第113話 始祖はお嬢さまを救いたい
音を置き去りにして、砂をまき散らしながら砂漠の上を駆け抜けるリア。
知らぬ人が傍から見れば、足を止め二度見した後に目を点にしたであろうそんな光景。
いや、そもそもな話LV40以上でなければ、何が走ってるのかすらわからないだろう。
では、そんなスピードで駆け抜けている人外とただの人間の状態は如何程なものか。
「確認よ、レクスィオ。 こっちで合ってるのよね?」
「あ、ああ……方角としてそっちで、大丈夫だ。 ……うっ」
襟を掴み疾走し続けるリアは後ろを振り向くことなく問いかけ、そんな言葉にレクスィオは抗い様のない力で引っ張られながら律儀にも、覇気のない声で辛うじて頷き返してくる。
足跡を見た感じ、いま通り過ぎたモノなんてついさっきのものだ。
もう少し、もう少しでエルシアと会えるわ!
少し遠目、数秒もすれば辿り着ける巨大な砂丘を目と鼻の先に『あれを超えたら見える筈だと』、高鳴り続ける鼓動を抑えれずにはいられなかったリア。
「ぐふっ」
何かが後方から聴こえた気がしながら、リアは巨大な砂丘を飛び越えた。
すると相も変わらず広大な砂漠が視界を占める中、待ち望んでいた二つの影が遠目にぽつんと見える。
「見えた……間違いない。 エルシアだわ!」
「……な、に? それは……本当か?」
吉報によって少し回復したレクスィオの声に、リアはスピードを更に早めることで答える。
見える人影は2つ。
髪が長く、纏う雰囲気からどこか神聖さを滲みだしてるのは間違いなく私のエルシアだ。
なら、もう片方の薄汚い汚物のような醜悪な存在はあの雑種なんだろう。
(あの雑種! 誰の許可を得てエルシアに迫ってるの? ハッ!まさか唇を奪おうとしてるんじゃないでしょうね!? あの身の程知らずッ、天上の世界から舞い降りた
メラメラと燃え上がる憎悪を胸に、別方向から湧き上がる高揚によってぐんぐんと距離を縮めていくリア。
もう数秒もすれば辿り着ける所まで来ている。
陽炎に揺れ、はっきりと見えなかったシルエットも鮮明に見えてきた。
――だから気付かなかった。
「………………は?」
目の前の光景に、声にならない声が口から洩れ出す。
反射的に足を止めずに走り続けられたのは、止めることすら忘れてしまっていたから。
まるで世界の時が止まってしまったかのように、瞳が映す光景は眼前のエルシアと雑種を残して真っ白に消え失せていた。 世界に自分と目の前の二人だけが取り残され、ただでさえ認識領域が卓越しているリアの視界にエルシアの顔が鮮明に映り込む。
口から血を溢し、のけ反ったように体を折り曲げるエルシア。
その腹部には禍々しい短剣が突き刺さり、ボロボロな衣類にはワインのような血を滲ませ始めている。
雑種は興奮した様子で歯を剥き出しにし、エルシアの水晶のような瞳が一瞬、リアと目があった。
理解ができない……いや、したくない。
何が起きたかわかっている筈なのに、それを頭が理解することを拒否している。
だが理解できなくても、やらなければ行けないことはあった。
「あんた、なにやってんの?」
直前でレクスィオを捨て、既にモーションに入った状態でカセイドを見下ろすリア。
次の瞬間、その憎たらしい顔面にはリアの
「は――ぶべぇぁっ!!?」
頭部は弾け、脳髄やその他汚い体液を周囲へと撒き散らしながらその肉体は静かに崩れ落ち、ゴミのように転がる。――そうなる筈だった。
しかし、何故か雑種の頭部は未だ形を留め、大量に血を噴き出しながら大砲が着弾したかのように爆音を響かせ吹き飛んでいくのだった。
なぜ?と一瞬疑問が浮かんだが、今はそんなことどうでもいい。
「エルシアッ!」
支えがなくなり、崩れ落ちそうだったエルシアを慌てて抱き留める。
無気力な体が完全に寄りかかり、儚げな表情がこちらを見た。
白い肌は不健康に青く染め、窶れ細った体から力が感じられない。
「……リ、ア?」
「ええ、そうよ。私がわかる? 大丈夫、すぐに助けるわ」
ぎこちない笑みをしてしまっているのはわかってる。
でも、それで少しでもエルシアが安心できるならと思い、リアはローブを敷いて彼女の抱き留めたままそっと横たわらせた。
胸から少し下、そこには禍々しい短剣が深々と突き刺さっており、その漂わせる雰囲気や魔力から"呪い"だとすぐにわかった。――【血脈眼】
『衰弱、免疫耐性低下(中)、視界収縮、出血(大)、呪毒』
一目でエルシアが瀕死だということはわかっていた。
けれどそれ以上に、得られた情報はリアを硬直させるには十分すぎる内容だった。
(よりにもよって"呪毒"なの? なんで……そんなもの)
『呪毒』
その効果は、対象への回復/強化/祈り効果の無効。
加えて、弱いながらに毒効果まで備えているのだから厄介極まりない。
ここでいう効果の無効とは、魔法やスキルは勿論のこと、アイテム効果ですら一切の適応を無効化してしまうということだ。
例外はある。 それは私のような再生能力を基とした種族やクラスは、その対象から逃れられるということ。 持続的な独港は受けてしまうが、"効果の無効"にはかからないのだ。
何故かはわからない。
ゲームでのバランス的な理由かもしれないし、世界観としてそういう設定なのかもしれない。
一見、強力すぎる状態異常ではあるが、もちろん対処法はある。
それは解呪系の魔法や祈り、呪いの階位に見合った聖水を使用すること。 もしくは街に居る教会NPCから祈りの言葉をかけて貰えばいいだけ。
私にはヒイロが居た、彼女のクラスは大聖女。
呪いの解呪など戦闘中の片手間で行えてしまう、だから問題はなかった。
でも、今は――
(ただでさえ弱った体なのに……出血と呪い。 エルシアのLVはそんなに高くない筈、だとすると
リアは
だがその前に、例え意味がないとわかっていても原因を彼女の体から取り除くことにした。
「エルシア。 この短剣を抜いてしまうから、少しだけ我慢して頂戴」
「……はぁ、はぁ……ぇぇ、お願い……ね」
弱り切った彼女の言葉を聞き、言葉が終わると同時に最速で短剣を引き抜く。
そして体が異物が抜けたと認識する前に、次元ポケットから取り出した適当な布系素材を押し当てた。
血が滲み、白い布は急速に赤く染め出す。 幸いなのはエルシアが苦痛で顔を歪めていないこと。
「ルシー! っ!?」
そこで漸くどこかに捨ててしまったレクスィオが、慌てた様子で駆け寄ってくる。
エルシアは薄く瞼を開き、レクスィオを見つめると力無く微笑んだ。
「……殿下。 ここまで来ていただいて、ありがとう……ございます。 ですが……申し訳ございません。 私は――」
「喋るなっ!! リア、これは一体……いや、それよりも何か、何かあるはずだ。 少しだけ待っててくれ、今ポーションをっ」
「ポーションは意味がないわ。 出すなら解呪の
「は……?解呪? 待ってくれ、ルシーは怪我をしたんじゃないのか? だからこんなに青褪めて、まるで……毒に侵されたように」
毒であれば、どれだけよかったか。
毒なら《解毒吸収》を使って直ぐに解毒でき、最上位ポーションを飲ませれば万事解決だ。
リアは望み薄なレクスィオを無視し、自身の膝に頭を置いたエルシアを見つめる。
荒げていた吐息はいつの間にか静まり、顔色は青白いを通り越して真っ白になっている。 汗は出ていない、一切。 砂漠地帯でこの状態が意味するもの、それは彼女の生命力が底を尽こうとしている以外の何者でもない。
時間がない。
「……んっ、……リ、ア?」
「エルシア……大丈夫、私を信じて。 もう少しだけ……もう少しだけ待ってて、ね?」
エルシアの手を握り、未だ打開策がない中で精一杯に微笑むリア。
すると、掴んでいた手がピクリと跳ね、エルシアは閉じていた瞼を薄っすらと開いた。
「……ふふ。 ……うん、待ってる」
力無く微笑むエルシアを前に、リアは見惚れそうになりながらも裏では頭をフル回転させて、思い出の中を漁り続けている。
正式サービスが開始され、一週間と少しして『呪い』という状態異常が発見された時のこと。
あらゆる解呪法が次々と見つかり、その方法が掲示板やネットの海へ上がった時のこと。
野良でのPTやレイド、イベントをする毎に世間話程度で情報共有がされていた時のこと。
2周年を迎え、ランキング対抗戦イベントが始まった時、人間のクラスとして初めて『呪術師』というクラスが出た時のこと。
それから半年後に存在が確認された、ユーザー種族初の『呪いの怨恨』というプレイヤーインタビューの内容。
ありとあらゆる『呪い』関連の記憶と知識を堀だし対抗策を考えてる最中、それを止める者が居た。
「ねぇ……、リア?」
「待ってエルシア、それは後で聞くk――『大好き』」
あまりにも不意打ちな言葉に、リアは視線を動かしながら言葉を詰まらせる。
すると、見えているのかすらわからない目元を緩め、エルシアはおかしそうに力無く笑った。
「……あ、こっちの方が……いいかな? 貴女を……愛しています」
そう言ってはにかむように笑うと、次第にゆっくりと瞼を閉じていくエルシア。
リアはそんな彼女を唖然とした表情で見つめ、まるでこの世界に自分とエルシアだけがいるような感覚に陥っていた。 それはちょっぴり嬉しい反面、自分は間に合わなかったのだと悟り、
抗い様のない脱力感が体中を蝕み、胸にはぽっかりと穴が空いたように心が欠けていく。
すると、脳裏のどこかで唐突に
『えぇ~! リアさん、まだ眷族持ってないんですか!? うっそぉ~! なんで!?』
『なんでって……別に眷族にしても使わないだろうし、多分1人の方が楽だもん』
『あぁ……これがLFO最強のプレイヤーか。 そうでした、リアさんからすれば自分を含めほとんどのプレイヤーが足手まといになっちゃいますもんね。 ついて行けるとしたら、ユウリュウさんかギルメンの方々くらい?』
『え……あっ、ごめんね。 私ってば感じ悪いよね……そういう意味じゃ』
『いいえ、わかってます!! というか、リアさんを知ってる人からすれば逆に説得力あるというか、納得しちゃいます。 でもせっかく始祖なのに、勿体ないなぁ。 絶対、強い子になりますよ?』
『あはは……えっと、そうなの? じゃあ、眷族マスターのスーパードライちゃんが私に宣伝してみてよ。 そしたら考えるかもしれないわ』
『あ、いいましたね! その勝負、受けて立ちます! では……コホンッ。 諸君、私は眷族が好きだ』
『……は?』
『持てる上限が決まっるのが好きだ。 装備やレベル上げは大変だけど、ぼっちの気を紛らわせれる時には心が踊る! 自分好みにカスタマイズが出来るのが好きだ。 自分の血を分け与え、日に日にビルドが変化していくのを観察する時など……胸がすくような気持ちだった。 稀に特性を受け継ぎ、ビルドが似て来て装備の使いまわしが出来ちゃった時など感動すら覚える!!』
『なに、その口調?』
『え、えへへ……ちょっと酔いが回ってたかもです! あとはですね~戦闘面以外で言うなら、眷族化って面白いんです! 容姿の色合いが変わったり、他の種族が吸血鬼になる瞬間が見れるんですよ? まるで"肉体を作り変える"ような変質変化はいつ見ても最高です♪ それにですね、実はあの変化……――』
今のは……
いや、そんなことより『肉体を作り変える』って……その可能性もある? ううん、それしかないわ。
かなりの賭けになるけど、ここはLFOの世界に酷似していて現実の世界だもの。 やってみる価値はある。
リアは膝枕したエルシアを見下ろし、その胸にそっと手を置く。
指先に感じられるのはひんやりとした体温と、そのずっと下で微かに鳴り響く心臓の音。
まだ……生きてる。
「……ルシー? リア、彼女はまさか……」
「辛うじてだけど、息はあるわ。 だから邪魔しないでね」
リアの強い口調に、レクスィオは言葉を詰まらせながら静観の構えを取る。
言いたいことや聞きたいことは山ほどあるだろうに、状況を見て己を律することのできる貴方が好きよ。もちろん、人間としてね。
「レクスィオ。 今すぐに魔法で陽光を遮る帳をつくって頂戴。 質問は一切受け付けないわ」
「あ、ああっ……わかった。 いくよッ」
そうして瞬く間にレクスィオの中位闇魔法によって、周囲をぐるりと覆い尽くす常闇のドームが出来上がった。
効果があるかはわからない。 でも吸血鬼の眷属を生み出すのだから、少しでも日光は遮断した方が可能性は上がる気がするのだ。
「はぁ、……はぁ、今の私ではこれが限界だ。 1分も持たないと思ってくれ」
その言葉に、リアは「十分よ」と答えて慣れた手つきで自身の腕を噛み切る。
傷口からは多量の血液が腕を伝い、再生が完治するまでに必要量の血を口に含んだ。
口内には自身の血の味が充満し、濃すぎる匂いと鉄の味に顔を歪めそうになる。
やはり自分の血はあまり美味しいものではない。
「……リア、何をするつもりだ? っ、まさか!?」
「ちゅっ……」
エルシアの唇に、リアの唇が重なる。
柔らかい唇が当たり、少量の血が微かにできた隙間から頬にかけて流れ落ちる。
「……んっ、れろぉっ……んっ」
今の彼女に意識はない。 だから舌を使って私の血を強引に、奥へ奥へと押し込んだ。
舌を絡ませ、唇を塞ぎ、彼女が無意識化でも飲めるように反応を促す。
(飲んで……飲んで、エルシア!)
柔らかい舌先を何度もつつき、血と唾液によってドロドロになった口内をかき回すリア。
すると、そんなリアの想いが通じたのか、無意識化にある筈のエルシアが反応を見せる。
「……こくんっ」
「んっ(飲んだっ)」――【高位眷属化】!
最後の一滴になるまで血を送り込み、未だ彼女の意識が戻らないのを見ながらリアはそっと唇を離す。
赤色の混じった半透明な橋がかかり、リアは至近距離で見詰めながらその頬に手を沿えた。
【固有能力】は発動した。……あとは賭けるしかない。
当てた手からは、まるで死人の様に冷たくなったエルシアの体温が感じられ、一秒が経過する毎にリアの心は重くなっていく。
けれどレクスィオの張った闇魔法が解かれていないということは、まだ1分も経過していないということ。
それから待つこと数秒。
レクスィオが「もう、持たない」と息を荒げ始め、一分が経過しようとしていた。
リアはその間、暗闇の中で眠り続けるお姫様にこつんと額を触れ合わせ、鼻先が触れかどうかの距離で願い続けた。
(……エルシア、戻ってきて。 貴女には私の隣に居て欲しい。 私の眷属として、この世界の初めての友達として、ずっと傍に居て頂戴。 可愛い妹や娘だってまだ紹介していない、それにやりたいことだってたくさんある。 なにより、まだ告白の返事をしていないわ。 貴女は私を魅了した罪を償わないといけないの。 だから……お願いっ)
時間の経過と共にリアの沈みかける心と反比例して、暗闇の世界には光が差し込み始める。
眩い陽光に包まれる中、白い景色の中でリアは確かに目にした。
白い肌には血色が戻り、窶れ細っていた頬はいつの間にかぷっくらと健康的な張りを見せている。
そして一度体を跳ねさせ、うっすらと開かれていく美しい瞼。
開いて見せるはまるで透明の水に血を混ぜたような、水晶のように綺麗なピンクサファイアの瞳。
「…………リ、ア?」
澄んだ可愛らしい声を漏らし、何が起きたのか理解できないといった様子でどこか気の抜けた表情を見せるエルシア。 "真祖"となった肉体は瞬く間にその傷を再生し、裂けた服からは白い肌が顔を覗かせている。
リアは自身とエルシアの間に魂の繋がりの様なものを憶えながら、慈しむように満面の微笑みを浮かべた。
「おはよう、私のエルシア」
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