第110話 始祖の吸血鬼VS三人の英雄



 「私の邪魔をするの? それとも貴女から死にたい?」



 そう淡々と静かな口調で問いかけるリア。

 フードから覗かせる碧眼は栗色の目と合い、その挙動から彼女も自分が標的にされかけていると十分に理解しているようだった。



 視線が交差し、俺っ子ちゃんは乱れた息を止める。

 すると分かりやすいほどにビクッと肩を飛び跳ねさせた。


 そうして徐々に落ちていく視線に、リアは少しの間だけ待ってあげることにした。 数秒ほどだ。



 すると、いつの間にか周囲から聴こえてくる喧騒はピタリと止んでることに気づく。

 何気なく目を向けると、そこには只々遠目にこちらを見ることしかできない、有象無象な軍勢が立ち竦んでいた。


 どうやら、自分たちにできることはないことを早々に理解したらしい。

 自分たちの命運を3人の英雄達へ委ね、逃げるでも戦うでもなく、只々見ているだけの烏合の衆。


 遠目ではあるが、一部では隙を見て援護に入るような闘志を漂わせた連中も見えるが、大半は私に恐怖して動けないのだろう。



 (別に拘ってるつもりはないけど、普通に殺すわよ? しかけてきたのも、邪魔をしてきたのもそっち。 俺っ子ちゃんは気になりはするけど、レーテを傷付け、エルシアを拉致したと思わしき相手を私が放置するなどありえない。 だから残念だけど、邪魔をするなら殺す。 逃げ出すなら特別に見逃してあげてもいい、ってとこかな)



 静まり返る戦場で、リアは遠目から見てくるだけの軍から視線を外す。


 さて、10秒くらいは待ったわ。 ――お返事は?



 見れば俺っ子ちゃんは佇まいを直し、地面から大剣を引き抜くとそれを肩へと担いだ。

 そうして姿勢を低く保つと、一切の迷いもなくリアを見つめ始めた。


 息を凝らし、ジッと見詰めてくる目には極限の集中状態が見られ、その姿勢や態度から彼女の答えを理解する。


 リアは思わぬ気になる子との遭遇に、さざ波程度に揺らいでいた心が完全に沈静していくのを感じた。



 「そう……なら」


 ――《縮地》《瞬間加速》



 刹那の間に、英雄たちの背後へと躍り出たリア。

 金髪の男はもちろんのこと、星型の男や俺っ子でも一切の反応すら出来ていない。



 「死になさい」


 「っ!!?」



 最初に狙うは毛ほども反応が出来ていない金髪の男。

 軽装鎧の上にローブを羽織り、手には棍棒の様な大杖を携えている。


 恐らく魔法をメインに、寄られたら近接で対処するタイプ。 加えて、そういうクラスにも付いているんだろう。

 だが、それが通じるのは格下と相性の良い同格のみ。 格上には当然だが、絶対に通用しない。



 (全く反応できてないのに近接の真似事? それをするくらいなら、始めから魔法だけを鍛えなさい)



 大したダメージにならないとはいえ、ノーダメージを枷に今回の戦いに身を置いているリアからすれば、範囲攻撃ぶっぱしてくる魔法使いは邪魔以外の何者でもない。


 これで鬱陶しいのが1人消えた。

 リアの中では既に完結した事項であり、次の行動までの流れを既に組み立て始めている。


 しかし、剣先が喉元まで差し掛かった時点で、何処からともなく黒い影が乱入してきたのだった。



 「……っぐぁぁ! させねぇぞぉぉ!!!」


 「また……。 貴女"危機感知"持ち?」



 すんでのところで差し込まれた大剣に、リアは剣を鍔迫り合わせながら忌まわしそうに問いかける。

 しかし、いくら攻撃に間に合ったからといって、物理的に力のあるリアの攻撃を防げはしない。


 リアは強引に押し込み、大剣ごと破壊する勢いで剣を振り下ろし続けた。

 交差する剣からは甲高い音と共に、まるで泣き喚くような耳をつんざく様な不協和音が鳴り響き続ける。



 「重っすぎる"ぅぅ!!? やべぇ、このままじゃぁ!!」


 「アイラ! くっ、この化け物めがぁ!!」



 遅れてリアの存在に気づいた金髪の魔法士は、棍棒を掲げ喚き散らかしながら省略詠唱に入るが余りにも遅い。

 拾った剣は酷く歪み、俺っ子の両足は膝辺りまで陥没する。



 「そっちから来てくれるなんて助かるわ」


 「っ!」



 その瞬間、リアの【戦域の掌握】には一瞬前まで2つとなっていた反応が、たった今3つへと変わった。


 その発生源は、後方の半歩にも満たない超ド至距離。 常人なら、例え気付いたとしても手遅れな距離ではあるが、異常なまでの反射神経を持つリアは微笑を浮かべる。



 咄嗟の判断で剣を手放すと、そのまま身を捻りながら"仕込み刃"付きの蹴りを躱す。

 上半身の擦れ擦れを刃が通り過ぎ、一瞬の時間の中に驚愕とした表情で目を見開いた星型の男を見たリア。


 そのまま振り抜かれた足を掴み取り、今度こそ避けられない絶対破壊の一撃をその胴体へと叩き込んだ。



 ボキボキボキッ、バキッ!と鈍くもはっきりとした破壊の感触が足へと伝わってくる。



 「ゴボォッ!? っ、がはっ!!!」


 「とびなさい」



 逆らえない引力から、唐突に叩き込まれるは無慈悲で強烈な回し蹴り。


 クの字に折れ曲がった男は、まるでリアの足にくっ付いたように張り付き。 そして次の瞬間には弾け飛ぶ勢いで、遠く離れた軍勢へと突っ込んでいく。


 砂漠には抉れた半円型の道を作り、辺りには目を覆ってしまいそうな程の砂塵が舞い散っている。



 (感触は十分、オーバーキルね。 HPを確定で残すような装飾装備アーティファクト固有能力アーツがあれば話は別だけど。 生きてたとしてもスタンして動けないだろうし、回復にも相当な時間がかかる。 確認は後で良いわ、今はそれより)



 そんな光景を見ていた俺っ子――いや、アイラは思い出したように振り返り、すぐさま至近距離で大剣を巧みに振り回し始める。


 叩きつけられた地面は噴水のように砂を撒き散らし、続け様の攻撃に打撃のカウンターを合わせようとした瞬間。



 「これで! 受けられるのものなら受けてみるがいい!!」


 ――【大水魔法】【干渉の拡張】《循環広域化》"砂海の竜槍"



 そう高々と言い放つ言葉に、応じるかの如く砂丘という名の海の中から、次々と海竜たちがその首を伸ばし形を成し始める。


 そして伸ばされた頭上から、標的リアを見つけると頭部をランスの形状へと変えて、我先にと襲い掛かってくるのだった。



 「ちぃっ! リベリオの野郎、俺まで巻き込む勢いじゃねえか!」



 砂漠が大海と化し、太陽を覆い隠すほどの槍の頭部を持った砂竜の群れ。


 アイラは舌打ちをしながら大剣を勢いよく地面へと突き立てる。

 すると、一拍も置かぬうちに突き刺した大剣の根本からは錆のような茶色が浸食し始め、瞬く間にアイラの全身を覆い尽くした。



 あれは……発動遅延を見るからに《不動硬化》?

 一定時間の間、行動制限がかかる代わりにあらゆる効果を完全に無効にする"無敵"スキルの1つ。



 (なら一端放置でいいわね、先にこっちの鬱陶しい魔法士を片づけちゃおうか)



 リアは地面に落ちた直剣を蹴り上げ、そのまま砂竜を両断する。 続けて返しの刃で、第二第三の砂竜を砂礫されきへと還していった。


 しかし、領域内に感知できる魔力反応だけでも数え切れないほどおり、リアは早々に砂竜の相手を諦める。


 時間の流れがゆったりとなった"リアだけの世界"。


 迫り来る砂竜の攻撃を飛び跳ね、ローブに砂を擦らせながらその背中へと足を付け、間髪入れずに疾走する。



 こちらを見上げる男は唖然としたまま目を見開いており、その周囲にはサークル状に浮き上がった砂輪と無数の水槍を停滞させていた。



 「ぐぅっ!?なんなんですかぁ!! 貴女はっ!!?」



 男は理解できないといった様子で声を荒げ、苦し紛れに水槍を一斉掃射させるがその程度の攻撃にリアが当たる可能性は万に一つもない。


 そんな滑稽な英雄の姿にリアは思わず口元を緩めてしまい、しっかりと追尾してくる水槍を片手間に斬り払った。



 「前衛の居ない魔法士が、私から距離を取れると思う?」


 「ッ!?」



 リアは砂竜の上を駆け抜け、金髪の男目掛けて一直線に距離を詰める。

 距離にして数十メートル、時間にすれば1秒にも満たない。



 (そういえば最初に砂塵嵐を嗾けてきたのも貴方よね? なら、そのお返しもしっかりとしないとね)


 

 そう頭の片隅で思ったリアだったが、領域内に侵入してきた気配にその考えを打ち消す。


 リアは直前で体を反転させ、半歩後退しながらそちらへと目を向ける。

 次の瞬間、リアと男の間を鈍く太い斬撃が通り過ぎ、砂漠の大地に巨大な地割れを引き起こしたのだった。


 砂は地割れに呑み込まれ、斬撃は残滓を残しているかのようにその場に白い靄の様な壁を作り上げる。



 この戦場でこれが出来る存在は自分を除けば1人のみ。

 乱入してきたのは《不動硬化》を使い、一時的に行動不可になっていたアイラ。



 なるほど、彼女のクラスは恐らく『地の破者』なんだろう。

 "土系統"と"自己強化"のアーツを多く取得し、フィールド『大地』に干渉することの出来る近接職。


 賢者や修羅、剣聖なんかと同じ三次職。 薄々そうなんじゃないかとは思ってはいたが、確定だ。

 どうやらこの世界の英雄は全員が全員、三次職つまりLVでいうと65~80になると英雄という枠に入れるらしい。



 「させねえよ!!」



 そう口にしながら大剣を地面に引き摺り、眼前で切り上げるモーションへと入っているアイラ。

 それを見たリアは咄嗟に剣を差し込み、更にその上から自身の足で踏み抑えると、ギンッとした衝撃の後に斬撃はピタリと止まった。



 「お前の相手はッ、俺だ!!」


 「どうやらそうみたいね? 残念だけど、まずは貴女から殺すことにするわ」



 至近距離で見つめ合うリアとアイラ。

 茶髪のショートヘアに、栗色の獰猛そうなギラついた瞳。 鼻の切り傷は如何にもわんぱくっぽさを覚え、彼女の人柄や性格などをある程度予想できるくらいには良いチャームポイントになっている。


 だからこそ……、――残念だ。



 「ごふっ!?」


 「さようなら、アイラ」



 至近距離で剣を抑えられ、咄嗟の判断で素手に転じようとした判断は良かった。

 でもそれはリアも一緒であり、動体視力と反射神経に雲泥の差がある彼女と私では勝負にすらならない。


 そのふくよかな胸にはリアの手刀が突き刺さり、何が起きたのか理解できないといった様子のアイラの口からたらりと血が吹き零れる。


 栗色の瞳を震わせ、鼻と鼻が触れてしまいそうなほどに顔を見合わせるリアとアイラ。

 その時、砂漠の大地には暴風が砂塵となって吹き荒れ、リアのフードを捲れ上がらせる。



 長い銀色が宙で解け、砂で覆われる視界の中、素顔が露わになったリアを見て瞳孔を大きく見開くアイラ。



 リアはアイラの鼓動が小さくなるのを感じつつ、無慈悲にもその手を引き抜いた。

 鮮血が飛び散り、砂の上にはポタポタと血が垂れ落ち、その勢いはやがて増していく。



 「がっ……あ、……ぐぅ、……っぁぁぁああ!!」


 「あら?」



 だが、たたら足を踏み、倒れる寸前だったアイラは唐突に声を上げだすと、なんと瀕死の体でリアへと抱き着いてきたのだ。


 脇の下から腕を回し、物凄い力でリアの片腕を巻き込みながら締め付けてくるアイラ。



 「かはっ。 俺ごとやれ! リベリオォ!!」


 「……ええ、そのつもりです!」



 血の充満した匂いと柔らかな感触がリアを包み込む中、声のした方へ振り返る。


 そこにはここら一帯の砂漠地帯を水で潤わせれると思える程、巨大な水星を頭上に掲げて浮き輪がる金髪の男が視界に映り込んだ。



 そんな光景を見て、リアは絶望するでも焦るでもなく、ただ拍子抜けしたように脱力する。



 「はぁ、……悪足掻きね」


 「ハハッ、悪足掻き? お前をここで倒せるのなら悪足掻きでもなんでもやってやるさ。 あっちで会おうぜ、綺麗なお姉さん」



 少しだけ、ほんの少しだけ魅力的な提案に口元を緩めるリア。

 最後の手向けと思い、微笑みを浮かべてアイラを見つめることにする。



 「魅力的な提案だけど、嫌よ。 この先に私を待ってくれているお姫様が居るからね」


 「何をわけのわからないことを……。 これは生涯、私の放てる最高の魔法です。 諦めて逝きなさい」


 ――【大海魔法】【干渉の拡張】《魔力統一》"万象ノ雫"



 男の手から放たれた水星は、一直線にリアとアイラ目掛けて落下し始めた。


 現在のリアの状態は片腕が動かせる程度で、もう片方は残念ながらアイラの両腕によって抑えられてしまっている。


 無理やりに引き剥がす事も容易ではあるが、瀕死の状態でもリアに噛みつこうとするその意志は、素直に賞賛できるものがある。


 だから今回に限り、褒美の意味も含めてこのままで対処しよう。



 太陽を隠し、砂漠の一帯を覆い尽くす程の巨大な水星に向けて、リアは指をピンと差す。



 「……最上位魔法。 貴方レベルで扱えるのは驚いたけど、熟練度が赤子レベルだわ」



 指先にメラメラと炎が生まれ、手元を覆うようにして渦巻き燃え盛る灼熱。

 それは一点に集中し、火の渦を巻き起こして瞬く間に凝縮されていく。


 水星は目と鼻の先、そこに向けられるように形作ったのは超高熱度を圧縮した黒炎の玉。



 「……おい、なんだ……それ?」



 瀕死の状態でありながら未だ消えゆく意識を引き留め、リアの手先を見て驚愕した表情を浮かべるアイラ。

 リアはその言葉に返事は返さず、水星の先……ただ一点を見詰めて上位魔法を放つ。



 ――【灼熱魔法】"焔魔の一矢"



 放たれた黒玉は指先からまっすぐに水星へと向かい、何重にも炎をサークルを纏った1本の火矢へと姿を変貌させた。


 傍から見れば、その規模は文字通り大人と子供。

 自然災害と人の手によって作り出された一本の矢である。


 次の瞬間には何も成すことなく呑み込まれ、あの巨大な水星はリアとアイラを押し潰し、跡形もなくその存在を消してしまうことだろう。


 ――だが、そうはならなかった。



 火矢はその先端が水星に触れた瞬間、大きく燃え上がりその質量を物凄い速度で蒸発させると、まるで貪り喰うようにそのど真ん中に風穴を開けた。


 勢いは衰えず、むしろ放たれた時よりも規模を大きくして燃え盛る火矢。


 それは水星の中を抉り続け、外から見ても分かるほどに赤白く熱され光り輝き始めた。

 水星は形を保てなくなり、ぶくぶくと沸騰するかのように膨張すると瞬く間に爆散し、空からは大量の熱湯が砂漠へと降り注ぐ。



 「…………は?」



 何が起きたのかわからない。

 そう分かりやすく心情を顔に書いた男の前には、水星を破壊した火矢の先端が向けられており、次の瞬間には空間を染め上げる程に盛大に燃え上がったのだった。



 「あぁぁぁぁぁぁあ!!! なぜッ!?何故だぁぁぁ――ぁ?」



 断末魔の叫びを上げたのは一瞬。


 男の声はピタリと止み、それに呼応してあれ程までに燃え盛っていた炎は急激にその勢いを落としていく。

 そして遂には、最初から何もなかったかのように空気に溶けてなくなってしまった。



 頭上に炎の盾を張りながらそれを見ていたリアに、体重がのしかかる。


 見ればアイラの手は解かれ、だらんと下ろした両腕と共に体は完全にリアへと寄りかかっていた。



 「縛り要素があったとはいえ、少し時間をかけ過ぎたわ」



 寄りかかってきたアイラを丁寧に寝かせ、遠目にも分かるほどに混乱と絶望を漂わせた軍勢を見据える。


 一番面倒な英雄は終えた。

 あとは目の前の、大量の案山子をなぎ倒すだけ。



 リアは砂に埋もれたアイラの大剣を拾いあげると軽々と肩に担ぎ、銀の髪を靡かせながら眼前の軍勢に向き直る。


 すると感じ取れる動揺は広がり、まるで軍勢自体が後退したかのようなどよめきが、何処からともなく聴こえてきた。



 「あとは……あれらの掃除をしたら終わりね。 もう少しだけ待ってて、エルシア」


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