第102話 始祖は公爵令嬢を堕としたい
眼前には陽光に照らされた世界、見上げれば満天の空が広がっている。
心惹かれるエルシアからのデートの誘い。
彼女は婚約者が居ながらも、"お見送り"までのデートすらしたことがないという。
であれば、このデートを最高の思い出にすることができれば、その心を射止めることは可能なのではないだろうか?
そこでリアはまず、自分とエルシアの服装を変えることにした。
何人たりとも、このデートを邪魔させない為に、明らかな貴族とわかってしまうドレスなど論外である。
もちろん、必要であれば実力行使も辞さないが、避けられる面倒ごとは避けていきたい。
庶民的なカジュアルチックなエルシアが見たいだけでもある。
幸い、ディズニィから貸し出されている家はそこそこに広く、ある程度の物は揃っていた。
それは家具や日常品に限らず、衣類や雑貨品、果ては最低限の装備までもが完備されているくらいだ。
そこで素晴らしいのが私のメイド。 そう、レーテだ。
彼女はなんと、それらの保管場所や個数、サイズや色まで多岐にわたり全ての置き場所を把握しており、いざ出発の身支度をしようとすると、あっという間に終えてしまったのである。
私のメイドって凄い、"私のメイド"は本当にとても優秀なのだ。
そんな素晴らしいメイドの手によって、瞬く間に誰が見ても一般庶民へと変貌した私とエルシアは、嬉々として街中へと繰り出したのだった。
そうして私達はこれといった目的もなく、まずは王都の中央に位置する大通りを歩いていた。
隣を歩くのは、その身に紺色のノースリーブワンピースを纏い、水のように流れる白髪を綺麗にハーフアップに纏めた儚くも可憐な姿のエルシアだ。
ドレス姿の彼女も見惚れる程に美しいが、今のようにシンプルでラフな格好もまた違った魅力が引き出されている。
特に、その髪にセットされた黄色い紫陽花の髪留めは儚い印象を持たせる彼女に、どこか活発で陽気さすらも感じさせる程その印象をがらりと変えて見せた。
そして、そういう私は白いフレア袖のブラウスに、黄緑のストレイプ柄ワンピースを着ている。
正直なんでも良かったのだけど、信頼できるレーテが似合うと断言したのだ。 着なければ恋人の名が廃るというもの。
うん、普通に可愛い。 それに生地が薄いし肌触りも良いから、とっても私好みの服だわ。 さすがレーテね♪
そんなリアはエルシアと並んで歩き、レーテは彼女らしくきっちり3歩分下がって付き従っている。
そして更にその後ろ、そこには帯剣している強面の男が二人、護衛というのを周囲に隠そうともせずに追従して来てるのだった。 彼らはエルシアの護衛である。
お茶会の時にも居たが、私が鬱陶しそうな視線と居心地が悪いという雰囲気を漂わせると、エルシアが気を利かせて目に入らない所に移動させてくれたのだ。 ……はぁ、好き♪
歩きながらエルシアを観察し、そのついでに道行く人々を眺めるリア。
時間が時間なだけに、大通りには様々な人間が行き来している。
子連れの親子や老人、仕事途中で労働にいそしむ若者や戦いを生業としていそうな武器を持った人間。
そして、ボロボロな衣類を纏いながらも楽しそうに笑い駆ける子供達。
これだけの人間が居ればリアやエルシアが注目を浴びてしまうのも仕方ないのかもしれない。
「やはり注目を浴びてしまいますね」
向けられる数多の視線に、エルシアは恥かしそうに苦笑する。
「ふふ、こんなの公爵令嬢のエルシアは慣れっこでしょう?」
「それは……そうですけど。 いつもはドレスですし、馬車で移動しますから。 ここまでではありません。 ……ねぇリア? 本当に繋いだまま行くのですか?」
エルシアは歩きながらその宝石のような瞳を、リアとの間へ下ろす。
そこには指の1本1本が丁寧に絡められて、簡単に解けそうにない二人の繋ぐ手。
そんなエルシアの反応にリアは口元を緩める。
「もちろん♪ それともエルシアは、私と手を繋ぐの嫌?」
「そんなことっ、……ないですけど。 その、少し恥かしいです」
顔を赤らめ、微かに俯きながら今にも消え入りそうなか細い声で言葉にするエルシア。
それでも公爵令嬢らしく、毅然とした態度を見せようとする彼女のいじらしい様に、リアは胸をきゅんきゅんと弾ませた。
「……食べちゃいたいわぁ」
「……え?」
「リア様、本音が漏れております」
レーテの冷静な指摘により、リアは心の声が無意識に漏れ出てしまったことに気付く。
「あら、でも本心だから仕方ないわ」
「本心であれば仕方ありません」
リアの意図をいち早く汲み取り、瞬時に理解を示してくれるレーテ。
そんな愛しい彼女の気遣いに思わず笑みを深める。
「えぇ……。 もう、リアに言われると冗談に聞こえないわ」
「冗談じゃないからね」
リアはエルシアより一歩前に出ると、振り返りながら小悪魔のように微笑む。
「言葉通りの意味よ。 肉体的に、貴女の血やその綺麗な体を余すことなく味わい尽くしたいって意味だもの♪」
「っ!」
碧眼の瞳と水晶のような瞳が交差する。
リアは目を通じてエルシアの感情を読み取り、衝動的に舌先でぺろりと唇を舐めた。
妖艶な雰囲気を漂わせるリアの笑みによって、エルシアは言い逃れが出来ないほどその白い肌を急速に赤く沸騰させる。
するとそんな時、冷静なレーテの更に後ろからワザとらしく咳き込む声が聴こえ、もう1人の騎士はなぜか体ごと明後日の方向へ向けていたのが、視界の端に映り込んだ。
それから少しの間、恥ずかしさ故にすっかり黙り込んでしまったエルシアに、リアは増々上機嫌になっていく。
(ふふ、照れてる照れてる、可愛い~♪ 私を見て照れたんだろうけど、どっちに反応したのかしら? 全部味わい尽くしたいって方かな? それとも私の顔? ああ、もしかしてどっちもかしら。 ~~ッ、脈ありっでことでいいのよね!? ――エルシア、気付いてる? さっきよりずっと、私たち近いのよ? 貴女の匂いだってどんどん強くなるし、感触だってもはや布1枚隔ててもより鮮明に貴女を感じられる。 はぁ、幸せ~♪)
そんな可愛い公爵令嬢をリアは思う存分に堪能し、彼女が落ち着くまでのんびりと待つことに決める。
道を歩けば視線を集め、留まれば声を掛けようと空気の読めない雑種が湧き出てくる。
しかし、エルシアの護衛を見るとすぐに立ち去っていくのだから、鬱陶しいだけでも使い道はあったようだ。
そうして漸く落ち着いてきたのだろう。
不意に繋いでいた手を、ちょんちょんと控えめに引かれるのだった。
「あっ、リア見てください!」
可愛いモードは終わり、お嬢様然として戻ってきたエルシアが視線で促す。
そこには妙な人だかりができており、一面に並ぶガラス張りからは中の様子が窺えた。
「あれは、喫茶店? 結構並んでるわね」
リアの呟きにエルシアは揚々と頷く。
「はい、王都で今一番人気のあるケーキ店なんですよ? 先日のお茶会でリアが美味しいって言ってたのも、あそこで購入したガトーショコラなんです」
「ああ、……確かにあれは美味しかったわ」
「ふふ、でしょう? ちなみにあのお店、我がセルリアン家の関係者がオーナーをしてるお店でもあるんですよ」
そう言って、誇らしげに楽しそうに微笑むエルシア。
日の光に白い髪が反射し、キラキラと煌めく瞳は見惚れるほどに美しい。
「へぇ、そうなのね。 ……綺麗だわ」
貴族令嬢の最高位であるエルシアにとって、恐らく大したことじゃない話の筈なのだ。
それでも自慢げに、褒めて欲しそうに見てくる様子は、下手な回復魔法よりよっぽど癒し効果がある。
(うぅ~撫でたい!めっちゃ撫でたい!! でもそれをしたら、また鬱陶しい視線を集めちゃうよね~。 人通りの少ないとこに連れ込む? 狭い路地裏なんて素敵だと思うのよね。 あ~、でも護衛いるんだった。 撒いちゃおうか?)
内心で激しい葛藤を繰り返しながらエルシアを見つめ、そうしてお店の方へと視線を移す。
すると、大勢の住民が視界に映る中、妙に視線が引き寄せられる子供が居ることに気付いた。
ガラス張りの前には行列が並び、出入口付近には入る者と出る者でそれなりにごった返しになっている状況。
そんな出入口付近の隣、列とは正反対の方向には二人の小さな子供がいたのだ。
(……ルゥやセレネと同じくらいかしら?)
ガラス越しに背伸びをして、一心に中の様子を眺めている姉弟。
身なりは綺麗とはいえず、その容姿や風貌からして裕福な家庭ではないことは容易に想像ができる。
それから少しして、姉弟は思い出したようにガラスから離れ手を繋いで立ち去ろうとしたが、そこは人だかりの多い出入口付近。
幼い弟は何かに足を躓かせると、盛大に何かをばら撒きながら転倒してしまうのだった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」
まぁ、そうなるよね。
号泣する弟と、何か怒るように腰に手を当て口を開く姉。
すると、繋いでいた手が突然に解かれ、リアの視界にはエルシアが駆け寄る姿が映り込んだ。
周りにいる大人たちが何事かと、中にはその風貌を見て眉を顰める者もいる中、誰より早く駆け寄るエルシア。
リアは少し残念な気持ちになりながらも、仕方なくエルシアの後をついて行く。
姉弟は彼女に任せるとして、リアが出来ることとすれば。
「そこ、退いてもらえる?」
「あ、ああっ……」
エルシアと男の子を見てるだけの、大勢の大人の1人に淡々と声をかけるリア。
男はたじろぐようにその場を退くと、足があった場所には1枚の硬貨。
先程、盛大にばら撒いたのは子供たちの財布の中身なんだろう。
リアは【戦域の掌握】を使い、周辺に落ちた硬貨を完璧に探知し次々に拾っていく。
「リア様、こちらを」
「ありがとう、レーテ」
何も言わなくても手伝ってくれるレーテに、自然と笑みを向けるリア。
これでばら撒いた硬貨は集め終わった。 あとは。
「大丈夫、痛くない痛くない。 少し擦ってしまいましたね」
「もう、だから言ったでしょ? お姉ちゃんが持つって」
「うぅ……だっでぇ~! うわぁぁぁん」
エルシアはその場に膝をつき、盛大に泣きわめく男の子の頭を何度も何度も優しく撫でている。
なにそれ羨ましい。 ちょっと僕、そこお姉ちゃんと変わりましょう? お姉ちゃんも心の傷を負って泣きそうだわ。
「あら、よしよし……自分でやってみたかったんですよね? ほら立って、せっかくのお洋服が汚れちゃいますよ」
「ぅ……っ、うん」
羨ましい光景に、内心指を咥えて眺めているリア。
気分はマッチ売りの少女だったが、まずは拾った硬貨を持ち主に返すべく、姉である少女に歩み寄ることにした。
「はい、これ。 多分、全部拾えたと思うけど、一応確認してみなさい」
「っ! ……あ、大丈夫です、ちゃんとあります。 あの、ありがとう……ございます」
栗色の髪をした小さな女の子。
上目遣いにリアを見詰めてくる瞳には、若干の怯えが混じりながらもそれ以上に別のものが含まれていた。
(男からは不快でしかない目だけど、この子は、ふふっ……可愛い)
「どういたしまして」
目線を合わせ、その頭を慈しむように優しく撫でるリア。
そうして、この姉弟の目的がこのお店のケーキだと知ったエルシアはお金を確認してから「お店から少し離れて、待ってて貰えますか?」と言葉して、店内へと入っていってしまった。
無数の視線に晒される中、先程よりも増して注目を浴びてしまっている現状。
エルシアの言う通り、幼い姉弟を連れてリアはお店から離れた所で待ってることにした。
それから少ししてお店から出て来たエルシアの手には、小さな箱が1つ増えていた。
またも別の視線が集まる中、エルシアは姉弟の元へ行き膝を折る。
「見せていただいたお金で、買えそうなものを買ってきました。 はい、どうぞ」
「え……?」
「でも、これじゃあ1つも買えないって……お店のお姉ちゃんが」
差し出される箱を見て、落ち着かなく狼狽えた様子で手を出したり引っ込めたりする姉弟に、エルシアは唇を綻ばせる。
「ちょうど今から、少しの間だけお店のケーキがとっても安くなるみたいなんです。 だから、大丈夫ですよ」
そう言って微笑むエルシアに、きょとんとした表情で恐る恐る受け取る幼い弟。
「今度は落とさないよう、気を付けてくださいね」
「…………ありがとう、お姉ちゃん。 っ、ほら、あんたも」
「あ、……っありがとう」
おどおどした様子で感謝を口にする二人の子供に、エルシアは満足そうに頷いて立ち上がる。
「ふふ、よく言えました♪ どういたしまして」
それから箱を受け取り、弟も泣き止んだことで姉弟は何度かお辞儀をしてから背を向けて立ち去っていく。
結局、箱は姉が持つことになったらしくその右手にはしっかりとケーキの箱が握られていた。
そんな手を繋いで歩いていく姉弟を見ながら、エルシアはぽつりと呟いた。
「今日はお母様の誕生日なんだそうです」
「そう、だから代わりに買ってあげたの?」
リアとしては、気になったことを聞いただけで他意はない。
しかし、そんなリアの質問にエルシアは直ぐには返さず、視線を少し落としてから口を開いた。
「……やっぱり、こんなことをしても無駄だとリアも思いますか?」
その様子はさっきまでとは違う。
どこか憂いを帯びた、乾いた笑いを含んだような声音で聞いてくるエルシア。
(そんなつもりで聞いた訳じゃないのだけど……でも、そんな表情のエルシアも素敵♪ ますます欲しいわ。 っと、そんなことより)
「どうしてそう思うのかしら? 私は素敵だと思うけど」
「……え」
顔を上げたエルシアはその目に驚嘆の色を見せ、まるで続きを促すようその瞳を真っすぐに向けてくる。
「だってそうでしょう? 誰に言われたわけでもなく、自分の意志であの子達を助けたいと思った。 それで実際に行動に移し、結果的にあの子達は満足した。 これ以上に何か必要かしら?」
「……」
あれ? 私何か変なこと言ってる? 特段、変わったことを言ってないつもりよ。
ただ事実をありのままに、思ったことを口にしただけでエルシアがそこまで考える必要ないと思うのだけど。 でも。
リアは呆然とした表情を浮かべるエルシアの頬にそっと手を添え、真っすぐに向けてくる瞳を見つめ返す。
「知れば知るほど、やっぱりエルシアは魅力的で素敵な女性よ。 ……だから、欲しくなるの」
ちゃっかり口説くのを忘れないリア。
微かに震える瞳で、彼女が何を思ったのかはわからない。
けれど、私が口にした言葉は全て嘘偽りのない本心だ。
彼女の『公爵令嬢』という環境を考えればある程度予想はつく内容だが、エルシアはもっと自分の素晴らしさを知るべきである。
「リア様。 群衆が集まって来た為、移動された方がよろしいかと思います」
突然のレーテの言葉に、リアは周囲へ視線を向けると場所を移動したにも関わらず、それなりの視線に晒されていることに今更になって気づいた。
どうやら夢中になって気付かなかったようだ。
「こんな可愛いエルシアを、他に見せるのは癪ね。 護衛はまぁ、ついてくるでしょ」
「では」
「ええ、移動しましょうか」
リアは周囲の状況に今更になって気付き、その顔に動揺を見せるエルシアをそっと抱き抱える。
柔らかく抱き心地の良い生暖かい体温、そして密着することでより一層に強くなる酔ってしまいそうな彼女の甘く澄んだ香り。 控えめに言って最高である。
「え、えぇ!? リ、リア? 何をして……」
「お嬢様っ!! ホワイト様、一体何を!?」
「ホワイト様、今すぐエルシアお嬢様を下ろしてください!」
可愛らしく声を裏返らせるエルシアに思わず頬を緩め、何か言ってる護衛達を無視してリアは大地を蹴り上げた。
もちろん、加減して跳んでおり今は建物5つ分ほどの跳躍だろうか。
レーテがしっかりとついて来てることを確認し、リアはそのまま建物を走りながら次々と飛び移っていく。
「リア!? ま、待って、っひゃぁぅ!?」
「もう、本当に可愛い。 もっとしっかり手を回して? うん……そう♪」
怖さ故か、全身を余すことなく密着させる勢いで強く抱き着いてくるエルシア。
むにむにとしたものが胸元に押し当てられ、動く度に揉み合う柔らかな弾力に、思わずリアも吐息が漏れ出てしまう。
(大きさには自信があったけど、エルシアのも凄いわ♪ 多分、私よりも……。 正直ずっとこうしてたいけど、せっかくのデートだものね。 私のモノにできたら好きなだけできるのだし、さてどこに行こうかしら?)
広大な王都の街並みを下に、お散歩感覚でぴょんぴょんと飛び移っていく。
緩めたスピードによってちょうど良い余裕が生まれ、次第にもう少しだけ屋根上で散歩するのもありかな、なんてリアは思ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます