第111話 蹂躙の後、辿る痕跡



 「うわぁぁぁ!?」


 「や、やめ――っ!」



 剣を振るえば声は止み、その結果また新たな号哭が生まれる。

 視線の先では形だけの――いや、もはや形にすらなっていない構えで、次の瞬間にはこちらに背を向ける兵士で溢れかえっていた。



 「嫌だ! 嫌だぁぁぁ!! 俺はまだ、死にたくなっ――」



 砂漠の大地には血しぶき飛び散り、肉塊が転がる。

 武器が壊れては、新品同様に綺麗な物を拾って蹂躙を再開する。



 「来るなっ! 来るなぁぁ!! なんでッ、なんでこんなことに!! 僕はただ――」



 一振りすれば、直撃した者とその直線状に居た兵士たちが合わせて両断され、残された者達の瞳に映る絶望をより深く濃いものへと変えていく。


 リアは広大な砂漠の大地を駆け抜けながら、真っ先にテントへと向かっていた。



 英雄達との戦闘は幕を閉じ、あとは残された残党――約1万とちょっと程の軍勢――を掃除すればいいだけになったリア。


 しかし結果的にいうなら、分かり切っていたことではあるが彼らとは戦闘にならなかった。


 物理的な命のやり取りをする戦闘行為ではない。

 そもそもな話、戦うという行動にすら彼らは移らなかったのだ。 いや、移れなかったのだろう。



 彼らは遠く離れて対面していても、軍勢単位で引腰な姿勢を取っており一歩進むごとに後退し始めたことで、それはリアの気のせいではなくなったのだ。



 一個人に逃げ惑う万単位の軍勢。



 それは傍から見れば異様な光景だ。

 だが、それだけ『英雄』という存在は彼らの中で絶対的なモノであり、心の支えとなっていたのだろう。



 (はぁ、……煩いわ。 死にたくないなら私の前から逸れればいいのに。 もう貴方達に興味はないし、私はあの天幕に行きたいだけなのよ。 だから道を開けなさい)



 そう、別にリアは執拗に逃げ惑う雑兵を追いかけ、わざわざ殺して回っていたわけではない。

 戦闘を放棄し、戦意も武器も喪失させた相手に構っている程、リアは暇ではないのだ。


 もはや軍の体制などそこにはなく。

 あるのは、ただアリの様に散らばり、絶望と恐怖に染め切った顔で逃げ惑う一般人の姿だけだった。



 (でもまぁ、仮にも他国を攻めようとしてた連中が、いざ自分が狩られる側になるとこうして命乞いをして見逃して貰おうとするなんて、少し虫が良過ぎないかしら? 攻めて来てたのはそっちでしょう?)



 リアは折れてしまったアイラの大剣の代わりに、またしても適当に拾った武器を横薙ぎに振るう。

 視界は一瞬赤に染まり、一拍置くと遠目に目的の天幕が見えてくる。


 ここで漸く座り込み、蹲って泣きじゃくる雑兵たちは理解したらしい。

 狙われていたのは自分達ではなく、自分達はただ歩む道の邪魔をしていただけということを。



 だがそれでも、戦闘の意思を見せる連中は居た。



 「……懲りないなぁ。 中級程度の魔法なんて、どれだけ撃っても無駄なのに」



 【戦域の掌握】内に入ってきた魔法を正確に感知し、必要最低限な動きで軽く飛び退く。

 すると目標を見失った魔法は砂丘へと着弾し、周囲へ少なくない量の砂塵をばら撒いた。


 リアはこれで何度目かわからない同じような攻撃に、習って同じように砂塵を弾き落とす。



 砂煙の中を駆け抜け、良好になった視界に見えるのはこれまでと同じ一団。

 それらは周囲に居る兵士たちとは若干に異なる装備をしており、こちらの兵士たちが青を貴重にした鉄鎧一式だとすれば、遠目に見えるのは小麦色を主とする革鎧一式。



 多分……というより、ほぼ確実に。

 こっちが青の鉄鎧エルファルテの兵士で、あちらが小麦の革鎧ヤンスーラの兵士と考えていいだろう。


 距離が離れ、天幕とは逆方向に位置していることで特段脅威にならなかったから放置してたが、いい加減に鬱陶しくなってきた。 ……ん?



 (そういえば、何で無意味だとわかっていることを繰り返すのかしら? 撃つたびに位置を変えるでも、魔法の系統や階位を変えるでもない。 ……まるで私の注意を引く為だけに、攻撃をしているような)



 リアは天幕に向けて駆け抜ける中、魔法を放ってきた一団とは別方向を見渡す。



 「ああ、……そういうこと。 まだ生きてたのね」



 目を留めたのは天幕から少し逸れた先。

 未だ逃げ惑い、視界の大半を敗残兵が占める中、まるで一か所を囲うようにして不自然に立ち並んだ小麦色の兵士たち。


 彼らの足元には吹き荒らされ消えかかってはいるものの、うっすらと半円型に抉れた大地が一直線に伸びて見える。



 その先に居るのは、恐らく――




 「……驚いた。 貴方、まだ生きてるの?」



 近付いてきたリアから、ソレを護ろうと決死の覚悟で挑んできた雑兵たち。

 しかし、いくら頑張り覚悟を決めようと、絶望的な実力LV差を埋めようもないのはまた事実。


 そうして辿り着いた先には、衛生兵に簡易的な治療を施され半身と片腕を包帯で巻かれた星傷の男が居た。



 「っ! がはっ、はぁ……はぁ、貴様……何故?」


 「なぜっと言われても、それは私の台詞よ。 貴方こそ何故、まだ息があるのかしら? あの時確実に殺した筈だけど?」



 見下ろす私と、鋭い目つきで睨み上げてくる星傷の男。

 周囲には既に衛生兵のような装いの非戦闘員しかおらず、戦える者は皆鮮血を散らせて砂漠へとその身を埋めていた。



 (ああ、やっぱり腕は使い物にならなくなったみたいね。 その腕じゃ、ううん、その腕じゃなくても難しいだろうけど。 変な抵抗はしないで欲しいなぁ)



 のんびりお喋りをしている時間はないが、もしもの事を考えればこれは大事なことだろう。

 だから、例え私に気付かれないよう臨戦態勢を取ろうとしていても、敢えて見逃してあげる。



 「…………」


 「答える気はない、と。 まぁいいわ。 それじゃあ"次"」



 一瞬たりとも目を逸らさず、ジッとリアを見続けていた星傷の男だったが、あからさまな雰囲気の変化に気づいたんだろう。


 体を硬直させ、眉を微かに跳ねさせると額からはたらたらと汗が流れ落ち、それは顎先から地面へと滴る。



 「エルシア・セルリアン」


 「っ!」


 「……当然、知ってるわよね? 数日前、黒髪で綺麗なメイドを傷付けてまで、貴方が王都から拉致したお嬢さまのことよ」



 リアの言葉に視線を僅かに巡らせた星傷の男。

 しかし、再びその目をリアへ戻すと、やがて観念したかのように小さく溜息を吐いた。



 「だとしたら……なんだ?」


 「彼女は何処にいるの? 貴方がこの戦場にいるってことは、既に拉致は終わったんでしょう? 誰と一緒にいるのかしら」



 リアの言葉に男は怪訝そうな表情をみせ、まるで思ってもみなかったと言わんばかりにその顔にクエスチョンマークを浮かべる。



 (なに?この大軍が何処から来たとか、なぜ国同士で連合を組んているのかとか、そういうの聞かれると思ったの? 微塵も興味ないわ、そんなこと。 それより重要なのは、私の将来の恋人兼お嫁さんのエルシアは何処にいるのかってことよ! 変なことしてたら本気で許さないわ。 いや、既にレーテを傷付けた相手で確定してる訳だし、関係なく許さないわ)



 沸々と湧き上がる衝動を抑えながら、リアは目の前の男の言葉に耳を傾ける。



 「お前のような化け物が……何故、ただの令嬢を気にかける? それに、なんだ? 黒髪の綺麗なメイド……だと? さっきから何を言っているんだ?」



 その声音には戸惑いを含ませ、まるで言ってる意味がわからないと眉を顰めて口にする男。



 「あら、当然でしょ? 私の恋人と恋人候補に手を出したんだもん。 貴方はもちろんのこと、貴方の国もただじゃおかないわ。 それで何処にいるの? さっさと答えなさい、雑種」


 「……恋人? 恋人候補……だと?」



 男は呆然とした表情で口ずさみ、警戒を一時でも忘れてしまったかのように間抜けな顔を見せる。

 そうして数秒の後に、漸く頭が理解できたのかその目に意思を宿らせ、今度は沸々と湧き上がる笑いを堪えるかのように肩を震わせ始めた。



 「ふふっ、……クククッ、……アーハハハハッ!! げほ、がはッ! ……はぁ、はぁ……クックック、正気か貴様? たかだかそんな理由の為だけに、私と帝国の英雄、それに3万もの大軍勢を相手にしたというのか?」


 「それがなに? そんなことより早く答えなさい。 3度目はないわ」



 3万? 2万じゃなかったんだぁっと、どうでもいい真実が瞬間的に脳裏を過る中。

 次にくだらない返事をしようものなら、この会話を終わらせ確実のその息の根を止めようとだけ考えたリア。



 「……ああ、そうだったな。 エルシア・セルリアン、あの女の居場所……だったな」



 やけに素直に言葉を返す男は、僅かに顔を伏せその表情を見えにくくする。

 そして次の瞬間。



 ――「ふっ!」



 緩急を付け唐突に振られるは、男の持った黒銀に艶めく直剣。

 唐突な奇襲ではあったが、リアは上体を後ろへ倒し平常心のままそれを躱す。


 この横薙ぎが過ぎた後、目の前の男とは会話を止めて自分で探しに行こうと切っ先を見つめながら考えていると、自分が間合いを見誤っていることに気付いた。



 リアは僅かに目を見開き、瞬時に少し上体引くだけのモーションを完全に倒し、ブリッジの姿勢からバク転へと切り替える。

 数度飛び跳ね、再び地面に足を付けた時、視界にはバラバラになった直剣がまるで意思を持ったようにうねうねと撓らせ、それを持った男が徐々に透明になっていくのが見えた。



 「っ、蛇腹剣じゃばらけん……?」


 「……はぁ、はぁ……今のを避けるか。 だが、まぁいい。 お前がもう少し来るのが早ければ、私の"融和"は間に合わなかっただろう」



 折れて拉げた腕をだらんと垂らし、蛇腹剣を持った腕から急速に景色へと同化していく星傷の男。

 リアはそれが攻勢に出る為の同化ではなく、逃亡の為の同化だと理解すると、すぐさま大地を蹴り上げて懐へと潜り込む。 そうして既に薄れてきている首元を両断しようと、神速の剣を振り抜いたのだった。



 (感触がない、逃げられた。 ……融和、融和って……あの融和? また面倒な固有能力アーツを持ってるわね。 どおりで【戦域の掌握】に反応しないわけだ。 でも)



 「無敵なアーツではないでしょ、それ」



 握った剣に力を込め、無造作に周囲を薙ぎ払う。

 砂塵が舞い、宙に浮かぶ砂のカーテンにはくっきりと斬撃の跡が浮かび上がった。


 特に反応がない事で、攻撃は失中に終わったことを理解し肩を落とすリア。


 すると『ボトッ』と、何かが砂に落ちたような音が聴こえ振り返る。



 見ればそこには星傷の男のものと思われる拉げて血で染まった腕がぽつんと落ちており、肩の部分からざっくり両断してるのを見るとギリギリで躱したのだろう。 だが、出血量はかなり多い。



 (……運のいい男。 血痕や足跡は……駄目ね。 匂いも……あら? こっちは微かだけど――いや、残念だけど今は優先度が違うわ)



 破壊と蹂躙の限りを尽くした戦場を見渡し、未だ開戦時と変わらず揺らいでいる火壁を見据える。

 手を前に出し、広げた掌に火壁が乗るよう視界に収めると、リアはそれをまるでカーテンを開けるかのような仕草で振るった。


 すると、このまま永遠に燃え続けそうな火壁はぱったりとその姿を消失させ、遠目には誰の姿もそこにはなかった。



 まぁ、仕方ない。

 彼ら視点、私が勝てる見込みなどなかっただろうし、あの状況なら出来るだけ距離を離してレクスィオの生存を優先させるのが当たり前だ。



 未だ私を遠目に見る兵士もいれば、既に戦意喪失して動けなくなっている者も見える。

 だが、大半は私が星傷の男と話してる間に逃げてしまったようで、広大な砂漠にはまばらに見える兵士達と自分だけが残っていた。 



 「リアっ!」



 唐突に聴こえたのは、私の名を呼ぶ聞き慣れた声。

 まさかと思って振り返ってみれば、そこにはレクスィオとガリウム、そしてそこそこ続いている兵士の列が一目散にこちらへ向かって来ていた。



 「……レクスィオ。 よかった、まだ居たのね」


 「それはッ、……私の台詞だ。 無事……なのか? 怪我はしていないか? 体調は?」



 レクスィオは何かを言おうとし、すんでのところで喉元で押し止める。

 そして今度はまるで母親の様に、あれこれと要らぬ心配を掛けてしつこい程に聞いて来るのだった。


 後ろのガリウムや兵士たちの視線が鬱陶しいが、今はそんなくだらない事を話してる場合ではない。



 「無傷だから問題ないわ。 それより、エルシアは?」


 「……無傷、だとッ? ――いや、そうだな。 エルシアに生命活動に変化はない。 聞きたいことは山ほどあるが、今は彼女と紅玉を優先しよう」



 そう言って瞬時に気持ちを切り替えたレクスィオは、兵士達へ振り返り進軍の号令を出す。


 指輪の指し示す先は天幕へと変わらず、リアは他の兵士たちを置いて一足先に大天幕へと辿り着いた。



 中は当然、もぬけの殻だった。

 テーブルやイスが幾つも並んでおり、散乱した書類や食器などからここに居た連中が一目散に逃げ出したとわかる。



 (希望的観測ではあったけど、やっぱり星傷の男アレが居たからといって、戦場にまでエルシアが居るとは限らないよね。 レクスィオは変化がないって言ってたし、乱暴はされてない筈。 それならやっぱり、この先の王国内か)



 なら、悠長に彼らの移動を待つ必要もないだろう。

 少々気は進まないが、レクスィオを抱き抱えて国まで行った方が断然早い。



 そう思って天幕を後にしようとしたリア。

 すると、出入口に何重にも夥しい数の足跡が同じ方向へ向かう中、一つだけ別方向へ向かってる足跡を何気なく見つける。


 足跡の大きや紳士靴のような形状からして男。

 それに一見がさつには見えるが、何処となく生まれ持った育ちの良さが足跡からは滲み出てるように思えた。



 「……あれは? もう1つの天幕?」



 ちょうど大天幕に隠れてわからなかったが、立ち位置を少し変えるとそこには小さな天幕があることに気付いた。


 この足跡も、どうやらそこへ向かっているようだ。



 レクスィオ達も視界に収まるところまでは来ているが、わざわざ待つ必要もない。

 リアは小さな天幕へと向かい、【戦域の掌握】で誰も居ないことを確認しつつ中へと入る。



 そこは人が二人入れるかどうかという小さな空間。

 内装は大天幕より綺麗に整っているものの、置かれている家具は最低限に簡素なベッドや小さな机、それに子供が使う様な木製のイスだけ。


 まるで1人の客人をもてなす様な、見え方によっては閉じ込めているようにも見えるそんな空間。



 「あら? ……これっ」



 イスの上でキラキラと輝くソレを拾い上げ、じっくりと見ようとした瞬間、天幕の入口が開かれた。



 「リア! ここに……居たのか」


 「ねぇレクスィオ、いまエルシアはどの方角にいる?」


 「は……? 何を言って……」


 「もういいわ。 走りながら方向を教えなさい」



 リアは速足で天幕を出ると、その右手はレクスィオのえりを掴んでいた。


 周囲の兵士たちは目を疑う光景に唖然とし、それでも主への無礼な行いがリアによってだとわかると、すぐさま目を反らした。



 「ちょ、待て! 待ってくれ! 流石にこの掴み方はッ!!?」


 「こっちの方が早いのよ。 悪いけど少しだけ我慢しなさい」


 「いや、だがッ!? せめて……せめてもう少しないのか?」


 「ないわ、諦めて。 それともまさか、私にお姫様抱っこでもして欲しいの?」



 抵抗するレクスィオを無理矢理に掴み、リアは焼き付けるような炎天下の中、地面に微かに残った二つの足跡・・・・・を辿って走り始めた。


 1つは男の足跡。

 そしてもう1つは細く小さく、足の甲の部分が広く開いてる形から、恐らくパンプスの様な靴を履いている足跡。


 たたらを踏むような不規則な間隔に加え、所々の足跡が崩れてる所を見ると多分。


 ……男に引き摺られている?



 (見た感じ、かなり近いわ。 一緒に居る男は恐らくあの雑種よね。 この炎天下の中、エルシアに砂漠を歩かせるとか頭おかしいのかしら? 男ならお姫様抱っこくらい――いや、ないわ。 それは私の役目だし、彼女に触れていいのも私だけ! )



 「向かってる方角で、間違いない! だ、だがっ、何処に向かっている? この先は暫く何もないぞ!?」


 「あまり喋ると舌噛むわよ? ……ほんっと許せない。 エルシアの綺麗な肌が焼けちゃったら、どう責任とるつもり? あの綺麗な肌は焼けて、髪は砂まみれ……はっ! 水浴びさせてあげないと! スピード、上げるわよ」



 リアは残像を残す勢いで更に加速し、レクスィオのえりを掴んだ反対の手には、天幕で見つけた"水のように澄んだ白い髪の毛"が摘ままれていたのだった。



 

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