第107話 始祖の力とその想い
「殿下、お待たせしてしまい申し訳ございません。 『紅玉』をお持ちしました」
騒めきが広がった空間で、やけに響いた私の声。
レクスィオはそんな私の出現と記憶のない命令に、唖然とした姿を見せその動きを止めた。
「紅玉? ……これが」
何気なく口から出た言葉なんだろうけど、そんなわけない。
これはリアが適当に次元ポケットから取り出した、特徴が類似していると思われる素材アイテム『修行明王の数珠』だ。
髪は炎のようにメラメラと逆立たせ、怒りを露わにする目つきと顎の鋭い牙は正直怒られてるような感覚になってくる。
身長はその上限解放クエストの段階によって変わり、人間サイズから巨人サイズと大きさは様々だ。
まぁ、そんなクエストをクリアすると記念報酬として貰えるのが『修行明王の数珠』である。
一部では隠しクエストや装備の作成にも使うらしいが、リアは結局未使用で終わってしまった。
リアはレクスィオに数珠の1玉を渡し、離れ際にわざと足を縺れさせた。
「あっ」(棒読み)
「ッ、リア!」
腰に手を回され、抱き寄せる形でレクスィオの胸に引き寄せられるリア。
はぁ、損な役回りね。 あら? 意外と筋肉ある、それにすごくゴツゴツして……っとそうだった。
正直、気分は良くないが民衆の前で一言伝えるなら、これが一番確実だろう。
「今から30秒後、それを使ったフリをしなさい。 そうすればこの空には、王都を覆い尽くす程の炎の障壁が生まれるわ」
「リア……。 ああ、……わかった」
突然の言葉に動揺を隠せず、明らかに反応が遅れたレクスィオだったが至近距離でリアの目を見たことで、その思惑を理解したのだろう。
声に僅かな『疑問』と『不安』を含ませて、レクスィオははっきりと頷いたのだった。
そうと決まれば、こんな所でちんたらしていられないだろう。
残された時間は30秒、民衆の声に耐えるにも長すぎる時間。
リアはさりげなくその場からフェードアウトして、一人になれる人気のない場所を探し始める。
景色が映り行く中、リアは残像を残す程の勢いで移動しながら周囲を見渡す。
何処を見ても、人、人……人。 とてもじゃないが一人になれる空間がない。
(もうすぐ20秒。 ……あと10秒、ううん、5秒以内に始めないとレクスィオはただ道化を演じることになる。 どこか、どこかないっ!? ――あっ)
リアは一瞬立ち止まり、それを思いつくと直ぐに行動へ移す。
屋根を踏んで急斜面を走り、僅かなひっかかりを使っては高く飛び跳ねる。
それを僅か5秒ですいすいと登っていくと、そこは王都の全てを見渡せる景色が広がっていた。
――ここは王城の天辺、その屋根の最高地点である。
次元ポケットからレーヴァテインを取り出し、メラメラと燃え上がり溶解し続けるそれを頭上へと構える。
「……3、2、1。 レーヴァテイン!」――【獄焔魔法】"朱ノ陽炎"
極致魔法の発動によってレーヴァテインに迸る熱気は何倍にも跳ねあがる。
柄の紅い水晶が煌めき、ドロドロと溶解するマグマは剣から放たれるとリアの周囲をふよふよと浮遊し、爆発的に増した炎は天をも燃やし尽くす程の巨大な炎柱と化した。
それはやがて噴水の様に空へ広がっていき、まるで空間を走り抜けるかの如く真っ赤な紅炎が王都を覆い尽くす。
頭上にはメラメラとした火の海が波打ち、触れたもの全てを焼き尽くすほどの熱量を遠くにいながら感じられるが、不思議なことに物理的に一番近いリアにはその熱気が一切感じられなかった。
範囲は王都全域、城壁が囲う全ての上空を指定しており、発動時の魔力量はレーヴァテインの特殊能力で補っていることから実質0である。 まぁ、それでも持続させる為に
「まぁ、こんなとこかしら?」
出来上がった炎の障壁に満足気に頷くリア。
レーヴァテインは装備してると秒間隔に
遠目に見下ろしても、王都全体が動揺に包まれているのは肌で伝わってくるが、それはレクスィオが対応することだ。
リアは用事が終わった事で、すぐに大門へと戻ろうと王城を降りることにした。
コツンッとヒール音を鳴らして地上へ降り立つリア。
「あっ、……えぇっ!?」
「?」
声のした方へ振り向けば、そこにはいつぞやの魔女ちゃんの姿。
未だ変わらずその姿は老婆のままだが、出した声は若々しい女性の声。
「え、あっ、貴女……さっき、あそこで……」
よくわからないが、指差す方向とその声音で彼女が異常な程に動揺していることはわかる。
リアは取りあえずそんな可愛い魔女ちゃんに微笑み、人差し指を口元へと置いた。
正直、昨日今日とあまり余裕のない状態で精神を張りつめていたことで魔女ちゃんの可愛らしい反応は、とても癒しになった。 このままもう少しだけ見ていたいが、残念ながら今は全てにおいてエルシアが最優先。
リアの『秘密♪』という仕草に、驚愕と見詰めながら首をコクコクとする魔女ちゃん。
そんな彼女の様子に、後ろ髪を引かれる想いでリアはレクスィオの元へと戻るのだった。
再び大門へと戻ると、何故か憔悴しきった様子の王妃が兵士たちに連れていかれており、レクスィオは歓喜する民衆へと語りかけていた。
「皆が見ている通り『紅玉』は無事である! だが、力の欠片を奪われたのもまた事実。 だから私はここに約束しよう。 私は紅玉の力を取り戻し、再び完全な状態でこの国に戻すと」
そう大々的に話すレクスィオの言葉に、黙って耳を傾けていた民達は地面が揺れる程の大歓声を上げた。
どうやらレクスィオは上手く切り抜けたらしい。
どういう状況になったのかわからないが
そうして『紅玉』の無事を信じた民達はその顔に安心を浮かべ、各々が帰路へとついていく。
中にはレクスィオに疑いの目を向けた者、罵声を浴びせた者、最後まで信じていたと言った遺憾の思いがある者達がその場に残り、周囲の目など気にした様子もなく頭を深々と下げ謝罪を口にしていた。
そんな光景を目にしたレクスィオは快く手をあげ応えており、その場にユーエスジェが合流すると二人で何かを話し、離れて見ていたリアの下へと向かって歩いてくるのだった。
眼前まで来たレクスィオは、何かもの言いたげな顔を浮かべていた。
「リア……あれは――いや、その前にありがとう、か。 また君に助けられた」
リアは適当に返してもよかったが一応人の目があるということで、取りあえず侍女としての対応を取ることにする。 面倒な説明を避けたともいえる。
何も言わず無言で頭を下げるリアに、レクスィオは言葉に詰まった雰囲気を漂わせた。
「殿下。 それについても後程、まずは場所を移すべきかと」
「あ、ああ……そうだな。 そろそろディズニィも到着する頃だろう」
レクスィオはユーエスジェと共に護衛騎士を引き連れ歩き始め、それに追従しようとしたリアはその気配を感じて咄嗟に振り返った。
それは炎の障壁を背景に、大門の上で一人佇む黒髪ポニーテールのメイド。
(レーテ! でも、どうしてここに? ああ、この事態を見に来たのかしら? あ……目があった♪ ふふ、どうせならこの後一緒に過ごすのもいいわね。 おいで~)
リアは遠目に目があったと確信するとレーテを手招きする。
そんなレーテは首を傾げ、その様子から不思議に思いながらもリアの下へとやってきてくれた。
今の姿は最近では見慣れて来た黒のアイマスクに、正統な侍女服を身に着けたクールな美人さんだ。
レーテは昼間でも外に出ることが多く、その容姿や目立つアイマスクから巷では有名になりつつあるらしい。
っということで、追加でリアが現在持ってる分を全て上げることにしたのだ。
「これからまた、つまらない話が始まりそうなの。 だから私を癒して、レーテ」
「はい。 私でリア様を癒せるのであれば、いくらでもこの身をお貸し致します」
「ふふ、ありがとう。 貴女が居てくれるだけで十分よ」
リアはレーテの手を優しく取り、レクスィオの執務室へと向かうことにする
それからはディズニィが合流し、早速今回の紅玉についての話へと移っていくことになった。
正直、そんなどうでもいいことよりもっと他にやることがあるだろうと思ったリア。
だが3日と約束した以上、その間は何も言わず、時が来れば強制的に連れて行けばいいだけだと割り切ることに決めた。
そんな風に思っていると、気付けば室内の視線がリアへ集中してることに気付く。
今のリアはレーテとソファに並んで座っており、その体を完全に預けて肩に頭を置いている状態だ。
それでも周囲の人間はリアの行動に慣れてしまったのか、それ以上に『紅玉』が重要なのか反応を一切示さなかった。 いや、ディズニィは若干ニヤついている。
「なに、説明? はぁ……。 その玉は、私が所有していたアイテムの中で『紅玉』に類似した物を適当に選んで渡しただけ。
リアは気だるげにありのままを話し、そんな彼女の言葉に驚愕とするレクスィオや二大テーマパーク。
ユーエスジェは恐る恐る窓の外へと顔を向けた。
「……ただの魔法で、アレを……?」
「ええ、そうよ」
呆気からんと答えるリアに、再び室内には静寂が満ちる。
すると、ディズニィはわざとらしく咳をして頷く。
「アルカード嬢がそう言うのなら、そうなんだろう。 ユーエスジェ、以前に話したことを忘れたか? 彼女が聖王国に齎したものを」
「ディズニィ……ああ、そうだな。 すまない、アルカード嬢。 私としたことが、娘のこともあってどうやら気が動転してるようだ」
そう言って必要以上に落ち込む様子のユーエスジェを見て、若干似たような気持ちを抱えているリアは手をひらひらさせて謝罪を受け入れる。
公爵らしい威厳に存在感、身に着けた一級品の煌びやかな服装やその態度に惑わされたが、見ればその目元には微かに隈が浮かびあがり顔色もどこか悪い。
まぁ、目の前の男がどう頑張ろうとエルシアを助けるのは私だけど。
「リア、念のために聞いておきたい。 アレはあとどのくらい持続可能なんだ?」
アレというのは勿論、【獄焔魔法】で生みだした障壁のこと。
正直に言えば、今の魔力消費量からして半日は十分に持続可能だ。
レーヴァテインの能力には習得している【火系統魔法】を4つまで設定できるというものがある。
それは計5回まで日に発動でき、
今回はその内の1つを使ったことで、最も消費の激しい発動時のMP消費は免除された。
更にMP寄りのビルドで割り振っているリアであれば、長時間持続させることは難しくはない。
だが、それを素直に言う必要もないだろう。
「そうね。 2,3時間ってとこかしら」
「っ、そんなに!?」
「……これは驚いた。 アルカード嬢は本当に……いや、なんでもない」
1週間……は無理でも、数日程度なら多分いけそう。
(でも、
【獄焔魔法】についての疑問は、未だ残っているんだろうレクスィオや二大テーマパーク。
しかしリアの態度や最低限聴ける事は聴いたことによって、これ以上の言及はなかった。
そうして国の情勢や今後の事を話し始める3人を見て、リアはレーテにより一層身体を預ける。
感じられるは暖かな体温と柔らかな感触、そして仄かに香る石鹸の匂い。
目を瞑ればそれらはより鮮明に感じられ、同時にふとした瞬間に溢れだしそうになる不安と怒りを必死に抑え込む。
(3日……3日だけ我慢よ、リア。 そしたら直ぐにエルシアを助けて、拉致した奴らもレーテを傷付けた奴らも、一人残らずこの世から抹消してやる。 だからもう少しだけ、待ってて……エルシア)
想いが溢れ、それは膨大な魔力となって身の内から滲みだした瞬間――
抗えようのない優しい力によって抱き寄せられる。
心地の良い体温に包まれ、空間に落ち着ける甘い香りが充満すると柔らかな弾力を下に、肌触りの良い布が押し当てられた。
トクントクンと規則正しい鼓動が耳に響き、背中に回された両手からは彼女の想いが痛い程に伝わってくる
気付けば、リアは身も心も完全にレーテに預け、微睡の中へと落ちていくのだった。
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