第106話 不機嫌な始祖さま
「……理解できたかしら? なら、すぐにエルシア・セルリアンを探しなさい」
暗雲から覗かせる月光が大地を照らし、ガラス細工のような美しい声が廃墟の森に響き渡る。
ここは王都から出た、直ぐ傍に位置する森の最奥。
いつから廃墟があり、何があったかなど興味はない。
ただ、裏社会の人間の間ではこうした人気のない集会場所はいくつかあり、ここはその一つだということ。
(前回の場所も悪くはないけど、室内だと眠くなりそうなのよね。 やっぱり外の風は気持ち良いわ)
座り心地の悪い瓦礫にリアは違和感を持ちながら足を組みなおす。
少し高い所から見下ろす先には前回と同様、9人の男女。
王都内で掌握した各闇ギルドのギルドマスター達だ。
(さっきから反応がないけど、聞いてるのかしら?)
俯くばかりで反応のない連中にリアは眉を顰め、もう1度口を開こうとした。
すると、立ち尽くしていた内の1人がおどおどとした様子でリアを見上げる。
「一つ、……質問をよろしいでしょうか?」
声を上げたのは一見平凡そうな男。
街ですれ違ったとしても、闇ギルドのマスターだとは誰も気付かないだろう。
「なに?」
「……な、何故、公爵家のご令嬢をお探しなのですか? 彼女とアルカード様は一体、どういったご関係がっ――ひぃ!」
探るような視線に思わず、不快感を露わにしてその瞳に【祖なる覇気】の末端を滲ませてしまった。
予想していた質問だというのに、思った以上に自制が効かないことで余り余裕がないことを自覚するリア。
「貴方は、貴方達は私がお願いしたことを黙ってやってくれればいいの。 ……言わないとわからないかしら?」
「……っ!」
日光の下での長時間行動に加え、既に就寝時間をとっくに過ぎた時間帯。
愛するレーテが傷付けられ、大切なエルシアが拉致されたことで心配で堪らないリア。
疲れや眠気はもちろんのこと。 それ以上に色々なことが起きたことによって、半ばどうでもいい部類の闇ギルドは現状使い捨てができる便利な駒でしかなかった。
彼らを眷族にせず、人間のまま使ってるのはそっちの方が利便性があるという理由だけ。
顔を青褪めさせ、リアの反応を窺うようにして見詰めてくるギルドマスター達。
そんな彼らを見て「ああ、それともう一つ」と、唐突に思い出したことをそのまま口にするリア。
「近頃の王都は薬臭い連中がうようよしてて煩わしいわ。 だから他の全ての依頼を即時中断して、売人とその中毒者を拘束するようにして頂戴。 場合によっては殺しても構わないから」
これはリアにとってついででしかないが、後々になって面倒になるより事前に手を付けといた方がいいだろうという考えである。
しかしやはりというべきか、ギルドマスター達は良い顔などする筈もなく明らかに不満げな様子だった。
(もしかしたら、この中に加担してる人間が居るのかしら? そうだとしたらこの現状は面白くないでしょうね。 無理やり言うことを聞かせることも可能だけど……はぁ、仕方ない)
反応はあるにはあるが、気の進まなさそうな連中の雰囲気を感じて、リアは仕方なく餌を用意することにする。
「もちろん、タダでとは言わないわ。 報酬は――」
「……ふざけんな」
小さな呟き。
それでもリアははっきりと聴き取っており、当然その周囲のギルドマスター達も耳にした声。
ぎょっとした周りの表情を見るに、どうやらリアの聞き間違えではなかったようだ。
「さっきから黙って聴いてりゃ、何わけのわからねぇこと抜かしてんだ? いきなりこんな時間に呼び出したかと思えば、貴族を探せだぁ? 薬中の廃人どもを片付けろって? はっ、こっちは便利屋じゃねえんだ。 誰がてめぇの命令なんか聞くかよ」
男は小ばかにしたように鼻で笑い、そのギラギラとした瞳でリアを見上げる。
その様子は反抗心に満ちており、周囲のギルドマスター達は唖然とした中で慌てて止めに入り出す。
「よっよせ、やめろ! 相手は、ア、アルカード様だぞ? 死にたいのか!?」
「やめなさいグランツ。 ア、アルカード様? この者は逃げ出したマーシャルの後任なんです。 だからどうか、どうか今回だけはお慈悲をっ!」
違う闇ギルド同士でもその身を案じるような言動に、リアは不思議に思いながら騒ぎ立てる男とそれを止める周囲を見詰める。
(後任? ……そういえば一回目に集めた時、確かに見た記憶のない顔ね。 闇ギルドは基本アイリスに任せてるから知らなかったけど、逃げちゃったんだ……そっかぁ)
「離せ! 何ビビってんだ? 相手は1人、それも声からして女じゃねえか! 揃いも揃ってギルド長が情けねぇなぁ!!」
「あの方は違うんだ! マーシャルが何故逃げたかわからんのか!? 何故、今日はあの悍ましい気配がないのかわからないが、敵対すればその先は死だけだぞ!? だから落ち着いて、今すぐ許しを請うんだ!」
「そうよ、無駄に命を散らすべきじゃないわ! いい? 貴方も闇ギルドを率いる立場になったのなら、相手の力量は正確に見極めなさい。 だから落ち着いて」
血気盛んな男を羽交い絞めにし、リアと男の間に立つようにして止める女のギルドマスター。
それ以外は傍観しているが、明らかに顔を顰め不安を隠せずにいる様子だ。
関わりたくないのか、体が動かないのか知らないが、いつまでもそうしてても埒が明かない。
「私は貴方達の能力を評価してる。 だから無理矢理にいうことを聞かせず、"お願い"という形でその意思を尊重してるわ。 そうでしょう?」
リアの言葉に暴れる男やギルドマスター達は動きを止め、夜の廃墟には静かにも声が響き渡る。
目を向ける先は誰でもいい、だから一番近くで傍観してる男へ向ける。
「え……ええっ! も、もちろんです。 アルカード様」
「だから我々も貴方様のお願いは、直ぐにでも手を付け――」
「でも、素直に聞いてくれないゴミが居るんじゃ……仕方ないわよね」
二人目の反応を無理矢理に遮り、リアは再び暴れていた男に冷ややかな視線を戻す。
フード越しに男と目が合い、その瞳には明らかな動揺が走ったのをリアは見逃さなかった。
ローブから片腕を出し、人差し指でちょいちょいと合図する。
『文句があるなら、かかってきなさい』と。
すると、リアの意図を理解した周囲は男の拘束を解き、数歩下がり道を作る。
暴れていた男は数秒唖然としていたが、徐々にその意味を理解したんだろう。
その額に青筋を浮かべて臨戦態勢を取って吠える。
「ッ! ……女だからって手加減しねぇぞ! おらぁぁ!!」
図体の割に素早い動き。
10メートルほどあった距離は瞬く間に消え、男は闘争心を漲らせた顔でリアへ攻勢をしかける。だが――
それを冷めた顔で見ていたリアは男が拳を振り上げた瞬間に身を捩り、振り下ろされるよりも圧倒的に速くガラ空きの胴体へ回し蹴りを捻じ込んだ。
「がはぁっ!?」
鍛えられた筋肉は、まるで紙を挟んだように意味をなさない。
Lv144の情け容赦のない本気の蹴り。 本来であれば肉体は豆腐のように分かたれ、周囲と穿った足は血しぶきと臓物で惨たらしく汚しただろう。
だが、汚れるのが嫌だったリアは当たる直前に速度を緩め、振り抜く力に全力を込めたのだった。
ボキボキッと鈍い感触と籠った音が鳴り響き、空気を震わせるほどの衝撃で振り抜かれる強靭な蹴り。
男は電光石火の如く景色を横断し、廃墟に穴を開けると轟音と共に次々と衝撃を生んでいく。
瞬きを終え、最後に一段とけたたましい音を響かせて漸く辺りに静寂が訪れた。
誰一人として言葉を発せず、唖然と驚愕の表情で空いた穴とその方向を見つめるギルドマスター達。
そんな彼らに振り返り、リアは紅い瞳を持ってもう1度だけ忠告をする。
「言われたことをやりなさい。 そうすれば最初に言った通り、王国内でのある程度の活動と安全は私が保証してあげる。 それでお返事は?」
リアの声が夜の廃墟に木霊し、その場には恐怖と戦慄が支配する空間が生まれる。
そして只々、頭を下げ"了承"を示す態度だけが視界には映るのだった。
闇ギルドへの"お願い"が終わった翌日。
昼頃に目覚めたリアは眠い目を擦りながらレクスィオの執務室へと足を運んでいた。
室内では執務イスに座るレクスィオへ詰め寄る形でその机に手を置き、至近距離で顔を寄せるリア。
その目には強い意志が宿り、それは対象のレクスィオも同様だった。
「なんで? 貴方はエルシアを助けたくはないの?」
「そうじゃない……今は無理だと言っているんだ」
これで何度目かわからない問答に、リアはイライラを隠せず眉を顰める。
……何が無理だというのか。
お互いの生命活動が常にわかり、昨夜の内にエルシアから『緊急サイン』を貰って尚且つ、彼女のいる方向すら示してくれる
国内の状況がよくない? 民の不安が広がる? 王妃の行動が読めない?
そんなくだらない問題の為に、今エルシアがどうなってるかもわからない状態で対応を後回しにするの?
レクスィオは昨日の深夜、正確には今日の真夜中にエルシアからの『緊急サイン』を得たという。
だというのに今日来てみれば、それがありながらも暢気に執務をしていたのだ。
仮にも自身の婚約者であるエルシアを置いて、別の事を優先させるレクスィオにリアは婚約指輪を奪ってでも一人で助けにいこうとした。 その方が他の足手まといがいるより、圧倒的に早く確実に助けられるからだ。
だが、婚約指輪はレクスィオの手元を離れると、その効力を完全に無くしてしまうという。
それならリアは、レクスィオ自身を強引に連れていこうと考えた。
しかし、それを頑なに拒み尚且つ、国の情勢や状況を事細かに話し説得までしてくる始末。
レクスィオの言い分もわからなくはないが、それとこれとは話が別であり到底納得できるものではない。
エルシアという存在は最高に可愛くて綺麗で、そんな相手を手に入れた男が何をするかなど火を見るより明らかなのだ。
今こうして無駄な問答をしている間にも、その純潔が穢されると思うとリアは発狂しそうになる。
もし、そんなことがあれば私はその国とこの国を跡形もなく破壊してしまうかもしれない。 ……いや確実にするだろう。
「その今というは何時? 貴方のいう問題が全て解決するまで? それともエルシアが命を落とすまでかしら? ――私は今すぐにでも、嫌がる貴方を無理矢理に連れていくこともできるのよ。 この国とエルシアの命、比べるまでもないわ」
「……ッ」
リアの言葉が本心であり、本気で実行するというのが伝わったのだろう。
レクスィオは顔を顰め苦い顔を浮かべると、視線を外して机上を見つめる。
そしてどれくらい経ったか、やがてぽつぽつと口にし始めたのだった。
「頼む……リア、理解してくれ。 この状況で国の対応を蔑ろにすれば、例えエルシアを助けることができたとしても、国は確実に崩壊の一途を辿る。 秩序は乱れ、他国は介入し、やがて内部崩壊だって十分にありえる状況なんだ」
震えた声で搾り出すように口にするレクスィオ。
机上に乗せた拳は強く握られ、その表情から彼もエルシアを助けたいという気持ちは強く伝わってきた。
「……っ、はぁぁぁぁ。 わかったわ、3日だけ待つ」
「…………は? 3日!?」
「これ以上は却下、譲歩しないわ。 3日経てば貴方が何を言おうと、どう抵抗しようと問答無用で連れて行ってエルシアを助けに行くわ」
驚愕した表情で目を見開き、唖然とするレクスィオにリアは背を向けてソファへと向かう。
背後からは盛大な溜息が聴こえ、リアがこれ以上問答をしない。すなわち『絶対』だということを理解したんだろう。
「リア……。 っ、ん?」
「なに?」
「……あ、いや……今日はやけに、薬物使用者の報告が少ないと思って」
振り返ればレクスィオは手元の書類を見ながら不思議そうに呟いており、その瞬間、唐突に執務室の扉がノックされる。
気持ちを瞬時に切り替えたレクスィオが入室の許可をだし、ゾーイが開けた扉からは一人の騎士が入ってきた。
「殿下っ! 突然申し訳ございません。 至急、お耳に入れたいことが」
唐突な騎士の訪問によって報告された内容。
レクスィオはすぐさま身なりを整え、リアと護衛騎士達を連れて王城の大門へと向かった。
王城内は官僚や貴族、使用人達が慌ただしく動き回り、そんな中で報告のあった大門へと到着する。
そこには夥しい数の民衆が集まっており、それらの前にはずらりと並ぶ衛兵達。
そしてカセイドが脱獄した際、自室にてレクスィオの訪問を拒んだという王妃の姿までもがあった。
「これは……」
その光景に立ち尽くすレクスィオ。
すると、喧騒音が凄まじいこの場において一際大きな声が聴こえて来た。
「あぁ、レクスィオ……! よく、顔を出してくれました」
それは民衆の前で佇んでいた王妃であり、レクスィオの姿を見ると花が咲いた様な笑顔で駆け寄ってくる。
え……誰これ?
リアは余りにも依然とのギャップが激しい様子に目を点にしていると、王妃はレクスィオの手を掴み母親の様な慈愛に満ちた表情を浮かべだす。
「多忙を極める貴方のことです。 合間を縫って民と向き合おうとしたのでしょう? 立派ですよ、母は本当に嬉しいわ。 ……さぁ、皆『紅玉』について不安に思っています、行きましょう」
「……っ」
薄っぺらい作り笑いに寒気を感じる中、それがわざとらしく大きな声で口にする様子にリアは納得する。
そうしてレクスィオの手を取り、一見優しく手を引いている王妃だったが、リアから見ればあれは強引以外の何物でもなかった。
民衆へ向かって手を繋ぎ、威厳を示しつつ寄り添って歩く母と息子。
その際一度だけレクスィオへ振り返った王妃は、民から見えない事を良いことにその顔を醜悪に染め、まるで嘲笑うように口元を歪めていたのがリアの目にはハッキリと見えた。
(……あの害虫、レクスィオに紅玉の責任を押し付けたわね。 自分がカセイドに教えた癖に、それとも元々こうする予定だったのかしら? 親子揃って小賢しいわ。 さて、どうしよう)
連れて行かれてしまったレクスィオを背に、リアは王妃の策略にドン引きしつつ周囲を見渡す。
あれが……『紅玉』を示す初代国王の石像? 思ったより普通ね、でも確かに松明の火は消えてるわ。
大門とエントランスのちょうど中間に位置する場所。
そこに建てられるは顎髭を胸元まで伸ばし、凹凸の激しい鎧で全身を包み剣と松明を掲げる王様らしき石像。
「殿下! 本当に紅玉は無くなられたのですか!?」
「嘘だ、嘘だと言ってくれよ! 王子様! 本当になくなっちまったのかぁ!?」
「何が起きているのか、私達にも教えてください! 紅玉はどうなったんですか!!」
「説明してくれよ! 街に変なのが出たり、紅玉は無くなっちまうし、この国で一体何が起きているんだ!?」
「黙ってないで、お願いです! 私たちの国の紅玉はどうなったんですか? 殿下、正直に話してください!!」
レクスィオが民衆の前に着いたことで喧騒は更に大きくなり、離れているリアにまでハッキリとその内容が聴こえてくる。
この状況で何を言っても無意味であり、それをわかってるからレクスィオは何も言えないのだろう。
その証拠に、隣に経って心配そうに眉を顰めた王妃は僅かながらに口元をピクつかせ、力を貸そうとする素振りすら見せない。
(紅玉ってそこまで大事なのかしら? 逸話や歴史を聞いた感じ、確かにこの世界基準なら凄い力なのかもしれないけど……ぶっちゃけ微妙よね。 私でも模倣くらい簡単だろうし、それに…………あ、模倣しちゃえばいいのか)
ふと思いついたことではあるが、リアがやるとなった場合恐らく造作もないだろう。
そうと決まれば即行動。 見た感じそんなに時間は残されてないだろうし、レクスィオの言う厄介ごとが一つ減らせるのだ。
少し離れた柱の陰に移動し、次元ポケットに手をつっこむ。
そうしてああでもないこうでもないと、気分は某猫型ロボットの如く漁っていくと漸くそれらしい物を掴んだ。
あとは遠隔で最上位の【炎焦魔法】を行使して、石像の松明に持続力のある火を灯す。
しっかりと火が付いたことを確認すると、リアは堂々とした立ち振る舞いで
何気なくこちらを見た王妃は、
それもそうだろう。 本物を見たことのないリアは『紅玉』なんて知らない。
でも、王妃は無理でも民衆を騙せるならそれでいい。
だって効力は間違いなく、――リアの方が
怒涛の嵐の様な民衆の声に、リアは耳を塞ぎたくなりながらもレクスィオの下へと歩く。
すると彼らはリアと
「殿下、お待たせしてしまい申し訳ございません。 『紅玉』をお持ちしました」
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