを抱き寄せる。

 ムニュッとした圧迫感が胸元に加わり、柔らかな感触がリアの全身を包み込んだ。



「捕まえた♪ もう逃げられないわ」


「リアっ!? む、胸がっ!」


「ふふっ、こうしてれば暖かいでしょ? 貴女は私の"眷属"だもの♪ なんなら触りながら吸血してもいいのよ?」


「えっ? 触り……えっ!? ――そ、そんなことしません! だからもう離してくださいっ」



 エルシアは茹蛸の様に頬を染め、必死にリアから逃げようとするもそれは小さな抵抗。

 突き放すように伸ばされた手はリアの胸元に触れ、それを一早く感じ取ったエルシアはのけ反る。



「あ、ごめんなさい! 今のはっ――」


「ふふっ♪ そんなに慌てないで大丈夫。貴女になら私はいくらでもこの身を差し出せるもの」



 触れれば折れてしまいそうな腰を抱き、その頬に手を添えて妖艶に微笑むリア。

 傍から見れば余裕たっぷりなリアではあるが、内心では荒れ狂う海の如く。 混乱と発狂の極致へと辿り着いていた。



(きゃぁぁぁぁ!! なんなの? なんなの!!? ちょっと胸に触れたくらいでその反応! 私を殺す気? 危うく可愛すぎて心臓が止まりかけたわ。本当はちょっとイチャイチャして体をさっぱりさせるのが目的だったのに、目的が変わってきちゃうよ。 ――はぁ、ずっとこうしてたい、もっともっと貴女の温もりを感じていたいなぁ。でも、いつまでもこうしてたら体が冷えちゃうよね……)



 リアは震えた瞳で真っすぐに自分を見詰めてくるエルシアに、軽くキスを落とす。

 そうして何事もなかったかのように平然と、エルシアから手を放した。



「……あ。り、リア――」


「さて、まずは体を洗わないとね!」



 一瞬、不安そうに眉を顰めたエルシアを見て胸を締め付けられながら、リアは次元ポケットから石鹸や化粧品を取り出してウィンクする。



「どうしたの? そんな顔して。 ああ、もっと触りたかったのかしら? でもそれはまた後でね」


「違います! もうっ、人の気も知らないで!」



 そう言って口を膨らませプンプンと可愛らしく怒るエルシアに、リアは苦笑を浮かべて宥める。

 私の眷属が可愛すぎるの、どうしたらいいかな?


 それから、まずはエルシアを洗うことにしたリアがその後ろへ回り、長い髪を丁寧に洗っていく。

 こういう時、いつもシャンプーが欲しくなるのだが、ない物は仕方ない。


(やっぱり、レーテみたいに綺麗にいかない。 あの子どうやってるの? いつも平然とやってくれてるから気にしなかったけど、帰ったらちゃんと聞いておくべきね)



 泡立ちはするけど、頼りになる侍女レーテほどの仕上がりではない。

 それにしても。



「エルシアの髪は本当に綺麗ね。夕日に反射して半透明になった髪が水に融けていくみたい、……あら?」


「どうしたのですか? 何かありましたか」


「これも眷族化した影響? それとも私の血を取り込んだから? ――貴女の髪、ううん……毛先の色が少し変色してるのよ」


「えっ? あ、……本当ですね。 濃い……赤色? まるで血の色みたい」



 そう、エルシアの腰にまで届く長い髪はその毛先を血の様な赤色に変色させていたのだ。


 変色といっても毛先から少しの部分だけで、その度合いもよく見れば薄く染まって見える程度。

 だが、確実にエルシアの透ける様な髪は、その毛先を血のような"深紅"へと染めていた。



「瞳の色に続いて毛先まで。エルシア、他に変わった事はないかしら?」


「変わったこと……そうですね、見える色が少し変わりました。それに陽光が前よりずっと眩しいですし、ああ、あと体も以前より少し軽いかもしれません」



 "少し軽い"と彼女は言うが、ただの人類種が真祖の吸血鬼になったのだ。


 それは決して少しではなく、本来真祖がLV60以降から特殊進化で至る階位だと考えれば、その色々なおかしさに気付くというもの。


 エルシアのレベルはわからない。けれどレクスィオLV30よりは確実に下の筈。

 だとすると彼女はLV30以下で真祖になってしまった特異な存在ということになる。



(そういえば前世ゲームで眷族化に成功してた対象は、みんな総じて基礎LVが高かった気がするわ。真祖・キング・君主、どれも最低LV60は超えてたわ。もしかしたら眷族化させる対象のLVに比例して、成功率も変動するのかしら? まぁ、今更分かったところで後の祭りね)



「リア、リア? どうかしましたか?」



 少し考えに耽ってしまい、無言で髪を洗っていたことで心配させてしまったらしい。



「ううん、なんでもない。はい、それじゃあ流すわよ」


「そうですか。何かあったら教えてくださいね? 私は貴女の……眷族なんですから」



 砂塵や汗、汚れなどがさっぱり洗い落ち、そこには以前の綺麗だったエルシアが戻ってくる。

 洗う前からその片鱗は覗かせていたが、今は芸術品のそれを軽く凌駕してしまう輝きを放っていた。


 水に滴るエルシア……イイ!


 薄く開いた瞼から覗かせるピンクの瞳、少し儚げな表情に抜群のプロポーション。

 鎖骨から胸にかけて滴る水はその肌の美しさを芸術へと昇華させ、形の良い胸元は綺麗な曲線を描いて可愛らしいおへそへと落とされている。 それから張りのあるお尻に太もも、ガラス細工の様な足先は思わず触れてしまいたくなるほどだ。


 完璧パーフェクトよ、エルシア。 



「それじゃあ次は……えいっ!」


「ひゃぁぁっ!? もっもう、いきなりだとビックリします。それに何だかリアのその触り方、少し……厭らしいです」



 後ろから弄るように手を伸ばすリアに対し、エルシアは腰が引けた状態でもどかしそうに見上げてくる。

 漏れる吐息には熱が籠り、ピンッと張った背筋は彼女の強張り具合が窺えた。



「あら、なんのことかしら? 私はただ入念に貴女の身体を洗ってるだけよ」


「……あっ♪ これのどこがっ……んっ、ただ洗ってるだけですか? ……くすぐったいです」


「ふふっ、ここがピンってなってる……可愛い♪ でもそうね、まだまだ触り足りないけどそろそろ冷えてくる時間帯だものね……はむっ」


「んっ、……リア、いま吸血はダメっ! それをされたら、私っ……!」



 エルシアは首をふるふると左右に振り、嬌声混じりな熱の籠った声音で懇願しだす。

 今は吸血していない。 ただ口に咥えてるだけではあるが、そんな可愛い反応をされると牙を立てたくなってしまう。



(ただ少しスキンシップを取りながら洗ってるだけなのに、この反応……やばいわ! 私の理性をどれだけ弄ぶ気なの? そのつもりはなかったけど、それもこれもエルシアが魅力的すぎるからいけないの! 落ち着け~、落ち着くのよ私の欲望。stay cool~)



 私はエルシアの首元から口を離し、体を綺麗にすることに集中する。


 しかし、やはり体のどこかしらが押し当たってしまうのは仕方ない、だって洗ってるんだもの。 決して、わざとではないわ。

 そうして触れる度にエルシアは体をビクッと跳ねさせ、こちらの反応や顔色を窺ってくるので私は微笑みをもって返すことにする。



 エルシアの全身をぴかぴかにし終えると、次はリアの番。

 息を荒げどこか疲れた様子のエルシアを置いて、私は自分で洗うことにした。



 空はすっかり夕焼けに染まり、宵の口へと入っていた。


 二人は綺麗になった体で川辺にでると、リアは本来のガチ装備、エルシアには"一時凌ぎ"の見た目装備を渡した。



(本当だったらセレネやルゥに貸した装備と同等レベルの物を渡したかったけど、あそこまで完成した物はもう持ってないし、他の装備は恐らく必要LVが大きく足りていないはず。そうなると必然的に渡せるのは、余ったアクセサリ系統のみ)



 厳選した装飾装備は2つ。

 1つは私が真祖の時に愛用していた赤の十字架を付けた指輪『鮮血の十字リング』

 そしてもう1つは、青い水晶を天使の羽が包み込むような形をした綺麗なネックレス『水翼ノ護石』だ。



 真祖になったエルシアの能力がどう変化したのか。

 そこが未知数なことからリアは絶対に外さないアクセを選別し、彼女に渡すことにしたのだ。

 特に安全面を重視して。



 『鮮血の十字リング』はリアがまだ真祖の時に使用していた物で、その効果は出血量に応じて再生速度を上昇させるといったもの。 始祖になってからは【超常ノ再生】の効果と重複してしまい、外れてしまった過去のガチ装備だ。



 『水翼ノ護石』はそんな再生能力でも、万が一にも足りない時の保険アイテム。

 生命力HPが2割の危険域を到達した時、強制的に装着者を別の場所へ転移させる装飾装備。 転移後には全ステータスに加えて、再生能力にまで上昇効果がついた優れ物である。


 使用後は壊れて二度と使えなくなってしまうが、エルシアの命に比べれば安すぎる対価ね。



 そんな装飾装備、どちらも装備可能レベルはLV1

 片方は吸血鬼の真祖限定の装備であり、もう片方はイベントの報酬アイテム。 使いどころとしてはここいらがベストのように思えた。



 夕焼けの光が差し込まない木陰に移動し、それらを身に着けさせるリア。

 エルシアには『聖魔のスカウトコート』を渡し、ボロボロになった服は火系統魔法で焼却する。



 『聖魔のスカウトコート』は白と黒を基調にしたフード付きのコート。

 胸元の金のブローチから分かれて覗かせる素肌は妙な色っぽさを醸し出し、太ももまで伸びたブーツとミニスカートは絶対の領域を生み出していた。

 そこに指輪とネックレスを加えれば、彼女の美貌も相まって美しさと可愛らしさを両立させた、まさに芸術品へと昇華させてくれるだろう。 あとはローブを渡すのも忘れない。



「リア、これは?」


「お守りよ、どちらも常に身に着けててね。そうすれば必ず貴女を護ってくれるわ」



 首にかけたネックレスを手に取り、細部までこだわりが感じられるそれをじっくりと見つめるエルシア。

 リアはそんな彼女に装備の説明をしながら、その左手の薬指に指輪を嵌めていく。



「そんな凄い物を私の為に……ありがとうございます、リア」


「ふふ、どういたしまして。こっちも大切にしてね」


「え、あっ……リア、これって……」



 エルシアは取り乱した様子で、自身の指とリアを交互に見つめ出す。

 そんな可愛い反応に、リアは口元をにんまりと浮かべる。



「結婚指輪みたいでしょ? もちろん、そういう意味もあるのだけど、コレは貴女が私のモノになったという証。……だから、ね♪」



 エルシアを抱き締め、耳元で囁くように言葉にするリア。

 すると、エルシアは分かりやすい程に狼狽し、その両手を忙しなくバタバタと動かし始める。



「結婚っ!? た、確かに私は貴女の眷族になりましたが、結婚は……だって、私達は女性同士で……」


「あら? でも私のことを愛してるんでしょう? なら問題ないと思うのだけど」


「あの時は! もう……二度と言えないと思ったから、……最後に。 うぅ」



 段々と声が小さくなっていき、最後には空気に融けてなくなってしまいそうなか細い声。


 口では否定的なニュアンスで言葉にしているが、それは恥ずかしさから来ているものだろう。

 だってそんなに強く抱きしめていないのに、無理矢理に私を払いのけないのが何よりの証拠でしょ?



「二度と言えない、ね。 それじゃあ、あの言葉は嘘だったのかしら? 酷いわ、私の心を弄んだのね」


「そ、それは! 違います、あの言葉に嘘はありません。私はリアのことが……」


「私のことが、……なにかしら?」


「……、っ!!」



 ボンッ!と何かが破裂したような音が聴こえた気がした。

 横を見れば、そこにはこれ以上にない程に白い肌を染め上げ、瞳を潤ませる可愛いエルシア。



(反応がいちいち可愛いのなんなの!? 私の心臓を何回止める気なのかしら? あぁ、胸が痛い……心臓が苦しいよぉ。私は帰るまでに、あとどのくらい我慢すればいいのかな。 でも好き……大好き、こんな子が私の眷族とか今でも信じられないわ。理性が保っていられる今のうちに、早急に帰宅しなければ)



 コホンッとわざとらしく咳払いをして冷静さを装うリア。

 答えはわかっているものの、やはり本人の口から言葉として聞きたいというのが本音である。

 だからリアは攻勢の手を緩めない。



「黙ってたらわからないわ? ねぇ……私のことが、なに?」


「……っ、…………好き、です。貴女を…………愛しています。(リア)」


「うん♪ 私も貴女を愛しているわ、エルシア」



 はにかむように笑うエルシアに、満面の微笑みを浮かべて返すリア。


 そうして夕暮れ時となった森の中。

 表情筋が緩み切った始祖は恋人の眷族を抱え、早急に王都にある住まいへ帰ることにしたのだった。

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