第109話 始祖の吸血鬼VS連合軍
「レクスィオ、この先にエルシアは居るの?」
振り返ったリアは、間抜けな程に唖然としたレクスィオへ静かに問いかける。
すると、レクスィオは言われた言葉が理解できなかったのか「……は?」と小声を漏らし、次いで思い出したように指輪へと意識を向け始めた。
怯えた兵士から借り受けた剣を手元で弄び、くるくると回しながら眼前に広がる大群へ目を向ける。
(これだけの大群、偶然ここで陣取ってたなんて馬鹿な話はないわ。待ち伏せかしら?まぁ、なんでもいいわ。 いま重要なことはこの場にエルシアが居るのかどうか。 居ないならアレらを退けて、その先の国まで行けばいいだけの話)
「……断言は、出来ない。 だが、この反応からして恐らくこのすぐ先。 あの天幕に居る可能性だって十分にありえる話だ」
そう言ってレクスィオは、黒い瞳に不安を滲ませつつも真っすぐな視線を向けてくる。
横目に見据えるリアとレクスィオの目が交差する。
本人も言った通り、確実ではないのだろう。
だが、どこか確信を持って言ってるような印象をその雰囲気から感じ取ったリア。
「そう……ならいいわ」
「リアっ! ……まさか、やる……つもりなのか?」
恐らくレクスィオは、私の諸々な事情を把握してる故の問いかけなんだろうけど。
彼と私では己の見え方が違う。 ……ああ、そっか。 そっちの心配もあるのかしら。
「ええ、もちろん。 大丈夫よ」
面倒だけど仕方ない。 これによって条件が1つ追加されてしまった。
レクスィオの心配は色々あるんだろうけど、特に気にしてるのは私の"吸血鬼バレ"だろう。
だから、あんなにも不安そうな顔をしているんだ。
吸血鬼バレを防ぐ手段、それは鮮血魔法・紅い瞳・特徴的な再生を見られないこと。
この中でその可能性があるのは『再生』の部分。 故にノーダメージという縛りが必要だ。
それに加えて、炎天下の砂漠地帯での活動は通常のそれに合わせて、吸血鬼だと尚
陽光ダメージとは別の持続ダメージが発生し、一定時間が経過すると吸血鬼の生命線『再生』にまで大幅な弱体効果がついてしまうのだ。
デバフがかかる前ならスリップダメージが2倍でも、2減って4増える程度のことだから全く問題ない。
だが、弱体効果が付くと2減って2増える、最悪2減って1,5増える様なことになりかねない。
対処法は特定のアイテムかスキルを使用、もしくは長時間その地帯に居ないこと。
けれど見て分かる通り、1対2万以上では戦えはするが物理的に手が空くかどうかわからない。 それにアレらを全滅させた方が幾分か簡単そうに思える。
ああ、そういえば兵士たちの目があったわ。
だとすると【鮮血魔法】は当然封印、【火系統魔法】もそれなりに控える必要があり、レーヴァテインを使うことなど論外だろう。
ごちゃごちゃ考えてしまったが纏めるとこう。
足場の悪い砂漠地帯で推定2万+英雄3人を相手取り、再生を見せないようノーダメージが大前提。
更にレクスィオ達へ矛が向かないよう私に縛り付ける必要があり、【鮮血魔法】はもちろんのことレーヴァテインは封印。 【火系統魔法】は使い過ぎは厳禁だが、極致魔法の1回くらいならギリギリ説明はつく筈。 後はこれらを何の効果も防御力も持たない、ただの侍女服でやる必要があるということだ。
思考時間にして数秒。
己の縛りを再認識すると、砂丘を歩きながら眼前の軍勢に目を向ける。
何処を見ても、人、人、人、……数えることすら馬鹿らしくなる程の人の群れ。
こちらを間違いなく認識してるというのに、未だ攻勢をしかけてこないのは反応を楽しんでいるんだろうか。 こちらがどう動くのか、まるで見世物小屋に居る様な感覚に苛まれるリア。
それなら……。
「まずは、よそ見をさせないようしないとね」
――【獄焔魔法】
リアの足元から何処からともなくメラメラと発生しはじめる炎の渦。
それは足場の砂を焼き尽くす勢いで燃え上がり、リアの周囲を何重もの円となって漂い始める。
一人離れ、ぽつんと前に出た魔法行使によって、大群の目がリアへ集中してることを認識する。
(今すぐ攻勢に出れば、こちらの一人くらいは手傷を負わせることも出来ただろうけど。 これでそれも叶わなくなっちゃったわね。 間抜けな連中だわ)
軍勢を見据えながらリアは漂わせた業火をまるで自分の手足のように操り、兵士から借り受けた安物の剣へと纏わせていく。
足元の砂はドロドロと融解し始め、燃え盛る炎はマグマの様に宙で形を変えては迸ると、炎が大半を占める視界の中その手には"炎剣"が姿を現す。
手にしていても熱さは感じないが離れた地面の砂が次々と焼き目をつけ始め、数秒も経たぬうちに焦げ付いてしまうのを見れば、その熱量がわかるだろう。
リアは燃え盛る炎剣を、自身とレクスィオ達の間へ無造作に薙ぎ払う。
すると、炎剣から放たれた業炎は砂漠の地面を疾風怒濤の勢いで走り出し、次の瞬間には景色を覆う程の炎の巨壁が砂漠の大地を両断した。
天上は見上げてもわからず、発する熱量は砂漠のそれとは比べ物にならない程煮えたぎっている。
触れれば即死、近付いても全身を焼かれて動くことはままならないだろう。
メラメラと揺れ動く炎の壁は金と赤で混ざり合い、光沢のような光を発しているがそれは決して触れてはいけない滅却の炎。
軍勢に目を向ければ、その動揺は離れたこちらまで手に取るようにわかった。
「あら、これ思った以上に向こう側の景色見えないわね。 それなら……うん、始めましょう」
――"蹂躙を"
リアは一瞬の溜めの後、辺りに砂を散らして残像を生み出す勢いで加速する。
軍勢はどよめき、困惑と混乱が広がっているのを肌でひしひしと感じた。
距離にして500m程を1秒に満たない時間で駆け抜け、口をあんぐりと開け驚愕の表情を浮かべる兵士に無慈悲な一撃を浴びせる。
「うわ――」
口を開いた時には振り抜き、周囲には微かな衝撃波を拡散させる。
手加減が殆ど入っていない、LV144の本気に近い斬撃。
それは兵士の体を鎧ごと切り裂き、一切の抵抗もなく振り抜かれると、真空の刃となって斬撃は留まる事をしなかった。
後方に佇む兵士達を次々と両断し、それは余波となって周囲の兵士たちにも衝撃を与える。
次の瞬間、真空の刃は突き当りまで進み続けたのか、遠く離れた砂丘まで衝突しまるで爆発音のような音を響かせながら空中に砂を撒き散らしたのだった。
軍団の一翼は血の海を残しながらモーゼの様に割れ、余波によって尻餅を付いた兵士たちの表情は絶望の色に染まり出す。
リアはそれらを見下ろし、第二の太刀を振るおうとした。 その瞬間。
――パキンッ
何かが割れたような音。
それは手先から伝わってきた微弱な振動からすぐに理解する。
どうやら本気の斬撃は武器の耐久が持たなかったらしい。
(本気でやるつもりはなかったんだけど、思った以上に力が入っちゃったわ)
呻き声やすすり泣くような音が所々から聴こえ、戦場とは思えない程に静まり返った空間でリアは砂に埋まれた剣を拾う。
その様はまるで落とし物を拾うかのように、とても命のやり取りしてる者がする行動ではない。
だというのにその間誰も動くことはせず、只々体を硬直させ目の前の
夥しい数の視線に晒される中、リアは手に持った剣を素振り感覚で数度振るう。
今度はもう少し、加減をしながらやる必要がありそうだ
【火系統魔法】を並列使用するのも悪くはないけど、正直あまりやりたくないのが本音である。
単純に消費魔力がヤバいことになるし、使ったとしても上位魔法が限界だろう。
けれど、それなら普通に剣を使った方がコスパも効率も断然良い。
それにもし最上位魔法や極致魔法を使って、あの天幕に被弾するようなことがあれば目も当てられない。
居るかどうかわからないにしても、取る必要のないリスクはなるべく避けるべきだとリアは考えた。
気付けば兵士たちは距離を取りながらも、しっかりとリアを囲んでいた。
しかし、その引き攣った表情には恐怖と絶望が浮かんでおり、歯を食いしばって武器を構える様子は余りにも頼りない。
「どうしたの? かかってこないのかしら」
「ぐぅ……っ!」
「そう。 なら、死になさい」
形だけの包囲にリアは失笑を超えて冷ややかな眼差しを向け、
砂塵が舞った瞬間、視界は鮮血と砂で覆われ宙に浮いた生首の視線と目が交差する。
そのままリアは、少し離れた所で一向に動こうとしない案山子群へ向けて走り出す。
「っ……! 何をぼさっとしている!? 相手は一人だ、いくら強かろうと相手は一人だぁぁ!!」
「ぐっ、うわぁぁぁぁ!!」
「おらぁぁぁ!!」
ここで漸く事態を把握した兵士たちが動き出し、指揮官の意味のない指揮によって闘志を奮い立たせ始めた。
姿勢はブレ、太刀筋は単純。 その顔にはっきりと恐怖が染まり切っており、勢いと蛮勇だけでリアの前に立ったことが一目で見てわかる。
最初の太刀から力を抑え、剣が壊れない程度に3割ほどの力で振るうリア。
それでも兵士たちの肉体はまるで紙のように両断され、纏った鎧は意味もなさずに砂漠の大地へと転がる。
一振りすれば数人から十数人が絶命し、広大な砂漠の大地を次々と血の色に染めていく。
辺りは『血の砂漠』と化し、チラリ目を向ければ陽炎に立ち込める熱気は紅く変色しているようにも、リアには見えた。
そうして軍団の一翼から指揮官らしき者の首を刎ねた時、【
(ん、魔法? 漸く使うのね。 味方に被弾を恐れて指揮が遅れた? でも遅すぎるわ、もう1翼は半壊状態よ)
リアは焦る事なく振り返り、被弾間近となった魔法群へ向けてボロボロになった剣先を向ける。
視界に映るものだけでも、【火炎魔法】【水流魔法】【破風魔法】【大地魔法】【感電魔法】と視認でき、その魔力によって光輝く雨のように一点に降り注いだ。
――《過剰な血気》"エクスキューション"
肩先から剣ごと腕が消え、瞬く間に無数の白き斬撃が領域を埋め尽くす。
それはまるで蜘蛛の巣の様に空間に斬撃の軌跡を描き、降り注いでいた魔法群はパタリとその姿を跡形もなく消し去ってしまったのだった。
――パキィンッ
振るった剣に亀裂が走り、今度は根本からバラバラに砕け散る。
それを見たリアは溜息を吐き、地面から誰の物かわからない
直線状に居た兵士は真っ二つに割れ、その背後に居る兵士たちをも次々と肉体を切り裂いていく。
(これでどのくらいかしら? 片翼はそこそこに崩壊したし、5千くらい減った? いや……そんなことなさそうね。 見た感じ、まだうじゃうじゃしてるわ。 それに)
砂塵の舞う戦場を見渡す最中――リアは反射的に首を傾けた。
するとその瞬間、銀の装飾を施された直剣が頬の側を通り過ぎ、突きの姿勢で前のめりになった男と視線が交差する。
紫の瞳に、褐色の肌……額には"星型の傷"。
ああ、まさかこんな戦場で出会えるなんて思わなかったわ。
スローモーションの様に流れる時間の中、リアは奇襲をしかけてきた男を見て楽し気に頬を緩める。
そして攻撃を外し、バランスを崩した状態の男に向かって容赦のない蹴りを叩き込んだ。
「ッ、ぐふぅ!?」
がら空きの胴体を蹴り上げ、そのまま内臓ごと破壊するつもりが男はギリギリのとこで片腕を挟み、致命的なダメージは緩和してみせた。
咄嗟の判断としては及第点。 だが、今の感触からして片腕は完全に使いものにならなくなった。
その上、浮き上がった状態では身動きが取れず、身を護るための片腕も使用不能。 さぁどうする?
リアは手に持った剣を構え、空中で只の的と化した男に絶命の一撃を加えようとした。
すると、頭上から差し込む陽光に突然影ができ、リアは咄嗟の判断で後方へと飛び退く。
次の瞬間、リアの居た場所はまるで大砲が着弾したかのように、轟音と共に大量の砂を空中へばら撒いた。
地面は揺れ、砂は滝の様に空から降り注ぐ。
(二人……いや、まだ居たわね。 漸くお出まし?)
リアが眉を顰めながら地面に着地すると、降り注ぐ滝の中から突如として巨大な水龍が顔を出した。
それはリアを呑み込まんばかりに口を大きく開け、怒涛の勢いで突っ込んでくる。
水龍は体をうねらせ、砂が舞う空間を執拗以上に追いかけてくるが、リアは軽快な動きで飛び退いて行く。 そして丁度いい間合いが開けたところで、足を止めて向き合った。
「たかが上位魔法。
リアは剣が壊れることを承知の上で力を込め、眼前の水龍へと本気の斬撃を叩き込んだ。
すると、水龍は脳天の角先から顎下に至るまで真っ二つに両断され、周囲に水しぶきを撒き散らしながら爆散した。
(あら? 剣が壊れないわ。 よく見ればこれ……少し高そう。 ああ、指揮官らしき男を殺した後に取った物だから、もしかしたら頑丈なのかしら? それならそれで好都合ね)
身に纏うローブは水に滴り、ポタポタと垂れる雫を視界に収めながらリアは、少し離れた所に佇んだ人間達を見据える。
そこには二人の男と一人の女。
「おい、聞いてねぇぞ? 何で王国連中の中にこんなのが居るんだぁ? ガリウムだけじゃなかったのかよー」
「私が知るわけないでしょう? ……ですが、そうですね。 本気でとりかからないと、命を落とすのは間違いなくこちらです。 アレ、明らかに私達より上の存在ですよ」
身の丈以上の大剣を肩に担ぎ、軽装で肌を露出させた女の子が不満そうに愚痴を吐き、青白のローブを身に纏った金髪の男が、眼鏡を上げてリアを警戒するように睨みつける。
「……ぐっ、何を今更……。 最初の魔法を見た時点で、アレの異常性には気付くものだ」
「なんだよー、俺に助けてもらったのにその態度かぁ? でもまっ、……確かにヤバいかもな。 もしかしたら、クレイブのおっさんより強いんじゃねぇか?」
3人の視線が集中し、軽快な態度とは裏腹に最大限リアを警戒していることがわかる。
女の子の俺っ子には非常に興味がそそられるが、残念ながら今はエルシアが最優先。
(それに、私の邪魔をしたのはいただけないわね)
リアは3人の目が向けられるも堂々と剣を握り、目にも止まらぬ速さで本気の斬撃を放つ。
狙うは地面に膝を突き、"額に星型の傷"をした褐色肌の男。
しかし、俺っ子は目に見えなくても直感が働いたのか、ギョッとした表情で間一髪にも大剣を割り込ませた。
斬撃は大剣へ衝突し、けたたましい音を鳴らしながら衝撃波を波紋の様に起こす。
すると俺っ子は大剣の持ち手を胸元で握り、上体を弓のようにしならせながらも耐えるのだった。
「ぐぅぅぅぅ!!! なんだ、これッ!!? クソ重ぇぇぇ!!!」
「「……っ!」」
白銀の斬撃は大剣に阻まれ、ギリギリッと火花を散らしながら目標の男へと向かい続けた。
しかし、俺っ子思った以上にレベルが高いらしい、一度傾けば終わる均衡をすんでのところで保っていた。
「う"ぅぅぅ!! ッ、らぁぁぁぁぁ!!!」
俺っ子が絶叫にも等しい雄叫びを上げる。
すると均衡していた大剣は僅かに押し上げられ、リアの放った斬撃は微妙に軌道がズレると、そのまま遠くの砂丘へと突き当り爆散するのだった。
その光景をフード越しに黙って見ていたリアは、視線を3人へ戻す。
「はぁ……はぁ……、コイツ、マジ……何者だ!?」
「「……」」
大剣を地面に突き立て、体を折りながら肩で息をする俺っ子。
そんな彼女の様子に二人の男達も警戒心を最大まで引き上げ、一瞬たりともリアから目を離さなかった。
リアはなんてことのないように3人へ向かって歩き始める。
エルシアが拉致された夜、落ち込むレーテが心配でリアはケアをするという意味も含めてずっと傍に居た。 すっごい可愛かった。
その際、襲撃犯の特徴をある程度聞いており、その中でも特にリーダー格の男が印象に残ってたらしい。
気になる特徴は、褐色肌に紫の瞳、額には"星型の古傷"があったそうだ。
――いるじゃない、目の前に。
「私の邪魔をするの? ……それとも、貴女から死にたい?」
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